浸食の愛
とある森の山頂でそれは起きた。突如聞こえる轟音と大きな衝撃。付近の住民たちは不審に思い音の元に行くと、そこにはなんと一人の少女がうずくまっていたのだ。
その少女はやがて保護され、学校にも通うことが出来た。だが彼女は少し特異だった。一度聞いた日常の言葉を完璧に覚えていたり、何故か例の事件の場所にいたり、少し気味が悪いとクラスや近所から言われているのだ。さらにその気味悪さを後押ししたのが、彼女の口癖だった。
「私、愛。」
最初は皆自己紹介かと思った。しかしどうも理解できないタイミングでそれを言うのだ。誰かに質問された時や、話しかけられた時、さらには独り言でも言っており、教師は
「温かい目で見守ってあげて。」
などと言ったが、その教師も若干距離をおいていた。そんな環境で生徒がそれを実行する訳もなく、逆に嫌がらせや暴言など悪い事が起きるだけなのだ。
そんなある日の夜、彼女をクラスメートの男たちが取り囲み、彼女に暴力を振るった。無抵抗だから安全だと思ったのだ。男たちの予想どうり、彼女は何も抵抗しなかった。しかし、唯一言い続けた事は「私、愛。」だった。流石に男たちも怖くなり、その場を離れたが、彼女は未だそこにいた。もう彼女は動かなくなっていたのだ。
「---あー、ダメですね。通信が切れました。回収します。」
地球のはるか上空。そこに漂う宇宙船からそんな声が飛び出てきた。
「おかしいな…親しみやすいように女性で子供にしたのだが、事故とかではないのかね。」
髭をたくわえた変な格好の男がそう言う。すると、さっきの忙しそうな男はこう言った。
「いや、違いますね。見たところ暴行によるものみたいです。」
「何故だ?」
「言葉の設定が耳にしたものと自分の紹介文だけですからね、気味が悪いんでしょう。単純に機能不足ですね。…あ、それとAIの事を『あい』って言うなんて思いませんよ…。翻訳の手違いでああなったんですが…いや、まあ、結局AIって言ったとしても結果は変わらなかったかもしれないですが。」
そう言い、男はモニターを眺めた。
「…この惑星にこの人型AIは早かったのでしょうか。」
「いや、この惑星は技術も進歩しているし、AIという概念も存在する。」
「じゃあ一体何が…」
変な格好の男は運転席に座り、発進のレバーを倒してこう言った。
「なにぶんこの惑星には『愛』がないんだよ。もう少し心が広ければ、技術は発展しただろうに。」
宇宙船は暗い夜空へ消えた。