残念令嬢は今日も推しメンを愛でるのに忙しい
華やかな雰囲気で始まった王宮主宰の舞踏会。
会場は色とりどりの鮮やかな色彩のドレスを身に纏った貴婦人方とエスコートしている紳士達で溢れ返っている。
そんな中、一際異彩を放っている令嬢が居た。
豪奢な黄金の髪は肩のあたりで軽くウェーブを巻き、青い海を思わせる瞳は麗しく輝き、ピンっと通った鼻筋にピンクに色づいた小さめの唇、マーメイドラインの真っ赤なドレスを颯爽と着こなすプロポーションは完璧で、細く括れたウエスト、豊満なバスト、キュっと引き締まったヒップと、美の女神さえ嫉妬して裸足で逃げ出すような圧倒的な存在感を放っていた。
会場中の紳士淑女全ての視線を釘付けにしている彼女の名はソフィア、公爵令嬢である。
美の化身のような彼女だが実は・・・
(ああ! 今日も麗しいわ、レオナルド殿下! それにブラッド様にデレク様、マシュー様まで! 推しメンが勢揃いなんて眼福だわぁ~! 尊いわぁ~! カップリングが捗るわぁ~!)
とても残念なのだった・・・
今にもヨダレをこぼさんばかりに恍惚の表情を浮かべながら彼らを見つめる彼女の頭の中は、常にカップリング、寝ても醒めてもカップリング、三度のメシよりカップリングと、それ以外の思考は存在しない。要するに腐れきっているのだ。
ちなみにレオナルドは第2王子、他の三人はそれぞれ宰相子息、近衛騎士団長子息、魔法騎士団長子息で、レオナルドの側近である。
(はぁ~今ならご飯三杯はいけるわね! コルセットのせいで食えないけど!)
貴族の嗜みであるはずの社交もダンスもそっちのけで、ただひたすら殿下御一行に熱視線を送る彼女、そんなソフィアの奇行を見慣れている古参の貴族達は誰も声を掛けたりしないが、ここで勇者が現れた!
新興貴族であるが故にソフィアのことに詳しくない若い男爵子息が果敢にもダンスを申し込んだのだ!
「なんと麗しいお嬢さん、よろしければ一曲如何でしょうか?」
「・・・」
「・・・あの?」
「・・・るっせーな! 邪魔すんじゃねぇ、あっち行ってろ! ぶっ殺すぞ!」
ソフィアにドスのきいた声で凄まれて勇者は瀕死の重傷を負ったとさ・・・
ちなみにそんなソフィアのことを、レオナルド達もまた同じように熱く見つめていたことには全く気付いていないソフィアだった。
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殿下御一行がそれぞれパートナーとダンスを踊り始めたので、妄想タイムが終了したソフィアは火照った体を冷やすため、会場を離れ王宮の中庭にあるベンチに腰を下ろしていた。
(はぁ尊いわぁ~殿下のヘタレ攻めも良いし、ブラッド様の総受けも良い、デレク様の俺様攻めも捨てがたいし、マシュー様の誘い受けも! あぁ捗るわぁ~!)
妄想の余熱に浸ってニヤニヤしてると、いきなり誰かに頭を叩かれた。
「ってーな! なにすんだ、この野郎!」
振り返るとそこには、
「公爵令嬢の言葉遣いとはとても思えないんだけど・・・」
「なんだ、アレクか」
呆れた顔の幼なじみ、アレクサンドル侯爵子息が立っていた。
「ダンスくらい踊ってやれよ」
「踊れないの知ってるでしょ」
「淑女教育どこいった・・・」
「最低限のマナーくらい学んでおけば問題ないのよ! ダンスなんてお父様にちょっと上目遣いで『ソフィア、体が弱いのであんなに激しい運動なんか無理ですぅ~』って泣きつけばイチコロだったわ!」
「それでいいのか公爵令嬢・・・」
「そんな余計な事に時間を割いてるくらいなら、一作でも多くのBL本を執筆する方が世の中のためになるのよ!」
「どこがだよ・・・」
ソフィアはペンネーム(さすがに本名ではマズいだろうから)で既に何冊ものBL本を世に出している。それらは貴婦人方の間で密かなブームになっていたりする。
「私の夢はBLの世界観をもっともっと世に知らしめて、BL作家としての地位を確立することなのよ! 見てなさい、何れBL本でベストセラーを出してみせるわ!」
「それ夢で終わって欲しいなぁ・・・」
「なんか言った?」
「いや、別に?・・・それよりさ、なんて言ったっけ? カップリング? 考えたくないけど、俺ってソフィアの頭の中で誰とカップリングされてんの?」
アレクは思わず尋ねていた。
「アレク?・・・そう言えば誰ともカップリングさせたことないわね、なんでかしら?」
「へ、へぇそうなんだぁ」
「なんでちょっと嬉しそうなの?」
「い、いや別に?・・・コホン、それよりさぁ、そんなことばっかやってたらますます婚期が遅れるぞ? いいのか? 高位貴族の令嬢で17にもなって婚約者も居ないのお前くらいだぞ?」
「なによ、アレクだってまだ婚約者いないじゃないの!」
「俺は男だからいいんだよ」
「私は仕事に生きるから結婚なんてしないわ! これからは女だって働く時代が来るのよ!」
「なんて勿体ないことを、だったら俺が貰って・・・じゃなくて! そ、そんなの公爵閣下だって認めないだろ?」
アレクは慌てて言った。
「ふふん、そのへんは抜かりないわ! お父様におねだりして宮廷作家っていう役職を設けてもらうつもりよ!」
「宮廷作家? 宮廷画家じゃなくて? どういう仕事なんだよ?」
「そのままの意味よ、宮廷に暮らす方々の希望に沿った物語を書いたり、ドキュメンタリーを書いたりね、あとついでにBLのネタを発掘したりとか、今から楽しみだわ~」
「お前、頼むから実在の人物をBL本のモデルにするのだけは止めとけよ・・・不敬罪で捕まる前に・・・」
「そんなヘマしないわよ! 妄想するだけなら自由じゃない!」
「はぁ・・・」
アレクのため息と共に舞踏会の夜は更けて行く・・・
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男爵令嬢のソフィーは学園で虐められていた。
実家は貴族とは名ばかりの貧乏男爵家で、学費を払うこともままならず、本来なら入学するのを諦めるはずだった。
ところがソフィーの入学する年に特待生制度が導入されることになった。入学テストで優秀な成績を修めれば学費が免除されるということで、ソフィーは頑張った。
元々頭が良かったこともあり、見事に特待生枠を勝ち取った。両親も大喜びしてくれた。
晴れて学園に入学したソフィーだが、その日から主に中位貴族の令嬢からの虐めが始まった・・・
貧乏男爵令嬢だからということだけではなく、ソフィーの容姿にも虐められる要素があった。
この国では珍しい黒髪に黒い瞳、人形のようにキレイに整った顔立ち、小柄でしかも華奢で触れたら折れてしまいそうな細い手足。
黒は不吉だと詰られ、美人だからってお高くとまっていると揶揄され、細いのは貧乏くさいと罵られた。
貴族子女が通うこの学園には、入学試験の成績上位者が生徒会に入るという慣例がある。
ソフィーも例外ではなく、生徒会に入ったはいいが、同じ年に入学した第2王子のレオナルドとその取り巻き三人も生徒会入りしたことで、嫉妬からますます虐めがエスカレートした。
持ち物を隠されたり、机に落書きされたり、引き出しにゴミを入れられたり、用も無いのに近付いてきてわざとぶつかったり、トイレの個室に閉じ込められて上から水を掛けられたり・・・次第にソフィーは精神的にも肉体的にも追い詰められていた。
教師に相談しようにも、つげ口したのがバレたら何をされるのか分からない。怖くて何も言えなかった。相談出来るような親しい友人も居ない。八方塞がりだった。
(こんなはずじゃなかったのに・・・)
夢見ていたバラ色の学園生活が灰色に染まって行くのをただ黙って見ていることしかできない。悔しい、虚しい、なんで自分ばっかりこんな目に・・・こんな辛い毎日を送るくらいならいっそ辞めちゃおうかな・・・
そんな時だった。悲嘆に暮れていたソフィーに運命を変える出会いが訪れたのは。
ある日、ソフィーが廊下を歩いていると、前方から虐めの首謀者達がニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら近付いてきた。
ソフィーは脇に寄ってやり過ごそうとしたが、すれ違いざまに足をかけられ前方につんのめった。せめて顔から落ちるのだけは回避しようとしたが間に合わず、諦めて目を閉じた瞬間、
ポヨンっと柔らかい何かに抱き止められた。
「えっ?」
そっと見上げると、そこには目も眩むような美少女の驚いた顔があった。
「あら?」
「ソ、ソフィア様! 大変申し訳ございません!」
あろうことか、公爵令嬢であるソフィアに抱き付いてしまった。同じクラスで名前が似ていることもあり、隣の席になったが今まで会話を交わしたことはなかった。
話掛けるのが恐れ多くてこっそり愛でるだけで満足していたのだ。そんなソフィアの立派なお胸に顔を埋めている今の状況は・・・
(マズイマズイマズイ! こんな高位貴族のご令嬢に粗相を働くなんて! 只でさえ弱い立場なのに、これ以上怒りを買ったら、私この学園で生きていけない!・・・あぁ、でもなんて柔らかい、それにめっちゃ良い香りがする。って、そんな場合じゃないっての!)
やっと我に返って(名残を惜しみながら)ソフィアから離れて平身低頭謝っていると、
「気にしないで、私も前を良く見てなかったし、お互い様よ。あらでもちょっと待って、あなたタイが曲がっていてよ。ほら、これで直ったわ。ではご機嫌よう」
颯爽と去って行くソフィアの後ろ姿をボーっと見送った後、ソフィーがポツリと呟いた。
「お姉様・・・」
どうやらソフィーの新しい扉を開いてしまったソフィアだが、もちろん本人にそんな自覚は無く、頭の中を占めるのは相変わらずカップリングのことだけだった。
その様子を虐め首謀者達(長いんで次からは虐メン)は隠れて歯軋りしながら睨み付けていた。
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それからというもの、ソフィーはソフィアにベッタリと張り付き、どこへ行くにも一緒だった。
呼び方も「ソフィア様」からいつの間にか「お姉様」に変わっていたが、ソフィアとしては実害もないので放置していた。
なんでこんなに懐かれたのか不思議ではあったが、無自覚にタラし込んでいたとは思いもよらず、頭の中は相変わらずカップリングで一杯であった。
そんな2人をアレクは微笑ましく見守っていた。
なにせソフィアはその特殊な性癖のせいで、女友達が1人もおらず、お茶会等にもほとんど参加しないので、知り合いもほとんど居ない状態だった。
アレクとしても心配で何とかしなければと思っていた所だったので、ソフィーが仲良くしてくれているのが自分のことのように嬉しかった。
ただ何故かソフィアのことを「お姉様」と呼んでいたり、アレクが近付くと威嚇するように睨み付けてくるのが気にはなっていたが・・・
そんな状況が面白くないのは虐メンで、公爵令嬢であるソフィアが常に一緒に居るため、物理的な攻撃はおろか嫌味一つ言うことも出来ず、ただ忌々しげに睨み付けることしか出来なかった。
ある日の放課後、虐メンは生徒用のロッカーの前に居た。
このロッカーは生徒達が机に入りきらない教科書や、体育の授業時に着るジャージなどの日用品を保管する所であり、学園側からも貴重品は入れないようにと指導されていた。
その為、一応鍵があるにも関わらず、ほとんどの生徒が鍵を掛けていなかった。
そうつまり「本人を傷付けられないなら、持ち物を傷付ければ良いじゃなーい」という短絡的な思考に基づいた犯行である。
虐メンはほくそ笑みながら、ソフィアのロッカーを開けて、中の物をめちゃくちゃに破壊して意気揚々と引き上げて行った。
そう、もうお気付きだと思うが、彼女達はソフィーのロッカーだと勘違いして、隣にあるソフィアのロッカーを荒らしたのである・・・
次の日の朝、ロッカーを開けたソフィアは絶句した。
「なによこれ・・・」
ロッカーの中は酷い有り様だった。教科書は全てビリビリに引き裂かれ、ジャージは上下とも無惨に切り裂かれ、備え付けの鏡は砕け散り、予備の筆記具は全てへし折られていた。
あまりの惨状に口をポカンと開けたまま固まっていると、
「どうした?」「どうしたんですか?」
不思議に思ったアレクとソフィーがロッカーを覗き込んで、やはり2人とも固まった。
3人が揃って石化していると、ちょうどレオナルドが側近3人を連れて登校して来た。
「アレク、お早う。なにしてるんだい?・・・これはっ!」
レオナルドも絶句したが、その後の行動は早かった。
「マシュー、監視魔道具の閲覧許可を学園長から貰って来い! デレクは職員室に行って担任の先生を呼んで来い! ブラッド、この教室から誰も出すな!」
「「「はっ!」」」
矢継ぎ早に指示を下す様は流石に王族といった所か。ちなみに監視の魔道具とは、貴族子女が通うこの学園における防犯対策として、魔法による監視・映像による記録を可能とした魔道具のことである。
更衣室やトイレを除く学園内のほぼ全てを網羅している。過去24時間以内に起こったことなら、遡って映像で確認することが可能で、要するに録画機能付きの監視カメラのことである。
3人がそれぞれ散った後、レオナルドが尋ねた。
「ところでこれは誰のロッカーだい?」
「あ、私のです・・・」
まだ呆然としながらソフィアが答えると、
「なに!? ソフィア嬢のロッカーだと!? 犯人は余程死にたいらしいな!」
レオナルドが憤怒の形相で叫ぶと、それを聞いていた虐メンは顔面蒼白になってカタカタと震えだした。
「殿下、学園長の許可下りました!」
「先生をお連れしました!」
「誰も教室から出ていません!」
3人からの報告にレオナルドは頷くと徐に宣言した。
「では諸君、断罪の時間だ!」
監視の魔道具が映像を映し出し、虐メンの犯行が明らかになると、彼女らはすっかり観念して踞った。
「全く卑劣な犯行だ、他にも余罪がありそうだな。先生、後はよろしくお願いします」
レオナルドが掃き捨てるように言った後、担任によって虐メンは連行されて行った。
「ソフィア嬢、さぞや怖かっただろうね。大丈夫、これからはずっと僕が守ってあげるから安心して」
やっと我に返ったソフィアだったが、レオナルドに手を取られてまた硬直してしまった。そこへ、
「抜けがけは感心しませんな、殿下」
「僕達だって居るんだからね!」
「ソフィア嬢が困ってるじゃないですか」
3人がレオナルドからソフィアを引き離す。
「な、お前達、主君に譲ろうという気持ちはないのか!?」
「あり得ませんね」
「寝言は寝て言って下さい」
「バカじゃないの?」
殿下と側近達が低レベルな言い争いを続けていると、
「はぁ~お馬鹿な殿方達ですこと。お姉様は私のモノだと言うのに」
「そっちこそなにバカ言ってんだ、ソフィアは俺のモノだ!」
今度はアレクとソフィーが言い争いを始めた。
「邪魔よ! 見えないじゃないの!」
目の前の2人をペイっと放り出し、推しメンが言い争う様を恍惚とした表情で見つめるソフィアは、全くブレないのであった。