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 オランジュはこういった事情を、言葉を選び、かいつまんで説明された。


「ブランディーヌに代わって、偉大なるルカ王に嫁ぐ。それがそなたの使命です」


 実の母親だという女性から、そう告げられた時、オランジュは途方もない疲れと、それを上回る怒りの二種類が全身をかけめぐった。

 二人目の娘可愛さに、自分は身代わりとして差し出されるのか。

 そのために、愛する養父母のもとから引き離されたのか。

 わたしだって、この女性の娘ではないのか? 妹を死者に嫁がせるのは哀れでも、わたしを嫁がせるのは哀れではないのか?

 そう、怒鳴りちらしてやりたかった。

 が、けっきょく、なにも言わなかった。

 すべての文句を呑み込み、哀れなうら若い令嬢の身代わりとなることを承知する。


「わたしの父、エルネストと母、アンナの命と生活を保証してください。特に父は最近、体調が優れないので、治療費も追加で。それを誓ってくださるなら、お望みどおり嫁ぎます」


 実の母は眉間にしわを寄せた。


「私があなたの母ですよ。養父母のことは忘れなさい」


「そちらこそ、今の今まで、わたしのことは忘れていたのでしょう? 死者に嫁がせて惜しくない程度の娘ではないですか」


 グレースは細い眉をつりあげたが、叱責などが飛んでくることはなく、オランジュもそれ以上の嫌味はやめた。

 同席していた使者の男が援助の件を請け負い、十四年ぶりの母娘の対面は終了する。

 母は妹を連れて部屋を出て行った。

 その優雅な背中に、少しも涙がにじまなかったといえば嘘になる。

 オランジュだってまったく期待していなかったわけではない。

 養父母から引き離してまで引きとるからには、会いたかった、待ち望んでいた、と明言してほしかった。抱きしめてほしかった。

 けれど、この対応のおかげですっきりしたのも事実だった。

 あの人はわたしの母親ではない。

 血はつながっているかもしれないが、グレース・ル・ブラン・オトテール夫人はオランジュの母親ではない。

 オランジュが母と認めるのは、養母のアンナただ一人。

 血はつながっていなくとも、養母アンナがオランジュのただ一人の母親だった。

 実際にグレースに会って、オランジュの心は決まった。

 ただこうなると、気になるのは父親の正体だが、聞きそびれてしまった。

『結婚前の火遊びの相手』と聞いているが、今も付き合いがあるのだろうか。実の父はオランジュの存在を知っているのか。知っているなら、彼女の身に起きた出来事も聞いているのか。今は、どこでなにをしているのだろう。

 訊いてみたくはあるが、簡単に教えてもらえるとも思えない。

 今は、養父母の生活を保証できただけで良しとしよう。

 オランジュは部屋を出て、侍女に先導されながら考える。

 村の父と母は、オランジュがルカ王に嫁ぐことを知らされるのだろうか。

 もし知ったとしても、はやまった真似はしないでほしい。

 ことは国王命令だ。下手に逆えば最悪、命の危険にさらされるかもしれない。

 廊下を歩きながらオランジュは裾をにぎりしめ、養父母の無事を祈った。






 こうしてオランジュはル・ブラン伯爵邸に引きとられ、数か月間、朝から晩まで正しい行儀作法や優雅な立ち居振る舞い、様々な教養を叩き込まれ、この年の最後の月に『ブランディーヌ・ル・ブラン・オトテール嬢』の名で国王に謁見した。

 国王からはその場で正式な文書が作成されて養女に迎えられ、ブランディーヌ・ル・ブラン・オトテールは『ヴィクトリア王女』となる。

 ヴィクトリア王女はそのまま年末まで王宮で過ごし、年が明けるとルカ王に嫁いだ。

 オランジュは真っ白な花嫁衣装を着て、祭りの行列パレードの時のような山車に乗せられる。彼女の隣にはルカ王を模した彫刻が赤い外套マントをはおった状態で置かれ、山車は王宮の中庭を出て、王都の大通りへと進んでいく。

 大通りでは道の左右を街の人々が埋め、祝いの花や硬貨がひっきりなしに飛んできた。

 本当に結婚式みたいだった。それも、めったにない盛大な式だ。

 やがて山車は城門を抜けて王都の背後にある小高い丘にむかい、日がすっかりのぼったあと、丘の上に建てられたルカ王の墓所と、それを祀る神殿に到着した。

 オランジュは彫刻と共に山車からおろされ、ずらりと並んだ聖職者達の中から特に豪華に正装した最高司祭が進み出て、「こちらへ」と墓所へと誘う。

 墓所は重々しい石造りの小ぢんまりした建物で、分厚い唯一の木の扉はすでに開かれ、中に灯りがともされているのが外から見える。

 この中にルカ王と、その仲間の英雄達が眠っているという話だが。


(まさか…………花嫁って、この中に閉じ込められるの!?)


 悪寒が走ったオランジュだか、最高司祭と数名の司祭も一緒に入ってくる。

 墓所は十人も入るとせまく感じられる程度の広さで、左右と正面に石の大きな棺が置かれている。

 特に、正面の棺は灯りで囲まれ、花がふんだんに飾られており、男の聖職者が二人がかりでルカ王の彫刻を運んできて、棺の前に置いた。

 つまりこの正面の棺に眠るのが、ルカ王というわけだ。

 オランジュはルカ王の棺の前、彫刻の隣に並ばされ、最高司祭によって結婚の聖句が唱えられて、誓いの言葉を求められる。


「王女ヴィクトリア。汝は王朝の祖、偉大なる英雄にして国王たるルカを夫とし、生涯の信頼と敬愛を誓うか?」


 そもそもこれは結婚式の真似事だし、オランジュの名前だってヴィクトリアではないし、王女ですらない。偽りばかりの結婚式だ。

 それでもオランジュは誓った。

 伯爵家のためではなく、自分の愛する養父母や村の人々のために。


「はい。誓います」





 こうしてヴィクトリア王女こと十四歳のオランジュは、亡き英雄にして王朝の祖、ルカ王の二人目の王妃となったのだった――――

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