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07:今後の課題と展望

 ”悪魔の指”の逮捕とその正体に、映画関係者は大騒ぎになった。

 勿論、近隣の村、エンブレア王国全体、さらにはベルトカーン国に限らず、全世界で話題になる。

 なにしろ、現代の殺人鬼が、二百年前の殺人鬼の映画の撮影に紛れ込んでいたのだ。

 『夕凪邸』は俄かに騒がしくなり、映画の撮影は止まってしまう。そもそも、出資者が逮捕されてしまったのだ。資金繰りも怪しい。


「どうなっちゃうのかしらね?」


「さぁ?」


 コレットはドレスの飾りを弄りながら、嘆息した。

 エドワードが犯人が捕まったお祝いと、みんなを元気づける為に、パーティーを計画していた。堅苦しい物ではないが、アリスとコレットは女優として、着飾らない訳にはいかなかった。


「ねぇ、あなたそればっかり付けているのね。

綺麗で高価なのは分かるけど」


 アリスは今日も、あの”呪いのアメシスト”のネックレスを付けていた。


「なぜかつい、これを選んじゃうのよ」


「いやだ、怖い。

どうせなら、それ売って、映画の資金にしちゃってよ。

あなたが四年も付けて、何にもなかったんだから、もう”呪い”なんてないと思われて、結構、高く買ってくれるかも」


「まだ映画に協力してくれるつもりがあるの?」


「勿論よ。サビーナ役は興味深いわ」


 それぞれめいっぱい一張羅を着こんだスタッフたちを見る。王都に帰って、新しい仕事を探し始めるような動きはなかった。誰もが、それぞれ、出来ることをしていた。

 アリスも弱音を吐いている場合ではない。ジェラルドは借金しても映画を完成させると意気込んでいる。映画がヒットすれば、すぐに取り返せるだろう。ヒットさせる自信もある。

 その大声が、止まった。

 扉が開いて、新しい客人が入って来たからだ。

 一斉に視線を集めた二人の長身の男性は、少々、気恥ずかしそうになる。


「シュミットさん?」


 アリスの声に、二人の男性が視線を送る。

 どうやら”どちらも”シュミットさんのようだ。


「初めまして。ハンス・シュミットです」


 灰色の瞳と黒髪の青年がはにかんだ笑顔を見せた。アリスは手を出そうとして、躊躇ってしまう。


「ごめんなさい……」


 すぐに失礼だと思い、改めて手を差し出したが、それは細かく震えていた。


「いいえ、とても恐ろしい経験をしたと聞きました。

どうぞお構いなく」


 ハンスは手を取らず、自分の手を胸に置いて、騎士のように一礼した。


「兄が私の名を騙ったこと、お詫びします」


「そうね……あなたのお兄さん、随分とあなたの変装がお上手だったわよ」


 それは痛烈な皮肉だった。ハンスはシュミットが演じたような、ぼさぼさの髪の毛でも陰気そうな男でもなく、むしろ明るくこざっぱりした様子の良い青年だった。

 隣に立つイザーク・シュミットが苦笑した。


「捜査に協力して下さって、ありがとうございます」


 前髪を上げ、タキシードを着た彼は、最高に素敵だった。コレットが「いやだ、シュミットさん?」とアリスの肩越しに、歓喜の声を上げる。


「ちょっと」


 肩にかかったコレットの手を、アリスは掴んで、部屋の隅へと引きずって行った。


「何よ」


「シュミットさんは私が先に目を付けたんだからね」


 アリスが凄むと、コレットは鼻で笑った。 


「それが何だって言うの?

恋愛は早い者勝ちじゃあないのよ」


「コレットにはエドワード兄さまがいるでしょう!」


「そうなの! どちらも捨てがたいわ。ハンスさんの方も素敵だし。

いやだ、コレット、困っちゃう!」


「はぁ?」


 ばっかじゃないの。

 なによ、そっちこそ!

 この尻軽!

 あんたに言われたくない。


 綺麗に着飾った美しい女優が、小声で罵倒し合い、髪の毛を引っ張り合い始めたので、周囲は呆気に取られた。


「おいおい、何をしている。

アリス、止めなさい!

お前はいつまでたっても、そんな子どもみたいな真似を。

コレット嬢、すみません……こら! アリス!」


 コレットの向う脛に、蹴りを入れているアリスを、エドワードが引き離す。


「”魔女の部屋”に入れるぞ!」


「構わないわよ! 私もう、あの部屋、怖くないわ!」


 そう言ってからアリスは、背中に戦斧が刺さったフォルクナーの姿が脳裏に浮かび、首を振った。「やだ、やっぱり怖い!」

 つい、昔と同じ脅し文句を使ってしまったエドワードは妹の心情を汲んで、急いで抱き締めた。


「ごめんよ。アリス。怖かっただろうに」


「やめてよ! 恥ずかしい。それに髪のセットが崩れる!」


 兄の懐から抜け出すと、イザーク・シュミットも痛ましそうな顔をしていた。コレットもどことなく申し訳なさそうだ。

 そこでアリスは焦った。


「もうこの話はお仕舞! 今日は、楽しみましょう」


 シュミット兄弟の到着により、客はすべて揃った。シャンパンの入ったグラスが煌めき、乾杯の声が響いた。

 

 ハンスは自分の印税を、全て映画の製作費に使って欲しいと申し出て喝采を浴びた。


「また新しい本を書いたんです。

こんどはストークナー公爵フィリップが実は国王の子どもではなかったという話です」


 あっという間に、喝采が止み、戸惑いが広がった。

 ストークナー公爵はオーガスタのもう一人の弟だった。王弟であったが故に、ロザリンドによってその息子・トーマスを殺されてしまう。

 ただし、トーマスは難を逃れ、生き延びており、ロザリンド失脚の際、大きな力となった。その後、プラントハンターとして世界を周り、消息を絶ったが、ここでも、実は東の果てで生き続け、そこの王さまになったという伝説が残る。

 その波乱万丈の人生から、また人気の高い人物だった。

 

 エンブレア国民の当惑を余所に、ハンスは一人、話し始めた。


「私は、”王家の妙薬”がどうやって、ニミル公爵夫人オーガスタの手に渡ったのかを考えてみたのです。

大陸の王室に代々伝わり、無味無臭で恐ろしいほどの効果を発すると言われた毒物”王家の妙薬”は、元は神聖イルタリア帝国に端を発することが分かっています。

オーガスタの周りには、二人、神聖イルタリア帝国に関わりある人間がいました。

そう、オーガスタの母親と娘です」


 一斉に息を呑む音が聞こえた。ここであのヴァイオレットの名が出てきたら、暴動が起こりそうな雰囲気だ。

 ハンスの兄のシュミットとアリスの兄のエドワードが、どうしたものかと顔を見合わせている。


「私はオーガスタの母親が怪しいと思っています」


 今度は一気に、息が吐き出される音がした。オーガスタの母親は、ロザリンドと並ぶ、不人気な王妃の代表格だった。


「オーガスタの母、いわゆる”あの外国の王妃”は、”花麗国”出身の王妃でした。

その母親は、神聖イルタリア帝国の出身だった。

そのルートで”王家の妙薬”はエンブレアに持ち込まれたと考えます」


「その根拠は?」


 ジェラルドが興味を持つ。


「夫である王の早死にです。

突然の死でした。

そこで、ある仮説が立ちます。

もしや王を殺したのは王妃ではなかったか、と」


「なぜ殺す必要があったと思うのだ?」


「それこそ、ストークナー公爵フィリップが王の子どもではないという証拠です。

王は王妃の腹の中の子どもが自分の子ではないと気付いたのではないでしょうか?

それで王妃は”王家の妙薬”を使って、衝動的に殺してしまったのです」


「うーん、それではやや弱いな」


 ハンスはその反論も予想していたらしい。


「ですが、オーガスタはロザリンドを殺さなかった。

王甥を殺したはずのロザリンドを、です」


 もしかしたら、トーマスは正当な王位継承者ではなかった。だから、ロザリンドがトーマスを殺しても構わない。むしろ穢れた血の排除として歓迎した。

 

「フィリップはあの状況でありながら、最後まで王位を狙おうとしなかったし、オーガスタも彼ではなくロザリンドの産んだ王太子にこだわって、彼の即位を推し進めた。

オーガスタもフィリップも、彼がエンブレア王家の血筋ではないと知っていたのかもしれません。トーマスはエンブレアに残らず、ストークナー公爵家はたった一代で断絶した……」


 ジェラルドが手を叩いた。


「面白い話だ」


「でしょう?

出来ればストークナー公爵の遺骨の遺伝子を調べてみたい……」


「ハンス、そろそろ止めろ」


 またもや二国間の友好関係にヒビが入りそうな弟の発言に、ついに兄が止めに入る。

 エドワードも続く。


「エンブレア~ベルトカーン便の利用客数にも影響があるんだよ!」


 純粋なる学門を、権力が邪魔するとはなんたることだ! 

 嘆くハンス・シュミットを、二人がかりで連れ出して行った。


「あれ……パス」


 コレットが断じた。


「シュミットさん……大変だったのね……」


 アリスが同情した。

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