タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「よ」 ‐世・予・夜‐
や行
世の中ってなんだ。
社会ってのはどこにあるんだ。
行政っていうでっかい機械があるのか。
今日もテレビで偉そうなこと言うコメンテーターという名の中途半端な芸能人が
「社会全体で考えていかなければならない問題ですね。
行政もしっかりして、いじめがなくなっていく世の中になることを願います」
などと、なんの解決もしない言葉で締める。
いや、ぜんぜん締まってない。
次のどうでもいい芸能ゴシップに移るために、ありきたりな言葉でつまらない作文を終わらせるだけだ。
なんの意見もない、作文。
公的な場で、意見なんか言っちゃいいけないからなんだろうね。
不登校一週間目のあたしは、居間で一人、テレビを見ながらため息をついた。
今日もどこかで、あたしと同じ義務教育中の生徒がいじめによる自殺者となった。
最初は、自殺に焦点がおかれ、いじめがあったかなかったかになって、学校での状況
家庭環境にどんどん話が変わっていって、いじめ事態が問題視されなくなって、
最終的にはいつも、学校とか、家庭とか、世の中とか、
とらえどころのないもののせいになっていく。
そういう報道になんの意味があるんだと思いながら、
誰かがまた死んだのかと知ると、怖いなって思える心を持ってる自分に安心する。
自分の部屋からは出られる。
でも、学校には行きたくない。
小さなことでいちいち怒る器の小さな人に思われたくなくて、
なんでも受け流して来たら、受け流しきれなくなった。
分かってて無視していたのに、何も感じないバカだと思われることに耐えれなくなった。
それを分からない周りがバカなのだと言っても、バカに何を言っても伝わらない。
伝わらないなら、しかたがないという態度でいたら、寂しがり屋のいじめっ子が
全クラス味方にしたかのように攻撃してきた。とても幼稚な方法。
上履きに土入れるとか、教科書破るとか、トイレに入ったら上から水かけるとか。
いじめに屈したわけじゃない。
戦わないために、学校に行くのをやめた。
成績はいいので、親も先生も、学校を休むことにしばらく何も言わない。
母親なんかは、休んでいるのをいいことにあたしを都合よく使う。
さっきも「忘れ物しちゃったから届けてくれない?」とメールが来た。
母はふたつ隣の駅にある予備校で事務をしている。
現役高校生のみ対象とした大学受験を専門にしたそこそこ大手の予備校。
試験シーズンは忙しくなるので、あたしを家で一人にはしておけないと連れていかれ
何度かそこで宿題をさせてもらったことがある。
母に忘れ物を届け、自販機の前にあるソファーでココアを飲んでいた。
高校生は学校に行ってる時間だから、まだ誰もいない。
「あれ、真代ちゃん休み?」
講師室から出てきた数学講師の誉先生が声をかけてきた。
年齢不詳で誰よりも学生みたいだけど、頭よすぎてわけわかんない領域を生きている感じがする人。
先生目当てで理系じゃないのに短期講習だけ受講する女子高生がいるほど、結構イケメン。
「不登校中です」
「それは楽しそうだね」
「楽しくはないですよ」
「そう? 僕は中学の時、学校が合わなくてね。よく休んで図鑑とかずっと読んでたよ」
「はあ」
先生は自販機でコーヒーを買いながら懐かしそうに喋りだした。
「軽くいじめられてさ、学校行かなくなったら担任の先生が家まで来てくれたんだけど、
なんかドラマに影響されすぎの熱血先生でさ、困ったね」
「なんて言われたんですか?」
「今は辛いかもしれないけど、一緒に頑張ろう。朝が来ない夜はない、笑える日が来るから、って」
「はあ、面倒くさそうですね」
「朝が来きたら天動説だろ。朝は来るもんじゃない、地球の方から迎えに行くんだよ」
「え? そこ?」
イケメンだけど、結婚できなそう。
彼女とかいるのかな、会話かみ合わなそう……
あたしは、先生を男性として分析してしまいつつも、さらりと凄い大発見をした気がした。
そっか。
夜と朝は宇宙の中で違う場所に存在してて、地球が動いてるんだよね。
それが地動説だ。
光が勝手に差すんじゃない、光に自ら向かってるんだ。
「そう言われると人間と同じように地球にも意志があるみたいに思えますね」
「フラクタルだね」
「え?」
「自己相似形」
うう。ダメだ。ついていけない。
「マクロに見た時と、ミクロに見た時の姿がそっくり同じものを言うんだ。
分かりやすいのは、ブロッコリーとか。お弁当に入ってるサイズの一ブロックが
ブロッコリー全体、一株と同じ形してるだろ」
はあ。図形の問題ね。
そりゃ、ブロッコリーの説明は分かるけど、地球と人間は形違うじゃん。
自分の得意分野に無理やり持っていこうとしてる?
この人、完全に自分の世界入って彼女置いてけぼりにするタイプだろうな。
残念なイケメン。
「部分を見ると全体が分かる。一事が万事。世界は自分。自分は世界って思うと楽しくない?」
「え」
「世の中は、予の中にある。なんて。『よ』ってのは、なんか昔話に出てくる
偉い王様が自分のことを言う時に使う『予』ね。ほっほ予は満足じゃとかいうやつ」
世の中……
形のないもののせいにする報道に苛立ってた朝。
勝手に形のないものだと解釈して、自分自身が目を逸らしていたのかもしれない。
夜が来るわけじゃない。自分で夜に向かってた。
その夜は、休むために大事な時間だった。
あたしが受け取るのがは光か闇かは分からないけど、明日、学校に向かってみようと思った。
地球が、朝を迎えに行くから。