表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「短編」

「責任」

作者: 晒す者

 十二月。すっかり寒さが体を苛める季節になった頃の夜。

 俺は勤務先の工場から、アパートの三階にある自宅に帰ってきていた。


「くそっ!」


 正直言って、今の俺は機嫌が悪い。今日は仕事でミスをして、同僚から白い目で見られてしまったのだ。

 あの工場に、俺の居場所は無い。いや違う、俺はあんなところにいるべき人間じゃない。俺は善行を積み重ねる、あいつらでは及びもつかない偉人なのだ。


 そう思いながら、数世代前となったモデルのノートパソコンを立ち上げる。


 起動画面が終わり、デスクトップが表示されると真っ先にインターネットに繋ぎ、お気に入りにある匿名掲示板の名前をクリックする。

 今日も幾多のスレッドが立てられている。俺はその中でも、目的のスレッドを絞り込むためにスレッド検索欄に、文字を入れる。


 「フリーター」、「ニート」などの文字を入れる。


 すると絞り込まれたのにも関わらず、尚も数多くのスレッドが表示された。いかにこれらのワードが、皆の興味をひきつけているのかがわかる。

 だが、俺の目的はさらに特定のスレッドだ。上から順に、目的のスレッドが無いか探してみると――


 あった。


「25才のニートだけど、まだ大丈夫だよな?」


 これこそまさに、俺が探していたスレッドだ。

 1レス目を見てみる。


「まだ、人生逆転出来るよな?」


 と、書かれていた。

 こいつだ、まさに理想のスレ主だ。俺は心が躍るのを自覚しながら、ログを追っていった。


「27までなら平気」「資格とれば?」「いますぐ動け」


 などといったレスが並んでいる。


 バカが。


 フリーターやニートを安心させてどうする。希望をもたせてどうする。

 こいつらは社会のゴミだ。お荷物だ。こいつらに引導を渡すのが、社会貢献だ。

 だから――


「もう何をしても無駄だよ。そのまま生きていても仕方が無いから、さっさと自殺しろよ。クズニート」


 と、書き込んでやった。すると――


「正論キタ!」「同意」「早く死ねよ」


 というレスがついた。


 ああ――気分爽快だ。このレスを見て不安に駆られたニートを想像すると、溜飲が下がる。

 同時に、俺は社会のお荷物を排除する善人だという誇りを感じる。

 フリーターやニートは社会の癌だ。社会のために、全員今すぐ自殺するべきだ。我ながら、なんて正しい価値観だ。

 そう思っていると――


 ピンポーン


 玄関の呼び鈴が鳴った。

 誰だ、こんな至福の時間を邪魔する奴は? そもそも、俺を訪ねてくる奴は殆どいない。

 新聞の勧誘か何かと思い、ドアののぞき穴を見てみると――


 高校生くらいの女がいた。


 何だ? こんな知り合いはいない。

 そもそもこんな時間に、あんな年齢の女と関わるのは絶対ヤバい。そう思って、無視しようとした。だが……


 カギを回す音が聞こえ、玄関のドアがゆっくりと開く。


 何だと!? 何であの女、俺の家のカギを持っている!?

 ストーカーか!? やっぱりヤバイ奴なのか!?


 緊張した心で、招かれざる訪問者を見つめる。やはり、そこには高校生くらいの女が立っていた。


「お、お前、なんでカギを持っている!? どういうことだ!?」


 すっかり動揺してしまったが、大声を出して威嚇する。

 だが、女は少しもたじろぐことなく、家の中に入ってきて……


 頭を下げた。


「すみません。私は、このアパートの大家の孫です。××さんですよね?」

「え!? あ、ああ……」


 大家の孫? それなら、カギを持っていても不思議じゃないが……


「ほら、これが証拠です」


 そう言うと、女は生徒手帳を取り出し、顔写真と名前を見せる。確かに、大家と同じ苗字をしていた。


「だ、だが、いくら大家の孫だと言っても、勝手に入るとはどういうことだ!?」

「すみません、ただ××さんにどうしてもお願いしたいことがあって」


 お願い? 大家の孫が?

 何か力仕事を手伝って欲しいのだろうか。しかし、こんな夜中だぞ?


「……わかったよ、話だけは聞いてやる。それが終わったらすぐ帰れよ」

「そんなにお時間はとらせないと思います。××さんの得意なことですし」


 俺の得意なこと? 一体何を頼むつもりなんだ?


「えっとですね……」


 俺は次の言葉を待つ。



「私を殺してもらえませんか?」



 その言葉に、頭を殴られたかのような衝撃が走った。


「な、え……何を……?」

「だから、私を殺すんです」


 何だ!? なんだなんだ!? やっぱりヤバイ奴なのか!?

 いや待て、カギを持っていて大家と同じ苗字ということは、大家の孫なのは間違いない。だが、こんな変人なのは予想外だ。

 いや、落ち着け。こういうのは強引に追い出したほうがいい。後で大家に文句を言ってやる。


「バカなことを言うんじゃない! 何で俺がお前を殺さなければならねえんだ!」

「え? だって、得意じゃないですか。あなたは人を殺すのが得意じゃないですか」


 そういえば、俺の得意なことをしてもらうとか言っていたな。いやいや、俺はそんなこと得意じゃないぞ!?


「ふざけるな! 人を勝手に人殺しにするんじゃねえ! 大体、お前のせいで俺の人生を台無しにしてたまるか!」


 だが、俺がひとしきり叫んだ後――

 女の雰囲気が変わった。


「そうですか……やっぱり、そうなんですね」


 何かを納得したようだが、俺にはさっぱりわからない。



「あなたは人を殺しておいて、人の人生を台無しにしておいて、その『責任』は絶対にとらないんですね」



 あ? 何を言っているんだ?


「そのパソコン」


 突然、女が部屋の中にある俺のノートパソコンを指差した。


「それで何を書き込んでいたか知っています」


 知っている? 俺が書き込んだこと?


 ――ニートは自殺しろと書き込んだこと。


 え? まさかこいつ……


「ネットで『自殺しろ』って書き込んだことを人殺しって言いたいのか?」


 俺の出した答えに対し、


「ええ、そうです」


 女は当然の如く言い放った。


「ふざけんな! 俺の書き込みで人が死のうが知ったことか! 大体、何でそれを知っている!? 俺を見張っていたのか!?」

「ええ、祖父に頼んで、この部屋に隠しカメラを仕掛けました」

「隠しカメラだと!?」


 なぜ!? なぜ俺は見張られていたんだ!?


「あなたは日常的に、ニートやフリーターに対し、『自殺しろ』って書き込んでいたそうですね」

「だから何だ!? あいつらは社会のクズだ! 死んだところで何も困らない!

 俺のやっていることは社会貢献だ!」


「だったらなぜ、救いを求めているであろうスレッドだけを狙ったのですか?」


「な、何を言って……」

「あなたの理屈で言うと、社会復帰する気のないニートの方が、より害悪のように思えます。なのになぜ、ニートから脱しようとしている人だけを狙ったのですか?」

「そ、それは……」

「大体、想像がつきます」



「自分の手を汚さず、他人を破滅させるのが楽しいんですよね?」



「な、何を言ってやがる!」

「完全に諦めている人は逆に絶望に陥りにくい。あなたはそれをわかっていた。

だから、ニートから脱しようとしている人を狙ったのですよね?」

「ち、ちが……」

「違うのなら、どうして全部のニートが対象じゃないんですか? いや、そもそも……」


「ニートが憎いなら、どうして直接殺しに行かないのですか?」


「ふ、ふざけるな! そんなことしたら……」

「そう、そんなことをしたらあなたは破滅する。あなたは他人を破滅させたいけど、自分は破滅したくない」



「そんな、最低な人間です」



 最低? 俺が? 違う!

 俺は善人だ! この世から社会のクズを排除する正義だ!

 それをこんな小娘が……


「黙れ、だまれえええええええ!」


 そして、気がつくと……



 そばにあった、包丁を女の腹に刺していた。



「……え?」


 笑っている。女は腹を刺されているのに笑っている。

 口から血を吐き出しながら、言葉にならない言葉を放っている。

 だが、俺にはなぜか、何と言っているかはっきりとわかった。



「『責任』……とってくださいね」



 我に返った俺の目の前には――


 血まみれの、女の、死体。


「あ、あああああああ!」


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。


 人を殺した、殺してしまった。

 ヤバイ、どうする、どうする!


 あ、ああそうだ。掲示板だ。俺は正義の味方なんだ。誰もが俺の味方をするはずだ。すぐにスレッドを立てる。


「正義の味方だが、悪を殺してしまった。お前ら助けろ」


 来い! 俺を助けに来い!

 だが、次々とついたレスには――



「通報しました」「バカがきたぞ」「釣りだろ」



 何を言っている!? 早く俺を助けに――



「あーあ、お前の人生終わったな」



 終わり? 俺の? 人生?


「あ、あ、あ」



「ああああああああああああああああ!」






 ――次のニュースです。

 昨夜未明○○市、△△区の路上で男性が頭から血を流して死亡しているのが、見つかりました。


 なお、現場そばのアパートにある男性の自宅からは、腹部から血を流した少女が見つかっており、病院で手当を受けていますが、男性の事件への関与が疑われています……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  すごいヒロインですね……すごい好みです。  ……と、この短さとシンプルな設定で思わせてしまう巧さが謎です。  技術の高さもありそうですが、やはりテーマに対する熱量が大きいように感じます。…
[良い点] 続いてこちらも読みました。 前回に引き続き、その人の正義とはって感じのテーマだなあと感じました。 まさにあの掲示板の流れ…なんて思いつつ。 大家の孫すごいですねw 責任とってくださいねっ…
2014/10/25 23:31 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ