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冥土の土産  作者: raina
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第二章②『おかえり。ただいま。』

第二章②『おかえり。ただいま。』


 そこに立っていたのは、森羅の知らないメイドであった。


 肌の色は褐色で、日本人には見えない顔立ちをしている。

『たっく。 まだここじゃ、ソウルチタンも火薬として実用化されてないのかよ。臭くてかなわないな』

 そう言った荒っぽいメイドは、自動式拳銃を腰に収めると、エプロンドレスを軽く叩いて、付いた埃を払おうとする。

『ん?』

「うっ!」

 目の前に突然現れたアフリカ系の外人に唖然とする森羅。

そして、食い入るように見るのであった。

 まあ、分からないでもない。

 脱獄に失敗し、牢獄に入れられ、現実に打ちのめされて少しナーバスになっている所へ現れたのが、この全く面識の無い外人で、しかもメイド服を着ているのだ。

 落ち着けというのが無理な話である。

 そしてそのメイドは、静かな足取りで、森羅の入っている牢獄の鉄格子の前にまで移動する。

『あんたが里中森羅?』

「へ? ………… 、あっ! はひ!」

 そのメイドが話す言葉は英語であった。

 それでも名前を尋ねただけでなので、理解は出来そうなのだが、テンパっている森羅にとって、その簡単な英文も、耳から入って反対側の耳に抜けていくようで、意味を理解するのに数秒の時間を要するのであった。

『へ~、………………』

「????」

 メイドは、森羅の顔や体を舐め回すように見る。

 その遠慮なく向けられる視線に、さらにうろたえた森羅は、よく分からないことを言いながら落ち着きのない鼓動を鎮めようとする。

『…… 意外と普通だな』

「あえ、は、い?」

『ありゃ?…… あ、そうか。英語分かんないのか。じゃーえーと」

 メイドは、森羅の?と言う記号がピッタリな素振りに事態を理解し、カタコトな日本語で森羅に語りかける。

「あー、あたしの名前は、トリア・リイスキィー・ジャンルグメルト。おっけー?」

「お、おっけー」

「あたしは、貴方を助けに来る」

「来た?」

「そう、それ」

 目の前の外人の口から母国語が聞こえ、森羅はそれに少しだけ救われたように感じるのであった。

「いちお、日本語は話せるけど、多くは期待しないで」

 トリアは、襟足をすくように弄りながら、少しだけ罰が悪そうな顔をする。

「ぜ、全然大丈夫れすよ?」

「良かった」

 トリアは、鉄の格子の出入り口部分に手をかける。

 そして、エプロンドレスの内側のポケットから、この牢獄の鍵と思われるものを取り出し、解錠にかかるのだった。

 カチッ、―ギイィィィ

 鍵が外れる音が聞こえ、鉄の格子の扉が開かれると、トリアは森羅の座り込んでいる牢獄内に足を踏み入れた。

「というか、何でこんな所にいたの?」

「色々ありまして……」

 森羅は恥ずかしそうにして、トリアから向けられる眼差しを受け止められず、視線をそらすのだった。

 脱走に失敗して、メイドに捕まったなどと言えば、男として格好がつかないだろう。

 そんなことを考えながら、森羅は事実の隠蔽に図るのである。

「? まあ、良いけど。ほら、手をかして」

 トリアはへたり込んでしまっている森羅の傍まで来ると、同じ目線になるように腰を落とす。

 そして、枷で思う様に動けなくなってしまっている森羅の肢体を要求するように、手を向けるのだ。

 ガチャッ

 トリアは、鉄の格子と同じように、何処から仕入れてきたのか分からない鍵を取り出して、両手両足の順に、森羅の自由を奪っていた枷を、淡々と外していく。

 そして、ものの数秒の内に、全ての枷を外し終わった。

「どうも」

 森羅は、トリアに軽く頭を下げて、感謝の気持ちを伝えるのだった。

 トリアは外した枷を牢獄の隅の方に投げ捨てると、もう一度森羅に向き直る。

「????」

 森羅にはもう枷は付いておらず、自由に自分の意思で動くことが出来るのだが、それでもトリアは森羅の傍から離れようとはせず、ただ真剣な眼差しで森羅の方を見つめるのであった。

 そして、その視線に耐えられずに、森羅が視線を横に背けると、トリアは動いた。

 クイッ

「え?」

 トリアは森羅との距離をさらに詰めると、森羅の顎を掴み、唇がくっついてしまいそうなほど自分の顔を森羅の顔に近づける。

 ジイィィィ

「!”#$%&’()」

 あまりの予想外のトリアの行動に、森羅の頭はもう真っ白になり、言葉にならない声を上げる。

 トリアは綺麗だった。

 清らかなお姉さんというイメージからはかけ離れているというのは、肯定すべき事実だが、それでも彼女の整った顔立ちと、少し日に焼けたような褐色の肌は美しく、快活なイメージを彷彿とさせる。

 そんな美女と口付けを交わしてしまいそうなほど顔を近付けている森羅は、もう何がなんだか理解できないでいたのだった。

「あんた…… オッドアイか?」

「え…… あ、はい」

 そんな胸が爆発してしまうのではないかと心配するほどの心音の高鳴りに、トリアが告げたのは、森羅の頭で展開される甘い世界とは全く別物であった。

 その言葉に森羅は、少しずつ落ち着きを取り戻すと共に、恥ずかしがって取り乱した過去の自分に、心の中でツッコミを入れるのである。

 虹彩異色症【オッドアイ】。

 虹彩異色症とは、左右の眼で虹彩の色が違う人の事を言うのだ。

 森羅の眼は、左が混褐色で右が淡褐色であり、遠目から見たら少し分かりにくいが、確かにその瞳の色は左右で違う。

「綺麗だ」

 ドキッ

 トリアは少し難しそうな顔付きを和らげて、優しい笑みを森羅に向ける。

 その柔和な空気を醸し出すトリアの笑顔に、森羅は心を奪われてしまったかのように見とれるのである。

「さて、じゃー行きますか」

 トリアは勢い良く立ち上がると、森羅の方へきめ細かい肌をした手を差し伸べる。

 しかし、森羅はまだ放心したままで、トリアから差し伸べられた手を握る事すらままならない。

 それにトリアは少し困ったように頬をかくと、森羅に告げた。

「そんな顔してたら、あんたに一番会いたがってる人が泣いちゃうぜ?」

 森羅は一瞬で現実に引き戻される。

 森羅にはトリアが言う人物が誰なのか分かっていた。

 三年間顔を見ていない。短い人生の中のたった三年間なのに、森羅にとってはその三年間は、何十年も声を聞いていない程、とてつもなく長いものに感じられたのだ。

 それほどに、その人物は森羅にとって、特別な人で、大切な家族なのだ。

森羅は、はやる気持ちを抑えられない。

そして今度こそ、トリアの差し伸べられた手を、しっかりとした意思と共に握り返すのであった。



「ご主人様を返してもらいにきました」

「偉く図々しいわね、貴方。人の家に勝手に足を踏み入れて、不法侵入よ? 訴えるわよ?」

「申し訳ございません。ノックをしても、返事を返して下さらなかったので」

「その場で待ちなさいよ。今時、アナログ式のチャイムをする人も珍しいし。インターフォンが目に入らなかった?」

「これほどの豪邸に使えているメイドが、まさか来訪者のノックにも気付かない程の腑抜けであるとは思わなかったので」

「言ってくれるわね」

此処は、お屋敷のエントランスホールである。

 天井を見上げると、一本の装飾金属から、湾曲するようにして何本にも枝分かれした、シャンデリアがつり下げられている。装飾的なシャンデリアは、カットされたガラスによって複雑な光線をうみ、広々とした空間全体を照らし出す。

 エントランスホールの両側からは、広々とした螺旋階段が続き、赤い絨毯が敷き詰められている。

 このエントランスホールも森羅の部屋同様に、上流階級の品格をホール全体から醸し出しているのだ。

 その見渡す限りを、高価なもので飾られているお屋敷のエントランスホールの中央で、今まさに、二人のメイドが火花を散らしているのだった。

「じゃー貴方なら何処にいても来訪者のノックに気付ける、 とでも?」

「ええ」

「それが出来たら化け物ね」

「ものには、何事にも段取りと言う物があります。まぁ、化け物とは良く言われますが」

 そのメイドは、花鈴とルーナであった。

 ルーナがお屋敷に侵入して徘徊している所を、同じく歩き回っていた花鈴と鉢合わせし、今に至る。

 二人は対面すると直ぐに、お互いが放つ空気と言う物を感じ取り、かみ合わないなと胸裏で呟く。

 その予想は的中し、言葉のキャッチボールを交わす度、冷静な二人の表情とは裏腹に、心は皺を募らせていく。

「御託を並べるのは良いですけど。法的に見て悪いのは貴方ですよ?世間一般の常識から見ても、間違っているのは貴方です」

「そうですね。世間一般の常識から見て、私の方が間違っていると思います。……ですが…… 法的に見て、私が間違っているという事は何もありません」

「どう言う事かしら?」

 絶対の自信を持って言い放った花鈴の言葉に、落ち着いた表情でルーナは、一部訂正を求めるのだった。

 花鈴は、そこで初めて眉間に皺を寄せる。

自分が想定していた反応と違う反応を示す目の前のメイドに、怪訝そうに、証明して見せろとでも言うように、目で促すのである。

 その静かな訴えに促された訳でもなく、表情を全く変えないルーナは、エプロンドレスに取り付けられたポケットから、綺麗に折りたためられた一枚の紙を取り出す。

 そしてそれを丁寧に広げていくと、花鈴に見える様に掲げて持ち、続けるのであった。

「私は、メイド協会に推薦されたメイドです。メイド区画への移住の権利と共に、私が指名したご主人様は、貴方が今現在仕えている、里中森羅様です」

「わお」

 ルーナが公言した内容に、花鈴は意表を突かれたかのように瞳孔を少しだけ見開く。

 不法侵入してきた何処の出かも分からないメイドが、メイド界でも屈指の者にしか手に入れる事の出来ない権利を行使してきたからだ。

 その事実によって、花鈴とルーナの間では埋める事の出来ない差が生じる。

 花鈴にとってルーナは、気安く言葉を交わせるほどの地位の者ではないのだ。

 しかし、その現実を突きつけられても、花鈴は先程の言動も対応も改めると言う事は無く、ただ覆す事の出来ない現実に、お手上げとでも言うように両手を広げるのだった。

「その年で凄いわね。私とは大違い」

「ありがとうございます」

 どうしようもない地位を見せつけられても動じない花鈴。

その無礼極まりない花鈴の対応に、ルーナはムッとすると言う事は無く、寧ろその遠慮の無い姿勢に、少しだけ感心する。

 ルーナは、地位を利用すると言う事をあまり好ましく思っていない。

 それはルーナが、本当の地位と言う物を得るのがどれほど大変で、どれほど意味の無い事かを理解しているから。

本当に才能のあるものは、たとえ地位が及ばずとも働きは優れたものであるし、才のある上司は、そんな有能な部下を肩書きで蔑になんかしたりしない。

 本当の地位なんてものは、才能や努力の後に付くものであり、だからこそ本当の地位は、肩書きでは無く、働きでしか示せないのだ。

この状況では、どうしても目的を達成できないので、仕方なく公言しているのだが、ルーナにとってそれは本意では無かった。

だからルーナは、そんな上下関係無しに、屈託なく話しかけてくるメイドに、少しだけ親しみを持てたのだった。

「ふーん」

「…………どうかしましたか?」

「いや、別に」

 花鈴は推し量る様な目でルーナを見ると、不意に意地悪そうな顔でニヤリと笑う。

 それにルーナは、訳が分からないとでも言うような顔でポカンとすると、軽く首を傾げて、花鈴のぶしつけな態度で向けられた視線を受け止めるのだ。

 花鈴はそんな頼もしいメイドへ悪意に満ちた目を向け、その頑丈なメンタリティの揺さぶりにかかる。

「家の森羅は渡しません」

「なっ!?」

 その挑戦的な花鈴の言葉に、ルーナは何かを感じ取る。

 メイドという立場にありながら、ご主人様の事を呼び捨てで呼んだ目の前のメイドにルーナは度肝を抜かれるのだ。

 そしてそのご主人様は、ルーナにとって大事な、大事な人である。

花鈴の少し胸を張って告げられた言葉に、ルーナはどこの馬の骨とも分からない女と森羅との関係性にただならぬ不安を抱えるのであった。

「仰ってる意味が分かりませんが」

 その瞬間エントランスホールは、緊迫した空気に包まれる。

 ルーナは少しだけ取り乱した後、また凛とした態度で花鈴の挑戦的な目に答える。

 そのルーナの目は、明らかに今までのものとは違う。広く見透かしたような瞳孔の奥では、静かな青い灯が燃え上がっているようである。

「あら、分かりません? 法を行使して、貴方が私と森羅の仲を引き裂いたとしても、貴方の力じゃどうにもならない。赤い糸までは引き裂けない」

「意外にロマンチストなんですね。赤い糸とか…… 痛いですよ?」

「そうね。でも森羅は、ロマンチストで華のある女の子と、真面目で年甲斐も無く地味な女の子、どっちが好きでしょうね?」

「私は華が無いと言いたいのですか?」

「そう言う訳じゃないけどね。…… あ、やっぱりそう言う事にしとくわ」

「貴方、かなり性格歪んでますね」

「本人を目の前にして、面と向かって言う台詞じゃ無いと思うけど?」

 バチバチッ

 二人のメイドの間では、今にも発火してしまうのではないかと思われるほど、火花の勢いが増すのである。

 交わした言葉の数だけ、心の距離が離れていく二人。

お互いにどうやっても相いれないと悟ったのだろうか。もはや、歩み寄ろうとする心遣いも、心情の一端にすら湧きはしなかった。

 そんな刺す様な刺激的な空気が、エントランスホール全体にまで膨れ上がろうとした時、

二人の耳へ万感の思いが込められた声が届く。

その声がエントランスホールに響き渡ると、ちょっとやそっとじゃ引き裂けないこの張りつめた空気は、一瞬の内に、その誰かによって引き裂かれてしまったのだった。

「ルーナ!!」

「…………あ」

ルーナは、一度たりともその声色を忘れる事なんて無かった。

 自分の記憶のものとは、少し低くなってしまったけれど、それでも心地良く耳に入ったその声は、あの人の者だと分かる。

 抑えた怒りによって、気持ちが波立っていたルーナだったが、今は別の意味で激しく心が乱れるのだ。

 ルーナは、声の聞こえた方へと視線を向ける。

 そこに立っていたのは、小さなご主人様の面影を残しながら、背丈を伸ばした男の子。

 久しぶりの再会に、その男の子は、はにかみながら少し笑みを浮かべる。

 その顔は、ルーナの記憶と瓜二つのもので、その顔を向けられたルーナの胸中は、嬉しさや恥ずかしさ、様々な思いで満たされるのだった。

 その少し大人びた小さなご主人様は、森羅である。

森羅は、ルーナとの距離を埋める為に足を動かし、螺旋状の階段を遅すぎず速すぎず、一歩一歩赤い絨毯を踏みしめていく。

 そして、ルーナの傍まで歩み寄ると、後頭部を擦りながら、口を開いた。

「ひ、久しぶりだね」

 森羅は、色あせない美しい銀白色の髪を靡かせ、昔と変わらない、いや、より一層美貌に磨きをかけているルーナに声をかけた。

 恥ずかしさのあまり、森羅はルーナの視線を受け止められない。

「あ…… え、えっと、ルーナは元気そうで…… 良かったというか。久しぶりすぎて、なんか上手く喋れないんだけど。と言うか、人と話すのもままならなかった訳で…… トリアから話は聞いたから、事情は大体分かるけど、あれ?俺なんかおかしいかもしれない。上手く言葉が出な―ッ」

 森羅は言葉が見つからず、一人で空回りしている。

ルーナはもう抑えられなかった。

 ルーナは抱えきれない程の思いに、耐えて、耐えて、今やっと吐き出せるのだ。

 手の内に迎えた森羅に、そのぬくもりに、ルーナの瞳からは自然と流れ落ちるものがある。

「森羅様」

 そして、最愛のご主人様の名前を口にして、どうしようもないほどの愛に身を委ねてしまうのだった。

「……ルーナ?」

 いきなり抱きついてきたルーナに、一瞬ドキッと鼓動を速める森羅。

 女性特有の甘い匂いと、微かに香るラベンダーの香りに、森羅はさらに戸惑いを露にする。しかし、ルーナの口から零れる少しかすれた様な涙声を聞いて、そんな邪な感情もフッと消えてしまうのである。

 だから今の二人は、

「ルーナ」

 もう一度名を呼んだ時、森羅の顔は少しだけ大人びている。

 小さな体で庇う事しか出来なくて、思いを少しだけ肩代わりする事しか出来なくて、あの時はそれが精いっぱいだった。それで満足をしていた。

でも、今の森羅は違うのだ。

もうルーナの体を受け止められるだけの、心も体も、持っているから。

「おかえり」

 だから森羅は、ルーナの顔を見て、今度こそ正面からその真っ直ぐな目を受け止める。いろんな思いが込められた瞳を、森羅は優しい笑顔で受け止める。それでも、やっぱり少し恥ずかしくて、はにかんでしまうのだが、ルーナにはそれで十分だった。

「ただいま」

 ルーナは、止まらない滴を拭う事など忘れて、幸せな笑みを返した。

 そんな幸せそうな二人に、見守る傍観者達は思い思いの言葉を送る。

「あの…… もう良いかしら?感動の再会なところ悪いんだけど、正直、もう耐えられそうもないわ。お腹一杯なのよね」

「あたしはもっと見てたいけどな。カメラを持ってこなかったのが悔やまれるほど、珍しい光景だぜ?これ」

 トリアと花鈴がいつの間に仲良くなったのだと、ツッコミたくなるほど肩を並べて、目の前で抱きしめ合っている二人を見る。

「……うぁ」

 森羅とルーナは、花鈴の心底呆れた様な表情と、面白い物を見る様なトリアの表情を見ると、自分達が如何に恥ずかしい事をしているのか自覚するのだった。

そして、顔から火が出るかの様に真っ赤にすると、喉の奥からは塞き止めきれない心の呻き声を漏らす。

その直後、森羅はルーナからすぐさま体を離し、ルーナは恥ずかしそうに顔を伏せるのであった。

「こ、これは違うんですよ!!」

 慌てふためく森羅は、頭で物事を考える事を忘れ、本能のままに先程の恥ずかしい行為の弁解をする。

「何が違うの?」

「いや、別にそんなやましい気持ちとか何て全然無くて。あくまで懐かしさを分かち合うための儀式と言うか―」

「ほう、うちのルーナハウスキーパーは好みじゃないと?」

「いや、そんな事は無いですよ!?むっちゃ良い匂いしたし、ドキドキしたし、もう心の中でパ二クッてて、何も考えられなかったというか― って、何を言っているんだ俺は!!」

「だそうだぜ?ルーナ」

「…………///」

 ルーナは、伏せたままの顔を、一向に上げる気配が無い。

「もう良いわよ。勝手にラブラブしてればいいでしょ?」

 そんな初々しい二人の反応に、花鈴はもう見たくないとでも言うように投げやりに、手をしっしと振る。

「お、それじゃー森羅様はこっちに引き渡してくれると?」

「引き渡すも何も、止められる術が無いじゃない。貴方達には奪い取る権利があるんだし、私が引き止めたとしても、どんなやり方をしても奪い取るんでしょ?」

「まあ、な」

 花鈴はトリアの下半身の部分に目を走らせる。

その視線を追ったトリアは、納得する様に自動式拳銃をひと撫ですると、花鈴の言葉を肯定するのだった。

「貴方は、それで良いのですか?」

 流れが良い方向に転び始めたのに、それを良しとしなかったのは、先程まで恥ずかしそうに顔を伏せていたルーナである。

 ルーナにとって、花鈴の諦めの言葉を聞く事は、願っても無い展開であり、労せずその状況に持ち込めた事は、理想的な流れであるにも拘わらずだ。

「意外ね。そんな甘い言葉を口にするほど、芯が無い人には見えなかったけど」

「私の言葉を甘いと感じ取って下さるなら、それでも結構です。ただ貴方がもし、自分の気持ちに嘘を付いているのだとしたら、私はそれが我慢ならない。人の意志は、そんなに簡単に吐き捨てられるほど、脆くは無い」

「勝手な言い草だわ。私の意志まで見透かしているのだとしたら、投げるサジすら無いと言うとこだけど」

「残念ながら、貴方の考えは私には分かりません。ですから、私の勘違いなら聞き流して下さっても構わない」

「まるで、先生ね」

「見習いメイドの士官長なら、した事はあります」

「私貴方のこと嫌いだわ」

「私もです」

 二人は、言葉を交わすと出会った時と同じように、お互いに探りを入れながら、あてつけがましい事を言う。

 しかし今回は、二人の間で火花が散る事は無い。二人から流れる空気は、張りつめた様なものではなくて、至って穏やかなものであった。

「嘘よ」

「は?」

 そして花鈴は、軽く溜息をつくと、面白くなさそうに口をへの字に曲げて、ルーナへ素直な気持ちを打ち明ける。

「だから。私は森羅様の事なんて何とも思ってないし、貴方と恋の争奪戦に突入する気は端から無いって言ってるの!」

「こ、恋って…… ち、違います。わ、私は森羅様を家族として愛しているのであって―」

「あー、分かったからルーナ。問題はそこじゃないから、少し落ち着けって」

 花鈴が嘘を付いていた事よりも、ルーナにとってはそっちの方が問題であったのか、落ち着いた佇まいでありながらも、その目は不自然に泳いでいる。

「よーするに、またルーナがいらぬお節介を焼いてた訳だろ?」

「そうね。もう少し楽しみたかったけど、私が森羅様の事を好きだと勘違いされたまま、別れるのは…… なんか癪だし」

「エッ!?」

「振られたな。お姉さんが慰めてやろうか?」

「ちょ、今のカウントに入れるの!?理不尽ってもんでしょう!」

 森羅は、花鈴と過ごしたこの三年間に思いを巡らせる。その結果出てくるのは、思い出すのも憚れるほど酷い記憶ばかりで、告白したと思われる事実の片鱗すら見つけられないのである。

 しかし、そんな気は無かったにしても、目の前で好意が無いと言われれば傷つく訳で、森羅は声を荒げた後、その顔に隠せなかった哀愁を漂わせるのであった。

「森羅様、大丈夫です。森羅様の良さを分かってくれる女性は絶対にいますから…… 私とか」

 ルーナがすかさず、森羅のフォローに入る。が、最後の方はごにょごにょと不明瞭で、その言葉が森羅の耳に届く事は無かった。

「まあ、そう言う事だから。行くなら早く行きなさい。私が話つけとくから。どうとでもなると思うけど、大事になったら面倒でしょ?」

「そりゃ、そうだ」

 いくら推薦状があるからと言って、【メイド協会に確認を取るまで待て】などと言われれば、その時間だけで日が傾いてしまう可能性もある。

 そこまで待たされる訳にはいかない。

 花鈴の忠告は尤もなもので、潔いその対応は、物事の引き所と言う物をよく分かっているのだった。

トリアは豪勢なお屋敷を後にするため、出入口である扉に足を向ける。

しかし、森羅の言葉を耳にして、その軽い足取りに歯止めをかけるのである。

「父さんと母さんはいる?」

 その言葉に、花鈴はピクッと反応を示す。

 森羅からその言葉を聞いたのは、本当に久しぶりだったのだ。

 花鈴が森羅の下に付く事になった、監禁生活の初日。

 挨拶をした花鈴に森羅がかけた言葉が、今森羅の口から告げられたものと同じもので、それを最後に、森羅は一切その言葉を口にしなくなった。

 花鈴はあの時と同じように、森羅の二色の瞳を受け止め、感情が言葉に乗らないように無愛想に答えるのだった。

「今は外出なさっています」

「そっか」

 それに森羅は特に気にした風でも無く、少しだけ笑みを浮かべると、続けて言う。

「今までありがとう。遊ばれた記憶がほとんどだけど。楽しかったよ」

「何だかあっさりしてますね。此処で告白でもしてくれたら、私的には面白いのに…… 勿論お受けしますよ?」

 花鈴のその言葉に、ルーナは白い目を向ける。

「え、遠慮しときます」

 森羅は面白そうにニヤつく花鈴の顔に、過ぎ去った過去のいさかいがまだ尾が引く様な感覚を味わうのだった。

「じゃー行こうぜ」

「わ!?」

 トリアは森羅の腕を引いて、先程踏み止まった足を踏み出す。

 その様は、野放図な風格をまき散らし、巻き込まれた森羅は少し困ったように身を委ねるのだ。

 そして二人は、そのまま豪勢な装飾の施された扉を潜り、お屋敷を後にする。

その場には、ルーナと花鈴の二人だけが残された。

「貴方の部下、中々優秀ね」

「ええ。煙草とお酒はやめて欲しいですけど」

「それは酷ってものでしょう?人の欲求なんて、簡単に抑えられるもんじゃないし…… まあ、私の前では吸わせないけど」

 花鈴は、トリアの肩を持っているのか持っていないのかよく分からない事を言いながら、ルーナの方に視線を送る。

「聞きたい事があるって顔ね。まあ分かるけど。貴方、私の前に森羅様に付いてたメイドでしょ?」

「そうです」

 ルーナの抱いている懸念を感じ取った花鈴は、見透かしたような眼でルーナを見るのだった。

 投げ掛けられた問いに実直に答えたルーナは、花鈴が予想した通りの言葉を口にする。

「森羅様のお父様とお母様は、どちらにお出かけになっているのですか?」

 ルーナは、このお屋敷に入って直ぐに異変に気付いた。

 豪勢な扉を潜って、ルーナの鼻に付いたのは古いお屋敷特有の匂いであり、その匂いは森羅の母親が酷く嫌っていたもの。

 ルーナの記憶の片隅では、森羅の母親が嬉しそうにアロマの芳香や効能を説明している姿が残っている。

 だからルーナの記憶では、エントランスホールも甘くフローラルなラベンダーの香りが漂っていたのに。

「さあ?」

「はぐらかさないで下さい」

「はぐらかしてなんかいないわ。森羅様のご両親は、森羅様を残して、三年前に消えてしまった。お金は貰っているから、私としては問題ないのだけれど」

「…… じゃあ」

「ええ、森羅様を此処に閉じ込めたのは、他でもない、森羅様のお父様とお母様よ」

「………………」

 花鈴の口から告げられたその事実に、ルーナは胸に杭が突き刺さった様な感覚を味わうのだった。

 記憶の奥底にしまっていた大切な家族は、今は見る影も無く崩壊してしまっていて、それをどうにかするために此処まで来たのに。

 自分にはそれだけの力も地位もある。今なら全て抱えてしまえるのに。

 すっかり顔に陰りがかかり、ルーナの思いは物腰にも顕著に表れるのである。

「また泣く?」

「泣きません」

「泣いても良いのよ?私の懐の中で、頭を撫でて慰めてあげるわ。あの人ほど居心地は良くないと思うけど」

「馬鹿にしているのですか?」

「ええ」

 全く表情を変える事無く、花鈴はルーナの言葉に同意するのだった。

 花鈴の躊躇いも無い言葉に、ルーナは少し溜息を付いて背中を向ける。

 その背中には、先程の哀愁などは漂ってはいなくて、真っ直ぐと伸びた背筋は、花鈴と対峙した時同様の頼もしさが伝わってくる。

「違う形で出会えたなら、私は貴方を部下に呼んでいたと思います」

「今呼んでもいいのよ?」

「冗談を」

 そしてルーナは、トリアと森羅の後を追うように歩を進める。

 赤い絨毯を踏みしめる度、纏ったエプロンドレスが左右に揺らめいた。

足取りは至って落ち着きを払っている。心の混迷などその佇まいからはうかがえる筈も無い。

 ルーナの心は、着飾られたエプロンドレスを完全に着こなしているのだ。

 そして、色白な手を豪勢な扉にかけて、力を込めようとした時だった。

「これから貴方、大変よ?」

 後ろから投げ掛けられた言葉が耳に届いて、ルーナは扉に手をかけたまま眼を瞑る.

 それはもう癖の様なもので、目蓋の裏では何時も変わらないものしか映っていない。でも今、ルーナの眼に映るのは何時もと違うものである。

少し大人びて、はにかみながら笑いかけてくる彼の顔に、ルーナはもう胸がいっぱいになる。

だから彼女は、流れる様に後ろを振り向くと、本当に幸せそうに言うのだ。

「それが私の意志ですから」

 そしてルーナは、豪勢で、無駄に広々としたお屋敷を後にした。


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