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冥土の土産  作者: raina
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第二章①『おかえり。ただいま。』

 第二章①『おかえり。ただいま。』


 世界というのはどうしてこうも不条理なのだろうか?

 経営状態が苦しい中で、特別手当として送られた寸志を競馬で投資し、余った端た金で申し訳程度に買った宝くじにより人生に転化が起きる者もいれば、連帯保証人になって、いつの間にか追加融資をされてしまい、債務者に膨大な金額の返済義務を迫られる者もいる。

 前者は、いい加減な性格によりもたらされた、神様の悪戯とも取れるめぐり合わせで、後者は、軽率で愚かな行為に天罰が下る。自業自得である。と言われればそれでおしまいだが。その運命を辿ることになったのは、暖かい親切心であるという事実は否定出来ない。いくら人が良いと思われる者に生まれたとしても、性格や境遇で、詮方ない差が生じることを避けることは出来ないのだ。

 里中森羅もまた、そのやるせない世界の不条理に苛まれる一人であった。

 だが、それも今日を持って終わらせる。

 里中森羅は、確固たる決意を持って、この約三年間も続く事になった監禁生活を、幕引きにしようという熱意で燃えていたのだ。

 そして森羅は、誰に話しかけるともなく、落ち着いた口調で語り始めた。

「俺は今まで、少し斜め上の思考ロジックばかりを追い求めていた。……でも、やっぱりそれは違うんだ。卵の中身はその殻を割らないと取り出せないように、運命には避けては通ることの出来ないプロットというものがある」

 ……意味が分からない。

 森羅は一人、居た堪れない言い回しを、恥ずかし気も無いと思われるほど仰々しく言い放つのであった。

 一人麻雀の件もあり、この里中森羅という男は、羞恥を覚えるということはないのだろうか? 三年の監禁生活の末たどり着いたのは、どんな局面にも屈しない鋼の心だとでも言うのか。

「今となってはもう、全てが遅いですけどね?」

「ですよね」

 その声の先では、両手にパンやシチュー等の食料をのせたトレイを持った、森羅のお付きのメイドの花鈴が立っていた。

森羅の前で視界を塞ぐように構えている鉄の格子を挟んで、花鈴は遠慮なしに辛口をはく。

 此処は牢獄であった。

 冷たい鉄の格子によって出入口を塞がれ、周りを黒ずんだ赤色の耐火レンガによって囲まれている。古いお屋敷の地下の牢獄。

 懲罰房ともとれるその不快な空間で、肌を刺すような冷気に体を少し震わせて、森羅は途方に暮れているのだ。

 手足を枷で拘束され、その先端には重量感のある鉄球が繋がれている。何処の罪人だとツッコミを入れてしまいそうなほど、森羅の有り様は酷く悲惨なものであった。

「何処の世界に、自分の息子を牢獄に入れる家族があるのでしょうか?」

「その前に、普通の家族には牢獄すら無いでしょうけど」

「……そうだった」

 森羅の家は普通の家とは違うのだ。子供の頃は特に意識もせず、それが当たり前だと思ってきた森羅にとって、今つきつけられる申し分のない設備には、ただ項垂れて、目を沈めるしかない。

「一年に一回はありますよね。森羅様の脱走」

「……人を罪人みたいに言うのはやめてくれません?」

「やめませんよ。今回は変な気が回らないように、完膚なきまでに叩き潰しておかないと。その感じだと、前のじゃ、まだ物足りないみたいですから」

「いや、もう十分なんで。果てしなく心のトラウマなんで」

「このメス豚」

「俺男なんですけどっ!?」

 花鈴は散々森羅を罵ると、慎ましくスカートの裾を押さえながら、その鉄の格子の前に腰を下ろす。

 そしてめんどくさそうに、トレイからカラフルな花と見間違えてしまいそうな孔雀の柄の容器を手に取ると、その中のシチューを銀のスプーンですくう。

 花鈴は、その銀のスプーンを鉄の格子の間を通すと、目の前で不貞腐れている森羅の眼前にまで近付けるのだった。

「はい、あーん」

 そして花鈴は、感情の変化が全く感じられないほど、普段通りのトーンで甘えた言葉を言うのである。

「……はい?」

「口を開けないと食べさせられないんですけど?」

「その差し伸べられた銀の匙の恵みを、僕は受け取って良いのだろうか?」

「良いのでしょうね」

「なるほど。じゃー頂くとしようか」

 そして口を開けた森羅。

 しかし良く見ると、上唇と下唇は軽く痙攣して、さらに言えば、スプーンを差し入れるにはあまりにも乏しい開口力である。

 半開きとも言い難い森羅の口が、何時まで経っても広がらないことから、花鈴は痺れを切らして、少し恥ずかしそうに視線を横に向けている男に告げるのだった。

「はよ、開けろや」

「だ、だって、……恥ずかしい、じゃん?」

「さっきの決め台詞の方が、よっぽど恥ずかしいだろ」

「……な、何か少し怖いんだけど……」

「何時まで経っても口を開けないからだ」

「ちょ、敬語は?花鈴さん、敬語忘れてますよ?」

「忘れた」

 花鈴は、不機嫌そうに片眉をピクピクと痙攣させる。

目の前でなよなよしている森羅に、少しの躊躇いも抱くことなく、攻撃的姿勢を崩さないのであった。

 その花鈴の表情を見て、受けて立とうと心の中で身構えた森羅であったが、一瞬の内に、その希薄な意思は霧の様に霧散してしまう。

 森羅はダラダラと汗を滲ませながら、視線を虚空へさ迷わせるのであった。

「お、おかしいな。……開いた口が塞がらないって言うのは、嘘だったのかな? はははっ」

「それはこっちの台詞だ」

 森羅の釣られろ笑いに引っかかるはずも無く、花鈴は、その険のある表情を変えようとはしなかった。

「はい」

 そして花鈴は、もう一度森羅の方へスプーンを差し伸べる。

 有無を言わせないその態度に、森羅は微妙な顔つきになりながら、渋々とスプーンを差し込むには十分なほど口を開けるのである。

「あー」

 森羅は、口を開けてしまったのだから、ついでということで、誰もが羨むこのシチュエーションを、完璧にこなそうとして声まで添える。

 パクッ。

 そして、銀のスプーンは口の中に収まった。

 花鈴の口に。

「………………」

 森羅と目を合わせながら、全く表情を変えることはなく、口を動かしてシチューを頬張る花鈴。

「もぐもぐもぐ」

 ご丁寧なことに、食べる時の効果音付きで提供してくれたそのイベントに、森羅は今度こそ開いた口が塞がらないのである。

「あー」

 数秒間見つめ合っていた二人だが、森羅は一連の流れを無かったことにして、もう一度このシチュエーションを、完璧にこなそうと声を添えるのであった。

 パク。

「もぐもぐ、うま」

「………………」

 それでも目の前の魔王の手によって、改善されることのない現実を突きつけられてしまう森羅。

 さらに今度は、味の感想まで合わせてくる。

 見事なまでの無慈悲な仕打ちに、森羅の心は音を立てて決壊したのであった。

「ほーれ、ほーれ」

「容赦ねぇな!!」

 森羅が開けた口を閉じて意気消沈しているところへ、届くか届かないかの距離を保ちながらスプーンを差し出す花鈴。その口元はニヤついていてた。

 森羅は、小学生がいたずらに成功した様な顔を浮かべる花鈴へ、声を荒らげてささやかな強がりを見せつけるのであった。


「……飽きた」

 数回繰り返すうちに、花鈴の顔は先程の悪そうな笑みが嘘のように消えて、今はただ仏頂面で駄々をこねるのである。

 森羅は、目の前の女が本当に自分のメイドなのかと胸中で何回も反芻させながら、現実の残酷さを噛み締めるのであった。

「じゃー、失礼します」

 花梨はそう言って、トレイを鉄の格子の傍に置くと、立ち上がり踵を返す。

 そのトレイは、鉄の格子の間から森羅でもギリギリ手の届く範囲である。

「……あぁ」

 森羅は何時まで経っても訪れることのない誰もが羨むシチュエーションとやらに、心底疲れたのか、ぐったりとしたように肩を下げ、魔王の帰宅に力の無い返事を返す。

 そして、少しだけ安らぎを得るのであった。

 森羅は暫く、放心したようにボーとしていたが、目の前の折角のご馳走が冷めてしまうということもあり、気怠い体に鞭を入れてトレイの方に手を伸ばした。

 パク

「……冷たい」

 その手にとったシシューは既に冷えきっていて、味は申し分ないと言っても、それで森羅の心が暖まることはなかった。

 世界中の一般家庭において、監禁されてご飯を鉄の格子を挟んで食している青年などいるだろうか? まずサーチをかけたとしても、そんじょそこらの辺境では引っかからないであろう。

「もう疲れたなー」

 しなっとしてしまったバターロールを、一口サイズにちぎると口に放る。

 森羅はバタロールを噛み締めると共に、人生のあまりの難解さに物思いにふけるのだった。

 どれくらいの(さだ)を無駄にしただろうか?

 時間にすれば三年というのは、直ぐに過ぎ去ってしまうというものだ。さらによく考えてみると、八十年生きるとして、三年はそれの約二十七分の一。森羅は、人生の二十七分の一を、自分に嘘をついて暮らしたことになる。十六歳の森羅にとって、後、約22回分の三年が残されているのだ。

 そう考えると、人生は何て短いものなのだろう。

 時の分布というのは、人それぞれ違う者だ。

 過密な部分。それが、生まれてから一年後かもしれないし、十六歳の高校生の時かもしれない。はたまた、三十を過ぎてからかもしれない。

「俺の中学生って、何だったんだろうな」

 今まで自分が日々を暮らしてきた中で、時間を渡ってきた中で、

 本当に幸せな時ってなんだろう? 一瞬だけでも本気になれた時って何時だろう?

 まずそう考えてみると、大抵の人は気付かない。

 気付くわけなんて無いのだ。

 本当に幸せに、本気になれた時なんて、誰も知らない。

 それに至ったとしても、それが自分の人生の中で一番の山だと確認が出来たなら、人生ゲームなんて一気にイージーモードになってしまうというものだ。

 森羅は、自分の無駄にした三年間が、自分の人生にとって大きな物になっていたかどうか考えているのだった。

「いや、無いだろ」

 無いらしい。

「中学生を普通に送ったとしても、なあなあで過ごしてる自分しか思い浮かばないし、何よりやる気がない。疲れる。だから今の俺と同じだ。何も変わってない」

 森羅は閉ざされた檻の中で一人、うんうんと頷きながら、自分の監禁生活を正当化するのである。

「でもな……」

 森羅は、トレイにのったパンとシチューを平らげると、刺すような冷気を放つ石造りの床下に寝転びながら、憂いを含んだように自分の思いを吐露する。

「家族はやっぱ……一緒がいいな」

 森羅は寂し気な表情で、黒ずんだ赤色の耐火煉瓦を見つめながら言うのだ。

 森羅が最後に家族と顔を見合わせたのは三年前。

このお屋敷に監禁されてから、森羅は一度も親の顔を見ていない。食事は何時もメイドが持ってきていたし、必要な知識はパソコンを通して秘佐柳から学んでいた。

 最初はお付きのメイドだと言い張る花鈴に戸惑いを浮かべ、運んでくる食事は一切喉を通らなかったけど、人の生への執着心というのは凄いもので、森羅の歳では餓死できるほどのプライドは育っていなかったようである。

 だから森羅には、心から気を許せる人などいなかった。

 自分の思いを吐き出せる人など、自分以外にいはしない。

「慣れっこだけど」

 そうやって森羅は、包まれて挫けそうになる孤独に、負の感情に、少しだけ抵抗するのだった。

 何度となく繰り返されたその台詞によって、流れる涙も枯れ果てた今は、もっと闇に落ちているとも知らずに。


 ガンッ!!


「ッ!」

 いつものように定期的に現れるブルーな波に、ささやかな抵抗を試みていると、鉄の格子を備えた部屋の扉を、鈍器で強く殴るような音が聞こえる。


 ガガガッ、ガンッ!! ガンッ!!!!


「……え。……な、何?」

 森羅は、突然扉の方から聞こえてきた耳を突き刺すような破壊音に、体を恐怖に震わせる。

 その破壊音は室内に響き渡る。よく耳をすませて聞いてみると、その音は何か金属を叩いているような、甲高く耳障りな音であった。

 暫くその破壊音は、不規則なリズムを奏でながら続いたが、突然ピタリ止まる。

 森羅が切望していた静寂が訪れる。

 静寂に包まれても、体全体に力を入れたままであった森羅だったが、心の端で少しだけ胸をなでおろすのである。


 バアァァァァァン!!!!


「ヒッ!!」

 しかし、不意に訪れたその静寂は、これから鳴り響く大音響の繋ぎだったらしく、森羅は先程よりもさらに大きく体を跳ねさせるのであった。

 三半規管が揺れてしまうほどのその大音響を、不意を突かれるような形で受けてしまった森羅の目は少し潤んでいる。

 それは、銃声であった。

 その銃声が聞こえると共に、弾丸が部屋に打ち込まれるが、幸い扉の正面に鉄の格子は無く、森羅の体までその鉛が貫通するには至らない。

 そして、その弾丸によって扉の鍵が外れたらしい。

 さらに、弾丸の衝撃でつかえまで外れ、重点を狂わせたその扉は、接合部を軸としてゆっくりと部屋の内側の方へと開かれていく。

 そこに立っていたのは、森羅の知らないメイドであった。


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