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ノヴェルタの兵器  作者: imaginary
第一章 ハルト「理由」
8/14

第八話 勘違い……

とりあえず、四百三十四階の住人の説明はとりあえずこれで終了です。

のちのちに出てくるので、伏線として登場させておきました。

少し、テンポが早く、作中の表現をするのなら「ベルトコンベアで流れてくる」ような紹介になってしまいましたが、悪しからずです。


では、ハルト「理由」をお楽しみください。(次話からですけれど)


 僕とレイトによる凄まじく突発的な攻防戦は、ベルサイユ宮殿を彷彿とさせる豪華絢爛を尽くした廊下に、多大なる被害を及ぼした。僕が手を払って起こした暴風(というか竜巻)に身体を掬われてレイトがバウンドした地点には、生々しい擦り切れた跡が残っているし、僕が文字通り出血大サービスをした地点には、赤黒い血の池が形成されている。


「僕、知ーらね」とか言っていられるレベルではない。ヨセフが見たら僕のことを軽蔑しかねない血みどろ状態だ。


 とはいえ、僕は致死しても何ら不思議でないほどに刃傷されたわけだが、無意識状態に陥ると、いつの間にか腕が回復していた。いや、斬られて分離したはずの腕が床に落ちていないから、正しくは『戻ってきた』とか『リセットされた』という表現が正しいのかもしれない。でも、本当に一瞬で直ってしまっていた。パチクリと瞬きを一回するうちに、全てが元通りになったかのようだった。しかし、たいへん不便なことだが、血だけは不始末である。


 まあ、とりあえずは人体リセットも暴風出現も異世界においての僕のスキルのようなものだと納得して違いはないのだろうが、そんなチャランポランな情景を見せられて、よくもまあ悲鳴も上げずに円卓の下に潜んでいたものだな、と僕は尊敬する。もちろん――ミルとエニーにである。


 しかし、その答えは案外にも円卓のシーツを捲ってみればすぐに見えた。


 二人とも、いつの間にか寝息を立てていたのだ。ミルの方はお転婆なことに大の字に横たわり(寝てても笑顔のままだ)、エニーの方はお嬢様らしく浜辺に打ち上げられた人魚姫のような格好で、安らかに眠っている。


 それからしばらくの間、僕はその寝顔に決して犯罪的ではなく、むしろ雄々しい父親のような視線を送り続けていたのだが、廊下の遠方から誰かが向かってくる足音が耳に届いたので、決して悔いるような表情はせずに、潔く前へ向き直った。シーツも元に戻して二人が隠れるようにする。


 決して、破廉恥な観賞会を邪魔されたからではないのだけれど、僕はイライラしていた。すこぶるイライラしていたのだ。


 しかし、歩いてきたのは、そんなイライラを無心に帰するほどの、ふんわりした雰囲気の姫君であった。いや、姫君かどうかの判別はつかないけれど、恐らく地位は高いのだろうと思わせる、そんな出で立ちだった。黒を基調としたゴシックなドレスを身に着けているうえ、髪や瞳まで艶やかな漆黒、そのため、どこか閉鎖的なイメージもあるけれど、彼女の周りを取り巻くオーラというか、雰囲気というか、そういうものが、異常にふんわりしていた。


 現に、彼女は僕を視界に捉えた途端、立ち止まってから礼儀正しく会釈をした。やさしく微笑んでくる彼女を見ていると、ろくな絵が描けない僕も画家気取りになって、彼女を描きたくなってしまう。無性に芸術的な――言ってしまえば、この廊下に居ても違和感を感じさせない――格好をしていた。


「わたくし、お檻入り様をしていますの」


 おお! 喋りかたも良い方向に個性的だ!


「へえ、そうなんだ。で? 誰か見つけられた?」


「それが、誰も出てきてくれないのですよー? わたくし、もう歩き疲れてしまいましたの」


「そりゃ、自分で探さなきゃ」


「わたくしは人探しが得意ではないのです……」


 落ち込み気味に俯いた姫君は、ドレスのすそを持ち上げて、僕の元へと駆けてきた。姫君と心で称していた少女は、「わたくしのお名前は、カグヤと言いますの」と姫であることを肯定するように名乗ってから、すがるように続けた。


「どうか、お檻入り様のお手伝いをしていただけませんか?」


「ん、え?」


 僕は円卓の下を気にして盗み見る。そこには二人の少女がいて、僕がその気になれば大手柄をものにすることが出来るだろう。しかし、前に仲良くなった女子を差し出してまで、僕は手伝うべきなのか? と躊躇いも出てくる。女子の価値というのは、そういうふうに天秤にかけて測るものではないはずだ。


「このフロアが範囲なのですけれど、広すぎでわたくし、もう歩けませんの」


「そうか、隠れているのはどれくらいの人数なんだ?」


「お恥ずかしいことに、お二人だけなのです。……ミルちゃんとエニーさん」


「そうか、そうか」


――ならば、一挙に檻入りごっこを終わらせることができるのは、今しかない。もしも、僕がミルとエニーの肩を持って教えなかったとしたら、カグヤはどうなる? 途方のない広大なフロアのなかを、へとへとになりながら探し回らなければいけなくなってしまう。それはかわいそうだ。たかが遊びなんだし、ミルやエニーも見つかっても文句は言うまい。


「もう、かれこれ五分は歩いていますの……。わたくし、お布団に入らなきゃ」


 五分!? 五分で歩きつかれたとか言ってんの? この姫様は!


 なるほど、幼少の頃から自宅で紅茶とか啜って、ただひたすらお喋りに興じる優雅な生活を続けていたとかいうオチだな。さすが姫様、なかなか贅沢だ。しかし、それでは今後の生活に支障をきたすのは目に見えているではないか。


 よし、決めた。この姫君には運動が必要だ! というか、運動もせずに布団に恋している少女など姫と呼ぶに足らぬ存在だ。これでは姫君ではなく姫気味というだけの話になってしまう。カグヤだって、そんなモドキでは居た堪れないであろうし、やはり世間知らずの彼女には陰ながらリスペクトする僕が必要であろう。僕が彼女の健康生活の礎となるのだ!


「わたくしを、だっこしてお布団まで、連れて行ってくれません?」


 何だって!?


 危うく固めた決意が崩れ去るところであった。意識して言っているのか、それとも本当に歩きつかれた末に、こんな見知らぬ男にだっこをせがんでいるのか。いや、今の僕の容姿からすれば、彼女には僕が王子様のように映っているのかもしれなかった。自分で言うのは、本当にどうかしているけれど。


「駄目だ!」僕は涙を呑んで首を振る。


「どうしてですのー!?」


「檻入り様の仕事は、最後まで努めないと駄目だろ?」


「むう」


 人差し指をくわえて、不満げな表情をするカグヤ。ちょっぴり我侭なところもあるようだ。ふんわりしているから、何だかそれも愛嬌として捉えられていそうだけど、僕にとっては単なる甘えにしか見えない。


 しかし、そんな雄々しい父親としての威厳を見せているような気分を、カグヤは一瞬で取り去ってしまった。僕に、抱きついてきたのだ。いきなりだったので、驚いた僕は「う、え、へ?」とあっけに取られた声を出すしかない。


「お願いですの~!!」


 光速とも言えるスピードで、僕の胸元に顔を擦り付けてきている。何ていう甘えかただよと突っ込みたくなるが、実際の僕はどうしようもなく突っ立っているだけだった。ヨセフぐらいの幼い見た目ならばまだ耐久できたかもしれないが、目の前で懇願するのはエニーと同じぐらいの中学生である。何と言うか、誰にも目撃されていないことを祈るばかりだった。


 もしも、目撃者がいたなら、その目に僕はどう映るだろうか。何らかの手法を巧みに使い、未発達な少女を泣きつかせる鬼畜男に映ることは間違いないだろう。これでは、まるで僕がすがらせているみたいなのだ。


「ああ、分かった、分かった!」


 僕は遂に折れる。「ミルとエニーを引き出して、さっさと遊びを終わらせればいいんだな?」


 あわよくば背中に手を回そうとするカグヤの肩を掴んで無理やり引き剥がし、僕は説得するように顔を迫らせる。僕の緊迫した表情にカグヤは「は、はい」と驚いた顔で返事をした。


「僕は幸いにも二人の場所を知っているから、それを教えよう」


「本当ですの!?」


「ああ、カグヤの疲れた足に免じてだ!」


「ステキですのー!」


 そう言って、せっかく引き剥がしたというのに、カグヤはまた抱きついてくる。しかも、今度は縋るようなものでなく、まるで欲しかった洋服を買ってもらえたときの愛娘のように、飛びついたカグヤは僕の首に腕を回して頬を擦り付けてきたのである。


「お名前を教えていただけません?」


「ハルトだ」


「ハルトさんですね。あなたの名前はこの先、一生忘れることはないですの」


「もうこの先、一生会うことがないみたいに言うなよ!」


「あら、ごめんなさいなの。それで、エニーさんたちの居場所は……」


「ああ、そうだったな」


 カグヤを今一度、引き剥がし、僕は呼吸を整える。


 今思えば、ベルトコンベアの上を流れてくるように、よくもまあ次々と奇怪な子ども達がやってきたものだ。しかし、その元凶である『檻入りごっこ』が終わろうとしている。この遊びが終われば、こんな子ども達の魔手からもサヨウナラできるというもの。ヨセフが戻ってくるまでの暇つぶしにはなったけれど、正直に言うと疲れてしまった。


 僕は、円卓のシーツを捲り上げる。


「じゃじゃーん」


「こ、こんな所にいたんですの!?」


 カグヤは口に手を当てて、目をまん丸にした。「しかも、寝てますのね。羨ましいの」


 そう言って、微笑ましい光景に笑顔をみせるカグヤ――と、思いきや、カグヤは床に形成された血溜まりに気付いて、「ひゃああ」悲鳴を上げた。僕は今頃気付いたんだな、と彼女の暢気さに関心する反面、さすがに姫様にこの血みどろは刺激が強かったかなと反省もする。


「ハ、ハ、ハルトさん!? あ、あ、あな、あなたっ、いつの間にエニーさんとミルちゃんの処女を!?」


「奪ってねえよ!!!」


――発想が奇抜すぎる!


 それからカグヤは、僕が抵抗するエニーやミルを床に押し倒してあらぬことをする情景を思い浮かべたのか、ひたいに青筋を立てながら「ミルちゃんとエニーさんは、気絶するまで弄ばれたということなの……!?」と口をあわあわ動かした。


「違う違う違う! 僕がそんな男に見えるのかよ!!!」


「……お、大声、出さないでくださいのっ」


「……あ、いや、ごめん――でも僕は本当に!」


 そうして、説得するように、僕が一歩踏み寄ったのだが、カグヤは「こ、来ないでください!」と僕を拒否する。


「あ、あわあわ。このままだと私もエニーさんたちのように慰み者にされてしまう――十四年間守ってきた情熱が奪われてしまうのね」


「情熱は奪わねえよ!」


「じゃあ、やっぱり純潔は奪うというの!?」


「いや! そっちも奪わねえから!」


 僕の必死な態度が功を成したのか、そこでカグヤはきょとんとした表情をする。僕は畳み掛けるように「これは僕の血だ」ととどめを刺した。


「え? ハルトさんは女の子なんですの?」


「違げえよ!」


「じゃあ、どうして血がありますの?」


 カグヤは納得がいかない、というふうに身を乗り出して訊いてくる。


「斬られたんだよ。白銀で蓬髪な男に」


「あ! それはレイト様ですの!」


「様? 偉いやつなのか?」


「ご存じないの? ノヴェルタ最強の剣豪ですの。旋風のレイトと呼ばれていますのよ」


「へえ、どおりで素早いわけだ」


「旋風のトイレと言ったら、殺されますの」


「一気に下品になったな! しかも、トイレを流した時の水の流れが渦巻き状なのを引っ掛けて、旋風にしているのか! 考えたやつ凄いな!」


「照れますのっ」


「オマエかよ!」


……一気に疲れた。カグヤのやつも結局は個性的すぎるし、何と言うか、この国にはまともなやつは居ないのか。


 僕とカグヤの遣り取りのせいか、円卓の下で寝ていた二人が同時に身を起こした。ミルのほうは「ふあぁ」と大きなあくびをして、エニーのほうは静かに目を擦っている。


「お二人とも、檻まで連行しますの!」


 すかさずカグヤが二人に飛びつく。


「お、おお? カグヤが見つけるの、珍しいな!」


 寝起きのせいか、エニーはムスッとした顔をしているが、ミルのほうはスイッチが切り替わるように目覚めがいい。興奮したふうに、ミルは続ける。「いつもは勝手に帰って、寝てるのにな!」


 ミルは、セクハラ上司のように、カグヤの肩をバンバンと叩く。褒めているつもりなのだろうが、カグヤは「あはは……」と苦笑いをしている。


 お転婆でニコニコ顔を崩さない未就学児のミル。なぜか自分を敬う言葉を行使する金髪ポニーテイルのエニー。淑やかにして思い込みや考え方が偏っている甘えん坊のカグヤ。何となくこの三人は姉妹であるような気がしたが、髪の色や性格からして、同じフロアに住む友達といった所か。ということは、家族に地位の高い者がいれば、必然的にその他の家族も地位の高い場所で住めるということになるんだな。


「なあなあ、そこのお兄さん! 一緒に檻入りごっこ何てどうだ?」


 桃色の髪を跳ねさせて、ミルが僕を指差す。それと同時にカグヤとエニーの視線も僕に注目された。


「ええ!? まだやりますの!?」


「私、もうお疲れになられているのだけど」


 中学生組はどうやら反対らしい。エニーは寝起きでぼんやりしているし、カグヤは口を尖がらせて脚のふくらはぎを揉んでいる。しかし、最年少であるはずのミルは無限の体力を見せびらかすように、「おいおい、まだあたしは遊びたりないぜー」と跳ねている。


「なあ、ミルちゃん。二人のお姉ちゃんは、もう疲れたらしいからさ、また今度にしようぜ?」


 僕は宥めるようにそう言った。ミルはしばらく絶望したようにポカンと口を開けて突っ立っていたが、これまた切り替えが早く、すぐに「じゃあ、今度遊ぼうなー」と笑いながらテケテケとどこかへ駆けていった。何とも、自由奔放だった。年上のお姉さん達への別れの言葉すら漏らさずに、一目散に(おそらく家へと)帰っていった。




     ▼




 眠そうに目蓋を擦りながら「ご自宅に帰られます」と言うエニーを見送り、それから歩けないと主張するカグヤを、だっこは色々とマズいのでおんぶして家まで(結構近かった)送ってあげたのだが、それでもヨセフは戻ってこなかった。


 彼女が帰ってきたのは、僕の体内時計によると、それから更に三時間後になる。


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