第七話 通り魔だ……
はい、いきなり戦闘です。
もう、本当に辻斬りのごとくバトル開始です。
ちょっと、主人公が残念な格好になるでしょう。
(あと、章のタイトルを変えました。ミナモ「自由」は一つズレます 汗)
次に、僕の前へ現れたのは、男であった。
この世界に来て、初めて見る――男。
白銀の髪を後ろに掻きあげて、狼のような鋭い目付きで歩いている。身を包んでいるのは剣道着のようなもので、証拠に腰には長剣が収められていた。外観は僕と同じ高校生ぐらいだけれど、雰囲気は僕よりも大人であった。僕よりも、色々なことを経験して、すでに人生に悟りをひらいた表情をしているのだ。
その、ギロチンのような鋭い視線が、僕に向く。
その瞬間、狼の姿が残像になった。
僕の頬に風が流れたかと思うと、いつの間にか、ソイツは僕の目の間にいる。伸びきった蓬髪をなびかせながら、すでにその手は腰の長剣に掛かっていた。
「何者だ?」
先程まで、十メートルは距離があったというのに、瞬きをするうちに、ソイツは距離を詰めてきていた。まさに、突風のようだった。
「何者って?」
「この世界の人間ではないだろう」
「なんで分かるんだ?」
「空気が――」そこで、狼は足を踏み込んで、僕の右足を踏む。僕が裸足であることにも関わらず、羽虫でも潰すように勢いをつけて、僕の足を踏みにじる。それは、不審者への防衛術とかそういうレベルの攻撃ではなく、次の攻撃――長剣での刃傷から逃げ道をなくすための一手であった。現に、僕は無意識のうちに飛び退けようとしたのだが、足を踏まれているせいで、それも叶わなかった。
「空気が違う!」
一閃が走ったかと思うと、視界には振り切られた長剣が伸びていた。僕はせめてもと腕を盾にしていたのだが、その腕が見えない。次の瞬間、視界いっぱいに血が広がる。まぎれもない僕の血が、しぶきを上げているのだ。
踏みつけられていた足が開放され、バランスを無くした僕は倒れこんだ。そこで、僕は受身を取ろうとした手がなく無くなっていることに気付く。そう、文字通り、無くなっているのだ。肘から先――盾として差し出した腕が、見事に切り取られている。赤黒い血肉に映えた切り口からは、とめどなく流血が引き起こっている。
――ボトッ
落下音に気付き、僕は倒れこんだまま、遠方の床を見つめる。そこには、切り取られた僕の腕があった。そちらも、しぶきを上げて高級そうな床を見る見るうちに赤く染めていっている。
躊躇もなく、斬られた。
初見の間柄で――空気が違うという理由により、殺意を向けられた。本当に一瞬だった。敵意を向けられたという実感もないままに、長剣を向けられたのだ。
起き上がろうとすると、喉仏に剣先が突きつけられた。
「オマエをイシュバルトの手先と見なす。生きて帰れると思うな」
「ちょっと、待てよ! 僕は手先なんかじゃ――!」
長剣の柄で思いっきり殴りつけられた。自分の意思に反して、勝手に頭が地に叩きつけられる。その際に舌を噛んでしまったのか、口に血の味が広がった。
「イシュバルトの息の根はこの俺――レイトが絶つ。オマエのようなザコでも容赦はしない」
「だから僕は手先じゃ……っ」
顔面を踏みつけられた。言葉が遮られるほどに――頬の肉が歪むほどに、足裏に顔面が押しつぶされる。何も喋るなということか。
このレイトという男からは、イシュバルトに対する異常な憎悪が感じられた。
「オマエを見てると、虫唾が走る」
踏み込む力が強まる。本当に、冗談などではなく、頭がい骨が軋む。歯に押し付けられた頬の内側の肉が、擦り潰されて原型を無くす。
もう限界だった。
このままでは、こちらが死んでしまう。
「いつまで踏んでんだよ」
僕は、健在している左腕を伸ばして、僕を踏むレイトの脚を掴んだ。
見計らっていたかのように、長剣が僕の左腕に振るわれる。おそらく、右腕と同様に斬ってやろうという算段なのだろうが、結果は先程とは違った。僕は、振るわれたその長剣を弾き返したのだ。
無意識になってしまうと、また誰かに危害を加えてしまうだろうと、僕は意識を張り巡らせていたのだ。勝手に、反撃の手が出ないように、自分で自分を制御していた――けれど、このままでは、僕の命がない。異世界に連れてこられて、何も成さないままに死ぬなんて御免だ。
「うおおおおおおおお!!」
立ち上がるのと同時に、手を払う。その瞬間、長剣を持ったままのレイトは、長い廊下を背面からぶっ飛んでいった。轟音と共に暴風が流れる。
無意識だった。
僕の身体は、無意識で最強になる。
ふと、見てみると、斬られたはずの腕が元通りになっている。口内の流血も治まり、僕はレイトに付けられた傷という全ての傷を完治させていた。いや、もはや完治というレベルではなく、リセットというか、まさに『元に戻した』という感じだった。
遥か遠方でバウンドを繰り返すレイトに向かって、僕は一歩踏み出した。
すると、ソイツの目の前にたどり着く。まさに、瞬間移動で距離を詰めた。奴が突風だとすると、僕は光だった。自分でも意識が追いつかないぐらいの速度で、移動する。
「オマエ……一体……」
先程と非にならない動きを見せた僕に、レイトは固唾を呑んだ表情をする。僕が手を払うことで起こした暴風にどこまでも吹き飛ばされているソイツの首を、捕らえて廊下の壁に押し付けた。
「手先じゃないって言ってるだろ!」
僕は、思い切りレイトを睨み付けて威嚇する。
「……だったら、その、気配は、何なんだ」
苦しそうにもがきながらも、レイトは口を開いた。
「僕は異世界から来た。それは認める。ただ、隣国の手先として転送されたんじゃない。このノヴェルタによって転送されたんだ!」
「なん……だと?」
「いきなり刃物で斬りつけやがって!」
そう言って、僕は首を掴む手に力を入れる。突風のようで、あっという間に僕を切り刻んだ銀髪の少年。けれど、その存在までもが、僕の前では儚げだった。もう少し力を込めれば、ソイツの首さえ――へし折れる。
そこで、我に返る。殺すつまりまでは無かったはずなのに、殺意を滾らせる自分がそこにいた。
僕は、ハッとする。
その不意を突かれて、みぞおちに蹴りを入れられた。
浮遊感と共に反対側の壁まで蹴り上げられた。警戒を解かなければ、これくらいの蹴りは当たらなかっただろうし、当たっても利かなかっただろう。けれど、僕は一瞬だけ隙をみせてしまったことにより、蹴られたうえ、レイトに逃げる暇を与えてしまった。
目の前から、レイトが突風のごとく消え去る。腑に落ちない表情はしていたが、どうやら僕をノヴェルタの人間として再認識してくれたらしい。
なんとも、攻撃的なやつだった。
「マジかよ」
僕は、壁にもたれたまま呟いてみる。
こんな、辻斬りみたいな行為が日常的に起こりえる世界なのか?
だとしたら、先が思いやられる一方だ。銃刀法違反でああいう奴は何とか牢獄に入れられないものか。いや、銃刀法違反がないんだな。
僕は、精神的にかなり参った肉体を持ち上げて、よたよたと円卓の元へと戻っていった。