第六話 檻入り様……
ここで、ようやくヨセフ以外の人物が出てくるわけですよ。
まあ、全員が子どもですけれど……。
ちょっぴり奇怪な、四人の子どもを紹介しようと思う。
ヨセフとは違って、今回は正真正銘の子どもだ。よくもここまで、と言いたくなるぐらい全員が全員、見事に偏った個性を滲み出していたが、この世界で初めての友達ということになるのだから、僕はそんな偏屈な個性を受け入れねばなるまい。
これは、僕が廊下でヨセフを待ち続けるうちに遭遇した、四人の子どもの話である。
▼
ヨセフが僕の元を離れてから、小一時間が過ぎていた。時計はないけれど、僕の体内時計は結構正確な数値を割り当てるので、当たらずとも遠からずって感じだろう。そもそも子一時間という答が妙にアバウトではあるけれど。
僕が座るには芸術性の高すぎる椅子は、その高級感の雰囲気に機能が負けていない。ずっと座っていても尻が痛くならないのである。むしろ、ベッドで横になっているのと同じぐらいの心地よさがあった。どうせなら、そのまま円卓に突っ伏して惰眠を貪りたい所でもあったのだが、そんなことをして、円卓のシーツによだれを垂らしてしまったら、のちのちノヴェルタ国から驚愕の請求書が届きかねないので、自粛しておいた。
高窓から僕を包み込むような、やさしい日光が差し込んでいる。ところで、この世界にも変わらず太陽があるものなのかと疑問に思ってみたりする。だって、色々と『世界の規則』とやらが食い違う異世界に、太陽という同等の代物があっていいのだろうか。天というのは、ひとつの景色として見過ごしがちだけれど、あれも突き詰めれば宇宙であるし、世界だ。その世界に『異』が付くことによって、本来ならば天も同等に変わるべきではないのか。
ひだまりに包まれて、思索にふけっていると、廊下のずっと遠くから、何やらテケテケと小さな足音が聞こえてきた。僕は俯き気味だったその姿勢を起こして、そちらのほうに向き直る。
ピンク色の髪をした――小学生にすら満たない少女。
ソイツが、僕のほうへ向かって一直線に走ってきていた。紙にニコニコマークを書いて、それをそのまま貼り付けてみたというような表情に、ロングで少し癖のある桃色の髪。顔の輪郭はコンパスで描いたのかって疑うぐらい丸だ。丸顔。ただ、それが小さい子どもであるがために、愛嬌を醸し出している。ドラ○モンのような、アンパ○マンのような、である。まるで、都道府県のどこかのマスコットキャラクターに認定されても否定はできないぐらい、マスコットじみたヤツだった。
「なあなあ、お兄さん」
椅子に座ると、男の場合はある程度、股を開くと思うのだが、手を翼のように広げて駆けてきたソイツは、僕が股を広げたその間に収まるようにして、話しかけてきた。
「どうした?」
僕は一寸の動揺もせずに、平然と対応する。僕は変態ではないから、股のうちに少女がいることぐらいで興奮したりはしないのだ。少女よ、よかったな、僕が変態じゃなくて。
「あのなあのな、今あたしら檻入りごっこしてるんだー、隠れる場所ないか?」
「檻入りごっこ? それはなんだ?」
「知らないのか? ノヴェルタ国民失格だな!」
いや、もともとノヴェルタ国民ではないけどさ、国民を失格になるぐらい肝心なことなのか? 『ごっこ』がついている時点で、何かの遊びだということは目に見えているのだけれど。
「檻入りごっこっていうのはなー、檻入り様を決めてな、他の人たちが逃げて隠れてな、捕まったら檻に入れられてな、全員が捕まったら終わる遊びだ」
支離滅裂な説明であったが、何となく――かくれんぼのような遊びであることは分かった。
「ふーん、オマエは逃げる役なのか?」
「おう! そうだぞ、よくわかったな」
「だが、残念なことに、ここには隠れる場所はないぞ」
向こうに取り付けられている扉を開けば、隠れるどころか出て来れなくなるだろう量のぬいぐるみが山をなしているのだが、ヨセフの顔が脳裏に浮かんだので、その情報を言うのは躊躇われた。
「わかってないな!」
怒鳴られた。
貼り付けたような笑顔を崩さないソイツは、僕の前にある円卓の下へと潜り込んでいった。掛けられたシーツが上手い具合に彼女の存在を隠している。けれど、隠れるにしては安易すぎるような気もする。
「あたしのことはミルちゃんと呼んだらー?」
「おう、ミルちゃん」
「きゃー、いきなり呼ぶなよ、馴れ馴れしいぞー」
「ミルちゃん!?」
「冗談だ、よくできました」
「半分ぐらい会話が噛み合ってないぞ!?」
「静かにしてくれ! 敵に居場所がばれるだろ」
「お……おう」
それから、始終無言になる。ミルとやらも、じっと堪えるようにして円卓の下にうずくまっていた。息すらも潜めているようなので、どうやら隠れる気はあるらしい。
かくれんぼなんて、いつしたかな。
小学校の頃は、それなりに友達もいたから学校の昼休みにはみんなで束になって色々な遊びをしていた。給食のデザートをめぐってのジャンケン戦争が昼休みまで引き延びたこともあったし、ホウキでチャンバラをするうちに本気になって喧嘩したこともあった。もちろんのこと、かくれんぼ何ていうのは遊びすぎて熟練してしまっている程だ。今でも小学校内の見つかりにくいポイントを脳裏でスライド表示させることが出来るぐらい。
けれど、中学校になると、そんな子ども染みた遊びには興味がなくなり、帰宅したらゲーム機の電源を入れるようになる。そのせいか、遊びで補っていた適度な運動という生活に必須な項目に穴があき、運動音痴だと周囲から笑われるようになった。『走り方が可笑しくて笑える』なんて女子に言われた日には、体育大会は私的休日へと化した。
そんな不真面目な生活がたたったのか、高校ではほとんど友達がいなかった。いや、確かに「遥人君のことを友達だと思う人」なんて言って先生が挙手を求めれば、そりゃクラスの大半が手を上げてくれるだろう。イジメを受けていたわけでもないし、女子とも会話は成立していた。けれど、何と言うか学校のやつらは、完全に学校内だけの縁だった。それぐらいの浅い関係を持ち続けるぐらいなら、中卒でも働いたほうがマシだとすら思った。
そして、そんな高校生活を送っていた矢先、異世界へ飛ばされる羽目になった。
これは、人生の転機なのか、それとも転落なのだろうか。
僕はここへ何しに来たのだろうか。
イシュバルトを崩壊させるため?
その他者の要求に応えるためだけに、精神体の丸腰でやってきたというのか。
今はまだ、よく分からないか。
考えるだけ、無駄だし、暗い気持ちになってしまいそうだ。
僕はそう考えて、気分がてら、ミルに話しかけようとした。しかし、その時だ。
――また、廊下を歩いてくる人物がいた。
今度は、金髪が目立つ少女だった。ツンとした表情でこちらへ向かってきている。少し長さが足りないかな? と思わせるポニーテイルを跳ねさせながら、気取ったペンギンのごとく歩いているのだ。少女と言っても、今回の彼女は中学生ぐらいである。線が細くてチョップをすれば折れてしまいそうな四肢をしているが、思春期ならではといった反抗的な目つきをしているので、おそらく中学生に間違いはない。何やら忙しなく周囲を見渡しているので、檻入り様(かくれんぼの鬼)かと思ったが、どうやら彼女も隠れる場所を探しているようだった。
ミルは髪の色に合わせて桃色のミニドレスを着ていたが、金髪の少女は、どこかの学校の制服のような、清楚で上品かつ動きやすい服装だった。
「檻入りごっこで、潜まれる場所を探されているんだけど、アナタどこか良い場所を知らない?」
ん? 何か言葉がおかしかったぞ?
「いや、ミルちゃんとやらなら、テーブルのしたに隠れているけど」
「あらそう。それは驚きになられたわ。でも同じ所に二人が隠れると、二人一気に見つかってしまうもの。他の場所を提供してくれない?」
やっぱり、なんかおかしい。ただ普通に喋っているだけなのに、相手を責めているようになってしまう喋り方とかは置いておくにしても、まだ違和感がある。
「他って言っても、この辺りにはココしかないぞ」
「それは遺憾ね。でも私がおっしゃられているのだから、少しは考えてみてよ」
分かった! こいつ! 自分を示す言葉を尊敬語にしてやがる! なんてやつだ!
「オマエ、お偉いさんとこのお嬢様なのか?」
「えっ、何でいきなりそんなこと訊くのよ――まあ、お父さんはこのフロアに住んでいるけど」
「つまり、お偉いさんとこのお嬢様なんだな、イケメン、イケメン」
「イケメン?」
「ああ、いや何でもない」つい、僕も活用してしまった。
「ねえ、そんなことより隠れる場所はないの?」
「そう言われてもなあ」
僕は探すふりをして周囲を見回すが、もちろん隠れる場所などあるはずもない。
「何もないの? 私がお願い致しているというのに、本当に役に立たない男ね」
「酷い物言いだな!」
「だって、そうでしょ? 隠れる場所のひとつも見つけ出せないなんて」
「オマエだって隠れる場所を見つけられてないじゃないか」
僕が指摘してやると、「私はオマエじゃなくてエニーよ!」と言いながらエニーは顔を紅潮させた。沸騰するやかんのように、ぷるぷると震えている。
「私に自分で隠れる場所を探されろというの!? 情けない男ね!」
「文法めちゃくちゃだな、おい」
「うるさい! アナタの声を聞いてると耳が腐ってしまわれるわ!」
ぷいっと横を向くエニー。どこか照れ隠しのようにも見えてしまい、僕はその理由が自分の顔にあることに気付く。そうである。今の僕の顔は、誰の目にも明らかなイケメンなのであった。
「なあ、エニー」
「いきなり呼び捨て!? アナタ、何者よ」
「僕はハルトだ。こっちむいてくれ」
僕が言うと、エニーは思ったより素直にこちらに向き直った。目はまだ逸らしているものの、心の底から非難されているというわけでもなさそうだ。
「手、出して」
「な、なによ」
エニーは警戒の念を緩めずに、そっと僕へ右手を差し出す。まるで、見知らぬ動物に触れる時の覚束なさがある。まだ心を開いていないというのであれば、やはり社交辞令をする必要があるだろう。
僕が彼女の細い手を下から支えるようにして持つと、彼女は肩をすぼめて小さく「ひゃ」と驚いた声を上げた。今に僕が卑しいことでもすると思っているのか、胸のドキドキを押さえようと、エニーはもう片方の手を胸へ押し付けている。
僕は、エニーの手を自分の胸元まで引っ張って、ゆっくりと顔を近づけた。
「ちょっと、何してるのよ!」
「社交辞令、社交辞令」
僕は、彼女の手の甲にキスをする。やはり、お嬢様の部類には、こういった挨拶も大切なのであろう。
「ひぁっん」と妙に上ずった声でエニーが手を引っ込める。
「どうした?」
「なにするのよ! 手の甲にキスだなんて、考えられないわ! アナタ、手が好きなの!?」
「違うよ、僕の世界ではこれが社交辞令なんだ」
「ただの変態じゃない!」
尊敬を表現する欧米の紳士たちの行為が、変態とみなされた。
「いいわ、檻入り様が追いかけてくる頃だし、しかたがないから、ミルと一緒にお隠れになるわ。二人一気に見つかる可能性もあれば、二人とも見つからない可能性だってあるものね」
そう言いながら、エニーは四つん這いになって円卓の下へ潜り込んでいった。その際にスカートがめくれていたのだが、僕は変態じゃないし、発育途上の女体に興奮するような器の小さい男ではない。少女よ、よかったな、僕が変態じゃなくて。
感想って……いいよねヽ( ´_つ`)ノ