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ノヴェルタの兵器  作者: imaginary
第一章 ハルト「理由」
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第二話 教会には……

 研究所が位地していたのはノヴェルタ宮殿の地下であったらしく、ヨセフに案内されて地表までの長い階段を上ると、たどり着いたのは礼拝堂のような広い空間であった。隠し扉をこじ開けて出たのは、ちょうど聖壇にあたる場所であった。前方には、レッドカーペットが敷かれていて、その赤い道の両脇には木作りの長椅子が並べられている。教会全体が、高窓から差し込んだ光にやさしく照らされていた。


 研究所への出入口としては余りに奇怪ではないかとヨセフに訊いてみたら、『極秘研究所だからね、なるべく一般人には知りえない場所にしたんだ』と説明を受けた。


 差し向き僕はヨセフから繕ってもらった服に身を包んでいるのだが、この服装こそまさに、ここが異世界なのだと直感させるような外観であった。着崩しなんてしたことのない優良高校生としては、まず首元が緩いことに一番の違和感がある。若い女性がよく着用するオフショルダーのように肩が出ているのだ。土をさらに焦がしたような茶色の布地で、マントのように僕の身を包んでいる。ちなみに、その布の内側には破廉恥きわまりない高校男子の肉体が潜んでいる。マント自体は羊毛にでも包まれたように不思議と暖かいが、下着も無しに布きれ一枚で歩いているというのは、思いのほか恥辱的だ。


「ここは、宮殿内にある教会なんだ。今はほとんど誰もこないけれど」


 ヨセフは僕の半歩前を――レッドカーペットの上を――ゆっくり歩きだす。


 よく見れば、ヨセフの服装も少し風変わりだ。上半身はジャケットのようなものを着ているのだが、縦幅が短く切られていて、わき腹あたりまでしかない。つまりはへそが露出しているのだ。一般的に見れば何と言うこともないのだけれど、それが小学生ほどの子どもであるために、何だか見てはいけない部位のように感じてしまう。そして下半身には、すそにかけて横幅が広くなっていく、アラジンパンツのようなものを履いているのだ。


「何で、誰も教会に来なくなったんだ?」


 ヨセフは男なのか、女なのかを考えながら訊いたから、少し興味のなさそうな物言いになってしまったかもしれない。


「え? 何でって……」ヨセフが立ち止まり、こちらに振り向く。「願いを聞いてくれる相手がいないのに、祈る必要もないでしょ?」


 ヨセフは誰かの皮肉でも言うように、本心からではない笑みを浮かべている。


「どういうことだよ」


「どういうことって――神は死んだんだよ、五百年前に」


 ヨセフは『そんなことも知らないの?』というふうに首をかたむける。僕も同じように首をかしげてみせると、ヨセフは呆れたような表情をして、前に向き直って歩き出した。

なるほど。この世界には神様がいたってことか。


「旧イシュバトラの将軍に殺されたんだ」


「え? 人間が神を殺したのか?」


 神ってそもそも死ぬものなのか? と疑問に思う。


「当たり前だよ。神だって一種の生物なんだから、寿命だってあるし――殺されたりもするさ」


「でも、神が人類を創ったんだろ?」


「それはそうだ。でも、だからって人類が神を殺せないわけではないよ。人類が創ったロボットが、人間を殺すことだってできるでしょ?」


「ま、そう言われてみれば、そうか」


 腑に落ちたわけではないが、納得したような態度をとってみる。いくら慮ったところで、異世界のことなど僕には理解できないのだろう。


「というか、こっちの世界にもロボットなんてあるのか?」


 ふと、気になって訊ねてみる。


「いや、ないよ。ただ、君たちの世界を観測していたときに、その存在に気付いただけ。だから、こっちの世界にロボットは存在しない。たとえ同じ構造の機械を造っても起動することはないんだ。そもそも世界の規則が違うんだと私たちは推測している」


「世界の規則?」


「そう。例を挙げるなら、こっちの世界は魔法が使えるけど、君たちの世界では使えない。君たちの世界は科学が発達することによって進化したけど、こっちは魔術が発達することによって進化したんだ」


「へえ、魔法が使えるのか」


「今度、見せてあげるよ」


 そうして、僕たちはレッドカーペットを辿ったさき――巨大な鉄扉の前へ着いた。鉄扉は僕の身長の二倍は誇ろう高さがあり、両脇にはそれぞれ翼のある獅子を模った像がある。妙に生き生きとしているなと思ったら、次の瞬間にその石の身体がピクリと動いた。


「ああ、ここでラオスとティガの審判があるから」


 つい今に思い出したような物言いだったが、何だか物凄く重大なことのように聴こえたのは僕だけであろうか。「じっとしてて」とヨセフの声が掛かる。


 両脇の像がまた動いたかと思うと、レッドカーペットの上に硬い音を立てながら、獅子を覆っていた表面の石がポロポロと落ちる。まるでせんべいでも割るように、間接がパキっと折れて、四つん這いの身体に亀裂が入る。


「おいおい、嘘だろ?」


「心配しなくていいよ。害のある人間かを調べるだけ。彼らは鼻が利くんだ」


 次の瞬間には二つの咆哮が教会の高い天井にこだました。泡立ったボディソープを水で流すかのように、獅子の表面から石が落ちる。そうすると、もう僕の目に映るのは像でなく実物であった。


「久しぶりに出られたね」

「久しぶりに出られたな」


 右の獅子は、身を震わせて毛についた石の欠片を払い、左の獅子は猫がするように背伸びをしてみせた。


「最近は研究所から誰も出てこないね」

「最近は研究所から誰も出てこないな」


 右の獅子が甲高い声でわめき、左の獅子が渋い声で同意する。ヨセフが右に「ラオス」左に「ティガ」とあいさつを交わしていたので、名前はわかった。


「ヨセフが研究所から出るみたいだね」

「ヨセフが研究所から出るみたいだな」


「でも見ない顔があるね」

「でも見ない顔があるな」


「誰だろうね」

「誰だろうな」


――うぜえ。 


 何だよ、この身内での親密なやり取り。それに、ティガはまだしもラオスなんて獅子の風貌をしているくせにヒヨコが鳴くような声で喋りやがる。


「誰なんだろうね」

「誰なんだろうな」


「教えてくれないのかね」

「教えてくれないのかな」


「これだから最近の若者は社交辞令を知らなくて無礼だね」

「これだから最近の若者は社交辞令を知らなくて無礼だな」


「移住してきても回覧板まわしてあげないようにしようね」

「移住してきても回覧板まわしてあげないようにしような」


「お前ら最低だな!」


 思わず、突っ込んでしまった。すると、半歩前でヨセフが「あちゃあ」とうな垂れる。僕が何かミスをしたというのか。「回覧板なんてあるのかよ!」と突っ込むべきだったのだろうか。


「いま、反抗したね」

「いま、反抗したな」


 世間話でもする近所のおばちゃんのような態度であった二匹の様子が、急変する。目が赤く光り、じっと僕を睨んでいる。ヨセフは「じっとしててって言ったのに」と眉をひそめていた。


「殺すべきかもね」

「殺すべきかもな」


「殺すべきだね」

「殺すべきだな」


 両の獅子が、同時に僕へ向かって音もなく前足を踏み出した。獅子とはいえ、翼はあるわ、身体は大きいわ、牙は生えているわと想像を超えている。


「ちょっと待てよ! 突っ込んだだけじゃないか!」


 僕は、制止するように両手を二匹の鼻先にかざす。下手をすればかざした腕ごとパクリと喰われてしまうのではないかと危惧されるほどの距離しかない。


「ヨセフ、こいつらに何とか言ってやってくれないか!?」


「無理だよ。ラオスとティガは宮殿でも強力な門番として有名なんだ。私の力じゃどうにもならない」


「じゃあ、どうすればいいんだ!?」


「面倒は増えるけど、心配はないよ」


 ヨセフは、そう言って続けた。「君が死ぬことはないから安心して」


 あ、今の僕は――強いのだっけ?


 そう思った時には、僕の横でティガが鋭い爪を振り上げていた。僕の頭皮、頭がい骨、脳みそを柔い硬いに関わらず一閃のうちに断ち切ってしまうだろう鋭利な爪が、放物線でも描いてくるように、上から振り下ろされる。


 しかし、僕は確実に自身の身体でないと断言できるような身のこなしで降り掛かる爪を避けると、無意識のうちに己の拳をティガの鼻先に叩きつけていた。


 見えない透明の壁に、全速力で顔面からぶつかったら、ちょうどその時のティガのような顔になるのではないかと思う。ティガは――ティガの顔面は、僕が気付いたときにはレッドカーペットの上で、ローラーで引き伸ばしたように、平たく伸びていた。鉄扉に吹き出した獣の血液が付着している。無論、ティガの息の根はない。


「おいおい、嘘だろ」


 僕は、一瞬のうちに自らが行った行為を疑った。


 意識をせずとも、本能で避けて、本能で――殺した。


 立ち尽くしていると、背後で咆哮が響く。振り返ると、教会の天井付近で翼を羽ばたかせていたラオスが、大きく前転して怒りの形相で飛び掛ってきていた。


「よくもティガをやってくれたね!!」


 僕の喉笛に目掛けて牙の生え揃った口が飛んでくる。しかし、僕はそれを殺気ごとかわすと、すれ違いざまに獅子の尾を掴んだ。さすがは巨大なだけあって、尾だけでも運動会の綱引きのロープほどある。


 僕は、思ってもみないのに、無意識のうち、それを教会の最奥――僕とヨセフの出てきた聖壇のほうへと投げ飛ばした。ラオスは、その背中に生えた立派な翼を使うことすらままならずに、弾丸のような速度で飛んでいく。そして、教会の聖壇の奥に立てられた巨大な十字架の上部へ、背中から突き刺さった。貫通した胸のあたりから、激しい流血が起こる。


 僕は、投げ飛ばしたあとのポーズを崩さないまま、その場に固まったしまった。


 今、僕は――何を?


「大丈夫だよ。今は君の魂とその身体が上手く定着していないんだ。だから、その身体が無意識に動いてしまうだけ」


「でも、ライオンが……」


「ライオン? ラオスとティガのこと? なら心配ないよ。彼らは……」


 ヨセフがそう言うと、カーペットに伸びたティガと十字架に突き刺さったラオスの身体がそれぞれ白く発光を始めた。そして、その白い光は空間をゆったり漂い、やがてもとの場所――鉄扉の脇へと戻った。光が晴れると、そこには石造に戻ったティガとラオスがいた。


「彼らは、そう簡単には死なないんだよ」


 ヨセフはそう付け足して、さっさと出ようというふうに、鉄扉を両手でこじ開けた。


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