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ノヴェルタの兵器  作者: imaginary
第一章 ハルト「理由」
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第十二話 僕の家……

この作品に出てくるキャラクターはそれぞれ辛い過去や悩みを持っています。ハルト「理由」では大したものはやっていませんが、ミナモ「自由」やホノメ「復讐」、ミル「家族」、シェリル「呪縛」などがありますので、どうぞご期待ください。ちなみに、今回の話は、少しだけシェリル「呪縛」が絡んできていると思います。


 あのまま一人で無闇に探し回っていたら、おそらくホーネクさんの自宅までは辿りつけなかったんじゃないかと思う。このフロアの長だと聞かされた僕は自然とホーネクさんの自宅が大きなものだと推測していた。しかし、それは端っからの間違いで、ホーネクさんの自宅も他の住人と同様、普遍な大きさの住宅だった。


 それにしても、表札も目印もないのに、アネナはまるで導かれるようにホーネクさんの家へと僕を案内した。真面目に探していた自分が馬鹿に思えてくるぐらい的確なルートだった。


「これで、あなたは私に一つ借りができたわね」


 ホーネクさんの自宅前、まるで容易には僕を通さないという面持ちで、扉を背で塞いだアネナが企み顔でそういう。


「借り?」


「そうよ。これで、あなたは私のお願いを一つ無償で聞かなければならないわ」


 聞いてなかった。


 というか、言ってなかった。


「何をさせる気ですか」


 僕は、警戒というよりは、少し呆れたように言った。アネナは赤髪をうっとうしそうに掻き揚げて、出し惜しみするように何も言わない。


 空中で旋回する擬似太陽のうちの一つが、ちょうど僕らの頭上を通り過ぎる。まるで一日を早回しで流したかのように、陰が右から左へと伸び変わった。


「こう見えて、私って『支配』とか『征服』とか『統一』っていう言葉が好きなのよね」


「いや、大体わかってました」戦国武将がよくいうぜ。


「それは話が早くて助かるわ。つまりは、『言うことを聞かなければいけない』という状況を作りだして、あなたを支配しようっていう算段よ」


 なんて姑息な支配なのかと僕は溜息を吐くばかりであった。まあ、言うことを聞くか聞かないかは別にして、確かに案内はしてもらったのだし、少しも恩を感じないことはないのだけれど。


「じゃあ、その話はまた今度で。……僕は行きますんで」


 扉の前に仁王立ちして通せんぼする彼女に立ち退きを依頼した。


「ああ、そうか。悪い悪い」


 天然だった! 何か挑戦的な目つきをしているから故意に扉を塞いでいるのかと思ったけれど、ただ単に気付いていないだけだった!




     ▼




 角砂糖の形式をした家の内部は、見た目よりも少し広く感じた。ワンルームではあるのだが、窮屈さがあまりない。玄関があり、タタキを上がると五畳半ぐらいの正方形を崩した空間がある。部屋にはトイレと風呂場につながったドアがあり、正方形を崩しているのはその区画のせいだった。部屋の中央には木造のテーブルがデカデカと置いてあり、かなりの範囲を占めている。そのせいか生活できる範囲が狭くなっているのであるが、やはり窮屈さは全く感じないのだ。


 それはまるで学校の教室を思わせる。よくよく考えたら、あの狭い空間に三十人も四十人も入ったらさぞかし窮屈なはずだが、教室ではそんなことを感じない。この部屋で感じるものは、あの感覚と似ている。


 ホーネクさんは、部屋の奥――マットレスを積み上げた上に横になっていた。爪で血管を傷つけて鼻血を出すんじゃないかと疑うぐらい執拗に鼻をほじっている。僕の存在にはとっくに気付いているみたいだが、決して「いらっしゃい」とか「話は聞いているよ」などとは言わないみたいだ。……かといって、白衣の者みたいに怯えもしていないみたいだけれど。


「あの、どうも」


「おう、よく来たな」


 一応返事は返してくれたので安心する。ホーネクさんは、指先についた鼻くそを弾いてどこかに飛ばすと、その手を拭わないままフランシスコ=ザビエルのような頭をポリポリと掻いた。


「あの、ここに来たらいいと言われたんですが……」


「うん、そだな。じゃあ家でも決めちゃう?」


 決めちゃう? 軽いな。


「いや、えっと、はい……お願いします」


「おし、よかろう。じゃあじゃあ、テキトーに決めといてよ。そのテーブルの上に用意しておいたからさ、空き部屋案内書」


 ホーネクさんが指さす方に視線を移すと、確かにテーブルの上には三つ折にされた紙が置かれてあった。僕はおもむろに近寄ってそれを手に取ってみる。折られた紙を広げてみると、それは上空から見た百二十階のフロア内の絵図であった。四角に描かれた人々の住宅の部分はパソコンのキーボードのようで、あの角砂糖のような家がいかに敷き詰められているかを思い知る。ほとんどの家は黒で塗りつぶされていたが、いくつか白いままの部屋が見受けられた。それが、空いている部屋で間違いないだろう。


「そこから、好きな場所を選んでいいよ。まあ立地意外は何も変わりはしないさ、どこの家も最初の内装は変わらないし、大きさも変わらないからね」


 立地。といっても、やはりあのスーパーマーケットの周辺やフロアの出口に近い界隈は黒で埋め尽くされている。未だに白が残っている区域は、メリットが見当たらないような途方のない地点であった。


 僕はしばらく考えていたのだが、どこが良いのか悪いのか見当もつかず、思いのほか適当に家を選んだ。まあ、空き部屋の中では比較的フロア出口に近い場所を選んでおいた。


「決めました。ここで」


 僕が紙に指をさしながらホーネクさんの眼前までそれを突き詰めていくと、彼はゆっくりと起き上がり「ああ、そこね。いいよいいよ、家けってー」と気持ちのこもっていない拍手をした。


「ハルトくん……だっけ? もう一度決めたら後では変えられないけどいいね?」


「あ、大丈夫です」


 思い切りがいい奴は好きだね、と呟いてホーネクさんは何やら呪文のようなものを唱えだした。意味の無い単語を繋ぎ合わせたようなセリフが部屋に響く。何をしだすのかと首をかしげていると、突如として空間が歪み、その歪みからラッパの先端のような、アサガオの花びらの部分のようなものがゆっくりと伸びてきて、ホーネクさんの眼前で止まった。僕は思わずあっけに取られる。


「あーあー、ホーネクです。例の異世界人の子の部屋は05K7M6に決まりました。間違いはないみたいなので、登録お願いします」


 ラッパに向かって妙に張り切った声を出したホーネクは、『了解しました』と声が返ってくるのを確認すると、また何か呪文を唱えてラッパを空間の歪みに戻した。やがて歪みも消えていく。


「うん、これで完了。さっそく家をつかってちょーだい」


 そういって手を払う仕草をしているあたり、さっさと帰れということらしい。とはいえ、家の場所も分からないのだが。


「あの、これ貰ってもいいですか?」


 僕は例の三つ折の地図を掲げた。これさえあれば、順々に辿っていけるとは思う。


「いーよ。それいくらでも復元できるしね」


 そう言ったきり、ホーネクさんはマットレスに伸びて大きなあくびをした。もっときっちりしている人かと思っていたが、なかなかのオヤジだ。無気力さが空気感染しそうなので、僕も率先して部屋を出て行くことにする。


 おじゃましました、と言って出たが、もう返事はなかった。




     ▼




「ここか」


 頭上をゆっくり旋回する擬似太陽の光が、少しずつ暗くなっていき、やがて夜になったころ。僕はようやく自分の家へとたどり着くことができた。地図があれば何とかなると思っていたが、まず地図を貰った時点での現在位置が分からず、どう辿ればいいのかもさっぱりだった。しょうがないから地図でも存在感がある半球体状のスーパーマーケットを自力で探し出し、そこから右、左、左、右、左というふうに地道な方法で家を割り当てたのであった。アネナの恩をいっそう強く感じた時間でもある。


 家々の窓からは、それぞれ照明の光が漏れていて、微かに道を照らしている。道に出歩く人は誰もおらず、街角には僕だけが突っ立っていた。さっそく家に入ろうと思ったのだが、不思議なことに僕の家も照明がともっている。窓からは確かに他の家々と同じようにやさしい光が漏れてきていた。


 もしや間違ったか? と疑問に思ったが、夜の暗さで地図も見にくい。それに間違っていれば、今度はそれを理由に僕の住所を尋ねればいいだけのことだ。


 僕は、一応部屋をノックしてみる。誰も出てこない。ワンルームなのだから部屋に誰かいれば出てくるはずだ。


「おじゃましまあす」


 僕は声を潜めながら、ドアを引く。


 部屋には――誰もいなかった。


 透明度の高い白いテーブルが部屋の中央にあり、白いクッションが一つだけぽつねんと置いてある。テーブルの上には何やら袋が二つ置かれていて、書置きが置いてあった。


 僕はタタキに靴を脱いで、部屋に入る。入ってみると分かるが、目が疲れるほど白い部屋だった。もともと部屋の壁は白なのだろうが、どうやらその上からさらに白く塗っている。まさに白い空間といった感じであった。


 僕は適当にクッションに腰を下ろし、袋の傍らにあった書置きを手に取ってみた。


『やっほー、メグリルで食べ物買っておいたよー、ポイントのことは気にせずに食べちゃって! アネナより』


 袋の中を覗いてみると、そこには調理された異世界チックな料理がいくつか置かれてあった。なるほどそういえば腹が減って――あれ? おかしなことに食欲はあっても、空腹はない。やはりこの身体だと何も食べなくても生きていけるということなのであろうか。


 ときに、メグリルとはあのスーパーマーケットのことだと察しがついたが、いったいポイントとは何のことであろうか。まあ、気にしないでと書いてあるから今は気にしないようにして、とりあえず今度会ったときにでも礼と一緒に訊いておこう。


――と、ふいに。


 僕の身体は硬直した。まるで透明人間に羽交い絞めにされたかのように、僕は動けなかった。じっと固まって、耳を澄ませてみる。


 やはり、音が聞こえる。


 水の音だ。水の流れる音。


 これは――シャワー?


 僕は、音のする方へ視線を傾けてみる。そこは、風呂場がある区画であった。


 タイルがきゅきゅっと音を立てて、それが足音だと気付く。


 ここには、誰かが住んでいる。僕はすぐにでも出て行けばいいものを、唖然として動くことができないでいた。そこで、固まったまま思考を張り巡らせてみる。


 食べ物を買ってきてもらえるほどアネナとは親しい仲で、家具からなにまで白を起用する人間で、僕が知っている人は――。


 まさか。


 そのまさか。


 僕はタタキのほうを不意に見た。


 そこには、白いロングブーツが置かれてあった。部屋自体が白で埋め尽くされていたから上手く擬態していたけれど、そこには平然とあのブーツがあったのだ。


 まさかまさかまさか。


 まさかさかさま。


 シェリル……だったっけ。


 僕は、放心したように、無表情で固まる。思考だけが、めまぐるしく巡っていた。


 背後で、きゅっきゅと水の擦れる音がしたかと思うと、ガチャリとドアが開いた。放心したまま、僕はとっさに振り向く。


「ひゃあああ!!!」


 殺人犯に追い込まれたような悲鳴が部屋にこだまする。


 そこには、タオル一枚に身を包む、シェリルが立っていた。


 しっとりと濡れた空色の髪が、鎖骨や肩に流れていて、湯気をほのかに立ち昇らせていた。水滴が彼女の艶めかしい身体の輪郭をなぞるように、下へと伝っていく。少女のような体躯に似つかない豊満な胸部は、タオルで包んでも谷間を晒していた。その谷間には微かに水が溜まっている。艶やかな白い肌は、見事にこの部屋と同調していた。こんな時に不謹慎にもほどがあるが、えらく可愛い娘だと思う。


 シャンプーか何かの良い香りが、鼻の奥をさらっと撫でる。


「あ! いや、ちょっと、これは!」


 僕は弁解しようと慌てて立ち上がったが、襲われるのかと思ったのかシェリルは背を向けて部屋の隅にしゃがみこんだ。


「違うんだ! ここは僕の部屋だと思ったから……」


「……」


「別に気概は加えないよ! 今すぐにでも出て行くからさ! いや、本当にごめん!」


「……」


 完全に無視だけど、まあ、男嫌いだと言っていたし、返事はなくてもしょうがない。非は僕にあるのだし、ここは潔く出て行こうと僕は玄関へ向かった。


 しかし、そこで、彼女の小さな肩が震えていることに気付く。かすかに鼻を啜る音も聞こえ、どうやら泣いているようだった。


 僕は、固まってしまう。


 なぜか、泣いていると知ると、どうしても無視できない。


「ごめん」


「……」


 どうしていいのか、分からなかった。


 シェリルはきっと構わず出て行ってほしいと思っているのだろうが、泣いているやつを無視して置き去りにはできない。そんなことはしたくない。


「風邪……ひくぞ」


「……」


 僕は、気付くとあろうことか彼女の元へ歩み寄っていた。彼女のすぐ後ろまで来て、しゃがみこむ。


「僕なら、何もしないから」


「……」


「大丈夫だから」


 なぜだかは分からない。けれど、彼女はただの男嫌いじゃない――そう思った。


 無意識に。


 僕は、彼女の肩に触れようとする。孤独に震え続ける、その肩に。


 けれど、その僕の手は、彼女に触れることはなかった。


 一瞬の閃光が空間に走ったかと思うと、僕の手は腕ごと弾け飛んでいた。


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