第十話 二人きり……
二人きりという言葉を考えた人は、おそらく変態だったんじゃないかと思う。『一人きり』は寂しいという表現につかうもので間違いありませんよね。もちろん、三人きり以上の表現は存在しないので除外しておくことにしますが、そうすると二人きりって、『寂しい』という意味でもないですし、どんな意味合いで作られたものなんでしょう。二人きりといわれて、どんなシチュエーションが浮かびますか?
彼女の部屋に二人きり
放課後の教室に二人きり
病室に二人きり
観覧車の中に二人きり
ほら、やっぱり変態的な意見しかでないじゃないか!
……って、まてよ。もしやこれは私が変態なだけではないのか!?
この前書きで『二人』と打とうとして三回ぐらい『不埒』と変換ミスしてしまったほどだし! やっぱそうなのか!?
(でも、『二人』と『不埒』って、ローマ字では結構間違えやすいんですよ、いや、本当に! 打って比べてみれば分かりますって!)
本当は――ホノメというらしい。
深い海底を思わせる紺色の髪をしていて、男女の判別がつかない中性的な顔をしている。さらに、二十歳にして小学生並の身長しかなく、そのような外見にして博学才穎である女性。その名は、ホノメというらしいのだ。
ヨセフというのは、研究所に配属される際、王から与えられた――ようは改名なのである。研究所ではその外観が仇となり、周囲の人間に偏見を持たせかねないと王は思ったのだ。見た目が子どもだという理由だけで、軽視されるかもしれない、だから、せめて名だけでも、威厳のある男らしいものに変えたとのこと。
親から授かった本当の名前はホノメといって、彼女と親しい仲にある人物はみんなホノメと呼び続けているのだそうだ。王の改名命令を受ければ、周囲の人間も改名以前の名で呼ぶことを禁じられるのだが――それでも、陰ではホノメと呼んでいるのだという。
そしてヨセフは、僕にも言ったのだ。「私のことは、陰ではホノメと呼んでくれないかな」と。彼女が、すでに殺害された両親に授けられたホノメという名前。それを、僕にも知っていてほしいと言ったのだ。そして、忘れないように、呼び続けて欲しいとのこと。
……なんだか、光栄のような、恐縮してしまいそうな、そんな話だ。
そして、肝心なのは、僕だ。兵器として転送された僕の運命。
「よかろう。御主が我がノヴェルタの守護者になるのであれば、受け入れん限りだ」
と、いうのが主な応答。
ただ、これにも条件がいくつかある。
1・命令がない限りは、勝手な行動はしない。
2・身分の高低を意識し、もしもの時は身分の高い人間を優先して助ける。
3・特別扱いはなく、僕もノヴェルタの一国民として暮らすこと。
これが、王が定めた僕の規則だった。とくに二か条の内容には納得がいかなかったけれど、この条約を鵜呑みにできないのであれば申請は受け付けないとまで言われてしまったのでは、僕もうなずくしかない。
されどカーネルは、僕が誓いを貫くと宣言したのを聞くと、はたと笑顔を見せて「なかなか男気のあるやつだ」と笑った。そして、その後の簡単なやり取りのあと、僕が住むのが百二十階であることが決まった。この城に住む全ての国民には、自分の住む階から五十階より上には行くことができないというルールがあるらしいのだが、それではホノメともう会えなくなるという事実を察したカーネルは、特別にあるものを僕へ渡した。
それは、ゴールドパスという、今作っただろと突っ込みたくなるような代物であった。どうやら、これがあればどの階に滞在していても問題はないらしい。ただ、王の間を除いてだけれど。
そして、さっそくゴールドバスを乱用することにした僕は、自分の住む場所であるはずの百二十階へ行く前に、寄り道がてらホノメの自宅へとおじゃましたのだった。
そして、これがまた面白いことに、あれだけ侵入を拒否していたホノメが、僕が自宅へ上がることを承諾したくれたのだ。というか、そもそも自宅に寄り道しないかと提案してきたのが、既にホノメなのだった。
ああ友情が育まれているなあ、などと感動しながら、僕はぬいぐるみだらけの部屋に座っていた。
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ホノメは、何だかウキウキしていた。
どういう表現をすれば正しいのか分からないけれど、頬を薄っすら紅潮させながら、ふんふんと鼻歌を吹かしている。フローリングの床に女座りをして、ぬいぐるみのほつれた部位を縫い直しているあたり、申し訳ないが、どうみても機嫌の良い小学生だった。
巨大なぬいぐるみの山を背景に、僕はそのホノメと向き合っている。ぬいぐるみに視線を落している彼女を僕は無言で見つめているだけなのだが、何だか子どものおままごとに付き合わされている気分だった。
「ハルトさ、けっこう大胆なんだね」
身長にぬいぐるみへ針を通しながら、やさしい口調でホノメがそう言う。
「何の話だよ」
大胆という言葉には、良い意味では度胸が据わっているとか思い切りがよく行動的だとか、そういうものがあるけれど、悪い意味では図々しいとか、厚かましいとかいう意味もある。厳密にいうのであれば僕はむしろ小胆な方だと考えるが、この場合は例の誓いについて言っているのだろう。
「私、こう見えても記憶力があるんだよ。レゲナーほどじゃないけど、私だって研究員だからね」
「だから、何の話だよ」
「? 言ってくれたでしょ?」
「なんて?」
「『こんな良い女がいる世界、僕には否定できない』って」
「言ってねえよ!!!」
そんな良い奴がいる世界、僕だって否定できない、って言ったんだ! なんだよこれ、ちょっと弄っただけで女遊びに慣れた口先だけの男みたいになってるし! というか、研究員! しっかりしようぜ!?
「私、こんな身体してるから、良い女だなんて言われたことなかったんだ」
「過去形にすんなよ! 僕は言ってないからな?」
「そんなっ! じゃあ、ハルトは私の身体について、どういう見解を持ってる?」
女の人の身体にいちいち見解など抱かねえよ、と言おうとしたが、よくよく考えるとホノメの場合は安易に口にできる見解があった。僕は何の気なしに口を開く。
「小学生…………あっ」
言った直後に気付いた。以前にも、僕が彼女に『子どもらしい』と発言してしまったせいで、彼女が我を忘れるほどに怒り狂ったことを。彼女には『男っぽい』とか『子どもっぽい』といった言葉は禁句なのであった。とくに、子どものような外見には過剰なコンプレックス精神を抱えている。
「ねえ、ハルト。今、なんて言った?」
ぬいぐるみを縫っていた、彼女の幼い指先が停止したまま震えている。僕は、彼女の持つ銀の針に少なからず殺意を感じ、ここは一旦逃げるべきだと尻を浮かせた。
「答えないと、帰さないから」
そんな僕の動きに反応したのか、ホノメは剣呑な表情のまま、ぬいぐるみを支えていた手を僕に向ける。何が起こるのかと身構えたが、とくに何も起こらなかったので、僕は安心して腰を下ろした。
……と、なんで逃げようとしているのに、腰を下ろしているんだ?
なんて疑問に思ったのだが、すでに事は起こっていたのだった。
――魔術。
そんなものが、国を発展させてきた世界。僕らの世界でいう科学。ロボットがプログラムされた通りに起動するように――電子レンジが冷めきったゴハンをほかほかにしてくれるように――冷蔵庫が食品の鮮度を保ってくれるように――掃除機が部屋のゴミを吸引してくれるように――ボタン一つで部屋に灯りが点されるように、彼女は、僕の腰を床に落した。
分かりやすく説明するのであれば、僕の周囲の重力が、倍増された。
よく観察すると、こちらへ伸びた彼女の手の表面からは、日に照ったアスファルトに陽炎が立ち昇るような感覚で、波動のようなものが発せられていた。
「私、知ってるんだよ。小学生って、君の世界でいう六歳から十三歳までの学校へ通う児童のことだよね」
「……いや、あの……ホノメさん?」
「それを私に例えるってことは、それは、つまり……」
やばいやばいやばい!
休火山が活火山へと変貌した。しかも、今にも噴火してしまいそうだ。もちろん、噴火口は僕へ一直線に向かっている。
あまりにも、危機的な状況に感じたので、無意識になってやろうかと考えたぐらいである。もちろん、そんな真似はしないけれど、これは本当にまずい。無意識でない以上、僕にはリセット能力がないのだ。もちろんのこと、科せられた重力を振りほどくほどの力も持っていない。
あの手にもたれた鋭い針が、僕の眼球を、こんにゃくにでも通すようにスーッと貫通する様を脳裏に浮かべてみる。身動きすらできずに、黒目のしかもちょうど真ん中あたりを突かれるのだ。
まずいまずいまずい!
何か言い訳を考えないと! 考えるだけでも鳥肌ものの拷問を喰らわされる!
僕は考えた。思考を張り巡らせて、助かる方法を検索する。
そして、決して助かるとは思えない策を自分自身で承諾する。
「生姜臭せぇって言ったんだ! 小学生じゃない!」
「え? ショウガ? ショウガって、君たちの住む世界に生息する多年生植物の名称のこと?」
ぽかん、としたホノメは、思わず僕への重力増加魔法を取りやめる。
よかった! ホノメが生姜の存在を――イケメンという言葉同様に――知りえていなかった場合は拷問を受けていたかもしれないが、さすがは博学才穎といったところだ。
「そうそう、ホノメの身体に対する見解――ようは、生姜臭いってことだ」
「へぇっ!? それって、やっぱり悪い意味だよね!?」
いや、やはりそうなるのだろうけど……。
しかし、もう魔法を使ってこないということは、やはり落ち着いてくれたということだろう。大切なのは、『男っぽい』と『子供っぽい』を使用しないことだ。それ以外でなら、ホノメは殺意をむき出しにしたりしない。
「ホノメは大人しいのが一番だな」
僕は、今後このような失敗を繰り返さないように、自分に言い聞かすように言う。
「え? 私って大人しい?」
僕のセリフに飛びつくように顔を上げ、ホノメが目を輝かせた。
「え? ああ、うん」
「そっかあ、それは嬉しいな。私、大人しいという言葉が好きなんだ」
……ああ、なるほど。言葉のなかに大人って文字が入っているからだな。でも、大人に異常な固執をみせている時点で、逆にそれは自分が子どもであることを肯定してしまっているような感じもするのだが……。本当の大人は自分が大人であることに何らこだわりはないだろうし、やけにこだわるのは、逆に気にしてる証拠ってことだ。
まあ、口が裂けてもそんなことは言えないけど。
僕がそんなことを考えていると、ホノメはまたぬいぐるみに針を通し始める。翼の生えたピンク色のゾウのようなぬいぐるみだ。背後のぬいぐるみの山には、そういった地球では見られない生物のぬいぐるみが全てなのだ。おそらく、創作ではなく、現にこの世界にはこれらの動物がいるのだろう。
「ねえ、いきなりで悪いんだけど」
先程とは打って変わったような口調で、ホノメは僕を見つめた。僕も応じて彼女を見つめたが、そうするとホノメはどこか気恥ずかしそうに僕から視線を外して、逃げるように目を泳がせる。どこか落ち着きのない視線だった。
「なに?」
「ちょっと、わがまま言ってもいいかな?」
そう言いながら、ホノメは膝のぬいぐるみを一旦床に置いた。申し訳なさそうな――恥を忍ぶような顔をして、こちらに擦り寄ってくる。まるで、お小遣いをせがむ前のよそよそしい少女のようだった。
「言っていいぜ、僕にできる範囲でならな」
寛大に胸を張って言ってやると、安座した僕のすぐ眼前まで寄ってきたホノメは、あろうことか、僕の鼻先に頭突きでもかますように、頭を突き出してきた。
「頭、撫でて」
なんですと!?
あれだけ子ども扱いするなと気を荒くしていた女が、頭を撫でてくださいだって!?
「おい!? どうしたんだ? らしくないって!」
「そんなこと、言わないで。確かに、私は外では毅然と振舞っているけど、本当は……少しだけ寂しがり屋なんだ。これが、本当の私だよ。これが、いわゆるらしい私」
「いや、でも、頭を撫でろって言われても……」
「私、お父さんに頭を撫でてもらうが、大好きだったの」
「……えっ?」
僕に頭を向けたまま、ホノメは小さな声で喋りだす。
「でも、すぐに撫でてもらうことが叶わないものとなったから。それ以降、誰にも頭を撫でてもらわずに、ちょっと寂しい思いをしてきた。私の周囲には、女の友達しかいないし、第一、私はあまり男性には気を許さないタイプだから」
ホノメは、言い訳でもするように――すでにわがままの後始末を始めようとしていた。僕に撫でてもらおうとしていた頭も上げられて、申し訳なさそうな表情のホノメが起き上がった。
「いや、ごめんね。変なわがまま言ってしまって――このことは気にしないでくれると嬉しい」
必死に、つくろったような笑みをみせるホノメ。本当は、僕に頭を撫でてほしかったはずなのに、すぐにその願いを断ち切って、身を引いた。
「いや、気にするね。僕はそういう――小胆なタイプの人間だから」
僕は、手を伸ばして、ホノメの頭を撫でた。完全に無防備だったというようなホノメは「あっ……あぁっ」と驚きながらも、昔、そうされていた時の記憶を探るように、しだいに穏やかな表情へ変わっていった。
僕は、ホノメの気が済むまで撫でてやろうと思った。
あまり、誰かの頭を撫でたりしたことがなかったものだから、ガツガツと少し強引な撫で方になってしまったが、それでも撫で終わったときのホノメの感想は「お父さんと同じ撫で方だった」であった。それを聞いて、僕はなぜか胸が締め付けられるような気分になる。
もう、死んだはずの人間、その代わりを僕が務めている。決して、響きはよくない行為だけれど、その行為で、ホノメのあんな穏やかな顔が見れた。
「ごめん、私、本当はハルトを家に入れた時点で、頭を撫でてもらえるかもしれないって、期待してたんだ。ハルトの優しい心に浸け込んで、自分の寂しさを埋めようとしたんだ――私、最低な女だよね」
撫でられたあとの余韻もつかの間に、ホノメはすぐ俯いてそう言った。
「そんなこと言ったら、僕だってホノメの家に上がりこんだ時点で、ホノメの頭を撫でられるかもしれないって興奮したもんだぜ。お互い、願ったり叶ったりじゃないか」
僕は、おどけるように言ってみせた。
「うそつき」
ホノメはちょっとだけ、怒ったように頬を膨らませると、すぐに吹き出して笑った。僕もつられて吹き出す。暗い気分なんて吹き飛ぶように、僕らは笑いあった。何がおかしいのかも分からないまま、広い空間に、二人の笑い声がこだましていた。
「寂しかったら、また言えよ。いつでも、頭撫でてやるから」
「……うん」
ホノメは、少しだけ頬を赤くしながら、照れくさそうに頷く。
長い間、寂しさの感情が沈殿していたのだろう空間に、ちょっとだけ風が流れた気がした。




