みんなやってれば許される
山田アリスちゃんが泣き出した。
先生がびっくりしてアリスちゃんに聞く。
「ど、どうしたの山田さん?」
首を横に振り振り泣くばかりで何も答えない彼女に代わって、隣の席の女子が答えた。
「アリスちゃん、ぱんつを盗まれたんです」
「ぱ、ぱんつを? ……あ、もしかして水泳の時?」
ぼくらの小学校には水泳の授業がある。
どうやらアリスちゃんは水着に着替えて授業を受け、更衣室へ戻ってみたら脱いだぱんつがなくなっていた──そういう話らしい。
「おい、玉国!」
隣の席から谷くんがコソコソと声をかけてきた。
「盗ったのオマエじゃねーの? オマエ、山田アリスのこと好きなんだろぉ?」
「失礼だな、キミは」
ぼくはそいつを軽蔑するように見下してやった。
ぼくは確かにアリスちゃんのことが好きだ。
でもぼくが好きなのは、かわいい彼女自身のことであって、ぱんつではない。
なによりぼくは好きな女の子を泣かせるような男じゃない。犯人を憎み、憤ってるところなんだ。
先生がみんなに言った。
「山田さんのぱんつを盗ったひと、正直に手を挙げてください」
バカなのか、この先生──
そんなの正直に手なんか挙げるわけがない、みんな机に顔を伏せてもないのに。みんな見てるのに。
なにしろ盗ったモノがモノだぞ? そんな恥ずかしいモノを盗ったヤツが恥ずかしげもなく名乗り出るわけが──
「ぼくが盗りました」
クラスの中でも地味なほうの相沢太郎くんが手を挙げた。
「えらいぞ、相沢さん」
先生が彼を褒めた。
「じゃ、山田さんにぱんつを返してあげてくれるかな?」
「ごめんね、山田さん」
相沢太郎はズボンのポケットから丸めた白いぱんつを取り出すと、アリスちゃんの前へ歩いていって、それを差し出した。
「ほんの出来心でした。許してください」
バカなのか──
そんなのアリスちゃんが許すわけ──
「うん、ありがとう」
アリスちゃんが笑顔になって、それを受け取った。
「許すよ、許す。返してくれて、ありが……」
「許すんかい!!」
つい、ぼくは立ち上がって大声をあげていた。
みんながぽかんと口を開けてぼくに視線を集中させる。
ぼくは赤面しながら再び着席すると、コホンと咳払いをしてから、みんなに聞こえる声で言った。
「許しちゃダメだと思います。だって泥棒は犯罪でしょ? なにより盗んだモノがモノでしょ。相沢は心に深刻な犯罪のタネを持ってるんだ。今ここで許したら、将来とんでもない事件を起こすかもしれないですよ?」
「いや──」
先生が自信たっぷりに言った。
「先生も許すべきだと思うぞ」
「なんで!?」
ぼくは思わずまた立ち上がった。
「山田さんも……! なんで許しちゃうの!?」
するとアリスちゃんが言ったのだった。そのかわいい声で──
「だって、みんなやってることだもん」
涙の残る顔を、にっこり笑わせて、自白した。
「あたしだって、野呂くんのTシャツ盗ったことあるし」
「え!」
アリスちゃんにTシャツを盗まれたことを今初めて知って、イケメンの野呂くんが嬉しそうに声をあげた。
「あれ盗ったの、アリスちゃんだったの? へんなやつに盗まれてたら嫌だなって思ってたけど……なんか嬉しい」
「ちなみに──」
先生が多数決を取るように、みんなに聞く。
「なにかひとのモノを盗ったことがあるひとー?」
愕然とした。
ぼく以外の全員が手を挙げたのだ。
泥棒の巣窟だったのか、このクラス……
「ほらな?」
先生が平和を実現した偉人のように笑う。
「みんなやってることなんだから、許されるのが当然だよ。なにより本人、謝ってるだろ」
「おかしい……。そんなの、おかしい……」
ぼくは弱々しいながらもみんなに聞こえる声で、呟いた。
「みんなやってるから許されるだなんて……。自慢ですけどぼくは一度も他人のモノなんて盗ったことは……」
「そういうとこだぞ、玉国くん」
先生がぼくを教育する。
「なぜみんなと同じようにしないんだ? なぜ一人で勝手なことをするんだ? だからキミはクラスの中で浮いてしまうんだ」
みんながぼくに、悪人を見るような視線を、一斉に向けたのがわかった。
先生の言葉が続く。
「先生は心配だぞ。この先、キミが中学校、高校と、いじめを受けることにならないか……。浮いた生徒というのはえてして……」
ぼくは思わず教室を飛び出していた。
廊下を走った。走ってはいけないと知りながら──
走りながら、心の中で叫んだ。『こんな間違った世の中、滅んでしまえ!』と──
そして無断で早引きしたぼくは帰り道、おばあさんが一人でやってる小さな食料品店で、20円のチョコスナックを万引きした。なぜこのぼくがそんなことをしたのかはわからない。みんながやってるからぼくもやってやれ、とヤケになっていたのかもしれない。
産まれて初めての盗みは快感だった。
みんなの気持ちがわかった気がした。




