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第一世代(キメラ)の羽化と、階層社会のハッキング

※本作には残酷な描写や虫の生態に関する描写が含まれます。

泥のような深いスリープモードから、意識が浮上する。

左胸の亀裂は、体液が凝固してなんとか出血は止まっていた。だが、動かせば鈍い痛みが走る。装甲の完全な修復は絶望的だ。


育児室の奥から、無数の硬質な足音が近づいてくる微振動を感じた。

視界をクリアにした俺の目の前に、あの憎き前コロニーの正規兵と同じ、無骨で巨大な重装甲を持った個体が三匹、静かに並んでいた。


サナギが、羽化した。


外殻の色は、前コロニーのような純粋な黒褐色ではない。このスラム特有のくすんだ灰褐色をベースにしている。装甲の密度が上がった分だけ、わずかに黒みを帯びて鈍く光っていた。

二つの種の遺伝子が歪に融合して生まれた、新しいハイブリッド兵器の姿だ。


俺が身構えた、その瞬間だった。


バチバチバチバチッ!


三匹の重装甲の兵士たちは、一斉に極端に姿勢を低くし、地面に這いつくばるような体勢をとった。

巨体に似合わない必死な速度で俺の身体にすり寄り、自分たちの触角で俺の装甲を激しく叩き(ドラミング)始める。


俺の理性が、即座にこの不審な行動の正体を弾き出す。

下位個体が上位個体へ示す、絶対的な『宥和のバグ』だ。無駄な争いを避けて絶対服従を示すための儀式的なサインである。

三匹がかりで俺の身体中に匂い物質を塗りたくり、熱心に舐め回すグルーミングまで開始した。


俺は軽く大顎を鳴らし、制止のフェロモンを出す。

三匹の部下たちはピタリと動きを止め、忠実に次の命令タスクを待機する姿勢に入った。


その時だった。

三匹のうちの一匹がふと振り返り、背後の暗がりに向かって短くアゴの音を鳴らした。


暗がりから這い出てきたのは、この三匹と同時期に羽化を迎えた通常サイズの働きアリだ。カマキリの肉しか食えず、前コロニーの遺伝子を取り込めなかった個体。

重装甲の一匹が、その小さな同期に向かって強烈なフェロモンを浴びせる。


指示を受けた通常兵は育児室の奥へ向かい、幼虫から分泌された極上のアミノ酸スープを含んで戻ってきた。

重装甲の部下はそれを受け取らず、顎で王(俺)の方を指し示す。

小さな通常兵は俺の足元へ進み出て、その栄養液を俺の口元へと献上した。


単なる従属プログラムではない。自分たちより下位の個体を即座に見極め、自らは動かずに使役して王への食事を運ばせる。

アリの厳格な階層社会カーストを運用するための高度な知性システムが、完全にインストールされている。


俺はアミノ酸スープをすすりながら、現在のリソース(総資産)の厳密な再計算に入った。


俺がスリープモードに入っている間にも、限界を迎えていた四匹が静かに衰弱死し、初期メンバーの生き残りは九匹にまで減っていた。そこに新しく羽化した通常の働きアリ六匹を加えた【十五匹】。

さらに、目の前の【三匹の第一世代キメラ】。

群れの胃袋である幼虫は無事に孵化して【十二匹】となり、女王の足元には新しく産み落とされた【十個の卵】が安置されている。


ギリギリの自転車操業だが、確実に生産ラインは回っている。

俺は、新しく羽化した六匹の通常兵と、三匹の第一世代を交互に見比べた。同じ時期にサナギになったのに、なぜ出力結果にこれほどの差が出たのか。


答えは明白だ。幼虫時代に何をメインに食ったかの違いである。

カマキリの肉を消化した六匹は、外殻こそしっかりしているもののフォルムは元のスラムのアリのままだ。前コロニーの正規兵の肉を食った三匹だけが、重装甲へと形質を変化させている。


幼虫たちが持つ遺伝子泥棒のシステムには、明確な【互換性の縛り】がある。

カマキリのような系統が離れすぎた別種の虫のDNAは、ベースOSが違いすぎて設計図として読み込めず、ただのカロリーとして排泄されるだけだ。

自らの形質として遺伝子をインストールできるのは、同じ『アリ』という基本規格を持った近縁種を食った時だけなのだ。となれば、あの夜に見た未知の怪物の溶解兵器を取り込むことも、絶対に不可能ということだ。


すべての点と点が繋がり、一つの真実を確定させる。


(……互換性の制約は理解した。だが、出力される『数』についてはどうだ?)


俺は背後に控える三匹の第一世代を再度見つめる。

あの時、解体して幼虫に食わせた前コロニーの正規兵の死骸は、間違いなく『一匹分』だった。それなのに、重装甲として出力されたのは三匹。

肉の総量カロリーを他の獲物で補ったとしても、大元の設計図ソースコードは一つしかないはずだ。


(……獲得したソースコード一つにつき、複数機までコピーを出力できるという増幅・複製レートが存在しているのか?)


だが、サンプル数(N=1)の段階では確たる法則は導き出せない。このシステムバグの検証は、次回以降の同族狩りまで保留するしかない。


強力な手駒を増やすためには、ただの肉ではダメだ。明確な殺傷能力や強固な装甲を持った、別のアリの遺伝子を奪わなければならない。


俺の左胸には致命的なハンデがある。俺自身が強力な外敵の群れと正面衝突すれば一瞬ですり潰される。冷徹な理性が導き出した次なる軍事目標は二つ。

コロニーのサイクルを回すための純粋な食糧の確保。そして、森を徘徊しているであろう旧コロニーの孤立個体の発見と排除だ。


出撃のコマンドフェロモンを空間に放つ。

俺の背後には三匹の第一世代が控えている。さらに解体と運搬を担う後方支援部隊として、新しい六匹の働きアリをピックアップした。

残りの九匹には、女王と幼虫の絶対防衛を命じる。


俺たち十匹の小隊は偽装された入り口を抜け、昼の森へと這い出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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