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泥の拘束具と、巨大ナメクジの完全暗殺

※本作には残酷な描写や虫の生態に関する描写が含まれます。

朽ち木の根本で鈍重に這い進む、ナメクジ。

今の群れに最も不足している水分とタンパク質を大量に含んだ肉袋だ。

だが、無抵抗の楽な獲物というわけではない。


背後に控える八匹に対し、フェロモンで絶対の禁止命令を下す。


直接噛み付くことは許さない。


奴の体表を覆う高粘度の防御粘液は、噛み付いたアリの顎を物理的に固める。身体に付着すれば気門を塞いで数秒で窒息死に至らしめる、極めて凶悪な防衛システムだ。本能のままに群がれば、この八匹の小隊など一瞬で全滅する。


だが、牙や鎌で能動的に殺しにくる他の捕食者とは違う。奴の防衛機構はあくまで触れた相手を殺す受動的な機能にすぎない。

手順さえ踏めば、反撃されることなく完全に無力化できる。


足元に転がるよく乾いた腐葉土の欠片や、細かく砕けた土砂を大顎で拾い上げた。

手本を示すように、ターゲットの頭上からパラパラと振り落とす。


乾燥した土砂が、ナメクジの光る体表に付着する。

刺激を受けたナメクジが、防衛本能から大量の粘液を分泌し始めた。


これこそが狙いだ。


水分をたっぷり含んだ高粘度の粘液は、上から降り注ぐ乾燥した土砂と混ざり合うことで、急速に泥状の重い塊へと変質していく。

指示を理解した八匹の小隊が、一糸乱れぬ動きで朽ち木の上から絶え間なく乾いた土砂を投下し続ける。


ナメクジは防御システムを稼働させればさせるほど、自らの身体を重い泥の鎧で拘束していく。

やがて、分厚い泥の塊が自重で地面に縫い付けられ、その鈍重な動きすら完全に停止した。

凶悪な粘液トラップが、ただの泥くれへと変わった瞬間だ。


完全に動きを封じられた肉塊の死角へと、単独で回り込む。

狙うのは、泥に塗れた身体の右側面前方。分厚い外套膜の下に空いた、たった一つの無防備な物理的バグ――呼吸孔だ。


温存していた強靭な身体のバネを解放した。

分厚い装甲をまとった巨大な大顎を、ナメクジの急所へと容赦なく突き立てる。


ブツン。

神経束を物理的に切断する感触が大顎から伝わる。

粘液を出すための指令系統ごと破壊された巨大な肉塊は、痙攣することもなく、静かにその命の活動を停止した。


俺の数倍の質量を持つ巨体に対する、完全な無傷での暗殺。

だが勝利の余韻に浸っている暇はない。濃厚な体液の匂いは、すぐに他の凶悪な腐肉食動物たちを引き寄せてしまう。


待機していた八匹の働きアリが一斉にナメクジの死骸に取り付いた。

彼女たちは泥にまみれた外側を避け、こじ開けた呼吸孔の傷口から内部へと潜り込む。

水風船のように外殻が張り詰めるまで、自らの腹部に水分とタンパク質を限界まで貯め込んでいく。


これ以上の長居は死を意味する。腹を限界まで膨らませた八匹を急き立て、帰路につこうとした。


だが、振り返った先の夜の森は、完全な暗闇の底に沈みきっていた。


行きとは違い、帰り道の八匹の足取りは著しく遅い。

行きでこいつらが夜盲症であることを確認し、俺がフェロモンで先導する体制は整えている。それでも、帰路の行軍速度は俺の計算をはるかに下回っていた。


原因は明白だ。視界を完全に喪失した暗闇の中で、自重を超える質量の液体を腹に抱え込んでいる。

極限の過積載状態が歩行制御の精度を狂わせ、数歩進むごとにバランスを崩して腐葉土に脚を取られている。

重い『データパケット』を抱え込んだ端末が、処理落ちを起こしてフリーズしかけている状態に近い。


暗闇の奥で、カサリと何かの巨大な捕食者が蠢く不吉な音がした。

背後の八匹が見えない恐怖に怯えるように身を寄せ合う。


行きで数十分もかかった危険な迷宮。この処理速度のままでは、途中で夜明けを迎えるか、他の捕食者に見つかって確実に全滅する。

働きアリの生物学的な物理限界。だが、システム管理者である俺には、それを強引に上書きする権限がある。


顔面の透明な器官が捉える視覚情報は、光量ゼロの暗闇でも一切のブレを生じさせない。

遅延する小隊を無理やり引っ張るため、俺は古い帰還フェロモンを上書きする、極めて高濃度の『強制実行オーバーライド』フェロモンを空間に叩きつけた。


俺の太いフェロモンの帯を、盲目の八匹が本能の限界を超えて必死に追随してくる。

過積載による歩行エラーを強引な命令で上書きし、眼が見据えた最短ルートに向かって夜の森を駆け抜ける。


行きでは数十分もの時間を費やした危険な迷宮を一直線に走破し、わずか数分で、ゴミ溜めに偽装したスラムの入り口へと滑り込んだ。


息を潜め、偽装した入り口を内側から塞ぐ。

誰一人欠けることなく、極上の水分とタンパク質を持ち帰ることに成功した。


絶対的な死の領域からの生還。

俺は腹を限界まで膨らませた八匹の兵士を引き連れ、餓死寸前の女王と幼虫たちが待つ最奥の玉座へと、確かな足取りで歩みを進めた。


さあ、群れのシステムを再起動する時間だ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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