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シバタロウとユウタ

作者: やまたぬ
掲載日:2026/02/14

「ねえ、もっとゆっくり歩いてよー」


 ユウタは駄々をこねるように言う。

 ワイはお構いなしに、リードをぐんぐん引っ張る。


 ――おいおい。弟分のくせに生意気やぞ。散歩の主役はワイや! ワイについてこれんやつは置いていくで!


 片側二車線の道路から隔離された歩道。通行人はちらほらいるが、すれ違うにも十分な余裕がある道幅。帰宅途中の太陽を横目に、ワイとユウタはお花摘みに向かう。


「シバタ、早いって。もっとのんびり、おしとやかに散歩しようよ」


 ――誰がシバタや! ワイの名前はシバタロウや! 母ちゃんがつけてくれた大事な名前やぞ! 次シバタって読んだらムキーって怖い顔したるからな!


 へろへろのユウタを引きずりながら、どんどんと人を追い越す。

 

 へっへっとワイの息。

 ぜえぜえとユウタの息。


 警察犬にもひけを取らないワイの鼻がひくひくと反応する。

 全身のもふもふが、もふもふもふになるほど高揚したワイ。

 ユウタの握力を凌駕して、鼻が示す方へと一目散。


「おう、シバタロウじゃん!」


 上がピンク、下は黒のジャージ。明るすぎない茶色に染まった髪は後ろでくくられている。ワイに気付いて止まってくれた彼女は、すこし顔を紅潮させ肩で息をしている。


『お姉さん!』


 ワイは一鳴すると、お姉さんの元へと身を投げる。

 しゃがんで受け止めてくれた彼女は、わしゃわしゃともふもふをもふる。


 散歩のときにたまに会うお姉さん。ワイの名前を憶えてくれ、いつもわしゃわしゃしてくれる。ワイはそんなお姉さんが大好きや!


「おまえは今日ももふもふで可愛いな」

『ありがとナス! でもお姉さんの方が可愛いで!』


 そんなワイとお姉さんの幸せ時間を邪魔する輩が現れる。


「お姉さん。ぼくも可愛いですよ」


 いつの間にか追いついてきたユウタが吐く。

 あろうことかお姉さんの前に跪き、自分も撫でてもらおうとしている。


 ――こいつ、まじか! いや、さすがにひく!

 小学一年生にして、小学一年生の使い方を理解しているやつとかひくわ!

 なんなんやこいつ、なんなんやこいつ!


 お姉さんはあははと大きく笑う。


「確かに君も可愛いね。その積極性は目を見はるものがあるなー」


 そう言うと彼女はユウタの頭もわしゃわしゃした。


 ワイは見逃さなかった。

 その瞬間、ユウタの目が、獣のそれになっていたことを。

 ワイの弟は、とんだ化け物やった。


「ユウタ君はいつも散歩させて偉いねー」

「そんなことないですよ。飼い主として当然のことです。シバタはおしっこもうんちも、一人じゃできない未熟者ですし」


 ユウタは頭をぽりぽりと掻きながら言う。


 ――こいつ、やりやがった! 自分のしっかりものアピールに加えて、ワイのことを下げにかかってる! 柴犬にジェラシってる!


『お姉さん! 違うんです! 全部嘘です! ワイはおしっこもうんちも、おならもしません! 好きな食べ物はイチゴです!』


 ワイは必死に鳴きわめいた。


「なんか訴えてるなー。なにを言ってるかはわからないけど、なんかアイドルっぽいことを言ってる気がする」


 ――くそ! 言葉の壁が、文化の壁が、ワイとお姉さんの仲を引き裂く!

 世界はまだ、こんなにも残酷なのか!



「それじゃあ、またねー」


 お姉さんは大きく手を振った後、颯爽と走っていく。

 その背中を名残惜しそうに見つめるワイとユウタ。


 お姉さんが見えなくなると同時に、ワイは怒りを爆発させる。


『おまえ、やってくれたな! お姉さんに誤解されたやろがい! ワイはやろうと思えばなんだってできるんや! おしっこした後に水で流したり、うんちを袋に入れて持ち帰ったり。やらないだけで、やろうと思えばできるんや!』


 むきーっと歯を見せて言う。


「なに言ってるのか全然わかりませーん。てか、抜け駆けしてお姉さんのところに行ったな! もう換毛期になってもブラッシングしてやらないぞ!」


 ユウタはふんっと鼻を鳴らすとワイよりも先に歩き出す。


『別にブラッシングなんてしなくてもええけどね! 毛が撒き散らされて困るのは母ちゃんやで!』


 先を行ったユウタの背に吠える。

 それとほぼ同時にユウタがこてっと転ぶ。


 ――おいおい。足元ちゃんと見ないからやで。


 急いで追いついて様子を伺う。

 幸い顔は打っていなかったが、右の膝には血が滲んでいる。


 泣くかと思った。

 いつも転んだときは泣いていた。

 

 でも今日は違った。

 そのまま立ち上がって、自分の膝を見ている。


「いてて……」


 そう呟くユウタの顔は、眉根は寄っていたが涙はこぼれていなかった。


 ――そうか。もう小学生やもんな。


 そろそろとユウタの股にもぐる。


「乗せてくれるの?」


 ワイはじっとすることで肯定の意を示す。


 ――昔はよく乗って遊んでたしな。母ちゃんに怒られるから最近じゃ乗らなくなったけど。まあ、今日は特別や。


 ユウタはワイの意思を汲み取ったのか、抱き着くように体を預ける。


 ――重! いやいやいや、重い! どんだけ成長したんや。前に乗せたときは軽々と走れたけど、もう走れん。関節が……、関節が悲鳴を上げとる。


 一歩、一歩と、落とさぬように慎重に足を運ぶ。


「ありがとな、シバタロウ」


 抱き着いているユウタが、耳の近くで囁く。


 次はもう、乗せてあげられないかもしれない。

 大きくなって、できることが増えるユウタ。

 大きくなって、してあげられることが減るワイ。


 もっと大きくなっても一緒に散歩してくれるやろか。


 ワイは知っている。

 ワイは、人間のように長生きはできない。


 どこまでこの子の成長を見れるやろか。

 中学? 高校? 大学? 結婚?

 長生きせなあかんなー。


 まあ、でも、見送る側にはならなくて済みそうなのはよかったやで。


 星が散り始めた空を見上げ、

 「くうん」と一声鳴いてみる。


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― 新着の感想 ―
 猫が大好きですが、犬も好きです。小さいときは犬派でした。  犬ってこんな考え方をしますよね。猫とは違う癒やしをいただきました。  『見送る側にならなくてよかった』の思いは、ワンちゃんならありそう…
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