表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

月光陽光

作者: らぱすてー
掲載日:2026/01/28

 夜は、いつも冷たかった。


 月は空にあった。満ち欠けもせず、ただ世界を照らしていた。

 だが、その光には温がなかった。

 人は火を囲み、獣は身を寄せ、夜をやり過ごした。

 月はそれらを等しく見下ろしていた。

 ――その月を統べる神の名を、誰も口にしなくなって久しかった。


 いつからか、その名は忘れられ、名だけが抜け落ち、月だけが残った。


 昼になれば、事情は変わった。

 大地は緩み、草は伸び、命は動いた。

 それは、誰にとっても“そういうもの”であった。


 ある時、光が岩の内に退いた。

 それがいつのことだったのか。

 記した者はおらず、覚えていた者もいない。


 その日を境に、昼と夜の区別は失われた。

 太陽は昇らず、月もまた意味をなさなかった。

 世界は、静かに、確かに冷えた。


 地は固くなり、風は止まず、声なきものが増えた。

 夜のものが増えたのか。

 昼のものが失われたのか。

 ――誰にも分からなかった。


 神々は集まった。

 高天の広場に、名のある者も名を持たぬ者も並び立ち、空を仰いだ。

 そこに“あるはずのもの”が、なかった。


 ひとりの神が問うた。

「なぜ月は世を照らさぬのか」

 答える者はいなかった。

 月を統べる方の名を、誰も思い出せなかったからである。


 岩戸は閉ざされていた。

 その内に何があるのか。

 誰がいるのか。

 確かめた者はいない。

 確かめようとした者がいたのかどうかさえ、定かではない。


 神々は考え、そして踊った。

 音を鳴らし、声を上げ、笑った。

 それが祈りであったのか、ただの騒ぎであったのかも、記されていない。


 やがて、岩がわずかに動いた。

 その瞬間、冷えがひとつ、ほどけた。


 岩は開き、ひとつの影が外へ出た。

 その姿を正しく見た者はいない。

 近づけば眩しく、離れれば影が濃かったからである。


 ある者は囁いた。「影が、二つ重なって見えた」と。

 別の者は首を振った。「いや、ひとつであった」と。

 そのどちらも、否定されていない。


 ただ、ひとつだけ確かなことがあった。

 その足もとだけ、地が凍らなかった。


 神々はその存在を迎え、頭を垂れた。


「大御神が戻られた」


 それ以上の名は、誰も口にしなかった。

 問う者も、答える者もいなかった。


 世界は再び動き始めた。

 昼は戻り、夜は夜として残った。

 ただ、夜は以前よりも、わずかに冷たかった。


 月は変わらず空にある。

 照らし、見下ろし、満ちては欠ける。

 ――ただ、その巡りを告げる者は、二度と現れなかった。


 月を統べる神の名は、神々の記憶からも消え、

 ただ「月」という言葉だけが残った。


 その後、嵐の神は地上に背を向け、根の国へ向かったという。

 なぜそうしたのか。

 理由を語る伝えは、どこにも残っていない。


 ただ、人は今も、寒い夜には火を求める。

 昼を照らす太陽が、誰の光であったのかを知らぬままに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ