蔑まれ追放された聖女ですが実は前世板前の究極の熟成&分解魔法でした〜猛毒の魔物を特製生姜醤油の唐揚げや濃厚ラーメンに変えて帝国提督に溺愛されている間に元勇者一行は毒に当たって自業自得の末路を辿る〜
「君の薄気味悪い魔力にはもう耐えられないんだ。パーティーを抜けてくれ、シャルディ」
潮風が吹き荒れる断崖絶壁の上。
婚約者であり、勇者パーティーのリーダーでもあるアルドが侮蔑の眼差しで見下ろしていた。
隣には純白の聖衣を纏い、キラキラと輝く義理の妹のテアビリムが張り付いている。
「ごめんなさいねぇお姉様。でも仕方ないですわ。お姉様の固有魔法の分解って食材を腐らせるみたいで食欲が失せますもの。私の光の浄化の方が、皆も癒やされますし?うふふふ」
テアビリムがくすくすと笑う。
シャルディは前世で日本の老舗割烹で板前をしていた転生者。
授かった力は聖女……のはずだったが、判定された能力は分解と毒素中和。
触れたものをバラバラに解体したり、熟成させたりするその力は神聖な光を尊ぶ国では腐敗の力と忌み嫌われてきた。
「えっ、でも、魔境の魔物は猛毒を持っています。毒袋を分解して取り除かなければ食料の現地調達は……」
「はっ!無知だな!聖女テアビリムの祈りがあれば、毒など光で消え去るさ!お前のようなやり方の小汚い作業など不要なんだよ!」
アルドは足元に粗末な鞄を放り投げた。
「二度とおれたちの前に現れるな。汚らわしい女め。分解などとちっぽけなもので粋がるな」
唇を噛み締め、彼らに背を向けた。悲しみはなく、あるのは呆れと開放感。
(ああそう。毒抜きの手間も知らないで……もう知らない。野垂れ死ぬのはそっちになるくせに)
一人、魔物が蔓延る死の海岸線へと歩き出した。
パーティーを追い出されて三日。海岸の洞窟を拠点に悠々自適なサバイバル生活を送っていた。
目の前には浅瀬に打ち上げられた巨大なイカ型の魔物グランド・クラーケンの死骸がある。
勇者たちが硬すぎて剣が通らないし、身はゴムみたいで不味いと捨てていった獲物だ。
「もったいない。最高級のアオリイカより旨味が強いのに」
クラーケンの巨大な足に手を触れる──分解。
魔力を流すと強靭な繊維がほぐれ、食べられない皮や吸盤の硬い角質が魔法のように綺麗に剥がれ落ちる。さらに熟成をかければアミノ酸が増幅し、身はねっとりと柔らかくなる。
「うん、今日の献立はクラーケンの唐揚げ、特製ネギ塩レモンダレとイカ墨のリゾットしよう」
魔法収納から旅の必需品である醤油、酒、生姜、片栗粉を取り出す。
一口大に切ったクラーケンの身をタレに漬け込み、熱した油、魔物の脂を精製したものへ投入する。取るの楽だから使いたい放題だ。
ジュワァァァァァ……!
パチパチパチ……!
洞窟内に香ばしい醤油と生姜の香りが爆発的に広がる。こんがりときつね色に揚がった衣。その中には熱で甘みを増したプリプリの身が詰まっており、見ただけでわかった。
「いただきまああ」
大口を開けたその時。
ズズーン……!
地響きと共に巨大な影が洞窟の入り口を塞いだ。
「美味そうな匂いがする。寄越せ、寄越せ……寄越すのだ」
立っていたのは漆黒の軍服を着た大男。眼光は鋭く、全身から血と硝煙の匂いを漂わせている。
「ひぃ!」
海賊さえも震え上がるという、帝国海軍の暴君提督、ガレオスだ。というは後で知ること。
極度の飢餓状態にあるのか、目が獣のように光っていた。こっわ。人間やめてる。
「あ、あの……なに?」
「問答無用!皿を寄越せと言っている!」
手から皿をひったくると揚げたての唐揚げを素手で掴み、口に放り込んだ。
カリッ。サクッ。小気味よい音が響く。
「ふ……んッ!?」
ガレオスの動きが止まった。サクサクの衣を噛み破ると弾力のある身がプリリッと弾け、中から熱々の肉汁がジュワッと溢れ出す。
生姜醤油のパンチの効いた味付けにレモンの酸味が爽やかな後味を残した。口の中が天国状態。
「硬いゴムのようなクラーケンが、なぜこれほど柔らかい!?噛むたびに旨味が湧き出してくる!うおおお!」
彼は猛然と食らいついた。次はイカ墨のリゾット。ああっ、自分の分がなくなっていく。
見た目は真っ黒だが一口食べれば、凝縮された海のミルクのようなコクとニンニクの香りが鼻に抜ける。
「うまい……!貴様何をした!?」
は?勝手に食べておいてなにを言う?
「あの、強盗ってこと忘れないでください。分解スキルで下処理と筋切りをして、酵素で柔らかくしただけですけど……聞いてます?強盗の人?」
全てを平らげたガレオスは目の前に跪き、ガシッと両手を掴んだ。
「船に乗れ!専属料理人になれ!」
「は、はい!?はぁ?」
「皆呪いを受けており、魔物の肉しか栄養にならない。だが魔物は不味くて硬い。こんなに美味い飯を食ったのは生まれて初めてだ!」
帝国最強の戦艦リヴァイアサンの料理長として迎えられることになった。いや、ちゃんちゃんとかでテロップ流れて終わる流れじゃないからね!?
しかし、戦艦での生活は過ごしてみると思いのほか快適だった。
荒くれ者の船員たちは最初は腐敗女と警戒していたが、料理を一回食べただけで掌を返した。
いや待て!この人たちおかしくない?
腐敗と色眼鏡で見るには、彼らはその不廃物さえまともに口の中に入れられないのに、おかしな人たちだ。
夕食のメインは猛毒を持つシーサーペントという海竜の解体ショーから始まった。
「いい皆!毒袋の位置はここ!私の分解で一瞬で取り除くから見てて!」
シュンッ
手をかざすと猛毒の紫色の部位だけが綺麗に消滅する。残ったのは透き通るような桜色の白身。
「うおおおお!シャルディ姉御、すげぇ!」
「早く食わせてくれぇ!」
今夜のメニューは海竜のしゃぶしゃぶと竜骨スープの濃厚ラーメン。
大鍋には海竜の骨を三日三晩煮込んで白濁させた、コラーゲンたっぷりのスープ。そこに薄くスライスした身をサッとくぐらせる。
表面が白くなり、半レアの状態になったところを、ポン酢ともみじおろしでいただく。
それにしても、姉御呼びも慣れたものだな。遠い目になる。
「……とろけるぅぅ!」
「脂が甘い!なのに全然しつこくない!」
「ラーメンの麺、コシがすげぇぞ!スープが絡んで最高だ!」
船員たちが涙を流して貪り食う。提督のガレオス様専用の席でラーメンをすすっている。分厚いチャーシューにした海竜のバラ肉を頬張り、満足げに溜息をついた。
「シャルディの料理を食べると、力が漲る。魔力効率が段違いだ」
「毒素を完全に抜いてから魔力を旨味に変換してますからね」
「手放した勇者たちはよほどの馬鹿と見える」
ガレオスは見つめ、不器用に笑った。笑顔に胸がトクンと跳ねた。料理人冥利に尽きる瞬間だ。
一方その頃、勇者アルドたちのパーティーは地獄を見ていた。
保存食が尽き、現地調達を試みるもテアビリムの光の浄化ではどうにもならなかったのだ。
光魔法は穢れを払うが、魔物の肉体構造そのものを変えるわけではない。硬い皮は硬いまま。毒袋は光って綺麗になるだけで毒性は消えない。
「痛い!お腹が痛い!うあああ!」
「うが!テアビリム!毒が消えてないじゃないか!」
「そんなはずありません!私は聖女ですもの、キラキラしましたもの!やりましたもの!」
口にできたのは生焼けで臭みが酷く、痺れ薬のような味がする魔物の肉だけ。
全員が食中毒で痩せこけて肌は土気色になり、剣を振るう力も残っていなかった。
そんな時、彼らは海上で遭遇した。巨大な戦艦の甲板で宴を開いているこちらに。
風に乗って漂ってくるのは暴力的なまでに食欲をそそる焼き肉の匂い。ニンニクと果実を合わせたタレが、炭火で焼ける肉汁と混ざり合う抗いがたい香り。
「な、なんだあれは……くんくんくん!」
「肉だ……まともな肉だ……ああ!」
アルドたちは半狂乱で手漕ぎボートを出し、戦艦に近づいてきた。甲板から見下ろす自分と目が合う。
「シャルディ!シャルディじゃないか!」
「ああ、シャルディ!探していたんだ!お前がいなくなって寂しかったぞ!」
アルドが頬をこけさせながら、必死に猫なで声を出すと隣のテアビリムもプライドを捨てて叫んだ。
「お姉様!私お姉様のご飯が食べたいです!特にお味噌汁!茶色いスープが恋しいの!」
「……茶色いから汚いって、捨てたのは貴女じゃない。ふざけてるのね?」
冷ややかに見下ろすとガレオスが腰に手を回し、ドスの効いた声で一喝。
「我が船の料理長に気安く話しかけるな薄汚い連中め」
「て、提督!?なぜシャルディがそこに!?え?」
「彼女はおれの女神。貴様らのような舌の腐った連中には勿体無い」
ガレオスは焼きたての海竜カルビを箸で掴み、わざと見せつけるようにこちらの口元へ運んだ。それをパクりと食べる。
噛み締めた瞬間、濃厚な肉汁が口いっぱいに広がる。美味しい!
「ぐぬぬ……!シャルディ、命令だ!今すぐ戻ってこい!お前はおれの婚約者だろう!」
「婚約破棄したのはそっちでしょ?私はここで料理を作るので忙しいので」
合図を送ると船員たちが一斉に残飯(魔物の硬い骨や皮)を海に放り投げた。
「ひぃぃ!」
「それがお似合いです。自分たちの光とやらでお腹を満たせばいい」
戦艦は加速し、呆然とする勇者たちを波間に置き去りにした。
彼らがその後、どうなったかは知らない。言えることは、二度と美食を味わうことはできなかっただろうこと。
提督室にてガレオスと二人きりで晩酌をしていた。肴は新鮮な白身魚の昆布締めと熱燗。
「シャルディ。帝国に戻ったら結婚してくれないか」
酔いのせいか、それとも本気かガレオスの顔が赤い。
「食料係としてですか?」
「一人の男としてだ……もちろん味噌汁を一生飲みたいという下心も否定はしないが」
真剣な眼差しで手を取った。手は武骨で大きくてとても温かい。
「私でよければ。ふふ。その代わりに好き嫌いしたら許しませんからね?」
「望むところだ」
海の上、月明かりの下。腐敗と呼ばれた手は今、誰よりも愛しい人を幸せな笑顔にしている。
明日はどんな美味しいものを作ろうかおメニューを考える心は、満腹感と幸福感で満たされていた。
勇者たちを置き去りにした戦艦リヴァイアサンは帝都の港へと帰還した。
港にはガレオス提督の凱旋と噂の料理聖女を一目見ようと、数万の市民が詰めかけている。いつの間にか自分のことまで伝わっているとはどういうことなのだろう。
「提督!提督〜!戻られましたか〜!」
出迎えたのは、帝国宰相の老紳士。しかし、顔は心なしか青白い。
実はガレオス不在の間に、帝国の食糧事情は最悪の事態を迎えていた。隣国の呪いによって家畜は病に倒れ、穀物は実をつけない。国民は当たり前だが飢えた。帝国は崩壊の危機に瀕している。
「宰相、そんな顔をするな。最高の解決策を連れて帰ってきた」
ガレオスは力強く引き寄せ、広場に設置された特設ステージへと促す。
戦艦の倉庫に眠っていた食材を取り出す。道中で討伐した超巨大な深海魚キング・グルーパーの身と魔法で品種改良したミラクルライス。
「帝都の皆さん、お腹が空いているでしょう?今から心も体も熱くなる料理を作りますよ!」
ステージ上で巨大な鉄板に火をかけた。今日のメニューは帝国の危機を救う海鮮あんかけ黄金チャーハンにしようと黄金色に輝く卵を鉄板に割り入れる。
ジュワァァァァッ!
鮮烈な音が広場に響き渡る。間髪入れずに炊きたてのパラパラとしたライスを投入。 分解魔法で米粒一つ一つに魔力を通し、一瞬で卵と油をコーティングしていく。
「見てくれあの手つき!魔法を使っているのか、それとも神の業か!?」
市民たちが息を呑む中でサイコロ状に切った海竜の肉と、深海魚の身、彩りのパプリカを投入。
鉄板の上で具材が躍り、香ばしい醤油の香りが風に乗って帝都全域に広がっていく。
「これだけじゃありません。仕上げは特製海鮮あんです」
海竜の骨から取った濃厚な出汁にホタテに似た魔物の貝柱をたっぷり加え、片栗粉でとろみをつけた黄金のあん。
山盛りに盛られた熱々のチャーハンの上から、一気に注ぎ込む。
ドロリ、ジュワッ!
湯気と共に立ち上る磯の香りと濃厚な旨味の香り。拷問に近いものが数万人の空腹を直撃。
「食べてください!」
兵士たちが次々と配膳していくものを、一口食べた市民たちが次々と膝をついて涙を流した。
「う、うますぎる……ああ!体の芯から力が湧いてくるぞ!」
「の、呪いが消えていく……すごい!料理に聖なる力が宿っているわ!」
毒素中和は土地や体に染み付いた呪いさえも不純物として分解し、栄養に変えることができたのだ。後で知ったことだけどね。
帝都は一瞬にして絶望の淵から歓喜の渦へと変わった。
一方その頃、ボートで漂流し、ようやく王国の海岸へ辿り着いた勇者アルドとテアビリム。彼らが目にしたのは変わり果てた故郷の姿。
「シャルディがいないせいで、土地が腐り始めている……と?」
王国の農地は女が密かに毒抜きをしていた頃の肥沃さを失い、文字通り腐敗していた。
作物には虫が湧き、家畜は逃げ出し、贅沢三昧だった王族たちも今や泥まみれの根野菜を齧って飢えを凌いでいる。
「アルド様、お腹が空きましたわ……何か、何か美味しいものを……なにか」
「うるさい!おれだって腹が減ってるんだ!テアビリムの浄化魔法で泥水をスープに変えろ!」
「そんなの無理です!光を出すことしかできませんから!無茶なことを言われても無理ですもの!」
二人は泥濘の中で掴み合いの喧嘩を始めた姿は、輝かしい勇者と聖女の面影はどこにもない。
口にできるのは自分たちがシャルディを追い出して手に入れた不毛な自由の味のみ。
一年後。
帝国は世界で美味しい国として空前の繁栄を遂げていた。
そして今日はガレオス提督との結婚式。白一色のドレスを纏ったらガレオスは呆れたように愛おしそうに囁く。
「あ〜、シャルディ、式の間くらいは、厨房のことを忘れたらどうだ?」
「だってガレオス様、披露宴のメインディッシュは私が自分で仕込みたいんです。幻の海鳥のローストって焼き加減が難しいんですよ?」
「ああ……ふっ、全くだ。君という妻を持ったおれは世界一の幸せ者であり、世界一の美食家になれる。楽しみだ。全てな」
教会の鐘が鳴り響く。参列した元船員たちが「姐御、おめでとう!」と考案したカツサンドを頬張りながら叫んでいる。
祖国で腐敗の聖女と呼ばれたこの手で今度は世界を、愛する人の未来を最高に美味しく味付けしていくことを誓う。
今日のご飯は一生忘れないほど甘い味がした。
*
盛大な結婚式から数ヶ月。私たちは今、帝国の最新鋭潜水艦チラシース号の中にいた。
「ねえガレオス様。これって本当に新婚旅行なんですよね?いやいや、え?本当に?」
窓の外を泳ぐ全長五十メートルの光る古代大アナゴを見つめながら尋ねた。嘘というか仕事と兼ねてるよね?
「ああ。行きたいと言っただろう?未知の食材の宝庫へ」
「それはそうですけど……言い方が悪かったってことですか?」
普通の貴族なら南の島で日光浴でもするところだがこっちとしては違うってことなのか。
前世の職人魂が疼き、まだ誰も食べたことのない水深三千メートルの絶品食材を求めてしまったのだ。まあ、なるようになれってことにしておこう。
「いたぞシャルディ、あれが今回の獲物だ」
ガレオスが指差す先。漆黒の海溝に青白く発光する巨大な蟹──クリスタル・キングクラブが君臨していた。
殻はダイヤモンドより硬く、肉には致死性の氷結毒があるという。が、中身は天界の甘海老より甘いと伝説に謳われている。
「晩ご飯の準備をしますね」
潜水艦の魔導アームで鮮やかに蟹を捕獲し、船内の特殊調理室へ運び込む。並の包丁では歯が立たないその殻に分解の魔力を極限まで集中させた。
「は……はぁっ!」
パキィィィィンッ!
美しい音と共に水晶の殻が規則正しく割れる。中から現れたのは半透明で真珠のような光沢を放つ、瑞々しい脚肉。
「すごい肉質……毒素を分解しながら冷気を旨味に閉じ込めます」
クリスタル・クラブの刺身。雪塩を添えて。
氷の器に盛られた身は口に入れた瞬間、体温でスッと溶けてなくなると同時に濃厚な練乳のような甘みと潮の香りが、鼻を抜ける。
「な、なんだこれは。冷たいのに胸の奥が熱くなるような旨さだ」
「次はこれです。蟹身たっぷり、深海海藻のバター焼き」
鉄板で熱せられたバターの香ばしい匂い。贅沢にほぐした蟹の身と畑で育てた幻のニンニクを加える。育てたよ、がんばってね。
ジュワァァァ……!
黄金色のバターに蟹の出汁が溶け出し、ソースとなって身に絡みつく。
「仕上げは蟹の甲羅を使った深海リゾット。蟹の蟹味噌をたっぷり溶かし込んでいます」
深緑色の蟹味噌がお米一粒一粒をコーティングし、濃厚なコクを生み出す。
ガレオスは一口食べるごとに言葉を失い、ただただ幸福そうに喉を鳴らした。
「シャルディ……君を海に連れてきて正解だった。味を知らずに死ぬところだった。ふぅッ」
「え?ふふ、おかわりはまだありますよ?」
その頃、昔と付けられるほどになった勇者アルドとテアビリムは、王国の片隅にあるドブ川のほとりにいた。
二人はあまりの空腹に耐えかね、王国の立ち入り禁止区域にある呪われたキノコを食べてしまったのだ。
その結果、体中の魔力が暴走してしまい肌には黒い斑点が浮かび、絶え間ない吐き気に襲われていた。
「あ……あ……お腹が、空いた……シャルディ……シャルディの作った出汁の効いたうどんが食べたい……な」
「アルド様……私、あんなに馬鹿にしていた漬物ですら今はご馳走に見えますわ……食べたい。地面に捨てたなんて信じられません」
彼らの目の前を帝国の豪華な商船が通り過ぎる。船の上からは船員たちが楽しそうにカニクリームコロッケを頬張る匂いが漂ってきた。
「頼む……一口……一口でいいから、恵んでくれ……頼むううう!」
アルドが必死に手を伸ばすが商船の乗組員は彼らを汚物を見るような目で見下ろした。
「おい、あれを見ろよ。元勇者だってよ」
「あんなに素晴らしい聖女様のシャルディ様を追い出しておいて、今さら食べ物を乞うなんて厚かましいにも程がある」
「ほらよ、これはシャルディ様が家畜の餌にでもしなさいって言ってた、ジャガイモの皮だ」
投げ捨てられた泥まみれの皮を二人は獣のように奪い合い、啜り泣きながら口にした。それが彼らにとって人生で最後に味わう食事となるのだろう。
新婚旅行の帰り道に潜水艦の展望デッキで、ガレオスの肩に頭を預けていた。
「ガレオス様。帝国に戻ったら、まずは何をします?」
「そうだな。皇帝陛下に今回の蟹を自慢しに行かねばならん」
「ふふ、陛下はきっと羨ましがりますね」
ガレオスは手を優しく包み込んだ。
「シャルディ。君は自分の力を腐敗だと言って悲しんでいたが……君の力は死にゆく食材を最高に輝かせる再生の力だ。おれはその手に一生守られていたい。不甲斐ないが許せ」
「はい。私もあなたの胃袋を一生守り続けます」
空には満天の星。海の中にはまだ見ぬ未知の味が無限に広がっている。次はどんな驚きをどんな美味しいを大切な人と分かち合おうか。
聖女シャルディの料理帖には今日も新しいレシピが書き加えられていく。
それは呪いを救い、愛を育む至福の献立。
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