第1巻 【The Raging Beginning】
最強の父の血を継ぐ高校生──
その日、“普通の人生”は燃え尽きた。
居合道の天才・**暁月優呀**は、妹と共に両親との思い出の公園で出会ってしまう。
人間の命を吸い取り、力に変える怪物と。
折れた真剣。倒れ込む自分。
妹が奪われかける命の光──。
絶望の瞬間、赤い流星が落下し、優呀の胸の奥で爆ぜた。
業火の世界。現れたのは、烈火を操る・炎の聖魔。
『契約しろ。お前に、炎の力を与える』
その一言で、運命が塗り替わる。
優呀は覚醒する──髪は紅く、瞳は炎のように燃え上がり、聖剣は火の奔流を纏った。
「俺の大切なものに触れる奴は──絶対に許さない!」
一撃で怪物を両断し、妹を救ったその時。
謎の組織《SAWT》の研究者・**澄葉翠乃**が現れる。
「あなたは選ばれた戦士。
この世界には、まだ“怪物”が潜んでいます」
──日常は終わった。
兄妹を守るため、世界を守るため、優呀は炎の戦士となる。
これは、命を奪う怪物と、命を守る少年の“灼熱のバトルファンタジー”。
燃え上がる正義の物語が、今、始まる。
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【目次 – Contents】
Chapter 1 Moaning/Nightmare
――日常の裂け目と、炎の予兆
Chapter 2 Retirement /Determination
――不穏な夢と、迫りくる黒い影
Chapter 3 Training /Inheritance
――鍛錬と継承、そして剣磨との激闘
Chapter 4 Memories /Attacks
――思い出の場所で起きた惨劇
Chapter 5 Flame&Awakening
――インフェルークとの契約と新たなる力
Chapter 6 Legend/Truth
――真実の開示と、世界の命運を握る組織
Epilogue Bouncy /Heart
――運命の扉へ歩き出す兄妹
序章
『遥か昔、世界の片隅で——。
正義を操る悪魔〈聖魔〉と、邪悪を司る悪魔〈獄魔〉が、果てしない戦いを繰り広げていた。
その争いはやがて激しさを増し、誰にも止められないほどに膨れ上がっていった。すると、まばゆい光を
纏った一柱の神が天より降臨し、強烈な輝きで戦いを止めた。こうして、世界はふたたび平和を取り戻した
という。』
Chapter 1《Moaning/Nightmare》
暗く、淀んだ空が世界を覆っていた。
崩れゆく街並みの中、黒い影のような怪物たちが咆哮を上げる。ひしゃげた建物、風に混じって消えていく悲鳴。その中心に、黒い翼を大きく広げた悪魔がいた。怪物が口を開いた瞬間、白い閃光が世界を裂く。
音もなく、ただ光だけがすべてを飲み込んだ。
『……っ』
優呀は目を覚ました。
天井を見つめながら、しばらく息を整える。
心臓がわずかに速く打っていることに気づいた。時計の針は七時半を指していた。
『さっきの夢は、一体なんだったんだ。』
優呀はベッドから起き上がり、ぼんやりした頭のまま階段を降りた。
一階には、すでに朝の香りが漂っている。
食卓では、誰かが手際よく朝食を並べていた。その背中が、優呀の気配に気づいて振り向く。
「あ、お兄ちゃん! おはよう!」
振り向いたのは、妹の夏葉。
朝から眩しいほどの笑顔を見せる、五つ下の中学生だ。夏葉の明るい挨拶に、「おはよう」と少し重たい声で返す。
「ご飯食べてね〜」と、明るい声が響く。
その声が、さっきまで見ていた世界の闇を一瞬だけ遠ざけた。優呀は椅子に腰を下ろし、静かに「いただきます」と呟いた。箸を手に取り、湯気の立つ白米を口へ運ぶ。咀嚼を続けながらリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。
『昨夜、マルスエリアにある大型ショッピングモールと神殿パーク遊園地で、突然の爆発が発生しました。外壁やアトラクションが破壊されるという事態が起きています。』
ニュースキャスターの声を背に、夏葉がお茶を一口飲み、低い声で言った。
「最近、多いね。こういうニュース。」
「そうだな……一体何が目的で、誰が計画してやっているんだろうな。」
夏葉は少し真顔になり、言葉を続ける。
「わからないけど……どんな理由があっても、街の人たちが築き上げてきたものを壊すなんて、私は許せない。」
優呀は箸を止め、少しだけ目を伏せた。
「……夏葉の言う通りだ。絶対に許されることじゃない。」
ニュースの映像を見つめながら、今朝の夢が頭をよぎる。だが、光景を繋ぐ糸は見つからない。まるで何かが意図的に、記憶の断片を隠しているようだった。
「世界中が平和になる日が来るといいのにね。」
朝食を終えた夏葉が箸を置き、少し明るい声で呟いた。「そうだな。」
「よし! 切り替え、切り替え!」
夏葉は両手で頬を叩き、笑いながら立ち上がる。食器をシンクに運びながら、軽く水洗いする彼女に、優呀は「ありがとな」と言葉をかけた。「平気平気〜」と明るく返す声。
優呀は部屋に戻り、鏡の前で着替えを始める。
純白の道着を身にまとい、漆黒の袴を締める。白い足袋を履き、鏡に映る自分の姿を整えた。
一方、夏葉も胸当てを装着し、弓懸を右手に装着する。壁に立てかけられた弓を手に取ると、胸の奥で微かに高鳴る鼓動を感じながら、静かに部屋を出た。
優呀は木刀を手に、二階から降りてくる。
微笑を浮かべて、「よし、夏葉も問題ないな。」
「うん、大丈夫!」
二人の笑顔が交わる。
そして、玄関の扉を開けた。
外は、太陽の光に照らされた清々しい天気だった。眩しい朝の中へ、二人の影が並んで伸びていった。
Chapter 2《Retirement /Determination》
半年前のある日、澄んだ青空の下、草地に一人の男が立っていた。赤い袴にまとめた赤い髪──五十代の補村だ。真剣な眼差しで、無言のまま遠い空を見つめている。
背後から、落ち着いた足取りでスーツの男が近づいた。金髪のその男は、軽く会釈して声をかける。
「補村さん、これまで本当にお疲れ様でした」
補村はゆっくりと顔を返す。
その瞳には、幾多の戦いを乗り越えてきた者だけが持つ静かな光があった。
風に揺れる袴の裾が、かすかに砂を舞わせた。
「この時点で、奴らを全滅させられなかったのは、やはり悔やまれるな……」
そう言いながら、補村の唇に小さな笑みが浮かぶ。
金髪の男は慌てて促すように答えを返した。
「そんなことはありません。補村さんは数え切れない人たちの危機を救ってきました。それに、若手の育成も十分すぎるほどです」
補村は空を見上げながら首を振る。
「年長者が若手を育てるのは当然のこと。特別なことをしたつもりはないよ」
そこへ、補村が面倒を見てきた若者たちが歩み寄ってきた。緑髪の男子、水色髪の女子、桃色髪の女子、黄色髪の男子──四人の表情はそれぞれだが、目には芯の強さが宿っている。
緑髪の少年が胸を張って言った。
「補村さんのおかげで、僕たちは奴らと戦う術を身につけられました!」
水色の少女は声を震わせ、押し殺した悲しみを漏らす。
「補村さんが居なくなるなんて、寂しいです……」
隣の桃色の少女がそっとその肩に手を置き、真剣な顔で続ける。
「補村さんがいなければ、ここまで来られませんでした」
一歩前に出た黄色髪の男は、火のような熱を込めて叫ぶ。
「補村さんから受け継いだものは、絶対に無駄にはしません!」
四人の言葉を聞き、補村の目が潤む。静かに、しかしはっきりとした声で言った。
「お前たちは、本当に強くなったな」
金髪の男が補足するように歩み寄る。
「この強さの多くは、補村さんの指導のたまものです。皆、感謝しています」
補村は深く息を吸うと、仲間たちを見渡した。表情に少しだけ緩みが生まれる。
「よし。では俺から、最後の言葉を送ろう」
四人は姿勢を正し、瞳をきらめかせて補村に注いだ。
補村はゆっくりと口を開く。
「次の炎の戦士は、俺以上にお前たちにとって重要な存在になるだろう。俺の経験からそう断言できる。たとえ納得できなくても、俺の言葉を信じ、共に戦え。奴らを必ず、全滅させてくれ。頼んだぞ、みんな」
「はいっ!!」若者たちの返事が、草原に清々しい響きを残す。
補村は金髪の男──煌雅に視線を移した。「あとは頼んだぞ、煌雅、いや、マスター」
煌雅は静かにうなずいた。「承知しました」
補村は自分の右手のひらを見つめ、短く笑った。
「さらばだ、ルーク」
そう言うと、補村は右手を空へ突き上げた。
赤いオーラが掌から天へと昇り、瞬く間に光となって散っていく。草地には静かな風だけが残った。
Chapter 3 《Training /Inheritance》
若者たちの掛け声が響く道場。その中心で、優呀の木刀が空気を鋭く切り裂いていた。
右へ──左へ──後方へ。
四方に繰り出される太刀筋は一分の狂いもなく、まるで軌跡が残るかのような美しい線を描く。
額から汗が伝い落ちても、呼吸は乱れない。
その姿は、ただひたすらに“強者”だった。
「やっぱり優呀先輩、すげえ……」
「そりゃそうだろ。先輩の父親、この倶楽部の会長だったんだぞ。素質が違うってやつさ」
道場の隅では、後輩たちが憧れの眼差しを向けていた。
「下の弓道場もたしか……先輩のお母さんが講師だったんだよな?」
「ああ。それで妹さんが弓道始めたらしいぞ」
「夏葉ちゃんだろ? 入り口に賞が飾ってあった。あれは相当な腕前だぞ」
「兄妹そろって化け物かよ……天才って言われるわけだ」
そんなひそひそ声を背に、優呀は最後の踏み込みを放つ。
木刀が空を裂き、真っ直ぐな一閃が走った。
「……よし」
木刀を肩に担ぎ、後輩たちへ歩み寄る。
「次は君たちの番だよ」
「は、はいっ!」
慌てて立ち上がる後輩たちを横目に、優呀はふっと息をつき、道場の端に腰を下ろした。
すると、落ち着いた足音が近づく。
「相変わらず見事だな。動きに無駄がまったくない」
現れたのは現倶楽部会長。誇らしげな声音だった。
「いえ、父に教わったことを身体が覚えてるだけです。大したことじゃありませんよ」
「それを“できる”ことがすごいんだ」
会長は腕を組み、小さく笑う。
「俺も生徒に教えてはいるが、言葉を行動に落とし込める者は少ない。俺の教え方が下手なのかもしれんがな」
「そんなことありません。会長の教えは素晴らしいですよ。僕も何度も救われました」
優呀がきっぱりと言うと、会長は驚いたように目を丸くし、すぐに穏やかな笑みに戻る。
「そうか……なら良かった。まあ、クセは強いがな」
「それは否定しません」
「ふっ、言ってくれるな」
ふたりの軽口に、道場の雰囲気が柔らかくなる。
「──そろそろ模擬戦の時間だ」
会長が咳払いし、空気が一気に張りつめた。
「はい」
優呀は静かに立ち上がり、木刀を握り直した。
──同時刻・一階 弓道場
夏葉は足を開き、整えた姿勢──“胴づくり”で体の軸を安定させる。
ゆるやかに息を吸い、弓を構えた。
視線は揺らぎひとつない的の中心へ。
その瞬間、風が止まる。
空気のざわめきが消え、世界が一秒だけ静止する。
夏葉は息を細く吐き、指を離した。
矢は疾風となり、高速で飛ぶ。
──パシィンッ!
的の中心を正確に射抜いた。
「すごい! 夏葉ちゃん!」
「今の完璧じゃん!」
友人たちが笑顔で拍手する。
しかし夏葉は、どこか納得がいかないように首を傾げた。
「ううん……全然だよ。ちょっとブレちゃった」
「え? 全然ブレてなかったよ?」
「ほら、あそこ」
双眼鏡を覗いた友人たちは、中心からわずかに外れた矢に気づく。
「いや、これほぼ真ん中じゃん!?」
「狙った場所に刺せてない時点でダメなの」
夏葉は静かに言い切る。その声には揺るぎない芯があった。
友人たちは思わず息をのむ。
「……夏葉ちゃん、本当に自分に厳しいよね」
「こんなんじゃ……ママに怒られちゃうし!」
負けん気の光を宿した夏葉の表情に、友人たちは立ち上がる。
「じゃあ、私たちも協力する!」
「一緒に目標達成しよ!」
夏葉はぱっと笑顔になった。
「……うん!」
──二階 居合道場・模擬戦エリア
「そこまで!」
後輩たちの模擬戦が終わり、彼らが礼をして戻っていく。
優呀はその横をすれ違い、静かに戦闘エリアへ足を踏み入れた。
その瞬間、後輩たちがどよめく。
「おい……あの人……!」
「まさか……居合道大会をいくつも制してきた、鶴城剣磨様……!」
「なんでこんな場所に……?」
「会長が呼んだんだ。優呀先輩の実力を試すために」
期待と緊張が入り混じり、空気が静かに震えた。
二人は向かい合い──無言のまま構える。
張りつめた緊張が、まるで霧のように道場を満たす。
「──始め!」
会長の鋭い声が合図となり、二つの影が同時に跳ねた。
電撃のような抜刀──
そして、
ガギィンッ!!
刃と刃が嚙み合い、火花がはじけた。
腕を貫く衝撃は、骨が軋むほど重い。
(っ……この圧……!)
剣磨の踏み込み。体重。呼吸。重心。
それらすべてが“斬り”という一点に収束していた。
優呀は衝撃を受け流すように刀を滑らせ、体をひねって刃を返す。
──ギンッ! ギャギンッ!
二撃、三撃。
激しい金属音が、まるで獣の咆哮のように響く。
後輩たちの頬を、斬撃の気流が叩いた。
剣磨は床を抉るように踏み込み、唸る声で言う。
「いい剣だ……迷いが一切ない!」
上段からの一撃。
優呀は横に構え、全身で受けた。
ガァンッ!!
鉄柱を叩きつけられたような衝撃に、腕が痺れる。
(大会覇者の“本気”……!)
それでも──退かない。
刃が火花を散らしながら擦れ合い、鍔と鍔が噛み合う。
ギリギリ……ッ
互いの力が拮抗し、刃が折れそうなほど軋む。
剣磨の額に汗が落ちた。
「若いのに……どれだけの腕力を隠している……!」
優呀も静かに息を呑む。
(強い……だが──)
優呀の眼には“一点の怯えもない”。
むしろ、烈火のように闘志が燃え上がっていた。
ここから剣速が一段跳ね上がる。
バチンッ! バチンッ! バチンッ!!
怒涛の連撃。
二人の刀身が、雷鳴のような衝撃音を立ててぶつかりあう。
その最中、剣磨は気づいた。
(俺より……速いだと!?)
優呀は一気に刃を上へ弾き飛ばし──
ドッ!
柄頭を剣磨の腹部に打ち込んだ。
「……ッ!」
剣磨は後退し、なんとか体勢を立て直す。
「若者相手に……まさかこの技を使う日が来るとはな」
剣磨が低く構えた瞬間、優呀の背筋に冷たい汗が走る。
「纏狼技法──」
空気が震えた。
剣磨の足元から、まるで狼の咆哮のような気迫が噴き上がる。
「狼霊放牙ッ!!」
地面を爆ぜるように踏み込み、唸る斬撃が一直線に迫る。
優呀は全身の力を込めて受け止めた。
ガギィンッ!!
凄まじい衝撃が腕から肩へ駆け抜け、身体がのけ反る。
(これが……覇者の技……!
さっきまでの斬撃とはまるで違う……!)
だが、優呀の眼には決して折れない炎が宿る。
(でも──絶対に負けない!)
優呀は地面を蹴り、大きく後方へ飛ぶ。
着地と同時に、完璧な納刀。
会長が息を呑む。
──重なる。
かつての暁月敦勝の姿と、今の優呀が。
剣磨は一気に踏み込む。
「はぁああッ!!」
だがすでに──
優呀の視界はその動きを射抜いていた。
電光石火。
神速抜刀。
閃光の一閃──
ギィン!!
折れたのは、剣磨の真剣だった。
「……ッ!」
剣磨はそのまま膝をつき、震える腕で床を押さえた。
道場が、あまりにも静かだった。
優呀はゆっくりと剣を納める。
剣磨は息を整えながら、悔しさよりも先に尊敬を滲ませて言った。
「まさか……ここまでとは。
……さすが、敦勝さんの息子だ」
優呀は深く礼をした。
「貴重な経験を……ありがとうございました」
そこへ会長が歩み寄った。
「……今のお前の動き、敦勝さんそのものだった」
「え……?」
「俺も昔、敦勝さんとの模擬戦で真剣を折られたことがある。
優呀、お前はあの人の魂を……確かに受け継いでいる」
優呀は胸に手をあて、呟いた。
「父さんの……魂が……」
剣磨は優しく笑う。
「父の強さが息子に受け継がれる。こんなに誇らしいことはない」
優呀は決意を込めて拳を握った。
「僕は……父さんの力を絶対に無駄にしません。剣磨さん、またお願いします!」
「もちろんだ」
二人は固く握手を交わした。
その光景に、外野から大きな拍手が沸き起こる。
⸻
夕暮れどき。生徒たちが帰っていくなか、優呀は荷物をまとめながら、会長の言葉を反芻していた。
(父さんの魂が……俺の中に)
顔を上げる。
「……久しぶりに、あの場所に行ってみるか」
階段を降りると、夏葉が笑顔で待っていた。
「お兄ちゃん、お疲れ!」
「ああ」
優呀は静かに微笑む。
「夏葉……明日、久しぶりに“あの場所”へ行こうと思う」
「……あ! あそこね! 行く! 一緒に行こう!」
優呀は妹の笑顔に、そっと頷いた。
Chapter 4《Memories and Attacks》
翌日——。
優呀と夏葉は、幼い頃に家族で訪れた「ハピネスフラワー公園」を歩いていた。
「わぁっ……! いっぱい咲いてる〜!」
夏葉は弾む声とともに駆けだし、カラフルに咲き並ぶ花々へ駆け寄る。
「アネモネ、クレマチス、ライラック……どれも綺麗……」
花を見つめる眼差しは、幼い日のまま。
優呀はその横顔を見つめ、ふと懐かしい気持ちに包まれた。
「夏葉は、本当に花が好きだよな」
「うん! 大好き!」
夏葉は太陽のように明るく微笑む。
「『夏葉』の“葉”ってさ、花に必要な部分でしょ?
光合成して栄養を作って……それで花が咲くんだよ。すごくない?」
優呀はポケットに手を入れたまま頷いた。
「花には、葉が欠かせない。……大切な名前だ」
夏葉は嬉しそうに「えへへ」と笑った。
前方の親子連れの笑顔が目に入り、優呀の表情が少しだけ和らぐ。
「懐かしいな。夏葉も母さんとよくスケッチしてただろ」
「ん。……今も持ってるよ」
夏葉はトートバッグから古いスケッチブックを取り出す。
開いたページには、幼い文字と、不器用で愛しい花の絵が残っていた。
「わ、懐かしっ」
「持ってきてたのか」
「お兄ちゃんだって、パパの大事なやつ持って来てるじゃん」
にやりと夏葉は、優呀の手に握られた木刀を指差した。
「……父さんを一番感じられるのは、これだけだからな」
夏葉はスケッチブックを胸に抱く。
「私も……これだけは絶対に持って来るの」
その言葉に、優呀は静かに微笑んだ。
「……俺も、あの草原で父さんとよく稽古した」
少し離れた場所に広がるプレーリーエリアを見ながらつぶやく。
「うん……いつも打ち合いしてたよね」
優呀の脳裏に、鮮烈な記憶が蘇る。
──草原。
──黒い道着の父・敦勝。
──幼い優呀が、必死に木刀を振っていた。
『優呀! 今の踏み込みは良かったぞ!
そのまま太刀に乗せてみろ!』
『はい、父さん!!』
『よし、もう一発来い!!』
父の声も、風の匂いも、全てが鮮やかに甦る。
「……懐かしい」
優呀が小さく笑った、そのときだった。
——空気が変わった。
重く、冷たく、刺すような“悪意”が地面から滲み出す。
「……今の、何だ」
「え、どうしたの……?」
夏葉が心配そうに近づく。
「嫌な……最悪の気配がした」
ドォォォォォンッ!!!
地響きと爆音。
前方の草原が眩い光と土煙を巻き上げて吹き飛ぶ。
「きゃっ!? な、何……!?」
観光客たちはパニックになり、四方へ逃げていく。
優呀は煙の奥を見据えた。
「爆発じゃない……何かが、落ちた……!」
優呀は夏葉の肩を掴む。
「夏葉、逃げろ!」
「お兄ちゃんは!? 危ないよ!!」
「俺は様子を見てくる」
夏葉の瞳が揺れる。
「だめ……また爆発するかも……!」
「それでも行く。
助けられる命があるなら——絶対に見捨てない」
優呀は夏葉の手を振りほどき、煙の中へ走った。
「お兄ちゃん!!」
夏葉の叫びも風に消えた。
煙が晴れたとき——
優呀は見た。
男を片手で持ち上げ、その命を吸い取る者の姿を。
「貴様……何をしている!」
優呀は怒りに震える声で叫んだ。
「黙ってろ……」
湿った低い声。
持ち上げられた男の胸から、緑の光が吸い上げられ、
“そいつ”の体内へ流れ込んでいく。
「やめろッ!!」
走り出した瞬間、優呀の足元に何かが着弾した。
ヒュン——ドォン!!!
「ぐっ……!!」
爆風で吹き飛ばされ、優呀は地面に転がる。
起き上がると、先ほどの男は砂のように崩れ落ち、消えた。
「……まぁ、こんなもんか」
そいつは淡々と、自分の腕を見つめる。
「今の人……どうなった」
「死んだよ。俺が命をもらった」
あまりに軽い声だった。
「どうして、そんな……」
「簡単な話だ。
人間の命を吸えば、もっと強くなれる」
拳が握られ、空気が震えた。
「大切な人の命を奪う気か!!」
「大切? 弱いものに価値などない」
「……ふざけるな!!」
優呀は布を解き、父の真剣を抜いた。
「今すぐ立ち去れ!!」
「人間が――俺に指図するなッ!!」
次の瞬間、そいつの姿が消えた。
──シュッ!!
拳が唸りを上げ、優呀へ迫る。
バチィィィン!!
優呀は刃で受け止める。
(重いッ……!)
火花を散らしながら弾き返す。
しかし男の拳が左右から襲う。
──バチン! バチンッ!!
音が爆ぜ、花びらが風に散る。
二人の影が交錯し、衝突の衝撃で地面が揺れた。
「はあッ!!」
優呀は踏み込み、男の首へ斬撃を走らせる。
──ギィン!!!
しかし男は片腕で受け止めた。
「まだだ。もっと来いよ……!」
拳を振り払われ、
優呀は胸に向けられた拳を真剣の棟で受ける。
ガドォンッ!!
強烈な衝撃に数メートル吹き飛ばされる。
(……やはり、あの技しかない……
タイミングを計れ……外せば終わる)
優呀は呼吸を整え、鞘を握り直す。
男は一瞬で目の前へ飛んだ。
「遅ぇよ!!」
「フッ!!」
──バチン!! バチン!! バチン!!
火花が連続し、速度がさらに増す。
すれ違いざま、優呀は拳を受け止めた。
──ガンッ!!
(……読まれた……!)
男は嘲笑を浮かべる。
「さっきより力が弱いなァ?」
(……くそ……こいつ……気づいてる……!)
しかし優呀は、諦めるという選択肢を持っていない。
「フウッ!!」
──バシィンッ!!
拳を弾き、
柄頭を男の腹部へ叩き込む。
「ッ!」
男が後退。
その構えが変わった。
「そろそろ見せてやるか……」
優呀は納刀した。
(来い……次で終わらせる!)
風が止まる。
男が踏み込んだ瞬間——
優呀も抜刀した。
パキンッ!!
折れたのは、優呀の真剣だった。
「ッ!?……ぐっ」
強烈な反動で優呀は倒れ込む。
男は冷たい笑みを浮かべた。
「どれほど強かろうと……所詮は人間」
その瞬間——
「お兄ちゃん!!」
夏葉が駆け寄ってきた。
「来るなッ!!」
男の視線が夏葉に移る。
「妹か……体質も数値も高い……
取り込めば、俺はさらに進化できる……!」
シュッ!!!
男が夏葉の首を掴む。
「ッ……く……っ」
「やめろォッ!!!」
優呀は必死に立ち上がろうとする。
夏葉の身体が淡く輝き──
緑の光が流れ出し、男へ吸い込まれた。
「……おにぃ……ちゃん……」
その瞬間——
優呀の中で、何かが完全に切れた。
「妹に……手を出すなぁぁぁぁぁッ!!」
足元の大地が砕ける。
優呀の拳が、赤く燃えるように熱を帯び——
ドゴォォォォォンッ!!!
男の横腹へ直撃した。
花園に轟音が響き渡る。
「俺の……大切なものに触れる奴は……
たとえ誰だろうと──絶対に許さない!!」
その叫びに呼応するように、
上空から赤い光が流星のごとく落下し、
爆ぜるような輝きを散らしながら優呀の目の前でぴたりと停止した。
「……これはッ……!」
息を呑む優呀。
浮かぶ赤光にそっと右手を伸ばし──掴んだ瞬間。
眩い閃光が弾け、
赤い奔流が優呀の全身を包み込んだ。
Chapter 5《Flame&Awakening》
『……ここは……!?』
優呀がゆっくりと目を開けたとき、
そこに広がっていたのは燃え盛る“業火の世界”だった。
赤い炎が大地を舐め、空は黒煙に染まり、
熱気が皮膚を焼くようにまとわりつく。
「なんだ、この炎……! ここは地獄なのか……?」
『地獄ではない』
低く響く声が、炎の向こうから歩み寄ってきた。
現れたのは──
赤い躯体。二本の角。背に巨大な翼を広げた魔物。
優呀は息を呑む。
『その反応も無理はない。この姿では人を襲う怪物に見えるだろう。
だが安心しろ。俺は誰も襲わない。むしろ──お前の力になりたい』
「……俺の、力に?」
戸惑う優呀に、魔物は静かに頷く。
『我が名はインフェルーク。炎を司る“正義の魔物”だ。
お前の中に宿る情熱……その叫びに、俺は呼ばれた。
優呀──俺と契約し、“炎の戦士”となれ』
「戦士になれば……あの男を倒せるのか?」
警戒を隠さずに問う。
インフェルークは、真っ赤な瞳で優呀を射抜いた。
『倒せる。
むしろ“戦士でなければ”あの怪物には勝てない。
この世界には同じような怪物が無数に潜んでいる。
放っておけばさらに多くの命が奪われるだろう』
「……なら、決まってる」
優呀は炎に包まれた世界の中で、強く拳を握りしめ、
「奴は人の命を奪った……また同じことを繰り返す気なら、俺が止める!
頼む、俺に……奴を倒す力をくれ!」
真っ直ぐに右手を差し出した。
インフェルークは満足そうに、ゆっくりと告げる。
『──契約成立だ』
パチンッ。
指を鳴らした瞬間、赤い光が渦を巻き、
優呀の目の前に一本の“聖剣”が姿を現した。
『それが、お前の武器だ。
さあ……掴め。囚われた世界を解放するために!』
優呀は手を伸ばし、聖剣の柄を握る。
次の瞬間──
「……ッ!!」
聖剣から噴き上がる炎が優呀の全身を包み、
地獄の景色が一瞬で焼き払われた。
視界が変わり、現実へと戻る。
そこには──
男に喉を掴まれ、必死に息をしている夏葉の姿。
『お兄……ちゃん……?』
「夏葉、もう大丈夫だ。絶対に守る」
優呀の声は、先ほどよりも低く、熱を帯びていた。
夏葉は震えながら兄を見る。
「お兄ちゃん……その髪と、目……どうしたの……?」
優呀は気づいていない。
髪は真紅に染まり、瞳も深い赤へと変貌している。
──インフェルークの力を取り込んだ証。
そこへ、男の冷笑が響いた。
「この圧……聖魔の気配。
お前……契約したのか。だが、まだ体には馴染んでいないはずだ。
今のうちに──始末してやるッ!」
男が拳を構え、黄色の光弾を放つ。
シュインッ! ボォンッ!!
優呀は軽く剣を振り、光弾を真っ二つに斬り裂いた。
背後で爆炎が上がる。
「ならば実力でねじ伏せるまでだ!」
男が突進──だが。
シュパァッ!!
「──ッ!?」
優呀の神速の一閃が、男の右腕を切り落とした。
あまりの速さに、男は何が起きたのか理解できず固まる。
優呀は夏葉を抱き上げ、一瞬で物陰へ移動する。
「夏葉、ここで隠れていろ」
そっと座らせ、頭に手を置く。
「お兄ちゃん……どうなってるの……」
「後で説明する。今は……あいつを倒す」
優呀はふっと姿を消す。
夏葉は震える手を胸に当て、祈るように呟いた。
「……お父さん、お母さん……お兄ちゃんを守って……」
その頃、男の腕は再生を始めていた。
「くそッ……! この俺が腕を落とされるとは……!」
肉が盛り上がり、骨が伸び、腕が再構築されていく。
「……許さねぇ……絶対に殺す」
そこへ──
タッ……タッ……タッ。
優呀が聖剣を携え、静かに現れる。
男は拳を握り、獰猛な笑みを浮かべた。
「もっと早く殺しておくべきだった。
だがもう容赦はしねぇ。全力で潰す」
優呀は聖剣を構え、炎のような視線を返す。
「命の価値もわからないお前に……俺が負けるはずがない」
「ほざけッ!!」
男が怒号とともに光弾を連射する。
優呀の目が、獲物を捕らえるように冷たく細まる。
「──フッ!」
聖剣が炎の軌跡を描き、全ての光弾を撃ち落とす。
「なっ……!」
「ッ!」
ヒュンッ!!
優呀が高速移動。風が爆ぜる。
男は恐怖を押し殺すように拳を構える。
「ッ!!」
聖剣の一撃を拳で受け止めるが──
直後、凄まじい斬撃の連打が男の間合いを制圧する。
男は後退しながら呟く。
「こいつ……さっきより力が上がっている……
聖魔の力が馴染んだのか……!
赤い髪と目が……その証かッ!」
「行くぞ──!」
優呀が地面を蹴り、聖剣を振り上げる。
──ゴアァッ!!
胸元に深い斬撃が走り、男は吹き飛ばされた。
男は胸部から溢れ出す血を押さえながら、怒りに歪んだ目で優呀を睨みつける。
「クソが……ッ!」
優呀は間髪入れず距離を詰めた。
男も負けじと拳を振り抜く。
──バチンッ! バチンッ! バチンッ!!
剣と拳がぶつかるたび、弾ける火花が夜のような閃光を撒き散らす。
空気が震え、地面はめくれ上がる。
「力が上がったからなんだ!」
男は怒声とともに拳に力を集中させた。
「上回る力を出せば……それでいいんだよ!!」
踏み込みと同時に、男の拳が鋭く突き出される。
「フッ!」
──シュインッ! ドゴォンッ!!
優呀は拳を紙一重で躱し、そのまま流れるように左腕を斬り飛ばした。
続けざま、鋭い回し蹴りが男の腹部を捉える。
「ぐっ……!!」
腹に激痛が走り、男は大きく後退した。
「こんな奴に……負けてる場合じゃねぇ……!」
男は吠えるように声を上げ、体内から黄色い覇気を迸らせる。
全身が雷のように震え、拳に光が宿る。
「フアアァァッ!!」
黄金の光弾が、矢のように優呀へ放たれた。
優呀は聖剣を両手で構える。
「ハアアアァァァ!!」
聖魔の力が爆発し、赤い覇気が剣身を包んだ。
振り抜く。
──シュバァァァッ!!
赤い斬撃が光弾と衝突し、轟音と共に巨大な爆風が巻き起こった。
煙の中から、冷ややかな声が響く。
「……命の価値すらわからない貴様は……一生強くはなれない」
「ッ!?」
男は一瞬で優呀の位置を見失い、背筋が寒くなる。
「レリースピリット」
優呀の呟きに呼応し、赤い覇気が優呀の全身へ流れ込む。
「お前に教えてやる……“炎の意思”をな」
地面を蹴り、一気に間合いへ飛び込む。
──シュインッ!!
「ブレイズ・レッドスラッシュ!!」
次の瞬間、男の胸部に強烈な痛みが走った。
「なっ……!」
男は震える手で胸を押さえる。
そこには──深く刻まれた斬撃。
心臓が……砕かれていた。
煙が晴れ、優呀は静かに剣を振り切った姿勢のまま立っている。
男は膝をつき、崩れ落ちていった。
「嘘だ……俺が……あんな奴に……!」
身体の感覚が、完全に消えていく。
優呀は静かに呟く。
「これまで奪ってきた命……天界で償え」
「……ふざけ……るな……! 俺は……まだ……ッ!!」
男の体内から白い光が砕け散り、粉雪のように空へ消えていく。
やがて男の身体も、砂のように崩れて消滅した。
「……はぁ……討伐、完了。」
優呀は深く息を吐き、聖剣を静かに下ろした。
『……っ』
両手を強く握りしめ、必死に祈り続ける夏葉。その肩に、ふっと温かい手が置かれた。
「……待たせたな、夏葉」
静かで、優しくて、懐かしい声だった。
夏葉は顔を上げた瞬間、涙が溢れた。
「お兄ちゃん!!」
次の瞬間、勢いのまま優呀の胸へ飛び込むように抱きつく。
「勝ったのね……あの男に……!」
「ああ。心配かけて、すまなかった」
震える声で訴える夏葉。しかしその目は、涙の奥でしっかりと笑っていた。
「……怖かったよ。負けたらどうしようって……ずっと思ってた……」
優呀はそっと夏葉の肩を抱き、涙を親指で拭った。
「でもね……お兄ちゃんは絶対に帰ってくるって……信じてたから」
「ああ」
短く返すその声には、深い安堵と決意が宿っていた。
夏葉はバッグからそっと一本の刀を取り出す。
父の形見──男に折られた真剣だった。
「……これ」
優呀は静かに折れた刀身を見つめ、ほんの少しだけ目を伏せる。
「仕方ないさ。……鞘に納めて、仏間に飾ろう。父さんもきっと、文句は言わないさ」
「うん……」
二人は壊れた刀を抱え、ゆっくりと家へ向かって歩き出した。
「ねぇ、お兄ちゃん……どうやって、勝てたの?」
歩きながら、夏葉が不安と興味を混ぜた声で聞く。
「ああ……“聖魔”っていう正義の魔物が、俺に力を貸してくれたんだ」
「せいま……?」
夏葉は足を止め、両手を見つめる。
「うん……なんか、わたし全然わかんない……」
「俺も、全部は理解できてない。でも……確かに俺の中に“聖魔”がいる。力が……そう言ってる」
そのとき。
「──でしたら、私がご説明しますね」
澄んだ声が、二人の前から聞こえた。
二人が顔を上げる。
そこには──
スーツに身を包み、ミント色のリボンを胸に結び、純白の白衣をひるがえす女性が立っていた。
年齢は二十代後半ほど。
柔らかな笑みと同時に、どこか科学者のような鋭い光が目に宿っている。
「あなたは……?」
「だ、誰……?」
優呀も夏葉も、驚きに目を見開く。
女性は軽く微笑み、名乗った。
お二人に、お話があって参りました」
「私は──澄葉翠乃。
《SAWT》という組織に所属しています。お二人に、お話があって参りました
私について来てください、」
柔らかな声色。
しかし、その奥には確かな覚悟と光る知性があった。そして、風がそっと吹き抜け、夏葉の
スカートと女性の白衣が揺れた。
Chapter 6《Legend/Truth》
突然の申し出に、優呀と夏葉は言葉を失う。
静かに吹き抜けた風が、三人の間の空気をそっと揺らした。
優呀は翠乃を見つめながら、眉をわずかに動かす。
(この女性……身体から漂う淡い光の気配。
まさか──聖魔の契約者……?)
その思考がよぎった瞬間、夏葉が前に出て、翠乃に強い視線を向ける。
「急に“ついて来てください”って……困ります!
それに、SAWTなんて聞いたこともないです!」
翠乃は慌てる様子もなく、誰でも安心させるような微笑を見せた。
「SAWTは、一般には公表されていない組織ですから。
知らなくて当然ですよ。……怖がらなくても大丈夫です」
その穏やかな口調に夏葉の肩から少し力が抜ける。
優呀は一歩前へ出て問いかけた。
「あなた……聖魔の契約者ですか?」
翠乃の瞳が揺らぐ。
「……どうして、それを」
「あなたの身体の周りに“薄い緑色のオーラ”が漂ってる。
俺がインフェルークと契約した時に見えた光と同じだ」
優呀の言葉に、翠乃は小さな息を漏らす。
(聖魔のオーラを“目視”できる人間……
あの方と同じ領域に立つ者は、そういない。
この子……やはり特異体質)
「君は……特異体質なのね」
「お兄ちゃんが……普通じゃないってこと?」
夏葉が不安そうに優呀を見る。
翠乃は優しく言葉を添えた。
「普通じゃないというより……“特別”という意味です。
五感が鋭い人はいますが、聖魔の気配を見抜ける人間はほとんどいません。
誇っていい能力ですよ」
夏葉の表情に少し光が戻る。
優呀は翠乃に問いかけた。
「聖魔とかあの男とか、いったい、今の世界で何が起きているんですか?」
翠乃は静かに頷いた。
「より詳しい説明は、場所を変えて行います。
では――我々の基地へ案内します」
彼女は肩から提げたタブレットを操作する。
すると目の前に、水色に輝く“光の扉”が生成された。
「こ、これは…。」
言葉を失う兄妹を見て、翠乃は優しく微笑んだ。
「行きましょう」
翠乃が扉へと足を踏み入れ、優呀と夏葉もその後に続く。
周囲は一面、360度すべてが水色の光。
幻想的な空間を歩くこと約50歩。
最も強く光る地点を通り抜けた瞬間――
気づけば広い施設の廊下に立っていた。
「ここが……我々SAWTの拠点です」
翠乃は話を続ける。
「この扉は《ヘブンドラス》。
指定したポイントへ瞬時に移動できる特別ルートなんです」
兄妹は驚愕したまま後を歩く。
やがて、階段を上り、長い廊下の奥。
木製の扉の前で翠乃は立ち止まった。
「こちらが、我々の総司令の部屋です」
扉を開けると、明るい声が迎えた。
「ご苦労だったな、翠乃」
部屋の奥――大きなデスクの前に立つ金髪の男性がゆっくり振り返った。
「初めまして。SAWT総司令──金光煌雅
(かなみつ・こうが)だ」
優呀は姿勢を正し、頭を下げる。
「暁月優呀です。こちらは妹の夏葉です」
「よく来てくれた。まずは座ってくれたまえ。」
三人がソファに座る。
煌雅は真剣な眼差しで口を開いた。
「まず最初に──先ほどのデスター討伐。心から感謝する」
優呀は静かに会釈する。
煌雅は頷き、淡々と説明を続けた。
「我々は、あの男のような存在を《デスター》と呼んでいる。
デスターは“命を吸い、進化する”怪物だ。
魂を奪われた人間は砂となって消える……」
その言葉に、夏葉は必死にメモを取り、
優呀は膝の上で拳を強く握った。
「……聖魔とは、何者なんですか?」
問いかける優呀に、煌雅はソファにもたれながら答える。
「あらゆる属性の力と“正義の心”を宿した魔神。それが聖魔だ」
優呀はさらに前傾し、鋭い目で続けた。
「では、なぜその聖魔が俺を選んだんですか?」
「聖魔は、自分の心と共鳴した者と契約する。
おそらく君の中の……溢れる情熱が、インフェルークを呼び寄せた」
優呀は胸に手を当てた。
「俺の……情熱が」
「ここ数日の間で……妙な夢を見なかったかな?」
穏やかだがよく通る声。
その言葉で優呀の脳裏に、昨日の悪夢が蘇る。
「……はい。でも、どうしてそれを……」
「聖魔は契約候補に“夢を見せる”ことがある。
──つまりインフェルークは、以前から君を観察していたのだろう」
「お兄ちゃん……怖い夢、見てたんだね……」
夏葉はペンを握ったまま優呀に視線を向けた。
「では、ここでひとつ……古代の伝説を話そう」
煌雅の声が空気を変える。
夏葉は背筋を伸ばし、優呀は息を呑んで聞き入った。
「遥か昔──正義を操る悪魔《聖魔》と、邪悪を司る《獄魔》が永遠ともいえる戦いを繰り広げていた。世界は滅びの淵に追い込まれたが……
天より光をまとった神が降臨し、強烈な輝きで争いを終わらせた」
煌雅は指先で机を軽く叩く。
「そのとき聖魔は“鉱石”の中に封印された。
我々はそれを──《エレメント》と呼んでいる」
優呀の瞳が揺れた。
「……あの時、俺の前に現れた赤い光。あれが……エレメント……」
「その通り。エレメントは聖魔の力を引き出すための、もっとも重要な核だ」
そこで夏葉が手を上げた。
「あの……デスターって獄魔と関係あるんですか?」
煌雅は少し考え、静かに頷く。
「完全に同一ではないが……根は同じだ。
どちらも世界を脅かす存在であることに変わりはない」
夏葉は一層真剣な表情でメモに走り書きする。
「じゃあ……あのデスターは、一体……何なんですか?」
その瞬間、外の空が曇り、部屋の光が僅かに揺らいだ。
しかし煌雅は気にも留めず答える。
「強力な闇を取り込み、人間の限界を超えた者──それがデスターだ。
闇の力で技を形成し、邪魔者を排除する。」
優呀は驚きから、納得の表情へと変わった。
「奴が放ってた光弾が、その闇の力。」
「デスターは命を取り込むほど強靭な肉体へ進化する」
夏葉はペンを止め、小さく呟く。
「……だから、人の命を吸い取るんだ……」
煌雅は深く頷いた。
「奪われた命は闇に再構成され、デスターの力となる。……だからこそ、許すわけにはいかない」
優呀は拳を握りしめ、強く言葉を吐いた。
「そんな……自分のためだけに命を奪うなんて……絶対に許せない」
煌雅は優呀の炎を確認するように問いかけた。
「優呀くん。君は──聖魔の力をどう使う?」
優呀は深く息を吸い、立ち上がった。
「俺は……砂になって消えた人をこの目で見た。
もう二度とあんな悲劇を繰り返さない。
父さんから受け継いだ“誰かを守る情熱”を──世界のために使う。
この情熱と聖魔の力で……デスターをすべて殲滅する!」
その瞬間。
曇り空を突き抜けるように光が差し込み、
優呀の身体から赤いオーラがほとばしった。
夏葉、翠乃、そして煌雅の三人が息を呑む。
「……素晴らしい覇気だ。炎の聖魔に選ばれるのも納得だ」
煌雅は立ち上がり、手を差し出した。
「共に、この世界を守ろう」
優呀は力強くその手を握り返す。
「これで私の話はひとまず終わりだ。
翠乃、あとは任せた」
「はい」
翠乃は微笑みながら歩み寄る。
「それではお二人には、まず“制服”に着替えていただきます。こちらへどうぞ」
優呀と夏葉は頷き、翠乃の後を並んで歩き出した。しかし、この時、更なる試練が待っている事を優呀達は知る由もなかった。
《Bouncy /Heart》 Epilogue
翠乃に制服への着替えを促された二人は、更衣室でそれぞれ新しい服に袖を通していた。
先に着替えを終えた優呀が、更衣室から姿を現す。
「これで大丈夫ですか?」
自分の制服姿を一度見下ろしてから、廊下で待っていた翠乃に問いかける。
翠乃は優呀の全身を上から下まで確認し、満足そうに頷いた。
「サイズもちょうど良さそうですね。……バッチリです!」
にこっと笑うと、人差し指と親指で輪を作る「OK」のハンドサイン。
ただ、それでもなかなか出てこない夏葉のことが気になり、首をかしげる。
「夏葉ちゃんって、着替えるの遅いタイプなんですか?」
少し不安そうに聞く翠乃に、優呀は苦笑しながら首を横に振る。
「いや、いつもはむしろ早い方なんですけど……」
優呀は更衣室の扉の前まで歩み寄り、声をかけた。
「夏葉、まだか?」
「あっ、ごめん! すぐ行く!!」
慌てた声が返ってきた直後、扉が勢いよく開く。
そこから出てきた夏葉の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「……何かあったのか?」
不思議そうに尋ねる優呀に、夏葉は少し照れくさそうに笑う。
「こんな制服、初めてだからさ。……嬉しくて」
スカートの裾を指でつまみ、ひらひらと揺らしながら、幸せがそのまま零れ落ちたような表情を見せる。
その姿に、優呀も思わず微笑んだ。
「そういえば夏葉、制服に憧れてたもんな」
「うん!」
二人のもとへ歩み寄りながら、翠乃が明るい声で言う。
「気に入ってもらえて何よりです」
そう言って、肩から下げていたタブレットを手に持ち替え、柔らかな笑みを浮かべる。
「では、着替えも終わりましたし……そろそろ移動しましょうか」
翠乃がくるりと背を向けて歩き出す。その背中を追うように、優呀と夏葉も並んで歩き始めた。
この先、二人の運命には、まだ見ぬ数多の試練が待ち受けている。
そのすべてを乗り越え、彼らは本当に「命を守る者」になれるのだろうか――。
その答えは、次の物語で明らかになる。
第2巻《予告》
次なる試練は、《技能発動訓練》。
その相手として用意されたのは、プロ戦闘機械
(バトルマシン)”《グレイトギア》。
圧倒的な火力。鉄壁の防御。すべてが実戦仕様の最強
兵器を前に、優呀は《聖魔の力》を本当に制御できる
のか。
そして、新たな任務。新たな仲間との出会い。
動き出した運命の歯車は、優呀をさらなる戦いへと
導いていく。
シリーズ第2巻
『双極の継承者 【The Raging Beginning】』に続く
新たな章を、どうぞお楽しみに。




