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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第二章

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第27話・夕飯の献立


 昼時。

 結界内の空気は、もう完全に「飯の時間」の匂いになっていた。


 ログハウスの中の大テーブルには、焼きたてのタンドリーチキンとパンがずらり。

 外のテラスにも、護衛用の簡易テーブルが出され、同じように皿が並んでいる。


 家の中には、有羽とアウローラ、侍女隊。

 家の外には、護衛隊。

 王女付きの護衛たちは、本来、建物の内側でのんびり座っている職ではない。

 主がどういう状況であれ、「外からの侵入を阻む」のが本懐だ。

 結界内とはいえ、王女がログハウスの中にいる以上、その外側で目を光らせるのが彼らの矜持でもあった。


 ……まあ、さっきまで結界の隅で汗だくになるまで訓練していたので、

 「さすがに同じ空間で食うのは申し訳ない」という、現実的な理由も大いにあるのだが。


 ともあれ、全員の手元には、こんがりと焼けた鶏肉とパン。

 タンドリーチキン、実食の時である。


「いい匂い……」


 アウローラが、思わず鼻をくすぐられたように呟いた。

 皿の上には、赤みを帯びた焼き色の鶏もも肉。

 皮はパリパリ、ところどころにスパイスの焦げた斑点が見える。

 傍らには、トマトときゅうりと葉野菜のサラダ、そしてシンプルなパン。


 立ち上る香りは、明らかに「カレー」だ。

 ただ――昨日食べたカレーとも、昨夜のカレーうどんとも、匂いが違う。

 もっと香ばしく、肉の匂いに寄り添うようなスパイスの香り。

 煮込んだルーのとろみは無いのに、「あ、カレーだ」と一瞬で理解させる、不思議な匂い。


 不思議なものだ、と誰もが思った。

 違うと判別できるのに、

 それでも脳が「これはカレー」だと断言してしまう、魔性の香り。


「いただきます」


 有羽が短く手を合わせ、フォークを鶏肉に突き刺す。

 アウローラも、侍女も、護衛も、それぞれの席で一斉に手を伸ばした。

 こんがりと焼けた鶏肉を、一切れ。

 口に運んだ、その瞬間――。


(……あっ)


 舌に触れた途端、肉汁がじゅわっと広がる。

 表面のスパイスと焦げ目の香ばしさ、ヨーグルト由来のほのかな酸味。

 カレーの香りを纏いながらも、中心にあるのは徹底して「鶏肉の旨味」だった。


 外は香ばしく、中はやわらかい。

 噛めば噛むほど、肉の甘みとスパイスの風味が混ざり合う。

 一瞬、天に登るような気持ちになる。

 外のテーブルで食べていた護衛の一人は、思わず空を仰いだ。


「……これはまた……」

「また違うカレー……いや同じカレーなのに違う……なんと珍妙な料理よ……」

「うるさい、喋ってる間に冷めるぞ。食え」


 誰かの促しに、皆、黙々とナイフとフォークを動かす。


 一切れ、二切れ。

 パンを齧り、また鶏肉を口に運ぶ。

 それでいて、味が全く重く感じない。

 ヨーグルトの酸味が脂を軽くしてくれているせいか、いくらでも入りそうだ。

 中のテーブルでも、侍女たちが一様に無言になっていた。


「……美味しい」


 アウローラが、噛みしめるように言葉を落とす。


 昨日の昼のカレー。

 昨夜のカレーうどん。

 そして、今、目の前のタンドリーチキン。

 全部「カレー」だ。

 でも全部、違う。


(……なんなんだ、この幅の広さは……)


 スープのようにもなる。

 うどんの汁にもなる。

 肉の漬け込みにもなる。

 同じ「カレー味」というだけで、ここまで表情を変えるとは。

 一皿をあっという間に平らげ、二皿目に手を伸ばした頃――ようやく、言葉が戻ってきた。

 有羽も、自分の皿のタンドリーチキンを一切れ齧る。


(……うん、上手くいったな)


 表面の焼き目。中の火の通り。スパイスの立ち方。

 頭の中でチェックを入れながら、パンで皿の肉汁をぬぐう。

 皆の皿の減り具合を見計らってから、有羽は口を開いた。


「で、どうだった?」


 口にパンを押し込みながら、軽い調子で問いかける。


「これで三回カレー食べたわけだけど……感想は?」


 昼のカレー。

 夜のカレーうどん。

 今日のタンドリーチキン。

 侍女が、フォークを持ったまま、ぽかんとした顔で言う。


「同じカレーなのに……全部違う味ですわ……」

「ずるい……」


 別の侍女が、少し涙目で呟く。


「同じカレーで、こんなに色々できるなんて、ずるいですわ……」


 護衛の一人も、外のテーブルで、真剣な顔をしたまま小さく唸った。


「……たしかに、これは軍にも欲しい味だな」

「おい、それを口に出したら殿下に怒られるぞ。『軍用カレー』などと言ったら」

「いや、冗談抜きで士気が上がると思わないか?」

「上がるな」


 真顔で即答が返ってくる。

 そんな外の会話の気配を、なんとなく感じ取りながら――有羽はパンをちぎり、続けた。


「ちなみに、このカレースパイス」


 その言い出し方が妙に悪戯っぽかったので、侍女も護衛も、つい聞き耳を立ててしまう。


「野営でも使い道多いぞ」


 アウローラが、興味津々といった顔で身を乗り出した。


「野営でも?」

「ほら、野営の時、味気ない食事の場合が多いだろ?」


 有羽は、さも当然のように指を立てる。


「干し肉を煮たスープだけ、とか。塩だけで焼いた硬い肉とか。乾パンみたいなやつとか」

「……耳が痛いな」


 外のテーブルで、護衛たちが一斉に目を伏せる。


「そんな時、ちょっとスパイス振りかけるのさ」


 有羽は、軽く手首をひねる仕草をして見せる。


「そうすれば、結構食える味になったりして――」


 その瞬間。


「うわあああああああああ!!」


 護衛も侍女も、ほぼ同時に頭を抱えた。

 心の底からの絶叫。

 そして恨めしそうな顔が、一斉に有羽に向けられる。


「酷い!」

「なんてことを言うんですの有羽様!」

「そんな夢のような話を……!」

「詳しいレシピは教えてくださらないくせに……!」

「有用な情報だけは、どんどん与えてきますわ!!」


 中も外も、同じような悲鳴が上がる。

 森の賢者よ。

 貴様には人の心がないのか――と、全員が叫んでいた。

 有羽は、悪気のない顔で続ける。


「王女さんとこの国は、漁業も盛んだろ?」


 アウローラが「うん」と反射的に頷く。


「港もあるし、魚もたくさん獲れるし、貝も――」

「海の幸には自信があるぞ!」


 護衛達も侍女達も、それに続く。

 アウローラの国、南の王国は、海に面しているのもあって、漁業が盛んだ。

 新鮮な魚介類は、よくテーブルに並ぶ。

 自信を持って、名産と口に出来る実績があるのだ。

 けれど、胸を張って言った、その直後。


「海の幸を使ったシーフードカレーなんかも美味し――」

「もう、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 悲痛な絶叫が、内と外から同時に響いた。

 無惨にも程がある。

 情けというものがあるのなら、絶対にしてはならない所業だった。

 パンを持っていた侍女が、テーブルに突っ伏す。


「そんな美味しそうな未来図だけ見せておいて……!」

「スパイスの比率が分からない限り、そもそものカレーに辿り着けないのですわ!」

「希望だけ見せるのは酷いですわ、有羽様!」

「レシピを……!」


 外のテーブルでも、護衛の一人が天を仰いで両手を広げる。


「詳しいレシピを……!」

「分量を……!」

「ひとつまみでは分からない我々に、救いを……!」


 森の静寂を破る嘆きのコーラス。

 有羽は、その中心で、パンを齧りながらにっこり笑った。


「駄目」


 一言。容赦なし。

 鬼はここに居た。


「頑張って試行錯誤して」


 その満面の笑みは、見ようによっては天使のようで、

 見ようによっては――最低の外道だった。

 少なくとも、アウローラ御一行の怒りのボルテージは激しく高まる

 侍女たちはテーブルに突っ伏し、護衛たちは椅子の背にもたれかかる。


「おのれ賢者……」

「なんて悪魔的な……」

「食い物の恨みを甘く見ないでいただきたいですわ……!」

「絶対に、いつかスパイスの比率を暴いてやりますわ!」


 そう心に誓いながらも、手元のタンドリーチキンは、きっちりと綺麗に平らげているあたり、彼らの胃袋は正直だった。


 森の昼下がり。

 嘆きと、カレーの香りに満ちた時間が、ゆっくりと過ぎていく。





◇◇◇





 それでまあ、昼食後の訳だが――。


 タンドリーチキンの皿がきれいさっぱり消えた頃、

 アウローラ御一行は、そろって「遺憾の意」を表明していた。

 当然である。


「有羽。さっきのは酷い」


 テーブル越しに、アウローラが腕を組む。

 けれど有羽はきょとんとした顔。この男は本当にもう、手に負えない。


「何が」

「野営に便利だぞ、シーフードカレーも美味いぞ、とか、あれだけ言っておいて……!」


 隣の侍女が、こくこくと頷いた。


「そうですわそうですわ。希望だけ見せて、肝心の比率は教えてくださらないなんて……」

「立派な拷問です」


 護衛たちも、外の窓から半分顔を突っ込んでくる。


「我々は正式に抗議します。有羽殿」

「申し入れだな、『食い物で弄ぶな』と」


 あまりの一体感に、有羽は思わず眉をひそめた。

 あれだけの仕打ちをして、何故責められないと思ったのか。


「お前らなぁ……」

「というわけで!」


 アウローラが、ばん、とテーブルを叩く。


「夕飯は、昼の罪を償うくらい美味い飯を用意してもらわないと許さん!」

「そうですわ!」

「許しません!」

「賢者に対する民意、ここに結集しております!」

「変な言い回しやめろ」


 やれやれ、と有羽は頭を掻いた。


「何なの、その理屈……まあ作るけど」


 結局、作る気はあるらしい。

 こういう所は人が良い。たまに悪魔になるだけだ。

 立ち上がると、そのままログハウスの奥の扉へ向かう。


「ちょっと地下、漁ってくる」


 「地下」という言葉に、侍女の何人かが小首を傾げる。

 何度か見たことはあるが、それでもあの空間はどこか「現実味」が薄い。


 階段を降りていくと、空気がひんやりと変わった。

 地下食料保管庫――巨大冷凍庫。

 部屋全体の床と壁に、緻密な魔法陣が描かれている。

 淡い光を帯びた線が、じんわりと冷気を生み出し、一定の温度を保っていた。

 扉を閉めた瞬間、外界の湿気と温度が遮断される。

 ひやりとした空気に、有羽は肩をすくめた。


「……っと」


 棚の一角を開けると、中からぎっしり詰まった木箱が現れる。

 中には、下処理を終えた小魚が整然と並んでいた。

 内臓を抜かれ、水気を拭き取られた小アジたちが、冷凍状態で眠っている。


「そういや、すっかり忘れてた。捌くだけ捌いて仕舞ってたっけ」


 木箱の中身を眺めながら、有羽は呟いた。


「森の中の海で、やたら大量に獲れたんだよな、こいつら」


 魔境の大森林は、もはや「森」と呼ぶのがためらわれる構造をしている。

 高低差だらけの地形。

 巨大な樹海の地下に広がる洞窟。

 その一角にぽっかりと口を開けた、閉じた()()のような水域。

 そこへ繋がる道の安全確保さえできていれば、魚には困らない。

 ……代わりに、道中の魔物に悩まされるが。


「森の中に海はあるのに、稲だけは無いんだよなぁ……」


 独り言の声が、冷えた空間に小さく響いた。


「山も谷も、海まであるのに。俺の行動範囲内に、コメっぽい植物だけ一切ねぇって、どういう嫌がらせだよ」


 湿地も、川沿いの草も、それっぽいものは何度か探した。

 だが、どうにも「稲」らしき存在とは出会えていない。

 この世界の人間は、そもそもコメという概念自体を知らない。


「カレーライスさえあれば、あと十年は籠もれるのに……」


 誰も共感してくれない愚痴をこぼしながら、小アジを詰めた木箱を二つほど引き出した。


「とりあえず今出せば、夕飯前には半解凍になるな」


 床の上にそっと置き、さらに隣の扉へ向かう。

 次は、肉用の低温熟成庫だ。

 扉を開けると、ひんやりした空気と共に、無数の熟成肉が。

 棚に、そして天井から肉塊がいくつもぶら下がっている。

 表面を乾かし、温度と湿度を調整しながら、ゆっくりと旨味を高めている最中の肉たちだ。


「さて、何にするか……」


 目についたのは、脂の乗った上位オーク肉の塊。

 この世界では、魔物だ。

 だが、余計なものを落としてから調理すれば、質の良い豚肉として使える。


「……豚肉(オーク肉)の生姜炒めでいいか」


 そう決めて、必要な量を切り分けて籠へ。


 最後に、野菜室の扉を開ける。

 葉野菜や根菜、保存の利く芋類などが、整然と並んでいた。

 奥のキノコ類が詰められた箱にも目をやる。

 森で採れる、香りの強いキノコたち。

 炒め物にはもってこいのラインナップだ。


「……キノコと合わせるか。それと適当に野菜切って盛り付ければいい、と」


 籠に、適当な葉野菜をぽいぽいと放り込んでいく。

 色味のバランスだけざっくり気にして、あとは勢いで。


「小アジの南蛮漬け、豚とキノコの生姜炒め、野菜盛り……」


 階段を上がりながら、有羽は頭の中で献立を整理する。


「まあ、これだけあれば文句言わんだろ」


 ログハウスの一階に戻ると――

 テーブルには、さっき「抗議声明」を出していた第二王女殿下が、ぷりぷりと頬を膨らませて座っていた。

 腕を組み、足をぶらぶらさせながら、露骨に不機嫌をアピールしている。


「ただいまー……って、なに、まだ怒ってんの?」


 有羽が籠をテーブルの端に置きながら尋ねる。


「当たり前だ!」


 即答だった。

 アウローラは、勢いよく身を乗り出す。


「私達をあの『カレーの誘惑』に落とし込みおって……もう許さん!」


 隣で控えていた侍女が、こくこくと同意する。


「そうですわそうですわ。スパイスひと振りで野営が幸せになる未来を見せておいて……」

「具体的な比率は教えないなんて……!」

「罪深いですわ、有羽様!」

「転んだ先に地面ではなくカレーを見せてくる悪魔……!」


 誰もそんな例えは頼んでいない。

 有羽は、籠から野菜を取り出しながら肩をすくめた。


「いや、だから夕飯ちゃんと作るって言ってんだろ。地下から材料取ってきたし」

「それはそれ! これはこれだ!」


 アウローラは、なおも食い下がる。


「で、次はどんなカレーを作る気だ!!」


 期待と恨みが半々の目で、ずいっと顔を近づけてくる。

 有羽は、その迫力に一歩下がり――さらりと言った。


「いや? 今日はもうカレー作らんよ」

「………………え?」


 時間が止まったような沈黙。

 アウローラの瞳が、見開かれたまま固まる。

 侍女達も同じ。

 有羽だけが、その状態の様子を的確に表現できる。

 いわゆる――「宇宙猫」状態。


「流石に連続で食いすぎたし」


 有羽は、いつも通りの口調で続けた。


「普通のカレー、カレーうどん、タンドリーチキン。これだけ続けば十分だろ。俺のカレー食べたい病も、さすがに落ち着いたわ」


 そう。

 彼の中の「カレー欲求」は、ここ数日でかなり満たされていた。

 もしここに「白い米」があれば、話は別だっただろう。

 カレーライスという最終形態に到達するまで、連日カレーでも構わない。

 だが、この世界にはまだ米がない。

 カレーライスに届かないのであれば、一度カレーは一休みでいい――というのが、有羽の判断だった。


 問題は。

 初めてカレーというものに出会い、その衝撃からまだ立ち直っていない側の人間たちだ。


「………………」


 アウローラは、口をぱくぱくと開閉した。


「……い、今、なんと言った?」

「今日はもうカレー作らん」


 有羽は、あくまであっさりと。


「夕飯は、魚と肉の普通のやつ。カレー味じゃないやつ」

「……」


 アウローラの肩が、がくん、と落ちた。

 よく見ると、御付きの侍女たちも、同じような顔をしている。

 目の前で橋を落とされた旅人のような、そんな表情。


「夕飯も、変わったカレーが食べられると思ってたんだが……」


 アウローラが、か細い声で呟いた。


「次はどんなカレーが来るんだろうって……肉の塊を煮込んだやつとか、魚のカレーとか、野菜いっぱいのやつとか……」

「全部言ってんじゃねぇか」

「それを聞いたら、もう……」


 胸を押さえて、ぐらりと揺れる。


「カレーのことしか考えられなくなってたのに……」


 侍女の一人も、同じように肩を落とす。


「わたくしも、てっきり今夜は『新作カレー』だと……」

「私もですわ……」

「護衛たちも外で、今度こそ肉の塊を煮込んだカレーかもしれん、とか話してましたわ……」

「そんな噂立てるな」


 有羽は額を押さえた。

 まさか、夕飯の献立が勝手に「新作カレー」で既成事実化されているとは思わなかった。


「いやでも、魚の南蛮漬けと、豚肉とキノコの生姜炒めも美味いぞ?」


 取り出した小アジの入った木箱を見せる。


「これ。小アジの南蛮漬けにする。あと、上位オーク肉とキノコの生姜炒め。白い飯ないのが残念だけど、パンにも十分合うし」

「……絶対美味いのは分かってるんだ」


 アウローラは、ずるい、といった目で有羽を見る。


「分かってるんだが……」

「……心がカレーを求めている時に、どれだけ美味しい肉と魚を見せられても……!」


 侍女たちが、一斉に頷いた。


「分かりますわ殿下……」

「心の準備がカレーになっておりますもの……」

「いわば、精神が『カレー前提』の構えになっていたところへ……」

「別の料理を差し込まれた状態ですわ……」

「面倒くさいな、お前ら」


 有羽は深く息を吐いた。

 それでも――。


「まあ、夕飯は夕飯で、ちゃんと全力で作るからさ」


 そう言って、わざと軽く笑ってみせる。


「カレーじゃなくて、美味い飯じゃなければ許さない、とか言ってたろ?」

「……言った」


 アウローラは、恨めしそうに有羽を一瞥し――それでも、諦めたように頷いた。


「なら、美味い飯で許してやる……」

「偉そうだな」


 アウローラは、座ったままテーブルに頬を乗せた。一目で解る、不貞腐れ。

 顔をテーブルにぐりぐり押しつけながら、また文句言い始める。


「おあずけをくらった犬の気持ちが、今ならよく分かる……」

「殿下、表現がちょっと」

「うるさい……」


 ぶつぶつ言い合いながらも、

 カゴいっぱいの食材と、香りの記憶の残る空間は、確かに次の「ごちそう」の気配を孕んでいた。

 カレーの魔力に翻弄される者たちと、

 その元凶でありながら、あっさり別の献立に移行する森の賢者。


 夕暮れ前のログハウスには、少しだけ切ない溜息と、これから始まる夕餉の気配が、入り混じって漂い始めている。


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主人公それは外道がすぎるよもう犯罪だよこっちまでカレー食べたくなってきたよ
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