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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第二章

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第19話・アウローラ御一行。カレーの脅威を知る


 腹を満たした後に訪れる、絶妙な静寂があった。


 その静寂を堪能するのは、アウローラ御一行。

 侍女も、護衛も、そしてアウローラ自身も。誰一人として椅子から立ち上がれないでいた。

 背もたれにぐったり預けている者。

 テーブルに頬をくっつけて、うっとり目を閉じている者。

 空になった皿を、名残惜しそうに指でなぞっている者。

 全員の顔に共通しているのは――陶然とした至福の表情。


(……生きててよかった)

(あれを知らないまま死ぬ人生と、知ってから死ぬ人生……雲泥の差だな)

(まだ死にませんけど……死ぬ時の話を始めたくなる気持ちは解りますわ……)


 護衛も侍女も、ひとりひとりが心の中で妙な悟りを開く。

 たっぷりと時間をかけて、ようやく呼吸と心拍が落ち着いてくる。

 舌の上に残るスパイスの余韻が、まだじんじんと存在感を主張していた。

 そんな中で、最初に理性を取り戻したのは王女たるアウローラ。


「……有羽」


 掠れたような声。

 名を呼ぶ口調に、力がない。

 しかして、妙な圧がある。


「ん?」


 焚き火で沸かした湯を片付けながら、有羽が振り向く。

 さっきまでと同じ、どこか満足げな顔だ。

 アウローラは、ゆっくりと椅子から身を起こした。


「質問がある」

「だろうねぇ」


 その瞬間――

 どんっ、と。

 アウローラだけでなく、護衛と侍女たちの視線が一斉に向けられる気がした。

 彼らはほとんど音もなく立ち上がり、ずい、と前へ出る。

 有羽から見れば、テーブルの向こう側に「目が据わった集団」が横一列に並んでいる構図になっていた。


(うわ、圧がすごい)


 さしもの有羽も、少しだけ苦笑を浮かべる。

 カレーを食べる前と、明らかに目の色が違う。

 さっきまで「疲れたー」「もう歩けない」と呻いていた面影はなく、全員が妙な闘志を燃やしている。

 アウローラは、椅子の背もたれに手をかけたまま、まっすぐ有羽を見据えた。


「今の料理について――」

「うん」

「材料、作り方、手順、火加減、何から何まで、全部、全部、教えろ」


 凄まじく直球だった。

 横から、侍女たちも続く。


「お願いします!」

「お願いします!」

「お願いします!!」


 ほぼ土下座の勢いで頭を下げそうになっている。

 有羽は、そこで肩をすくめて笑った。


「ま、そう来るのは分かってた」


 そして、軽く手のひらを見せる。


「概要くらいなら、いつものように教えるよ。どういう原理で、どの辺がキモかとかね。ただ――」


 きっぱりと言い切る。


「詳しいレシピまでは教えない」

「ケチ!!」


 全員の声が見事に揃った。

 森中に響きそうな勢いでケチ呼ばわりされ、有羽は「ひでぇな」と頭を掻いた。


「いや、前にも言ったじゃん? 君らが試行錯誤の上で再現する分には、いくらでも歓迎、って」


 落ち着いた声で続ける。


「そこから先はさ、もう俺の仕事じゃなくて、君らの国の努力でしょ。そこをすっとばして、一から十まで『答え』だけ渡すのは、俺の趣味じゃない」


 護衛のひとりが眉をひそめる。


「しかし、あれを国に持ち帰れれば、どれほどの恩恵が――」

「だからこそ、だよ」


 有羽の声音が、少しだけ真剣味を帯びる。


「賢者の恩恵として『完成品』を配るより、君らの側で原理を理解して自分たちの技術にするほうが、長い目でみて絶対にいい。発展って、そういうもんだろ?」


 アウローラは黙って聞いていた。

 何度も、似たような話を聞いている。


 エアコンも。

 冷蔵庫も。

 化粧品も。

 うどんも。


 有羽は、仕組みや考え方は話す。

 でも、「完全な製法」だけは決して渡してくれない。

 例外は、彼らが森と王都を往復するための結界石と、道中の水・少量の食材くらい。

 結果だけを丸ごと手渡すのは、国のためにならない。

 そう言って、折れない。


「賢者の『配給』に依存するようになったら、君らの国の技術は育たないよ。俺がいなくなったら、その瞬間詰む」


 淡々としているが、言っていることは厳しい。


「それに――」


 有羽は、空になった鍋を軽く叩いた。


「この味を、もう一度どうしても自分たちの手で作りたい、っていう執念ってさ、ある意味、一番強い原動力でしょ?」

「ぐっ……」


 全員、何も言い返せなかった。

 さっきまで皿を舐める勢いで食べていた自分たちの姿を思い出し、妙な説得力に胸を射抜かれる。


(確かに……)

(あれを王都で再現できるなら、私たち本気で何でもする……)

(それはもう、命懸けで……)


 完全に有羽の思う壺だが、自覚しても止められない。

 しばしの沈黙のあと、アウローラが口を開いた。


「……意地悪で言っている訳では、ないのは分かる」


 彼女はゆっくりと息を吐いた。


「国の発展のため。私たちが、自分の力で辿り着くため……そういう事なのだろう?」

「ま、そんなところ」


 有羽は肩を竦める。


「ただ、今日のはさすがに反則だった、って俺も思うから」


 全員の肩が、びくっと跳ねる。


「ちょっとだけ、希望は出しとこうかな」

「き、希望?」


 アウローラの目が、一気に輝きを取り戻す。

 護衛と侍女も、一斉に顔を上げた。


「カレー、それ自体は――君らの国に戻れば、作れると思うよ」


 さらりと言い放たれた一言に、全員が固まる。


「……は?」

「ど、どういう意味でございますか?」

「さっきの香り、どう考えてもこの辺りでは嗅いだことのないものだったんですが!?」


 有羽はテーブルに肘をつき、アウローラを見やった。


「確か、西の魔国との交易で、香辛料を輸入してるって言ってたよね?」


 アウローラは、戸惑いながらも頷いた。


「あ、ああ。砂漠地帯で採れる香辛料だ。料理の香りづけや、薬効、虫除け……色々な用途がある。魔国との取引の中核の一つと言っていい」

「それそれ」


 有羽が指を鳴らす。


「さっき君らが食べたカレーはな――その香辛料の組み合わせだよ」


 沈黙。

 耳に入ってきた言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。


「……え?」


 アウローラの声が裏返る。


「組み合わせ?」

「そう。さっき出したのは、ここで採ったスパイス+君らの国で既に使ってる香辛料、そのブレンド」


 侍女のひとりが、信じられないものを見るような目で皿を見下ろす。


「えっ……あれ、って……貴重な薬草とか有羽様の魔法による効果ではなく?」

「入ってないし、やってない。まあ乾燥させるのにちょっと魔法使ったけど」


 少しだけ視線を逸らす有羽。

 スパイスの瞬間乾燥は、料理において最大のチートだという自覚がある。

 しかしそれは、アウローラ達には解らぬ事。

 有羽は続けて言う。


「もちろん、香辛料一つひとつには薬効もある。消化促進、解毒、食欲増進、殺菌、鎮痛……ただ、それを薬としてじゃなく、ひとつの食べ物として成立させただけ」


 有羽は、空の鍋を軽く指で叩いた。


「正確には、香辛料の中でも――葉、茎、花を使わないものだね」


 護衛のひとりが首を傾げる。


「葉と、茎と、花を使わない……?」

「うん。香辛料って大雑把に言うと、植物のどの部位を使うかで分類できる」


 有羽は地面に指で図を書きながら、説明を続けた。


「葉っぱや茎、花を乾燥させて使うタイプもあるけど、今日のカレーで使ったのは、ほぼ種子、果実、樹皮、根だけ」

「つまり……それが、スパイス?」


 侍女が、おずおずと問いかける。


「そう。その部位を乾燥させて、粉に挽く――」


 指先で描いた丸印に、さらさらと線を引き足していく。


「これがスパイスパウダー。ここまで来れば、もう話は簡単」


 視線を上げる。


「このスパイスパウダーを、『良い感じの比率』で組み合わせたもの――それが、カレー」


 ……沈黙が、また落ちた。

 さっきとは違う種類の沈黙。

 誰かが、乾いた笑いを漏らすのが聞こえた。

 最初に叫んだのは、侍女だった。


「って、その『良い感じの比率』が分からない限り、作れないじゃないですかぁぁぁぁ!!」


 護衛も続く。


「種類だけなら、確かに揃ってるが……!」

「我が国が扱う香辛料、ざっと数えただけで二十や三十では済まんぞ!?」

「そこからさらに部位を絞り、粉に挽いて、比率を試す……?」


 アウローラが呆然とした顔で虚空を見つめている。

 信じられない。信じたくない。そんな悲壮感

 護衛の一人が、顔面蒼白で両手を頭に当て、そんな王女殿下に、伝える。


「殿下……仮にだ。スパイスを五種類選ぶとして、それぞれの配合比率を……粗く十段階で区切っても……」

「やめろ、数えるな」

「いやしかし、あえて口にしましょう。ざっくり言っても()()()乗です」

「十の……五乗……?」

「十が五回掛かるのよ、殿下……つまり十万パターンですわ……」

「…………」


 アウローラの笑顔が、ひきつった。


「十万通り……?」


 侍女の別のひとりが、震える声で続ける。


「しかも、実際にはもっと細かく配合を変える必要があるわけで……」

「スパイスの種類も、五つで済む保証はない」

「味見する人間の舌も必要ですし……」


 護衛たちも、次第に目の焦点が合わなくなっていく。


「それを……」

「我が国の料理人たちに……」

「やれと……?」


 全員の視線が、ゆっくりとアウローラに集まる。

 アウローラは、再び虚空を見つめていた。

 もう、他に視線を向けられない。


(いつ、王都で食べられるようになるんだ……?)


 交易で手に入る香辛料の木箱。

 倉庫いっぱいに積み上げられた小袋たち。

 それを、ひとつひとつ粉にし、組み合わせ、比率を変え、煮込み、味見し――


(……何十年……? 何百年……?)


 想像した瞬間、胸の内側から、どうしようもない喪失感がこみ上げてきた。


「殿下?」


 侍女が慌てて覗き込む。


「殿下、大丈夫で――」


 ぽろ。

 ほとんど音もなく、涙がひとつ、アウローラの頬を伝って落ちた。


「あ」


 有羽が、素で声を漏らす。

 王女、泣いた。

 その事実が、一瞬テーブルの上の全員の頭を真っ白にした。


「ち、違うんだ有羽……!」


 アウローラは慌てて目尻を拭おうとするが、逆に涙がもう一粒こぼれ落ちる。


「その……あまりにも……遠くて……!」

「え、あー……」

「王都で……これを……もう一度食べられるのは……いつなんだろうなーって……考えたら……!」


 声が震える。


「一度帰れば、次来るまでに、どんなに急いでも一週間は空くし……森に来られない時期もあるし……! 外交とか、仕事とか……! 色々あるし……!」


 涙の理由は切実だ。

 本来、第二王女が、こんな頻繁に森に赴けない。王族としてやるべきことがある。

 それでもアウローラが有羽の家に赴けるのは、有羽自身が国にとって重要な賢者だからだ。

 しかしそれでも、どうしても他の仕事がある。「国家」の役目が「個人の食欲」を圧し潰す。

 ようするに。


「つまり、私は……!」


 両手を握りしめ、叫ぶ。


「森に来た時だけ食べられる味を知ってしまったんだぁぁぁぁぁ!!」


 護衛と侍女が、同時に天を仰いだ。


「殿下――!!」

「お気持ちは痛いほど分かりますが、王女としての品格が――!」

「知るかぁぁぁ!!」


 アウローラは、とうとうテーブルに突っ伏した。


「こんなものを……こんなものを食べさせておいて……「国の発展のために頑張ってね」とか言って、あとは森でのんびりカレー生活するつもりかぁぁぁ有羽ぅぅぅ!!」

「いや、のんびりってほど暇じゃないんだけどさ……」


 有羽は頭を掻きながらも、どこか申し訳なさそうに笑う。


「でもまぁ――」


 ふと、ほんの少しだけ声色を柔らかくした。


「君らが来るたびに、カレーの種類も増やすつもりではあるよ?」


 アウローラと一同の動きが、ぴたりと止まる。


「しゅ、種類……?」

「うん。今日のは基本形。辛さ控えめ、ミルク多め、玉ねぎ多めの()()()ね」


 あれで入門編。

 全員の顔が一瞬歪んだが、誰も突っ込む余裕はない。


「そのうち、香り重視とか、辛さ重視とか、肉ゴロゴロとか、豆メインとか……色々試すつもりだから」


 サラリと、とんでもないことを告げる。


「き、聞きましたわ?」

「ええ……聞いてしまいましたわね」

「森に来る動機が、確実に増えましたわね……」


 侍女も護衛も、もう止めない。

 王女の胃袋が森に縛られるのなら、自分たちの胃袋も一緒に縛られる覚悟は、とっくにできていた。

 アウローラは目元をぬぐい、ぐいっと顔を上げる。


「……分かった。有羽」

「うん?」

「国で再現するのは、きっと気が遠くなるほど時間がかかるだろう」

「まぁ、そうだね」

「だから――」


 アウローラは胸に手を当て、静かに宣言した。


「それまでの間は、責任をもって、森に通い続ける」

「どの口が外交の忙しさを嘆いていたんだろうなぁ」


 有羽の冷静なツッコミが入るが、彼女は聞こえなかったことにした。

 涙の跡がまだ少しだけ残る頬で、アウローラは晴れやかな笑みを浮かべる。


(いい。いつか、必ず王都でも再現してみせる。それまでは――森の賢者の家が、『カレー巡礼』の聖地だ)


 そんな決意を胸に抱きながら、彼女の胃袋は、すでに「次はいつ来れるだろう」と静かに計画を立て始めていた。

 侍女や護衛達も似た様子。

 眼がランランと輝き、次なるカレーに期待を寄せている。

 胃の中は満ち足りているのに、頭と口だけは妙に冴えている。

 それくらいには、さっきのカレーは衝撃的だったのだ。


 そんな中――護衛の一人が、組んだ腕に顎を乗せて、遠くを見た。


「……言われてみればだな……あの匂い……どこかで、ほんの少しだけ嗅いだ覚えがあるような、ないような……」


 その一言に、周りの護衛たちの反応が爆発した。


「思い出せ!」


 即座に肩を掴まれる。


「意地でも思い出せ! お前の記憶に、国家の命運がかかっているぞ!」

「待て待て待て、そんな大袈裟な――」

「大袈裟じゃない! あの暴力的な匂いを、香辛料倉庫の中から探し出すんだぞ? 手がかりは少しでも多いほうがいい!」

「そうだ! なんか似てる匂いって言葉だけでも、料理人にとってはヒントになる!」

「たぶん、倉庫番の鼻も総動員されるな……」


 いつしか話は、王都の倉庫番たちの嗅覚総動員計画にまで膨らんでいた。

 当の記憶を頼られている護衛本人は、頭を抱え込む。


「そ、そんなこと言われてもな……! 酒場の臭いなのか、魔国の市場なのか、思い出そうとすると全部ごちゃ混ぜになってだな……!」

「いいから思い出せって!」

「人の脳の構造にまで無茶を言うな!」


 横で聞いていたアウローラが、こめかみを押さえた。


(……この調子だと、そのうち『嗅覚訓練専門部隊』とか出来かねないな)


 護衛たちの大騒ぎとは別に、侍女隊は侍女隊で、別方向に盛り上がっていた。


「しかし……カレー、本当に恐ろしい料理ですわねぇ」


 ひとりの侍女が、そっと自分のお腹を押さえた。


「最初は重そうだと思ったのに、ひと口食べたら止まらなくて……結果的に、いつもの倍は食べた気がしますわ」

「ええ。パンまでおかわりしてしまいましたもの」


 別の侍女も、じっと自分の腰回りを見下ろしながらため息をつく。


「わたくし達、殿下付きの侍女ですもの。一応、体型維持には人一倍気を使っているのに……」

「そうですわ、そうですわ。有羽様は罪な人ですわ。美味しさだけじゃなく、あんな匂いまで纏わせて……あれでは、食べるなというほうが無理ですわ」

「香りを嗅いだ瞬間に、理性が二歩下がる料理なんて、聞いたことありませんわ……」


 笑い混じりの愚痴に、周囲の侍女たちも一斉に頷いた。

 そこで、有羽が片付けの手を止めて、振り返る。


「ああ、そうそう――」


 何でもないことのように言った。


「カレーには美容効果あるから、女性にもお勧めだよ」


 その場の時間が、ぴたりと止まった。


 侍女隊の全員が、一斉に固まる。

 目だけが、有羽のほうへぎぎぎ、と動いた。

 その視線の濃度たるや、物理的に空気が重くなった気がするほどだ。

 竜をも捻り潰す暴風の魔法を使う男が――その圧に耐えかねて、じり、と半歩下がった。


「え、えーと?」


 さすがの有羽も、視線を泳がせる。


「有羽様」


 侍女たちの代表格が、静かに口を開いた。

 丁寧な敬語。けれど声の温度は、氷点下ギリギリ手前。


「今の話を、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」


 有羽の背筋に、冷や汗が一筋伝った。


(……これ、竜より怖いやつじゃない?)


 逃げ道はないと悟ったのか、咳払いひとつ。


「え、えーとだね」


 おそるおそる、説明を始める。


「スパイスの中にはね、抗酸化作用とか、抗炎症作用が強いものがあるんだ。簡単に言うと、肌の老化やシミの原因になりそうなものを抑えてくれる効果が()()()()()


 ()()()()()の部分を、妙に強調する。有羽なりの防衛本能だ。


「あと、血流を良くしたり、体を温めたり、消化を助けたりする働きもあるスパイスも多い。結果的に、肌の赤みや炎症が落ち着いたり、顔色が良くなったりっていうのも期待できる、かな」


 おどおどしながらも、言葉はやたら丁寧だ。


「さ、先程のカレーには、その手の成分を多く含むスパイスが、いくつか入ってます。あと、単純に食欲を増進させつつ、消化を促進する作用もあるから……きちんと食べて、ちゃんと消化できるって意味でも、美容にとっては良いと思うよ」


 一呼吸置いて、締めくくる。


「健康的な肌作りは、やっぱり食事から、ってことです」


 説明が終わった。

 しかし、侍女たちの視線は、収まるどころか、さらに濃くなる一方だった。


「先程食べたカレーに、その効果が」


 ひとりの侍女が、確認するように問いかける。


「含まれている、と?」

「は、はい。さっきのレシピだと、そこそこしっかり……」


 言い切る前に、別の侍女が椅子から立ち上がった。


「……皆さま」


 その目は、もはや侍女ではなく指揮官のそれだった。


「この料理の再現は、絶対です」

「賛成」


 即座に二人目が立ち上がる。


「我が家には、引退した料理人がおります。老境ではありますが、腕は確かです。彼に協力を仰ぎます」

「うちの家にも、優秀な庭師がいますわ」


 三人目が続いた。


「植物に関する知識は、そこらの学者には負けません。香辛料の原植物を研究し、栽培方法まで探らせましょう」

「でしたら、我が家は――」


 今度は少し恥ずかしそうに、別の侍女が手を挙げた。


「兄が外交官です。魔国との交易に関わっておりますので、香辛料の産地や加工法など、詳しい情報を精査してもらえるはずです」

「……つまるところ」


 最初に立ち上がった侍女が、ぐっと拳を握る。


「料理人を動かし」

「庭師を動かし」

「外交官を動かし」


 侍女たちの声が、自然に揃う。


「美味であり、美容にも優れた料理『カレー』に――必ず辿り着いてみせます」


 使命感が、炎のように燃え上がっていた。

 さすがは王女付きの侍女たち。

 彼女たちの家もまた、それぞれが名家であり、影響力を持つ家だ。

 その太い伝手を総動員する覚悟を、今固めてしまった。


(……やばい。なんか今、とんでもないプロジェクトが立ち上がった気がする)


 護衛たちは護衛たちで、その様子を見ながら冷や汗をかいていた。


「お、おい……」

「侍女隊、本気だぞこれ」

「カレー美容同盟とか、そんな不穏な名前が頭をよぎったんだが」

「こっちはこっちで、カレー軍用転用構想を立ち上げるべきでは?」

「食堂の兵士たちが、泣いて土下座する未来が見えるから、やめておけ」


 勝手に軍事利用プランを想像して自重する護衛隊。

 一方、有羽は、有羽で――侍女たちの圧に押されつつも、ふと思いついたことを口にした。


「あのー……」


 控えめに手を上げる。


「実は、『カレーうどん』というものがあるんですが……」


 その一言で、空気がまた変わった。


「かれー……うどん?」


 アウローラが、反射的に聞き返す。

 有羽はこくりと頷いた。


「うん。今食べたカレーを、少しだしで伸ばして、とろみを調整してさ。それを、うどんにかけたり、うどんをその中に沈めたりして食べる料理なんだ」


 それはもう、真剣な表情で。


「カレーの旨味とスパイスの香りに、うどんのコシと小麦の甘みが合わさって美味であり……よければ今晩、食べてみますか、と言いたくなりまして……」


 有羽は、なぜか恐縮した様子で頭を下げた。


「スープのベースはもうあるし、うどんの準備もあるし……伸ばすだけなら、手間もそれほどじゃないから。もし、よければだけど……」


 言い終えるより早く。


「是非」


 侍女たちの声が、ぴたりと揃った。

 迷いなど一片もない、綺麗な二文字。


「りょーかい」


 有羽は、もう諦めたような顔で笑った。


「じゃあ、夕方までに片付けと下準備を済ませておくよ。うどんは生麺があるからね。本気出すと、ちょっと危険な代物にはなるけど」

「危険?」

「美味しさ的な意味で」


 その一言に、侍女隊と護衛隊が同時にぞくりと震えた。

 さっきまで「食べ過ぎてしまいそうで怖いですわ」と言っていた侍女たちも、今はしっかり腹に手を当てながら、静かに呟く。


「今のうちから、夕食に向けて調整しておきませんと……」

「そうですわね。夕刻までの森林探査は今まで以上に動きませんと」

「夜に備えて、胃袋の準備運動を……」


 体型維持に気を遣う侍女の矜持と、カレーうどんを前にした胃袋の欲望が、見事にねじれ合い、奇妙な決意へと昇華していく。

 アウローラは、空を仰いだ。


(……森に来る理由が、また一つ増えたな)


 外交のため。

 国のため。

 森の賢者との関係のため。

 それらに、新たな理由が加わる。

 ――カレーのため。

 王女として、どうなのか、と自分で思わなくもなかったが。


(いい。これは……仕方ない)


 心の中で、ひっそりと正当化する。

 その横で、有羽は小さくため息をついた。


(……カレー一発で、ここまで話が広がるとはなぁ)


 でも――口元は、どこか楽しそうだ。

 森のログハウスの庭に、笑い声と、ちょっとした狂気と、次の食事への期待が、ぐつぐつと煮えるように広がっていく。


 この日、森の賢者の家で。

 この世界で史上初の「カレー」が、静かに産声を上げた。



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