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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第八章

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第117話・リュムノワールの朝


 その商家は、古くから続く商家だった。


 代々、幅広い品目を扱ってきた実績ある商人。

 穀物、布、鉄材、薬草、時には工芸品まで。時流に合わせて扱いを変えながらも、決して大きく転ぶことなく、堅実に、だが確実に財を積み上げてきた家。

 五年前、リュムノワールでミスリル鉱脈が発見された時も、この街の可能性を嗅ぎ取り、すぐさま拠点を移した商家のひとつだった。


 街の発展にも協力している。

 鍛冶場へ燃料を流し、宿へ食料を回し、関所仕事の書記まで融通した。

 表向きの顔だけ見れば、実に立派な功労者だ。


 信用もある。

 実績もある。

 取引相手も広い。

 ただ、あえて言うのなら――少しばかり、後ろ暗い噂がある程度。


 だがそんなもの、商人にとっては半ば必要経費のようなものだった。

 儲ければ妬まれる。

 利を取れば悪く言われる。

 競合に出し抜かれれば陰口を叩かれ、競合を出し抜けば恨みを買う。

 商売というものは、清廉潔白であればあるほど褒められる世界ではない。


 ただ、この古い商家が他と違うのは――その「後ろ暗さ」が、本当に後ろ暗いこと。


(……これで魔国と王国の間に亀裂が入る。稼ぎ場を失うのは少々惜しいがな)


 老人は部屋で一人、書類へ視線を落としながら胸中で呟く。

 書類そのものは、ごく普通の決済書。

 荷の受け渡し記録、代金の支払い、期日の確認。

 端から見れば、商家の主が取引を精査しているようにしか見えない。


 だがその脳の内側では、常に別の勘定が回っていた。

 闇の勘定である。


 彼こそが、闇ギルドの古株。

 大陸各地に散らばる上層部のひとり。

 表立って非合法な取引に手を染めているわけではない。むしろ、彼の商売の大半は真っ当だ。正規の帳簿、正規の印章、正規の運搬証明。

 そのどれを取っても、表の商人としては申し分ない。


 しかしその裏側には、別の流れがある。


 非合法な奴隷売買。

 禁制品の受け渡し。

 武具横流しの経路調整。

 密輸団への資金融通。

 どこかで火が上がれば、その火を使って小さく儲ける手口。


 老人自身は、滅多に手を汚さない。

 汚す必要がない。


 実際に動くのは、闇ギルドの構成員達だ。

 路地を走る鼠。

 夜の舟を漕ぐ者。

 書記を脅し、封蝋を偽造し、荷をすり替える者。

 老人は、その全てに直接命じることすら少ない。

 必要なのは、糸を引くこと。

 経済を裏から、ほんの少しだけ傾けること。

 それだけで人は転ぶ。


 例えば――魔国商人の資金繰りを、少しだけ失敗させる。

 少しだけ運の悪い投資話を持ち込み、少しだけ回収の遅れる金を重ね、少しだけ信用を痩せさせる。

 そうして追い詰められた先に、採掘権売却というもっともらしい逃げ道を置いてやればいい。

 あとは勝手に人間が、そこへ転げ落ちる。


(南王国第一王女レジーナ……確かに傑物だ)


 老人の薄い唇がわずかに歪む。


(事態の裏を感じ取り、街の封鎖に踏み切ったのは見事。だが、遅い)


 封鎖そのものは正しい。

 だが正しい判断であっても、遅れた正しさは次善でしかない。

 裏取引が成立した時点で、既に街の内部には火種が投げ込まれている。

 封鎖は延焼を抑える手ではあっても、火種そのものを無かったことにはできない。


 老人は、帳簿の数字を追いながら、その先の景色を脳裏でなぞる。

 関所前に荷が詰まる。

 商人が足止めされる。

 食料、燃料、薬の流れが細る。

 宿と倉庫が満杯になり、荷の滞留が始まる。

 素材市場は荒れ、鉄材が上がり、食料が上がり、治癒薬まで値を上げる。

 そうして人は、不満を抱く。


(最初はまだよい。せいぜいが不満だ。文句だ。酒場で荒くれ共が怒鳴る程度だろう)


 だが、それが長引けば――必ず始まるのだ。

 責任の押し付け合いが。


 王国の所為だ。

 いや魔国の裏切りだ。

 いや、どこかの商人が欲をかいた。

 いや、監査が厳しすぎる。

 いや、締め上げが甘い。

 そうして噂は、人の都合のいい形へ育っていく。


 さらに脅迫や買収が出る。

 夜間の川渡りも増える。

 浅瀬、小舟、縄渡し――密輸の「試走」が始まる。

 冒険者が苛立ち、暴力沙汰が起こる。

 そこまでいけば、逆に闇ギルドの出番だ。


 密売を「救済」に仕立てることができる。

 正規の流れが止まったからこそ、裏の流れに価値が生まれる。


(もっとも、そこまでは高望みか)


 老人は内心で苦笑する。


(レジーナ王女がこの街に立ち寄らなければ、確実に混乱の坩堝へ落とせたものを)


 あの王女の動きは早すぎた。

 封鎖も、資料精査も、関係者の洗い出しも。

 あまりに手際が良い。

 あれがなければ、もっと自然に、もっと深く、街の内部へ毒を回せたはずだった。

 王女というより、まるで猟犬のような反応速度。


 だが、それでも十分。

 街は揺れた。

 王国と魔国の間に、小さくとも確かな不信の芽は生まれる。

 それだけで、今回の仕掛けは半分以上成功している。


(あとは身を潜め、事態が動く様を見物すればよい)


 老人の口元が、にたりと歪んだ。


(精々踊れ。王女も、領主も、街の連中もな)


 そのまま彼は、何食わぬ顔で手元の仕事に戻る。

 今日もまた、実に真っ当な商人として。

 困った事件が起きてしまった、実に嘆かわしい、とでも言いたげな顔で。


 この商家の全員が闇ギルドというわけではない。

 むしろ闇に属するのは、ごく一部。

 大半は真っ当な事務員であり、荷の管理をする者であり、日々の商いを支える普通の人間達だ。

 だからこそ老人もまた、彼らの前では「憂う商家の主」でいられる。


 今回の件に義憤を感じている。

 街の平穏が乱されて心を痛めている。

 そういう仮面を被る。

 それができるからこそ、ここまで生き延びてきた。



 ――その時。



 部屋の外から、急いた足音が。

 廊下を駆ける音。

 それが扉の前で止まり、次いで乱暴なほど強く叩かれる。

 老人は眉をひそめた。


「何だ騒々しい」


 声音は不機嫌そうだったが、崩れてはいない。

 あくまで、真っ当な商人として仕事中に邪魔をされた、という態度を守る。


「先の件で、何か進展でもあったのか?」


 外の部下は少し息を乱していた。

 この男もまた、表向きは普通の部下だ。闇ギルドの内情まで知っているわけではない。知る必要もない。


「旦那さま……! その、冒険者ギルドの方で……!」

「落ち着け。まず息を整えろ」

「い、いや、それどころでは……旅商人が、ギルド前で……!」


 老人の顔には、まだ余裕があった。

 旅商人が何だというのか。

 出入り規制で不満が溜まった連中が、どこかで揉めるくらいは想定内だ。


 だが次の一言が、その余裕を容赦なく切り裂く。


「冒険者どもを扇動してやがるんです! 採掘権絡みの陰謀だとか、神聖国の工作員がどうとか……!」

「な、なにぃ!?」


 老人の声が素で裏返った。





 ◇◇◇





 リュムノワールの朝は、見かけだけならいつもと変わらなかった。


 鍛冶場からは煙が細く昇り、市場には荷車が並び、野菜を抱えた女たちが声を張り、朝飯代わりの串焼きを頬張る労働者たちが雑な笑い声を上げている。

 人は動き、店は開く。

 けれど、その全ての下には、落ち着かないざわめきがあった。


 出入り規制。

 ミスリル原鉱の品質検査。

 混入の疑い。

 協定違反を避けるための一時停止。


 表向きの説明は街中へ広がっていたが、だからこそ逆に、人々の中に疑いと不満が膨らんでいる。

 何かが起きている。

 だが、それが何かは分からない。

 その分からなさが、街全体をじわじわと熱していた。


 そしてその熱が、最も分かりやすく噴き上がっているのが、冒険者ギルド。

 荒事と実務の中継地。

 依頼掲示板、受付、酒臭い待合所、古傷だらけの荒くれ共。

 いつもなら朝の依頼を選ぶ冒険者たちが、今日は依頼板ではなく、受付前の広場に出来た妙な人だかりへ吸い寄せられている。


「おい、何だあの騒ぎ」

「知らねぇよ。朝っぱらから、商人が受付前で大立ち回りしてるって話だ」

「商人ぁ? 今この街で、よくもまあ目立つ真似できるな」


 野次馬混じりの冒険者たちが肩をぶつけ合いながら、さらに輪を広げていく。

 その中心。

 立っているのは、いかにも胡散臭い笑顔を顔面に貼り付けた、例の商人だった。

 隣には白髪の青年――ニクスが、見るからにやる気のない顔で腕を組んで立っている。


「はい皆様、注目してください!」


 商人はまるで旅回りの大道芸人のようによく通る声を張った。


「少々、いえ、かなり大事なお話がございます!」

「何だお前」

「今それどころじゃねぇんだぞ!」

「品質検査の話なら余所でやれ、余所で!」


 罵声が飛ぶ。

 だが商人はむしろ待っていましたとばかりに、にっこり笑った。


「ええ、まさにそれです。品質検査だの混入だのと、実にもっともらしい建前が街を覆っておりますが――皆様、本気であの話を信じておられます?」

「は?」

「何が言いたい」

「勿体ぶるな」


 ざわり、と空気が揺れる。

 今のリュムノワールで、その話題に食いつかない者はいない。

 商人はわざとらしく肩をすくめた。


「では率直に申し上げましょう。今回の街の一件は、単なる品質検査ではありません。真実は、ミスリル採掘権を巡る裏取引――そしてそれすら隠れ蓑にした、もっと大きな陰謀にございます!!」

「……は?」

「朝からでっけぇこと言いやがる」

「陰謀だぁ?」


 笑う者もいた。

 だが、その笑いは完全な嘲りではない。

 不満と不安が渦巻く時、人は大げさな話ほど耳を傾ける。

 商人は、その反応を見て続けた。


「裏取引を行った商人たちは、たしかに愚か者です。ですが真の敵ではありません。真の敵はもっと狡猾で、もっと陰湿で、そして何より――この街を壊すことそのものを目的としている」


 そこで一度、声を潜める。

 人々が無意識に身を乗り出したところへ、商人は言葉を落とした。



「神聖国の工作員ですよ」



 一瞬、音が消えたような気がした。

 すぐに次の瞬間、広場が爆発する。


「神聖国だぁ!?」

「何で北の連中がここに出てくる!」

「証拠あんのかよ!」

「ふざけんな!」


 受付嬢が悲鳴を呑み込み、奥の職員が慌てて顔を出す。

 だが商人は引かない。


「証拠は――ありません」

「おい」

「何だそりゃ!」

「ふざけてんのか!」


 怒号の雨。

 しかし商人は平然としていた。


「ですが、冗談や酔狂で騒いでいる訳ではありませんとも」


 そう言って懐へ手を入れる。

 取り出したのは、油紙と布で幾重にも包まれた小さな塊だった。

 わざとゆっくりと、その包みを解いていく。


「これを報酬として差し出しましょう。私の依頼を聞き、黒幕討伐に乗り出す猛者はいませんか?」


 朝の光を受けて、それは鈍く、重く、異様な輝きを見せた。

 鉄ではない。

 銀でもない。

 ミスリルとも違う。


「……おい」

「まさか」

「嘘だろ」

「神鉄……?」


 誰かが、喉を絞るような声で呟いた。

 神鉄。

 ミスリルを超える強度と稀少性を持ちながら、市場価格そのものが成立しない鉱材。

 ミスリルは値段がつく。高価だが、まだ取引という枠の中にある。

 だが神鉄は違う。市場に出た時点で商会の問題では済まない。軍が動き、国が動く。放置できない。

 そんなものを、冒険者ギルドの前で、ひょいと出してみせる。

 その事実だけで、もはや大法螺とは片づけられない。


「鑑定しろ!」

「鍛冶師呼べ!」

「偽物かもしれねぇだろ!」


 騒ぎが一気に膨れ上がる。

 受付の職員が飛び出し、受付嬢が青い顔で奥へ走り、余計に場が騒がしくなる。

 商人はその様子を実に満足そうに眺めていた。


「もちろん、真偽は専門家に確かめていただいて構いません。私は実に誠実な商人ですので」

「誰が信用するか!」

「でも見せろ!」

「いやまず俺が見る!」


 完全に混沌の現場。

 やがて呼ばれてきた老鑑定士と、近場の鍛冶工房の親方が二人三人と押し寄せてくる。

 インゴッドは布の上に置かれ、慎重に、しかし抑えきれない興奮を滲ませた手つきで検分された。


「……こりゃ」

「ミスリルじゃねぇ」

「少なくとも鉄でもないな」

「魔力の流れが……」

「神鉄……の可能性が高い」

「市場に出る代物じゃねぇぞ、こんなもん」


 断定に慎重な者でさえ、「ミスリル以上」であることまでは否定できなかった。

 それだけで十分だ。

 ただの悪ふざけで神鉄級の代物を差し出す阿呆はいない。


「さあ皆様!」


 商人は待っていましたとばかりに声を張る。


「今回の街の一件は、ただの品質検査問題ではありません! ミスリル採掘権を巡る裏取引――そしてその裏で、神聖国の刺客が、この街を、王国と魔国の信頼を、独善的で利己的な、実に腐った信仰のために揺らしているのです!」

「本当に神聖国なのかよ……!」

「もしそうなら、放っておけねぇぞ!」

「リュムノワールは俺らの飯の種でもあるんだ!」


 怒りと疑念が、神鉄という現実味を得て、ようやく同じ方向を向き始める。


「ええ、そうですとも! しかも相手は正面から剣を振るう手合いではありません。影に潜り、金を弄り、協定を壊し、最後に王国と魔国を喧嘩させようという、なんとも陰湿で、じめじめして、芋臭くて、実に救いようのない根性の連中です!」

「お前今、ちょっと楽しんでるだろ」

「気のせいですよ、ニクスさん」


 横から低い声が差し込み、商人は笑顔で返す。

 そのニクスと呼ばれた白髪の青年は、胡散臭い商人を睨みつける。

 だが商人は止まらない。


「だがしかし! ご安心ください!」


 商人は今度は、白髪の青年の肩を叩いた。


「この腐った企みを潰すため、ここに正義の神官様が立ち上がってくださったのです!」

「は?」


 ニクスが、本気で嫌そうな顔をした。

 視線が一斉に白髪の青年へ集まる。


「本物か?」

「神聖国の神官じゃねぇだろうな」

「いや、それだったら笑えねぇぞ」


 好き勝手な声が飛ぶ。

 商人は小声で囁いた。


「ニクスさん」

「何だ」

「力を見せてあげてくださいよ」

「お前なぁ……」

「本物だと分からせるには、それが一番早いでしょう?」


 ニクスは露骨に舌打ちした。

 だが拒絶はしなかった。


 ちょうどその時、ギルドの奥から杖をついた壮年の男が現れた。

 大きな体。片脚の運びが僅かに悪い。

 古傷持ちだ。かなり古く、かなり深い。

 リュムノワール冒険者ギルドのマスター。


「朝から好き放題やってくれるじゃねぇか」


 低い声が落ちる。

 それだけで場が少し静まった。


「神鉄だの神聖国だの、面白ぇ話をしてるみてぇだが……ギルドの前で騒ぐ以上、半端な真似なら叩き出すぞ」

「……その足」


 ニクスがぼそりと言った。

 ギルドマスターの眉が上がる。


「あ?」

「昔、まともに治せなかっただろ」

「何の話だ」

「見れば分かる」


 白い青年が一歩前へ出る。

 空気が変わる。

 ただ立っただけなのに、周囲のざわめきが一瞬で引いた。


「動くな」

「おい、てめ――」

「黙ってろ」


 ぶっきらぼうに言い切って、ニクスは手をかざす。

 次の瞬間、白が溢れた。

 目を焼くような派手な光ではない。

 雪解け水のように澄んだ、静かな白。

 それが古傷へ流れ込み、長年こびりついていた歪みを、少しずつ洗い流していく。


 ギルドマスターの顔が変わる。

 足に庇う力がいらなくなる。

 一歩、踏み出す。

 また一歩。


「……痛く、ねぇ」


 誰かが息を呑んだ。

 白く清浄な治癒の光。

 少なくともこの場の誰一人として、偽物だとは言えなかった。


「本物か……」

「神官様って、冗談じゃなかったのか」

「俺も教会の治療は受けたことあるが、あんなのは……」


 ざわめきが、疑いから畏れへと変わる。

 商人はその機を逃さず、また両手を広げた。


「ご覧ください皆様! こちらのニクスさんは、腐った北の芋野郎共とは違う、本物の聖人様です!」

「誰が聖人だ」

「ほら見てください皆さま! 本物の聖人様はこんなに謙虚!」

「うるさい」


 ニクスは本気で面倒臭そうだった。

 だがその不機嫌さが、逆に演技臭さを消していた。

 もし芝居なら、もう少し愛想良く振る舞うだろう。


「この街を揺らす連中を、このまま好きにさせていいのですか!?」


 商人が冒険者たちへ向き直る。


「王国と魔国の間に火種を置き、協定を壊し、裏から金を吸い、最後に街ごと燃やそうとしている連中を! 皆様、このまま黙っておられますか!?」

「黙ってられるか!」

「神聖国の犬が潜ってるなら引きずり出せ!」

「俺らの街を好きにされてたまるか!」


 あっという間に場の温度が上がる。

 冒険者は荒っぽい。だからこそ、一度火がつけば早い。

 鍛冶師たちもまた同様だった。ミスリルと神鉄の話が出た時点で、自分たちの誇りと財布に直結する。



 その時。




「――随分と楽しそうな騒ぎね」




 澄んだ女の声が、場を真っ二つに割った。


 人垣が割れる。

 王国の護衛、騎士、領主側の人間を伴って、レジーナが現れたのだ。

 隣にはラディウス。

 ただ歩くだけで、その場の空気が整う。


 だが、そのレジーナの視線が白髪の青年に届いた瞬間。

 ――彼女は止まった。


「……え?」


 ほんの僅かな間。

 けれど確かに、第一王女の顔から完璧が崩れた。


 白い髪。

 白い肌。

 白い衣。


 だが、それを取り払って骨格だけを見れば――。

 あまりにも似ている。


 世渡有羽。


 髪色さえ違えば、同一人物だと言われても信じてしまいそうなほど、顔立ちが似ていた。

 目元の線。

 鼻梁の通り。

 口元の作り。

 立ち姿まで、妙に似ている。


 もちろん、違う。

 だが、それでも似ている。

 嫌になるほど。


 ラディウスもまた、隣で目を細めていた。

 王女と同じように、予想外のものを見た顔。


 ニクスは、そんな反応を見てわずかに首を傾げた。

 隣では商人が、初めて本当に想定外を食らった顔を浮かべる。


「……おやぁ?」


 こめかみに、ほんの少しだけ汗が流れていた。


「もしかして、知り合いだったりします……?」

「おい。予想してなかったのか」

「いやぁ……流石にこれは予想外です」


 小声で囁き合う二人。

 本気で困っているのが傍目にも伝わる。


 レジーナは一歩前へ出た。

 視線は白髪の青年から逸れない。


「……あなた、誰?」


 その問いは、ただ身分を聞く声音ではなかった。

 お前は何を知っている。

 なぜそんな顔をしている。

 そしてなぜ、有羽にそこまで似ている。

 王女の瞳はそう告げていた。


 白い青年と、胡散臭い商人と、神鉄と、闇ギルドと、神聖国。

 ただの街の騒ぎだったはずのものが、この瞬間、別の線と繋がる。


 リュムノワールの朝は、とうに平穏ではなくなっていた。



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