深き水面(ふかきみなも)に呼ばれて
◇序章 波の記憶
風の音と波のざわめき。潮の香りが鼻をついた。
――あれは、夏の日のことだった。
幼い私、澪は、海岸に立っていた。手には、双子の妹、真緒の手が握られていたはずだった。
「まお、手を放しちゃだめ——!」
そう叫んだつもりだった。けれど、声は波音にかき消された。突然、海が怒ったように膨らんだ。白い水飛沫が視界を覆い、足元がすくわれる。次の瞬間、二人の小さな身体は波にのまれていた。
冷たい。息ができない。
もがきながら、必死に妹の手を掴もうと手を伸ばす。視界の中、真緒がこちらを見ている。
——けれど、その背後。水の底から、無数の白い手が現れた。
それらはまるで、ずぶ濡れの白絹のようにぬめり、伸び、絡みつく。
「……っ、やだ、いやあああ!」
妹の身体が、手に引きずられるように沈んでゆく。私は絶叫した。意識が、闇の底に沈んでいった。
気がつくと、病院のベッドにいた。点滴の針。心配そうに見下ろす両親。そして、ベッドの脇で微笑む妹の真緒。
「あ、お姉ちゃん、起きた?」
柔らかな真緒の笑顔。けれど――その彼女の瞳の奥にあるものを、私は理解できなかった。その目は、まるで“別人”のように、冷たく、空虚だった。
◆◆◆◆
「澪、また水泳見学?」
教室の後ろから、気だるげな声がかかる。
私、結城澪は高校二年生になった。
今日は、体育の水泳授業がある。けれど、私はもちろん、最初から見学するつもりだった。
「うん、体調悪いって届け出してるから……」
私はぼそりと答える。机に伏せた腕の中から顔を上げると、そこには明るく微笑む双子の妹、真緒の姿があった。
「また? 本当に苦手なんだね、水」
「……うん」
真緒は私とは正反対の性格だ。明るく、社交的で、いつも誰かと笑い合っている。生徒会の書記で、成績も優秀。外見も似ているはずなのに、彼女の表情には、私にはない華やかさがある。
私たちは双子。でも、どこか違う。たまに、真緒の笑顔を見るたびに、胸の奥がざわつく。
――なぜ、私はこんなに水が怖いのに、真緒は平気なのだろう?
水泳の時間になると、私は保健室へ移動する。白いシーツの敷かれたベッドの上に座り、カーテン越しに聞こえる歓声や水音に耳を塞ぐ。
――ざぶん、という水しぶきの音。
――はしゃぎ回る生徒たちの笑い声。
そのすべてが、遠い記憶の続きを呼び覚ます。
「......真緒」
小さく呟いた名に、自分の心がかすかに震える。
◆◆◆◆
その日もまた例の夢を見た。
夢を見る日が増えてきたのは、梅雨に入った頃からだった。同じ夢を何度も繰り返し見る。灰色の空。静かな波。冷たい水に足首を囚われて、ゆっくりと沈んでいく。
私は海の底に立っている。海の底の私の周りを七つの影が囲む。影の顔は判別できない。全てが白い服を纏い、水に揺れている。
七つの影の一つは、白いワンピースの少女のようだった。その顔は、私とそっくりだった。けれど、瞳だけが、まるで誰かを恨んでいるような色をしていた。
影たちは、手を伸ばしてくる。
――おいで。
――ここがあなたの場所。
目が覚めたとき、全身が汗まみれだった。けれどそれは汗だけではなかった。
ベッドのシーツが、濡れていた。明らかに、真水ではない。どこか海水のような、生臭さがあった。
◆◆◆◆
日曜日。真緒と二人、家で過ごしていた午後のこと。
リビングのソファに、二人並んで座り込む。何気にスマホの画面を覗いていると、とあるSNSでの地元の話題に目が留まった。
”最近、○○海岸で頻繁に見られるという、『白い服を着た子どもの霊』の話。昨日の未明にも近隣住民の目撃例があったという……”
隣から私のスマホを覗き込んでいた真緒が声を上げる。
「うわ、こわ。こんな夜遅くに海なんて行く人、いるんだね」
真緒がそう言って、ジュースの缶を開ける。私はじっと画面を見つめていた。
白い服の子ども。夜明けの海辺。ふいに、夢の中で見た“あの少女”の姿が重なった。
「……真緒。ねえ、あのときのこと、覚えてる?」
「ん? あのときって?」
「小さい頃……海でさ、私たち、溺れかけたって……」
「ああ、それ? うーん……なんとなく? あれ、溺れかけたのって海だったっけ?」
真緒は首を傾げる。あっけらかんとした様子で。でも、その言い方が、妙に引っかかった。
“海だったっけ?”——まるで、誰か他人の出来事のような。
「……なんでそんな風に言うの?」
「え?」
きょとんとした顔で私を見る真緒から、私は視線をそらした。胸の奥に、冷たいものがにじむ。
言いようのない違和感。長い間、無視し続けてきたその感覚が、ゆっくりと形を持ち始めている。
◆◆◆◆
その夜。夢はさらに鮮明だった。私は海の中にいて、波に漂っていた。水面の向こうに、誰かが立っている。
——真緒?
けれど、その顔は真緒ではなかった。いや、真緒の顔をしていた。でも、目が違う。表情が違う。まるで“それ”は、人間ではないものが真緒の姿をして立っているようだった。
「ねえ……おねえちゃん」
海の中から、声が聞こえた。
「どうして、助けてくれなかったの?」
私は目を覚ました。汗で濡れたシャツが肌に張り付いていた。窓の外では、雨が静かに降り続いている。私は、思い出しはじめていた。あの日の波。
岸辺に取り残されたのは......誰?
◇第一章 水を避ける日々
梅雨の雨が続いていた。
校舎の窓には水滴が伝い、グラウンドには誰もいない。灰色の空が重たく垂れ込めていて、風は肌寒さを含んでいる。
体育の水泳授業も、悪天候のため体育館での室内競技に切り替わっていた。
私は保健室のベッドで、薄手のブランケットに包まりながら、その音を遠くに聞いていた。
——笛の音。笑い声。体育館の床に跳ねる靴音。
そのどれもが遠く、関係のない世界の音に思えた。
「……また夢、見たの?」
静かに声をかけてきたのは、保健委員として入ってきた真緒だった。
私は一瞬、彼女の姿にぎくりとした。
制服姿、ゆるく結んだ髪。笑みを浮かべた横顔は、まぎれもなく私と同じ顔。
でも、その目の奥にある何かが、私はどうしても直視できなかった。
「うん……最近、同じ夢ばかり」
「ふーん。もしかして、また“水に引きずられる”やつ?」
「……どうして知ってるの?」
真緒は、にこっと笑った。
「だって、前に寝言で言ってたよ。『たすけて』とか『足が掴まれてる』とか。あれって、あのときの記憶じゃない?」
私は言葉に詰まった。
確かに、あの日の記憶を引きずって夢に見ることはある。でも、真緒の口ぶりは——あまりにも他人事すぎる。
まるで、自分は“その場にいなかった”ような言い方だった。
◆◆◆◆
放課後、私はひとり図書室に立ち寄った。気がつけば、“水難”や“記憶喪失”というキーワードに手が伸びていた。
すると、古い郷土資料の棚で、私は奇妙な言葉を見つけた。
「七人ミサキ」
その名に、心臓がひとつ跳ねたような気がした。
“水難死した七人の霊が一組となり、数を保つために人間を取り込んで入れ替わる”
“ひとりが成仏すれば、また別のひとりを探す”
“その存在は夢や幻覚を通して現れ、徐々に対象の中に入り込む”
背筋に冷たいものが走る。
私はここ最近、濡れた足跡や、夢の中で見知らぬ自分と対面する経験を何度もしていた。まるで“何か”に見られているような感覚。
そして何より、あの夢の中で私を見下ろしていた少女——“私の顔をした誰か”——あれは、私が失った記憶の中にいる“本当の真緒”ではないかという思いが、頭から離れなかった。
◆◆◆◆
夜。風呂に入ろうとしたとき、私は脱衣所で一瞬、足を止めた。床に、濡れた足跡があった。
外は雨。家族は全員帰宅済みで、玄関に誰もいない。なのに、その足跡は、明らかに“誰か”が今しがた立っていたかのように鮮明だった。
私はごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと風呂場のドアを開けた。
……誰もいない。
タイルの上に、ほんのりと湯気が立ちこめている。だが、鏡の曇りが一部だけ不自然に拭き取られていた。その部分に、誰かの指で書かれたような跡が浮かび上がっていた。
”まお”
震えが背筋を駆け上がる。
私は思わず風呂場のドアを閉め、脱衣所の壁に背中を預けた。心臓が壊れそうなほどに打ちつけている。
◆◆◆◆
その夜、私は決意した。
このまま、曖昧な記憶と違和感の中に閉じこもっているわけにはいかない。何が起きたのか? ――そして、あの日、海で引きずり込まれたのは、いったい誰だったのか。
私は、自分の中の“空白”を埋めるために、真緒と向き合う覚悟をした。
ベッドの中で、またあの夢を見る。
水の底。
伸びてくる白い手。
その向こうで、微笑む“真緒”。
けれど、その笑顔は、どこか悲しげだった。
◇第二章 七人ミサキの噂
その日、梅雨の合間に、珍しく晴れ間が差した。久しぶりの青空だった。けれど、私は少しも晴れやかにはなれなかった。
透き通った空に浮かぶ白い雲を見上げても、心の奥では、まだ何かが湿っている。昨夜の“まお”の文字が、どうしても忘れられなかった。
私が書いたわけではない。けれど、誰かが、確かにあそこに——。
◆◆◆◆
「結城、ちょっといい?」
昼休み、図書室の隅で本をめくっていると、クラスメイトの宮田くんに声をかけられた。
彼はクラスでオカルト好きで通っている。悪い人では無いのだけれど、私は怖い話が苦手なので、あまり彼とは話した事がなかった。
「君、七人ミサキって知ってる?」
心臓が強く跳ねた。
私は咄嗟に言葉を探したが、うまく出てこなかった。宮田くんは私の反応に構わず、真剣な声で続けた。
「最近、海の近くで“白い服を着た子ども”が夜中に現れるって噂、知ってる? 一人じゃなくて、複数。七人とか。時間帯もバラバラだけど、全部“水際”で見られてるんだって」
「……七人?」
「うん。今んとこ七人分の目撃があったらしい。写真も撮られたけど、どれもぼやけてる。不思議だよね。でさ、七人集まると何が起きるか——って話なんだけど」
「……“次”が、必要になる」
私の口から、自然にその言葉が出た。
宮田くんは驚いたように目を見開いた。
「知ってたんだ……。そう。“七人ミサキ”っていうんだ。七人で一組の水死者の霊が組を成していて、誰か一人が成仏すると、代わりに新しい一人を必要とする。つまり、次の七人目を探してるってわけ」
「なぜ、その話を私に?」
「ごめん、大した理由があるわけじゃないけど、その七人ミサキの写真を見ていたら、なんとなく君の事を思い出してさ。――い、いや、失礼な事、俺言ってるよね? ははは、ごめん、悪かった。気にしないでね――」
「......」
私は無言だった。宮田くんはバツの悪そうな顔をしながら、足早にその場を去った。
私は、図書室の薄暗い窓の外を見た。蝉の鳴き声が遠くで鳴き始めている。けれど、その声の裏側で、波のような音がずっと耳に残っていた。
◆◆◆◆
その日、帰宅すると、真緒はまだ帰っていなかった。母も買い物で留守。私は一人で居間にいた。
......すべてが静かすぎた。
私は引き出しから、古いアルバムを取り出して、無意識にページをめくっていた。写真の中に写る小さな私と、隣で笑う真緒。
小さい頃、海で撮った写真があった。
浮き輪を抱えて笑っている、私と真緒。
……やはり。
今の真緒と写真に写る真緒は、同じ顔をしているがどこか違う。
ふと、ページの間に一枚、知らないメモ用紙が挟まっているのに気が付いた。鉛筆で書かれた走り書きの文字。筆跡は私のものだが、いつこれを書いたのかは記憶にない。
「”本当の真緒はどこ?」
私はそれを見た瞬間、ぞわりと全身が粟立った。
◆◆◆◆
夜。真緒が帰宅した。制服のまま廊下を歩いてきた彼女を、私は無言で見つめていた。
「......どうしたの?」
「真緒。聞きたいことがあるの」
彼女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「なに?」
「......あの日、海で私と貴女が溺れかけたとき、どうやって助けられたのか、覚えてる?」
「......」
真緒は、わずかに黙った。
私はさらに続けた。
「私、思い出し始めてる。あの日の波の中で、私を見ていた“誰か”の顔。それは……貴方の顔をしてた。でも、目が違ってた」
「......」
真緒は、笑った。けれどその笑みは、いつもの彼女のものではなかった。
「やっぱり、気づいちゃったんだね」
その瞬間、私は直感した。
目の前にいるのは——“真緒ではない”。
「じゃあ、質問返し」
“真緒”は言った。声は柔らかいけれど、そこに血の気はなかった。
「私が“真緒”でなかったら、私は誰だと思う? そして、私が“真緒”でなかったら、“本当の真緒”はどこに行ったのかしら?」
私は答えられなかった。夢で見た水の底。伸ばした手を、私が——
「あなたはあの時一緒にいた。私たちと一緒にいた。本当はもうわかっているんでしょ?」
“真緒”は歩み寄ってくる。その瞳の奥に、六つの影が揺れていた。
「ねえ、澪。今度は貴女も七人目になってよ。もう、時間がないの」
私はその場から逃げ出し、部屋に飛び込んだ。ドアを閉め、震える手で鍵をかける。ドアの向こうで、誰かが立っている気配がした。
でも、ドアが開かれることはなかった。ただ、静かに“波音”のような気配だけが、そこに漂っていた。
◇第三章 妹の正体
あの夜のことが、頭から離れなかった。
真緒の中に“何か”がいる。そう感じた瞬間の寒気。私に「気づかれた」と分かったときの、あの笑み。まるで、最初から“誰か”がこの瞬間を待っていたようだった。
でも、私はまだ信じ切れずにいた。
真緒が......私の大切な妹が、そんな存在であるはずがないと、心のどこかで思っていた。
だけど、その希望は、あまりにも脆かった。
◆◆◆◆
次の日。私は学校を休んだ。目覚ましが鳴っても身体が動かず、朝食を取る気力もなく、ただ布団の中で目を閉じていた。
繰り返し、夢の中の光景が浮かんでは消える。
水の底。
手を伸ばしてくる誰か。
「お姉ちゃん......助けて......」
あの声は、やっぱり真緒だった。
◆◆◆◆
夜。私は真緒の部屋の前に立っていた。扉の向こうからは、小さな物音が聞こえていた。
テレビの音も、スマホの音もない。ただ、衣擦れのような、微かな音。
私は静かにドアを開けた。
真緒は、鏡の前に立っていた。椅子にもたれ、真っ直ぐに自分の姿を見つめていた。
「……お姉ちゃん」
「真緒……話がしたい」
彼女は、ゆっくりと振り返る。その表情は、これまでと変わらない、穏やかな笑顔だった。
「うん。私も、そろそろ話さなきゃって思ってた」
私は震える膝を堪えながら部屋に入り、真緒と向き合った。
「......あなたは、誰なの?」
その問いに、真緒は静かに目を伏せた。
「......“真緒”だった子は、もういないよ」
その言葉は、何よりも重く、現実だった。
「お姉ちゃん、海に行こうか? もう終わりにしたいでしょ?」
◇第四章:七人目の儀式
潮風が重く、濃い。夜の海は月を飲み込み、波音は鼓動のように打ち続けていた。
海岸に立つ私の前には、“真緒”がいた。
制服の裾が濡れ、髪が頬に張り付いている。笑っていたが、その笑みは私が知っている妹のものではなかった。
「ついて来てくれてありがとう、お姉ちゃん」
その声も、少しだけ硬質だった。
「もう、七人はそろってる。でも、今夜、一人が成仏するの。だから代わりが必要——ねえ、わかるよね?」
私の背後で、白い影たちが波の向こうからゆらりと現れる。七人ミサキ——それは、すでに完成していた儀式の輪。
「あなたがあそこに加われば、一人は成仏し、私はこの身体で生き続けられるの。今度こそ、本物として」
“真緒”は微笑み、私に手を伸ばした。
「だって……もう十分でしょ? 本物の“真緒”なんて、とうの昔にいないんだから」
波の底から白い手が伸びる。私の足を濡らし、掴みかける。
だが、その瞬間——
「それは、違う」
誰かの声が、波とともに現れた。その姿は、白いワンピースをまとった少女だった。
肌は淡く透き通り、瞳は私と同じ琥珀色。水の記憶をまとったような、優しいけれど悲しげな顔。
それが——本物の真緒だった。
「お姉ちゃんは、ちゃんと覚えていてくれた。だから私は、自分を見失ずにここに来られたの」
“今の真緒”が振り返る。その表情は一瞬、緊張に凍った。
「……あんた、まだ残ってたの?」
本物の真緒は私の前に立ち、波の中から伸びる手を払いのけた。
「私のせいで、お姉ちゃんを巻き込むわけにはいかない」
「ふざけないで!」
“今の真緒”が叫ぶ。
「私はこの身体で、ちゃんと生きてきた! 澪の妹として、学校へ行って、笑って、触れて——全部私の時間だったのに! 全部、私のものだったのに!」
その悲鳴のような声が波に飲まれる。
本物の真緒が微笑んだ。
「それでも、返してもらうよ。——お姉ちゃんを守るために」
波が一気に巻き上がる。本物の真緒は光となって昇り、影のひとつが空へと消えていく。
成仏したのだ。
◇第五章:別れと祈り
海が静かになった。浜辺には、制服姿の“真緒”がひとり、力なく立っていた。けれど——その姿が、ぐにゃりと崩れた。
肌が青白く変色し、目の奥から黒い闇が滲む。爪は異様に長く、口元は裂けるように歪む。
“それ”は、もう真緒ではなかった。
私がただ立ち尽くすなか、“今の真緒”はゆっくりと顔を上げた。
その目に宿っていたのは——深く、冷たい恨み。
「......この身体で......もっと生きるつもりだったのに。お前が、お前が……本当の”真緒”を思い起こさなければ......」
その言葉は私に向けられたものだった。
「全部......台無しじゃない」
憎しみと未練の滲んだ声。その“異形”は、最後に澪を睨みつけ、波の中へとすっと消えた。
海は、それをまるで何事もなかったかのように飲み込んだ。数分後、砂浜にはただひとつ、真緒の身体が残されていた。
顔に微かな傷と、口から染み出す海水。”真緒”の死因は表向き、「事故死」として片づけられた。
けれど私だけは知っていた。
それが、十年前から始まっていた物語の終わりであり、また始まりであることを。
◇エピローグ:新たな波
――夜明け前の浜辺。誰もいないはずの海岸にて。
風の中、白い影が七つ、波打ち際に並んでいた。
そのうちのひとつ――異形の輪郭を持つ少女の影が、ひときわ強い視線で岸を見つめていた。
その影は恨めしそうに何かを探していた。
あの夜、成仏できるはずだった一体の順番は崩れた。だから——七人ミサキは、もう一度“代わり”を探している。再び、七人そろって成仏する日まで。
◆◆◆◆
私は夢の中で、波音を聞いた。
風の向こう、真緒が振り返らずに歩いていくのが見えた。
——「ありがとう、お姉ちゃん」
微かに届いた声。真緒の本当の笑顔。
一筋の光るものが、私の頬を濡らしていた。