第9章:消えたタンクトップ
恵斗先輩の情熱が詰まった「白タンクトップ」が突然姿を消した!
生徒会室で探し回る恵斗先輩と、何かを隠している様子の俊介。
果たしてタンクトップの行方は――?
「おい、俊介! タンクトップどこだ!? さっきまであったのに!」
恵斗先輩が焦った様子で生徒会室を駆け回っている。その表情は真剣そのもので、俺も少しドキッとする。
「え、タンクトップ……? さっきまであったっけ?」
俺はできるだけ冷静を装って、恵斗先輩に問いかける。が、心の中では、すでに焦りが湧き上がっていた。実はさっき、そのタンクトップを洗濯してしまったばかりだったからだ。
「おかしいな……」
恵斗先輩は眉をひそめながら、部室をくまなく探している。
「ここには絶対にないぞ、俊介。お前、何か知らないのか?」
「え、いや、さあ……どこに行ったんでしょうね?」
俺はうまく誤魔化すように言ったが、その言葉が逆に疑惑を呼び起こしているようだった。
「あ、あの……俊介、まさか……」
恵斗先輩の目が鋭くなる。
「え……?」
俺はあまりにも焦っていたので、思わず視線を逸らしてしまった。恵斗先輩はその動きに気づいて、少しずつ自分の疑念を確信に変えていった。
「まさか……洗ったのか?」
恵斗先輩の問いに、俺は絶句する。俺がタンクトップを洗濯したことは、言わずとも分かっているようだった。
「え、いや……あれを洗うなんて、ちょっと大変だったんですよ……」
俺はあくまで必死にごまかそうとしたが、恵斗先輩の目がますます鋭くなり、声も低くなった。
「お前、タンクトップの大事さ、分かってないだろ!」
「す、すみません……」
俺は完全に恵斗先輩のペースに巻き込まれ、言い訳のしようもなかった。
恵斗先輩はそのまま、感情を爆発させるように話し始めた。
「タンクトップを育てるって、どれだけ大変か分かっちゃいないな! あの一枚は、俺の情熱が込められているんだぞ!」 恵斗先輩の顔が少し赤くなり、思わず声が震えている。だが、その言葉には真剣さが伝わってきた。
「もう……何度も手入れして、少しずつ育ててきたのに……あのタンクトップは俺の魂そのものだったんだ!」
恵斗先輩はしばらく沈黙し、肩を震わせた。俺もその真剣な気持ちが伝わり、言葉が出ない。
その時、ちょうど他の生徒会メンバーが部室に入ってきた。
「おい、恵斗。何、そんなに大きな声出してるんだ?」
「うるさいな! 今はタンクトップのことで頭がいっぱいなんだ!」
恵斗先輩はすぐにメンバーたちを睨みつける。しかし、そんな恵斗先輩の様子に、他のメンバーはただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
「おいおい、まさかタンクトップのことかよ?」
「そんなに大切なのか、恵斗のタンクトップって……」
「あー……そっか、あのタンクトップね。俊介が何かやらかしたのか?」
生徒会メンバーたちがこそこそと話している。何だかんだ言って、彼らも恵斗先輩がそんなにタンクトップに熱を入れているとは思っていなかったのだろう。
その様子に、恵斗先輩は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何だお前ら! 俺のタンクトップを馬鹿にするなよ!」
「いや、別に馬鹿にしてるわけじゃないけど、なんかその情熱がすごすぎて……」
「しょ、しょうがねぇな。大丈夫、みんな心に刻んでおけよ。俺の情熱はタンクトップにかけているってことを!」
恵斗先輩の言葉は、少し強引に周りに響いた。
俺は思わず苦笑いしながら、その場をなんとか収めようとしたが、正直どうしていいのか分からなかった。
数日後、恵斗先輩はあのタンクトップが洗われたことで、しばらくは心底落ち込んでいた。その気持ちが分からないわけではないが、少しだけ、俺の方もどう声をかけていいのか、わからなくなっていた。
あのタンクトップの「育て方」の熱意は、まさに誰にも理解されないものだった。
でも、またやり直せばいいじゃないか、と思った自分もいた。
だが、恵斗先輩にとってそれは簡単なことではなかったらしい。
その後も、生徒会の中では「タンクトップ」の話は出なくなったが、なんとなくメンバーたちの中では、恵斗先輩の情熱を心に刻み込んだような空気が漂っていた。
恵斗先輩のタンクトップに込めた情熱が、思いがけず俊介によって洗濯されてしまいましたが、彼の心の中では未だその思いが冷めていないようです。
皆さんは、もし大切にしている物が失われたらどうしますか? 自分にとって大事なものが、少しずつ変化していくのはどうしても難しいですよね。