第6話
介護の本を読みつつ、私にとってはかなりの長旅をし、ようやく辺境伯領に着いた。
御者が門番に用件を伝え父からの手紙を渡すと、門番はいぶかしげな顔をして中に確認しに行った。
そして、待たされること十数分。
ようやく門番が戻ってきて、「ご案内いたします」って言われた。
ちなみに御者のコビンさんは父と同い年くらいで、元冒険者だと言う。
長旅の間でずいぶんと仲良くなったのよ。
コビンさんから護身術や食べられる野草、獣の仕留め方や罠等々、いろいろ教わった。
そして私の貴族令嬢メッキが剥がれた。
めっちゃ頼りになるのでこのままコビンさんと結婚してもいいかなぁ……などと思っていたら妻子持ちだそうです。すみません。
どうやら私は解放感でそうとう浮かれているようだ。
道中安全に旅ができたのはコビンさんのおかげなので、私の旅費をちょびっとだけおすそ分けした。
さすがにこれ以上は無理。
私自身が明日をも知れぬ身なので。
コビンさん、しばらくは馬共々ここで休ませてもらい、それから奥さんとお子さんにお土産を買って帰るそう。
私の荷物を下ろすと、『帰るときは必ず挨拶にくるけど、そうでなくとも何かあったらすぐに自分に知らせるように!』とめっちゃ言われた。
過保護だなー。
屋敷の前に若い執事さんらしき人が立っていて、私を見ると軽く目を細める。
そしてすぐに私に歩み寄ると私から荷物を奪い、
「ご案内します」
と言われた。
荷物をどこかにやられたら(あるいは捨てられたら)嫌なので、
「自分で持ちます!」
と叫んだら驚かれたけど、キッパリ断られた。
「本来は侍女や使用人が持つべきです。ご令嬢に持たせるものではありません」
とのことだったけど、子爵家でも学園でも自分で持ち歩いていました。
一度たりとも他の誰かに運んでもらったことはありません。
執事さんに、応接室へと案内された。
ソファに座ると、私の荷物はその脇に置かれたのでホッとする。
お茶も出してもらえた。……久しぶりに飲むわ。
そういえば、奴が『お茶会の練習をさせてやる』とか抜かして、連中のお茶会に使用人の扱いで参加させられお茶を淹れさせられたな。別に私、侍女になるつもりなんかないのに!
そして、「まずい」と、その場で捨てられ掃除させられた。
ひどいときはぶっかけられた。
やけどしないギリギリを見定めてきたあたり、とてもいやらしい。
嫌なことを思い出しつつもお茶を飲みながらしばらく待っていると、父よりはちょっとだけ若そうな方が入ってきた。
筋骨隆々の見本みたいで、背も高いので仰ぎ見るようだ。
うーん、恐らく当主のご子息の方かなぁ。
貴族っぽい……というより、使用人には絶対に見えないほど威厳を持った方だわ。
辺境伯子息様は私を見て、なぜかめっちゃ困った顔をしている。
私は立ち上がり、義理の息子になるであろうその方に挨拶した。
「お初にお目にかかります。モロー子爵家の長女、ロゼと申します。この度はご縁をいただきましてありがとうございます。ご当主様へは精一杯努めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
ちゃんと覚悟をしてきたよ! という意思表示をした。
ご子息様はさらに困ったような顔で頭をかく。
髪がくちゃくちゃですよ。
でも、良かった。
この息子さんはそんなに礼儀を気にしなさそうだ。
よもや自分ができてないのにこちらに求めたりはしないよね?
当惑した声でご子息様が自己紹介した。
「あー……。辺境伯当主の、レオン・ゴーティエだ。手紙は……読んだが、本気か?」
当たり前ですとも!
……ん?
辺境伯当主?
代替わりしたのかな?
じゃあ、私の結婚相手のお父様は離れに住んでらっしゃるとかかしら?
「えぇ。本気です。いろいろ勉強もしてきました」
笑顔で伝えると、今度は困惑したような顔で「勉強? って何を? って聞いてもいいものか?」とブツブツ言っている。
「さっそくですが、私の旦那様になる方をご紹介いただけないでしょうか?」
と伝えたら、固まった。
そして、大きくため息をついて、また頭をかく。
もう、髪の毛がめちゃくちゃだ。
「……あぁ、結婚相手を誤解したのかよ。残念ながら俺には息子がいない」
深刻な声でそう言うので、だからどうした? と思いつつも相づちを打った。
「さようでございますか」
ご子息様はとても嫌そうな顔をして私に言う。
「手紙を書いたのは執事だが、ちゃんと『辺境伯当主との婚姻を望む者』と明記したはずだ」
「えぇ。ざっと目を通しただけですが、そのように書かれていたのを覚えております。……手紙が届いた後に代替わりされたのでしょう?」
私が気にしてませんよ、というように伝えると、ご子息様はキョトン、とした。
私はさらに付け加える。
「離れに住んでも構いません。私は婚姻を望んでおりますので。……それで、私の結婚相手になる前当主様はどちらにいらっしゃいますか? ご挨拶したいのですが」
ご子息様は、完全に呆けた顔をした。
「…………は? ちょっと待て。何を言ってるんだ?」
「ですから、私の結婚相手である、レオン……」
…………ん? レオン・ゴーティエって言う名前、さっき聞いたな。目の前の、ご子息様から……。
私は、奴に見せたら絶対に鞭打たれるであろう顔で、辺境伯当主をまじまじと見てしまった。
「…………ずいぶん、お若いんですね」
「お前にだけは言われたくないセリフだな」
呆けながら言ったセリフにバッサリ返された。




