第21話 夏期休暇を終えた学園
リヒトは、相変わらずロゼを『未来の侯爵夫人』などと言っていたが、周りはそれにあいまいな笑顔で返すだけになっていた。
現在は別の噂も流されている。『ロゼは辺境伯夫人に望まれていたため、それを知ったリヒトが厳しい環境に嫁ぐ彼女のために厳しい指導を行っていた』というものだ。
それを流しているのはリヒトの父親であるジェット侯爵だというので、皆、それを表向きの事情とし、ロゼの最悪の評判は消えた。
だが、噂を全否定しているのが息子であるリヒトだ。
侯爵令嬢が、噂の真実を探るべく、リヒトに世間話をしつつ質問をした。
「――辺境伯夫人のご指導に自ら当たったとか。わざと下女のような真似をさせたのもそのせいだということですわね?」
先ほどまで優しげな顔で和やかに会話していたリヒトが顔を歪め、頰をひくつかせながら否定する。
「は? そんなわけないでしょう? 彼女は侯爵夫人になるために勉強していたのを無理やり辺境伯夫人にさせられたのですよ。下女の仕事? そんなものはさせて…………あぁ、あれはふざけてですよ。彼女も内心よろこんでやっていました」
侯爵令嬢は急激な変化にも物言いにも呆れていたが、それを表情に出さずさらに質問をする。
「ふざけて下女の仕事をさせていたのですか……。……でも、彼女は辺境伯夫人になりましたよね?」
リヒトは鼻で笑った。
「『出来損ないだから』と自らを卑下してよけいな気を遣ったのでしょう。そのうち音を上げて戻ってきますよ。そうしたらしかたありませんから私がもらってやろうと思います」
侯爵令嬢は、リヒトの婚約者候補だ。
親同士で打診があり、だが、あまり交流していなかったため最近会話を交えている。
最初は噂通りの物腰穏やかで礼儀正しい少年だと思い、合格点を出していたのだが、これは採点を改める必要があると考え質問を重ねた。
「……辺境伯夫人に音を上げた方なら、侯爵夫人にも音を上げるのでは?」
「私が完璧ですから。彼女は何もしなくても横に立ってればいいんですよ」
「……ならばなぜ、厳しく指導したのですか?」
「……最低限の指導を施したまでです。それに、あれはふざけでですよ。下位貴族ではよくある〝じゃれあい〟ですね」
侯爵令嬢は、呆れ果てた。
そんなじゃれあい、あるわけがない。
自分だって、派閥や寄子の下位貴族との交流はある。
――下位だろうと貴族令嬢が、下女の真似事など喜んでするものか。
思わず表情に出そうになり、侯爵令嬢は慌てて扇子で顔を隠す。
「…………そのようなじゃれ合い、私は下位貴族でも見たことありませんが…………」
「そうですか? 私はありますね」
「彼女は嫌がったのではありませんか?」
追及していくと、とうとうリヒトは無表情になりイライラした声音を隠しもせず言い放った。
「…………いいかげん、ふざけたことを言われ続けるのも疲れてきましたね。貴方は彼女を知らないでしょう? 私は幼少の頃から仲良くしていたんです。知りもしない他人にあれこれ詮索される筋合いはない!」
――ロゼのことになると、万事こんな調子だった。
リヒトと会話した者は、「リヒトは噂される人物像と違うのではないか」と思っていった。
侯爵家子息だから表だって噂されないが、学園での評判は少しずつ下がっていった。
*
ノーズ・ジェット侯爵は息子の豹変に驚愕していたが、その後、そうではない、単に化けの皮が剥がれたのだと気がついた。
礼儀正しく公正で穏やかな性格を親にまで取り繕って見せていたが、実際はとんでもなく腹黒で粘着質、しかも気に入ったものを執拗にいじめる性格だったのだ。
気付いてからは、むしろ子爵令嬢を生贄にしてリヒトをおとなしくさせれば良かったと後悔したほどだ。
彼女一人を犠牲にして虐めさせていれば、息子はその化けの皮を被り続ける。
子爵やロゼが恐れたように、そのうち『不慮の事故か謎の奇病で死亡』になるだろうが、そうなったら息子も己の所業を悔い改めるかもしれないとすら思ったのだ。
残念ながら、虐げられていた本人……ロゼは、生贄にされるなど真っ平御免と、まんまと逃げおおせてしまった。
結婚相手が辺境伯ともなると、さすがに手が出せない。
息子の性格をわかってしまったノーズは早いところ息子に心変わりしてもらうため、上位貴族の令嬢の婚約打診は全て取りやめ、子爵以下の令嬢との婚姻……つまりは生贄を探し始めた。
現在のところ、一人息子のリヒトは次期侯爵当主だ。
だから本来は上位貴族……それこそ同格の侯爵令嬢や公爵家からも打診があった。
表面上の穏やかな性格と優秀な頭脳、優れた容姿は高位令嬢にも大変な人気だった。
……だが、リヒトにそのような嗜虐性があるのならば話は別だ。
同格以上の令嬢に失礼をしたら、最悪ジェット侯爵家はとり潰しになる。
ゆえに、こちらが圧力をかけられる子爵家以下の令嬢でなければならない。
まとまった休日があれば学園からリヒトを呼びよせ、子爵令嬢以下との見合いを続けた。
その見合いは、リヒトにとっては苦痛以外の何物でもない。
ガサツでマナーのなっていない野獣のような令嬢から常に興味のない話を聞かされ、にこやかに会話をしなければならないのだ。
今まではロゼで息抜きをしてきたのに、それがなくなり自身の本性を露わにすることが出来なくなった。
――か弱そうな顔をしているくせに生意気なロゼに思うまま言葉をぶつけ言いなりにさせたい。
――出来損ないでもの覚えの悪いロゼを鞭打ちながら鍛えたい。
リヒトは内心でイライラしながら考える。
時期を見て、ロゼを救い出しに行こう。
そして、次は逃げられないようにうまく策を練らないとな……と、令嬢たちのつまらない話を聞き流しながら考え続けた。
本人は本人でストレスを溜めています。
次回、前半にマーガレットの説教後のレオンとジョセフの会話、後半は本編です。




