第19話
嫁いできて一か月。
ちょっとだけお仕事に慣れてきた。
基本はジョセフがやってくれるので、私は説明を受けながら許可を出したりする感じ。
城塞で働く使用人には女性もいるので、私の身の回りの掃除洗濯はその人たちにお願いすることになった。
自分でやってもいいんだけど、ジョセフ曰く、
「その暇があるなら別の仕事をお願いしたいので」
と、いうことだった。
城塞ということもあり男性の使用人ばかりだったんだけど、私という貴族の女性が来たので、女性の使用人も大量に雇い入れることになった。
侍女も入れたい、ってことなんだけど、経験者がいないらしい……。
私も侍女の勉強をすれば教えられたのかな。
でも、そんなすき間はなかったのよねー。
……というか、侍女として働くことになったらあの侯爵子息のところになるだろうから、やっぱり勉強しなくてよかったわ!
本日は、辺境伯騎士団のところへ行って挨拶するんだって。
万全を期して、旦那様が騎士団員によぉおーく言い聞かせてから紹介する、ってことで、一か月後になったという。
……そんなに時間をかけないと言い聞かせられないのか、って思うとちょっと憂鬱。
とはいえ、このお土地柄、他領から来た者はとんでもなく低く見られるとは聞いていたから覚悟はしております。
相手のいいなりにはなりませんけどね!
ジョセフと一緒に中庭の広場に向かった。
すでに団員たちは集まっていて、旦那様もいる。
私に気づいてこっちに来た。
そして苦笑する。
「そんなに緊張するな。ちゃんと説明してあるし、舐めた態度をとったら次の討伐で特攻やらせる、っつってあるから大丈夫だ」
……それで大丈夫なのかわからないけど、どのみち挨拶はしないとね。
旦那様に促されて一緒に壇上に上がる。
「俺の女房になったロゼだ。若いが、お前らより上の立場だ。それを常に念頭に置いて接しろ。わからねぇ奴は今出てこい。俺を倒して俺の上に立て。そしたら舐めた真似をしても許してやるよ」
とか、旦那様が言い出したんですけど。
いやいやいや。
旦那様が倒されても困りますし、万が一倒されたって私は許しませんよ?
「お前からなんかあるか?」
って私に振られたので、
「夫人のロゼ・ゴーティエです。旦那様が倒されようとも舐めた真似をしたら許されませんのでそこのところよろしくお願いいたします」
って、言っといた。
全員がポカンとしている。
旦那様まで!
でもって、旦那様が笑った。
「剛毅だな。さすが俺の女房だ」
「そんなんじゃなくて、どんな理由があろうとも平民が貴族を下に見たら法が許しません、って言ってるだけですよ。私は現状貴族なんですから。そう、国で決まってます」
国の決まりごとは無視しちゃいけません。
それは犯罪です。
「確かにな」
と、旦那様が苦笑した。
「じゃ、言い換えよう。国と俺に逆らう奴は出てこい。反逆者として処分してやる」
おぉう。なかなかのスケールだな。
さすがにこう言われて出てくる人はいなかった。
ただ、不満を持ってそうな人はチラホラいそう。
旦那様と同い年くらいの人かそれより若い人が、不満を押し隠しているみたい。
よし、あの人たちには近寄らないようにしよう。
「よし、わかったようだな。……ロゼ、容赦するなよ。我慢なんざしなくていい。ちょっとでも逆らったらすぐ俺に言え」
「わかりました!」
旦那様に元気よく返事したけど、でもたぶん近寄らない。
*
挨拶が終わって数日後、旦那様と相談して侍女を入れることになった。
やはり辺境伯夫人ともあろう者に侍女がいないのは、より舐められる原因になるんじゃないかということだった。
だけど……。
侍女の仕事を知らないし、そもそも私自身が侍女の世話にならなかったので、教えることが難しい。
そうつぶやいたら、旦那様は王家に頼んで、侍女の仕事を教えられる者をよこしてもらう手配をとってくれた。
いろいろすみません。そして旦那様、ありがとう!
まず、集められた侍女候補の方。
ざっと見るかぎり、私よりも年齢が高い方ばかりのようだ。
緊張している人と緊張していない人がいる。
どういう結果になるかわからないのでいろいろなタイプを揃えたのかなと推理した。
侍女候補、しばらくはジョセフについて一通りジョセフがわかる範囲のことを教えてやらせるらしい。
うん、私よりもジョセフのほうが侍女の仕事に詳しそうだよね!
その二週間後に、王家から推薦された侍女の指導員がやってきた。
「マーガレットでございます。奥様、どうぞよろしくお願いいたします」
久しぶりにバリッと決まったカーテシーを見た。
厳格な老婦人っぽいので、私もマナーを気をつけねば! と、気を引き締めた。
メッキ、再塗布。
……そして、しばらく仕えてもらってわかった。
ハッキリ言って、侍女の指導員マーガレットはとてつもなく素晴らしかった。
まさしく侍女の鑑!
気が利きすぎてて感動に打ち震えた。
私、最初は緊張していたけど、
「奥様。ひととおりのマナーは嗜まれていらっしゃいますし、ここでは何かとルールが違うでしょうから、普段通りで構いません。ただし、下に低く見られるような言動がありましたら、差し出がましいようですが忠告いたします」
と、言われてホッとした。
こういう心遣いが良いね!
むしろマーガレットにいてほしいよ!
そう思ったけれど、彼女はあくまでも育成の立場。
ずっといられるわけではないので、私も育成のために侍女候補たちに世話をされた。
まだまだマーガレットの足下どころか子爵家のお母様付の侍女にも劣るけど、マーガレットのおかげで子爵家のように舐められて世話を放棄されることはない。見下している雰囲気もないので安心した。
次回、マーガレットとレオンたちの会話です。