第15話
「…………まあ、いいでしょう。ただし、見逃すのは今回のみです。奥様も遠慮せずに私におっしゃってください」
ってジョセフが言ったので安心した。
よし、何かあったらすぐ言いつけよう。
私がうなずくと、クビになった下級使用人は顔色を失っている。
私は彼に、今まで意地悪をしてきた人たちから聞けていなかったことを尋ねた。
「私、あなたとは初対面ですよね? ……なのに、なんでそんなに恨みをつのらせて私に意地悪をしようとしたんですか? 会ったこともない私に、いったい何をされてそんなに恨み、私を罵倒して『ひざまずけ』って言ったんですか?」
彼は私の質問に詰まり、黙ってうつむく。
私は、他の使用人にも尋ねた。
「他の……不満そうな顔をしていた方々も、私とは初対面ですよね? なのに、どうしてそんな、『お前の命令なんか絶対聞かない』みたいな態度だったんですか? 会ったこともない私にどんな恨みがあったんですか?」
この際だから、ぶっちゃけてもらおう。
実家の使用人たちもそうなんだけど、私には使用人たちが仕事を放棄し私を下に見て嘲笑う真似をする心当たりが全くないのだ。
なんでそんなに恨まれているのかぜひ教えてほしい。
「…………恨んでなどおりません。噂に踊らされただけです」
と、一人が申し訳なさそうに言った。
「え? でも、そうとう恨んでなければ私の命令を聞かないなんてしませんよね? だって、ジョセフの命令は聞くんでしょう?」
言っている意味がわからない。
使用人たちは黙ってうつむいたままだ。
……さっぱりわからないんだけどそれ以上言わないので、それが答えらしい。
「……もしかして、私を平民だと勘違いしていたのですか?」
彼の答えからひねり出した理由は、それしかない。
私を平民だと勘違いし、下に見て虐めようとした……のかなぁ?
でなければ、自分よりも偉い人を虐めようなんて思わないだろうし……。
「私は勘当され平民となってここに来たわけではなく、モロー子爵家からレオン・ゴーティエ辺境伯当主へ嫁ぐよう送り出された子爵令嬢です。つまり、貴族です」
私がそう言うと、下級使用人たちは雷に打たれたように衝撃を受けていた。
クビになった下級使用人もだ。
「……そうでなくとも、たとえ平民だったとしても、すでに辺境伯当主と正式に婚姻を結んでおります。つまり、私はこの国に認められた辺境伯夫人であり、その意味は、この領地を治める貴族、ということなのですよ?」
まさか、平民ってこういう常識を知らないの?
困ってジョセフを見た。
……ジョセフは当然知っているよね。
ジョセフは、苦笑しながら言った。
「ですから、最初に『立場がわかっていない』と言ったでしょう?」
……その言葉の意味は、つまり。
「……この者たちは、貴族よりも雇い主の家族よりも自分たちのほうが偉い、と勘違いしている……ということなの?」
信じられない。
平民って、そんな考えをするの?
……あ、確かに実家の侍女や使用人もそんな考えをしていたかも……。
ちょっと自信がなくなってきたのでジョセフに尋ねた。
「私の常識では、平民よりも貴族のほうが偉い、貴族は基本的に爵位で偉さの順位が変わる、王族はトップ、だったんだけど」
平民と食い違うとは。
平民の中に貴族が混じったらいばり散らされるじゃん。怖ッ!
「ロゼの言うとおりの常識で合ってるよ」
後ろから声がして、振り向いたら旦那様がやってきていた。
「怒鳴り声が聞こえてきたので飛んできたんだが……。悪いな、ロゼ。俺がコイツらを甘やかしすぎたみたいだ」
後半は私に言ったらしく、頭を撫でられる。
「俺も歴代の辺境伯当主も、都市部の貴族と交わらない。ここを守るために他所でお茶会なんぞする余裕がない、ってのが表向きの理由だ。だから、真っ当な貴族の考え方をしていなくてな。ついついコイツらと気安く接したんだ。それでも、俺に対する態度はちゃんとしていたから安心していたんだが、まさか、俺の家族になった者を下に見ようとするなんて思いもしなかった」
旦那様の言葉は何気ないんだけど、なんかめっちゃ迫力があった。
おなかにズシンとくるような声ですわ!
使用人たち全員、顔色が真っ白です。
しかも、滝のように汗をかいております。
ジョセフは、旦那様に深く頭を下げていた。
「私の指導不足です。申し訳ございません」
「いや、お前も立場としては平民だ。俺の家族をも下に見る連中がお前の指導なんか受けるわけがないだろう。だが……ま、すぐ判明して良かったと思うべきか。愛しの女房を実家にいたときと同じ目に遭わせたら、骨を埋める覚悟でここまで嫁いできてくれたってのに申し訳がたたんよ」
そう言うと、旦那様は不満顔をしていた使用人たちの名前を呼んだ。
「ジャン、プラン、ダイ、メタ、キスト、レート。お前らもクビだ。ここから出てけ」
呼ばれた使用人たち、ビクッとし、倒れるんじゃないか? って感じの絶望感漂う表情になった。
呼ばれなかった使用人たち、ものすごく深く頭を下げて、恭順の意を示している。
旦那様は、私がクビにした使用人をじっと見た。
「ヤミー、お前にはくだらないことをいろいろ教わったな」
その言葉で、クビにしたヤミーさんは弾けるように顔を上げて、旦那様に訴えた。
「そうだよ! 俺は小さい頃からお前のめんどうをみてやってた! またどっかの御貴族サマ、しかも今回はガキが現れて俺に命令するなんざ許せねえ! 俺はお前の言うことしかきかねーよ!」
「勘違いするな」
旦那様が、おなかに響く声で言った。
「俺は、辺境伯当主。そしてこのロゼは、俺と婚姻を結んだ辺境伯夫人だ。お前は誰だ? 俺にくだらないことを教えたことが俺の女房よりもお前が偉いっていう証しになるのか? ……お前の常識じゃそうなんだろうがな。この国じゃ、辺境伯夫人ってのは下男のお前とは比べようもなく偉いんだよ。――俺が甘やかしたからって図に乗るな、平民!」
ヤミーさん、ガタガタ震えています。
旦那様が怖いみたい。
「彼女は生粋の貴族だ。平民の常識は通用しないと思え。お偉い平民サマたちが勘違いして辺境伯夫人に命令しようとするな。お前らが辺境伯夫人に合わせろ。理解出来ねー奴は辺境伯領から出てってもらう。以上だ」
えっ?
クビどころか、辺境伯領から追い出すの!? 凄!
頭を下げ続けている使用人たちはピクリとも動かない。
クビになった人たち、泣き出したよ。
……そんなに辺境伯領っていいところなんだ。
私なら、じゃあせっかくだし隣国で働いてみようかなとか思っちゃうけど。
……と、旦那様に肩を抱かれて連れて行かれながら考えてました。