第12話
私は、一週間ほどで完全に辺境伯領になじんだ。
そして、長旅の途中で剥げかけた貴族令嬢のメッキは完全に剥げた。
もうカケラも残っていない感。
辺境伯当主である旦那様は面白いし頼りになる。
私はすっかり懐いてしまった。
ただ、結婚相手というよりは父と兄の中間のような感じだ。叔父でもいい。
でも旦那様も私のことを姪っ子のように思っていると思う。
どう見てもラブの関係じゃない。
旦那様いわく、もう少し私が大人になってからちゃんとすればいい、っていうことだ。
学園を卒業してもう少し経ったくらいの年齢にならないと早すぎるんだってさ。
ちょっぴり厳しい執事のジョゼフも、
「まぁ、奥さまは年齢が年齢ですので、もう少し後のほうがよろしいかと。泣いて実家に帰られても困りますし」
って言った。
いや、私に泣いて帰る実家などありません。
そしてその場合、より最悪な婚姻が待っていますし、ぜぇえったい帰らないから。
頼れる旦那様とジョセフに私の話を聞いてもらったところ(ちなみに辺境伯領には私の噂は届いていませんでした、良かった)、
「うーん……。話を聞いた限りじゃ、ロゼが何かしたとしか思えんなぁ」
「そうですね……。本当に心当たりがないのであれば、単に馬が合わなかった、それがエスカレートしたという感じでしょうか。奥さまが我慢してしまったので相手が攻撃のみになったという考えもあります。ただ、他家に押しかけてまで鞭打つとは……執拗すぎて馬が合わなかったのひと言では済まされないのがなんとも……」
という感想をいただいた。
「クラスだって校舎が違っていたんですよ! それが、取り巻きを引き連れて押しかけて、汚れ物を投げつけてきて『洗え』って命令してきて! 下女だって給金をもらってるからやるのに、私はそれ以下、奴隷扱いだったんですよ!」
淑女教育ドコいった?
という感じで、感情もあらわに訴える。
旦那様は私を落ち着けるためにどうどう、と頭をポンポン叩いた。
「ま、逃げてこられてよかったじゃねぇか。ここはマナーを気にする奴は」
「私がおりますよ。……普段は良いにしても、大事な場ではお気をつけください。定期的にチェックいたしますので」
旦那様の言葉を遮ったジョセフにビシッと言われてしまった。
コビンさんは、私がなじんでいるのを見届けて帰っていった。
一応両親にも婚姻届を出した日に結婚連絡をして、その後もすっかりなじんだところで『居心地サイコー! 旦那様バンザイ!』って書いて送ったね。
辺境伯が治めるこの城塞には、貴族女性は私しかいない。
そして侍女もいない。
下女はいるらしいけど、身分の高い者を世話するような人間がジョセフくらいしかいないのだ。
旦那様もフットマンをつけずになんでも一人でやっちゃう。
私、実家で鍛えられていて良かったわー。
人生何が幸いするか分からないわね!
でも、奴に虐められてなかったら苦労せずに寄子の子爵子息あたりと結婚してただろうなとも思うので、やはり奴には怨みしかない。
旦那様が時折、
「貴族令嬢の暮らしに未練はないのか?」
って尋ねるんだけど……。
そもそも早い段階で普通の貴族令嬢の暮らしをしていないので、
「あんなのが貴族令嬢の暮らしなら願い下げです」
と返している。
生活自体は似た感じだけど、ストレス源がないのでだんぜんこっちの暮らし方がいい。
現在は慣れるために広い城塞の各部屋を案内してもらい、慣れてきたら私もお手伝いをする予定。
勉強や領地経営、あと城塞の中の使用人の指示、ゆくゆくは侍女も入れて教育してほしいとジョセフに言われた。
女主人っぽいね!
――けど、確かにやらないといけないのか。
お手本がいないんだけど……。
「……普通、こういうのは先代夫人から習うのですが、先代辺境伯夫人はどちらへ?」
とジョセフに尋ねると、
「かなり昔に、先代と離婚されました」
ってことでした。
なんでも、先代辺境伯は豪傑で、女性関係もかなり派手だったそうだ。
領愛もすごく、領民の女性と浮き名を流し続けていたそうで……。
ただし婚姻はバリッバリの貴族の伯爵令嬢。
旦那様にも貞淑を求め、淑女教育もしっかりとされているお嬢様と、豪快奔放で平民の愛人を抱えている辺境伯当主は馬が合わないどころの騒ぎじゃなく、もう、初日から大喧嘩しまくっていたらしい。
逸話が残るほどの大喧嘩を何度も繰り返し、義務のように旦那様を産み、義務のようにある程度育てたら離婚し実家に帰ったそうな。
もう、平民でもいいから女性を入れろという意見が出て、お試しで一番仕事のできそうな愛人に女主人の業務をやらせてみたら即逃げ出した。
「無理! 愛人のままでいい!」
ってことだった。
以来、少数精鋭でずっと回しているらしい。
その問題児そうな先代は、魔獣討伐の際討ち死にしたそうだ……。
ただし伝説のドラゴンと相討ちだったそうで、向こう数百年は安泰になったということです。すごいな……。
――って感心している場合じゃない。
こんなことならお母様に習っておくべきだった。
マナーなんてここじゃ役に立たない、むしろ女主人の切り盛りのほうが先に習うべき事だったよ。
……お母様、別れ際は使用人と侍女教育に力を入れると乗馬用の鞭を手にしていたし。
ある程度はスーパー執事のジョセフが教えてくれるそうだ。
あとは、使用人たちと二人三脚で乗り切っていくと良いでしょう、と言われた。
……まぁ、そうだよね。
新参で学園も中途の私が乗馬用の鞭を手にしごこうとしても言うことを聞いてもらえないだろう。
というか、前と同じように侍女も使用人も言うことをきかずにいじわるされるような状況になるんじゃ……?
……って考えて暗くなったら、ジョセフが察して笑顔で言ってくれた。
「奥さまは辺境伯夫人ですから、人事の雇用に口出しできます。もしも『従わない』などと言って業務放棄をしたなら、その場で解雇すればよいかと」
……お、おぅ。ソウデスネ……。
びっくりして、ぎこちなくうなずいてしまった。
次回、主人公が去った後の学園の様子になります。