第1話
初対面から最悪だった。
「ロゼって名前、似合わないにもほどがあるな。お前の顔なら、バルザムに改名したらどうだ?」
って言い放たれたのだ。
おかげさまで、以来バラもホウセンカも大嫌いになった。
ソイツの名は、我がモロー子爵家の寄親であるジェット侯爵家の子息、リヒト。寄子の中でも私だけを目の敵にして事あるごとに私をあげつらい、おとしめて笑い者にしてきた。
あるときは、挨拶がなってないとお茶会が終わるまでひたすら自分に挨拶を繰り返させたり。
あるときは、カップの持ち方が下品だと乗馬用の鞭で掌を叩かれ続けたり。
あるときは、歩き方が汚いとずっと歩かされ、気に入らないと乗馬用の鞭で叩かれまくられたり。
奴は「こんな簡単なこともできないのか」と嘲笑う。
……悔しいが、やつは完璧にできるのだ。だからこそ、より悔しい。
おかげで、私は出来損ないのレッテルを貼られた。
実際、私は出来が良くない。
でも、皆からそこまでバカにされるほどではない!
なぜなら、下位貴族で習うマナーは高位貴族のそれとは全然違うのだから。
同じ子爵家の令嬢と比べてなら、そこまで私はバカにされるほどひどくはない。というか、そこの子爵令嬢よりはできてるよね?
ところが、その子爵令嬢がどこから出してるのかわからないようなおねだり声で、
「リヒトさま~ぁ。私はどぉですかぁ?」
って尋ねたときに、私には決して向けない笑顔で、
「よくできていますよ」
などと抜かしたときに、もう二度とここには来ないって思った。
あまりに腹が立ったのでつい、
「じゃあ、私、彼女をお手本にします」
と、彼女のやり方を真似たらまた乗馬用の鞭で叩かれた。
そしてまた、ずっと鞭で叩かれながら繰り返しやらされる。
「彼女はそんなふうにやってないじゃないですか!」
とうとうキレて叫んだらまた鞭で叩かれた。
「彼女とお前は違うだろう? そんな当たり前のこともわからないのか」
って言うんだけど!?
同じ子爵令嬢だよ!
彼女は笑って、
「えぇ~、私、彼女と一緒にされたくなーい。ねぇ、リヒト様~」
って言いながら奴にすがりつくと、奴は彼女に笑顔をふりまき、
「あぁ、彼女と君とは全然違うよ」
って言って、二人揃って私を見下し嘲笑った。
奴の参加するお茶会や、侯爵家に呼ばれて奴の相手をさせられるときは毎回そんなことになるので、私は父親に訴えた。
だけど、奴の言っていることは正しく、下位貴族の集まりでは通用するが高位貴族――特に侯爵家以上には通用しないから諦めて指導されろ、お前のためになるから、というのだ。
だったらもう行きたくない! 私は高位貴族に嫁ぐ気はないです! と泣き叫んだ。
それ以来、私は頑として侯爵家へ行くのを拒否した。
なぜか奴は私に「来い」と言っているらしいが、絶対嫌だと言い張り泣きわめいたので、親は諦めた。
というか、そんな醜態を寄親に見せたらただ事ではないと思ったようだ。
代わりに従姉妹のお茶会はどうだと聞かれた。最初のお茶会があまりにもアレだったため気乗りはしなかったが同じ子爵家同士なら……と参加したのが運の尽き。
なぜか奴がいる。
奴は見下した笑顔で、硬直している私に言った。
「出来損ないが参加するのか。ならば、マナー知らずのお前が皆に迷惑をかけず見苦しくないように指導してやろうか」
と、鞭を取り出したのだった。
迎えに来た母に言いつけたが、母は「まぁ、リヒト様にご迷惑をおかけしたらダメでしょう?」と、取り合ってもらえない。
ブチ切れた私は、父に直訴した。「二度とお茶会には参加しない」と。
「皆がお茶している中で、一人ずっと挨拶の練習をさせられたりひたすら歩かされたり、発音が悪いとアイツの脇に立って発音の練習をやらされたり、それを皆がクスクス笑って見ている、そんな晒し者の道化を演じるのがお茶会なら、裕福な平民に嫁いだほうがマシです!」
と言い切り、それで父も私を外に出すのをやめた。
代わりにマナーの教師がやってきて、高位貴族にも通用するマナーを指導されることになった。
その教師は厳しくて有名らしいけど、奴のように理不尽ではないし、鞭で叩かれることもないし、比較されて嘲笑われることなんて絶対にないので私にとっては生温いくらいです。
今後、下位貴族としか交わらないようにしよう、特に、もう二度と奴とは顔を合わせないと心に誓っていたのだが……災厄は家に閉じ籠もっていてもやってきた。
奴がうちまで乗り込んできて、「マナーを学んだ成果を見てやろう」とか言いだしたのだ。
そして、延々と抉るような言葉でねちっこく非難し続けた。
怒り心頭の私は父と教師に「気が散るので追い出してほしい。だいたい他人様のレッスン中に勝手に乗り込んで口出しするのはマナー違反ではないのか!?」と訴え、父は当てにならなかったが教師は『確かにマナー違反』とうなずいてくれて、ビシッとお断りを入れてくれた。
「私とともにやった方がいいでしょう? ここにお手本がいますから」
とか抜かしたが、教師に目線で必死に訴えたら、
「……リヒト侯爵子息。私が彼女の家庭教師として雇われ、そして、こちらの子爵家での個人レッスン中なのです。……貴族のお手本たるリヒト侯爵子息でしたら、もちろんこの意味をわかってくださいますよね?」
とニッコリ笑顔で断ってくれた!
私、一生彼女に習いたいと思った瞬間だった。
やったぜ追い出されたぜざまぁ! と万歳三唱していたら、甘かった。
奴は教師がいないときに鞭を手に勝手に押し入り、「あの素晴らしい教師に学んだんだ。ちょっとはマシになったのかぜひ拝見させてもらおう」とか抜かし、延々と私を鞭で叩き続けたのだった。
これなら、教師の目のあるところで奴に嫌みを言いまくられた方がマシだったと思い知らされた。
*
私には兄と弟がいるのだけれど、弟クリープは私と奴のこのやり取りを見て私を侮るようになってしまった。
奴が現れるまでは懐いてくれていたのに、奴が私に繰り返し言った言葉を覚えてしまい、
「姉様は出来損ないなんですね」
と見下し、奴と同じ顔をして奴と同じ口調を真似て、
「こんなこともできないんですかー」
と、始終言うようになったのだ。
両親も兄も苦笑していたが、私はまったく笑えなかった。