96.噂話
side:ルンドバード軍指揮官 エドマンド
「左右から中央に増員だ!抑えるんだ!」
なんだ?レーダーに映る味方を示す青い点。それが確実に減って来ている。見た事もないスピードで次々に消える。
4人だろうが6人だろうが、関係ない。ノード南部の戦闘は本日が佳境である。それは間違いないのだが、アルステリア軍が昨日までとは全く違う勢いをしている。
ギャップに蹂躙されて、かなりの被害を受けたはず……敵の増援は補給部隊しか確認されていない。まるで…昨日と立場が逆になったような……
まさかネームド?
昨日、北の戦場では【絶命】の姿が目撃されている。だが、奴はこのような集団戦ではなく、暗殺や潜入といった比較的小規模の室内戦闘の脅威度が高いネームドだったはず。確かに厄介だが、塹壕戦でここまで被害を受けるか?ネームドが更に力を付けていることはよくある話ではあるが……
「中央軍より連絡!」
オペレーターが何か慌てた様子で報告してくる。
「敵に眼帯の兵士を確認!小柄の女兵士との事!恐らく、隻眼の死神ではないかと!」
「実在したのか!?」
まさか、隻眼の死神は実在したのか!?なかなかノウレアを攻略出来ない無能が考えた話ではなかったのか?
「しかし、目撃情報は中央の損害が激しい地点です!」
「なに!?」
本当にそんな奴がいるのだとしたら、この戦力で抑えられるのか!?中央の戦場には間違いなくネームド級…いや、あの、ギャップ並の戦力がいる。これを抑えなければ、俺は死ぬ。なんとしても、今日を凌ぐ。
「左右から増援を追加しろ!取り囲んで包囲しろ!隻眼の死神は味方から突出している!人数差を活かせ!」
指示を出す手に力が入る。ふと、目に映る手が震えていた。力んでいるだけじゃない。言い知れぬ恐怖、何かがおかしいとこれまでの経験が言っていた。
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side:ルンドバード軍第6師団102歩兵分隊 マイルズ
「走れ!向こうだ!」
前方を走る分隊長について行く。俺達は防衛線の中央付近に位置していた。正直、この辺りは戦闘にならないんじゃないかと思っていた。甘かった。
まだ日も登りきっていないというのに、中央戦線の中央にまで敵に攻め込まれている。
ッ!?味方が倒れている。よく見るとジェフさんの部隊だった。
「クソッ、全員死んでる……ジェフ……」
隊長が遺体を確認する。既にみんな息を引き取っているようだ。
「た、た、た、隊長……」
新人のドレイクが震えている。ここは先輩である俺が勇気付けなければ。
「だ、だひぃじょうぶだ。俺達ならやれる」
ドレイクの背中を叩きながら、言ったセリフは肝心なところで噛んでしまう。
「ふッ、マイルズ。それじゃあ格好付かないな」
「す、すんませんッ」
隊長が笑い、張り詰めていた空気が少し弛緩する。
「おかげで固さが取れたよ。ナイスだ」
そんなつもりじゃなかったんだが、結果的には良かったようで隊長に褒められる。そんなやり取りをしていたら、再び発砲音が響く。これは随分近い。
俺達は直ぐにそちらに銃を構える。
「……アッハッハッー…これはハイスコアになっちゃいますねぇ!」
女性の声。戦場で笑っている!?何か大声で話している。
「せ、隻眼の死神……」
隊長が呟く。それはノウレアに行ったことのある兵士から広まった噂程度の話。同じ毎日を過ごしている俺達にはそんな噂話も話のネタになっていたので、俺も知っている。
戦場で笑い声が聞こえたら気をつけろ。それはギャップさんか隻眼の死神だ……と。冗談みたいな話でただの笑い話だったそれが、現実に、銃声の中で聞こえる笑い声の恐ろしさを初めて知った。
ギャップさんならばいい。遠くから見ただけだが、彼女はとても美しかった。上官達が彼女を恐れる理由が分からない。遭遇したら死ぬと言われている、隻眼の死神とは大違いたろう。
「全員、警戒しながら前進」
俺達5人はゆっくりと進む。先頭はクライグ。次に隊長、俺、新人のドレイク、ボブさんの順だ。塹壕は射線が通り過ぎないように適度にカーブしていたり、曲がり角を付けている。更にこの第3塹壕は蜘蛛の巣のように入り組んでいる。地の利はずっとここを守っている俺達が有利だ。
っ!?また近くで発砲音がする。この先だ!先頭を進むクライグが角をチラリと確認する。するとドサリと音を立てて倒れた。
「っ!?クラィ……」
隊長が最後まで叫ぶことも出来ずに倒れる。角から出てきたのは、小柄な眼帯を付けた少女。その顔は返り血が跳ねており、口元は笑っていた。俺が恐怖を感じたと同時に既に少女は俺にタックルをされていた。ものすごい力で俺はくの字に折れる。とてもこんな少女に突進されたと思えない衝撃だ。響く発砲音。遅れて、腹部に感じたこともない激痛が走る。
「ごふっ」
内側からこみ上げてくる物に抵抗出来ず、むせ返ると血だった。なおも響く発砲音と共に背後から叫び声が聞こえる。
直ぐに腹部に密着していた少女に蹴り倒される。
うつ伏せで倒れた俺の視線には、俺の後ろにいたはずの、新人もボブさんも倒れている。みんなやられちまったんだ。
俺はその日、死神に出会ってしまったのだ……
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