95.守るため
「敵は防衛する塹壕を1つ下げている。2層目の塹壕はダミーだ。トラップに注意して直ぐに前線を押し上げる」
「「了解」」
リリーナがレッドアイにより敵軍の防衛線が下がっていることを把握、指示をだす。
リンゼは天幕にいた時とはまるで違うリリーナの纏う雰囲気に、ゴクリと息を飲む。それは間近で初めて見る副官のマリアやローズも同じであった。
ギャップと対峙していた時は遠く、そこまではっきり見えていた訳ではない。年相応の表情をしていた昨日とは別人のように感じた。
この時のリリーナに情はない。日本人的な労りの気持ち、可哀想などという慈愛の感情を捨てて、敵を殺すことに最適化した状態とでも言えばいいだろうか。FPSゲームだった頃と同じように、人を殺すことに一部の迷いもない。
5年前、リリーナはクウィントンから逃げた先で、敵軍に襲撃された村落を見た。……頭では理解したつもりになっていたリリーナは、その現実を目の当たりにして、はっきりと理解した。
残酷な現実を、当事者として認識した。
そして、リリーナは自分でも知らず知らずのうちに切り離すことを覚えたのだ。
それは罪悪感などで押し潰されないように、自分自身の精神を守るためのもの。
冷酷に…
最速、最善で敵を殺す。リリーナにとってそれは引き金を引いて人を撃ち殺すことと、コントローラーのボタンを押すことの差が無くなること……
故に楽しそうに嗤う。
そんな戦闘モードのリリーナを先頭に無人の塹壕へ進む。リンゼ達はその能力を疑っていた訳ではないが、本当に敵が見えていることに感心する。そして同時に恐怖する。
リリーナ達レッド部隊の後ろをついて行く第4師団3名が、先程言っていたダミーの無人の塹壕を視認した時だった。先に確認したリリーナは塹壕に直ぐには入らない。一瞬止まったかと思えば、リリーナは持っているアサルトライフル【カルカロス】を数発撃ち込む。
ドンッドンッドンッと塹壕内で爆発が連鎖した。
よく確認する時間など、なかったはずなのにトラップを爆破させたのだ。レッドアイでは分からないはずのブービートラップ。リンゼ達はその幼い見た目に反した場馴れを実感する。2層目の塹壕群を突き進み、3層目の塹壕までは後50m程。障害物のない場所を走って抜けなければ行けないところまできた。リリーナ達は塹壕の中でしゃがみ前方を見据えている。
「ふふはッ!敵さんも全力だね!次の塹壕から隙もないほど、密集してる」
「ルンドバードも今日が重要だと考えてるようだな」
「そうですね。シア、1時の方向、敵スナイパー2」
「了解ッ」
リリーナの無線での指示から少し遅れて、発砲音が2つ。リリーナの目からも赤いハイライトが2つ消える。
「ナイスー」
少し後方にいるシアによる狙撃だ。
(これがレッドアイ!?塹壕の中で敵を確認している?)
(私達には理解出来ないまま、戦況が進んでいる?)
その様子に衝撃を受けるリンゼとマリア。
「クレアさん、階段3×5m!」
「了解ッ!」
リリーナが指差した方向に塹壕を駆け上がるための階段を作りだす。リリーナはその隙に手榴弾を思い切り投げていた。
「………」
効果を確認したリリーナはもう1つ、2つ、3つと塹壕へ投げる。
「…カウント……3、2、1、今!」
リリーナの合図で、塹壕から駆け出す。レッド部隊の動きは早い、リンゼ達は必死について行くと気が付けば次の塹壕に滑り込んでいた。
「右ッ…」
リリーナはそれだけ言って、カルカロスを構えて進む。リリーナが付けたサイトは倍率の低いドットサイト。それを右目で確認し、一見すると周りが見えていないようにも映る。だが、眼帯に隠れている左目がしっかりと敵を捉えていた。
こちらにいち早く気付き、銃を構えようとした敵に3発、シールドを割りながら撃ち込む。次に隣の驚いた敵にヘッドショットを決め、障害物から顔を出した敵にも眉間に1発とキルを量産していく。薙ぎ倒すという表現が最もしっくりとくる程の状態。異様なスピードで次々と塹壕の敵を倒して進む。ルンドバード軍はリリーナの対応に追われ、どんどんとアルステリア軍が前進するのを止められない。
リリーナのいるここは敵軍の真正面であり、中央の戦場に置いて、最も突出している状態だ。
「ふふっ、敵が集まってきましたね♪」
「クソッ、楽しそうだな。俺はまだ慣れねぇぞ?」
楽しそうに嗤うリリーナにショーンは顔を顰めながら話す。
「ショーンさん、諦めると楽になりますよ」
ショーンにそう話すシンディは何か悟りを開いたかのような顔をしていた。
「シンディの言う通りよ。ほら、アラン。そんな顔してないで、頑張りなさい!」
「敵の気配がえげつないくらいあるんですが……」
「だ・か・ら、頑張るの」
クレアに優しく肩を叩かれる。ノウレアで一緒に戦ってきた2人はリリーナのことがよく分かっていた。
「敵はいっぱいいます!もはや、どこ撃っても当たりますよ。命中率100%です。ベストスコア更新出来ますね!」
「記録なんのスコアだよ!?」
「あー、残念です。分からないですよね………自動で記録されないもんなぁ……しょうがないかぁー。
じゃあ、さっさと倒しますか」
「お?おう!」
リリーナを先頭に直ぐ後ろにシンディ、クレアが右、アランが左、ショーンが後ろの布陣。本来この形だが、そのショーンの後ろに同行する3人がいる。
リリーナの止まれのハンドサインに瞬時に全員が反応して止まる。リリーナが4人接近してくるのを確認しており、敵が角に近付いた段階で飛び出して1キル。そのままその兵士を盾に次の兵士を立て続けに撃つ。撃つ。撃つ。
リリーナは先頭の1人を盾に使い、4人を1人で倒してしまう。間髪入れずに動き続ける。1箇所に留まるのは完全に包囲されてしまう危険があるためだ。
「クレアさん、ここからまっすぐ、5m先と接続!」
クレアによる直ぐに土魔法により、溝が出来上がり次の塹壕と繋がる。瞬時にこれできることが恐ろしい腕前なのだが、リリーナによるレッドアイと組み合わさることにより、ルンドバード軍は塹壕内までもが危険地帯という状況に陥っていた。
「えっ!?ヴ……」
「ふははっ!何連続だぁー?」
ノード中央の戦線では、1人の笑い声と銃声が響いていた。
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