70.命運
「ダメです!長距離通信機もやられてます!!」
「あの死神め、どんだけ破壊したんだッ」
ルンドバード連邦軍、第7師団の部隊長エメットは混乱の後始末に追われていた。昨夜の襲撃はリリーナの想定以上の戦果を挙げていたのだ。
「おい!エメット!」
そんな所にドタドタと入ってきたのは同じ階級であるジェイレンである。
「何をしておるのだ!奴らにやられっぱなしなど、本国へ顔向けできん!今すぐ攻め込むのだ!」
「ジェイレン大佐、まだ無理ですよ!なんとか夜通しやって部隊の再編が先程終わった所なんですよ。日が昇って確認出来てなかった機器もようやく出来ている所です」
「そのような隙を与えるのが、敵の思う壷なのだ」
「仰っている意味は分かるのですが、今日は包囲を維持し、体制の立て直しを行うべきです!敵は強い。返り討ち合いますよ!」
「エメット!貴様よもや臆したわけではあるまいな!!」
「ッ!?我々は初日の被害だけで3割以上、いえ、4割の損害を受けています。焦っては被害を拡大するだけだと言っています!」
「だからこそ!彼らの無念を晴らさねばならん!あれほどの大規模な罠などそう何度も出来るものではないわ!」
「不用意に部下を危険に晒す訳には行きません!」
「ワシの方が経験豊富なのだ。ワシに従え!」
「我々は同じ少佐です!私の意見は違います!」
2人の意見は真っ二つに割れていた。階級が同じため、優劣がつかない。また、ジェイレンは年下であるにも関わらず、自分と同じ階級にまでスピード昇格して来ているエメットをよく思っていなかった。
「ワシの指揮下だけで制圧してくれるわ」
「ちょ、ジェイレン大佐!!」
ジェイレンは踵を返し出ていく。
(これでワシが制圧すればワシだけの手柄だ。長距離通信が復旧する前に動けば、完全に現場の手柄。昇進は確実。昨日の損害は全て指揮官であるロベルトの責任だ。
ククッ、一気に死んだからな。下手すれば二階級特進もありうる)
ニヤリと笑いながら再編した部隊へ向かうジェイレン。ジェイレンの統率する軍だけでも3000人だ。ノウレアとは10倍程の戦力差、負けるかもなどとは微塵も考えていなかった。
天幕から出ていくジェイレンを見送るエメットは、なにか言おうと口を開くが、考え直し、口を閉じる。
「止めても聞かないのなら、せめて利用するしかあるまい」
エメットはままならない現状にストレスを感じながら、頭を搔く。
「エメット大佐、どうされますか?」
「ジェイレンは西をメインに攻めるつもりだ。いくらなんでも南東は遮蔽物が無さすぎるからな。こちらは南東の門を確保、維持するだけでいい。それ以上は絶対に攻めるな。我々は包囲の維持を主目的とし、体制を立て直す」
「承知しました」
「全く、あの死神相手に数だけで勝てるとは思えないのだがな……」
「隻眼の死神…
そこまで警戒するレベルなんですか?ジェイレン大佐が言ってた、時間を与えるのは敵の思う壷。と言うのも一理あると思いますが?
アルステリアはノードに攻勢を仕掛けてきたんですよね?死神さんもノードを超えてくる増援に期待して時間稼ぎしたいのではないでしょうか?」
「確かに、俺も以前ならばそう考えてもおかしくなかったんだが……
昨日、天幕で奴に直接会ってしまったからな。
俺の危機感知が今まで経験したことが無いほどに、警報を発していた。あれは…ヤバい。死神とは上手く言ったものだ」
ファティは少し信じ難い顔をしていた。エメットも説得力に欠けることは分かる。
「すまんな。自身でも上手く言語化出来ないんだ」
「噂通りなら、眼帯の少女なんですよね?」
「あぁ、見た目はそのまま眼帯の小さい少女だ。だが、あれは本物だ。中身は本物の死神だった……
俺が生きてるのは単に運が良かっただけだ」
ファティはエメットが敵前逃亡するような兵士ではないことを知っている。それどころか、必要とあらば自身が先陣切って進むことも厭わない優秀な兵士である。
(エメット大佐が、ここまで言う少女。何者なんだろう……)
______________
「進めー!!!」
ジェイレンによる号令が掛かる。ジェイレン指揮下の兵士約3000人。仮説拠点のキャンプ地からノウレアの西と南へ進む。
ノウレアのアルステリア側は草原地帯であり、丘で多少の起伏がある、平素は緑豊かな土地である。
そんな場所も5年前からの交戦により、ルンドバード軍の仮説キャンプからノウレア周辺には城壁上から撃たれないようにいくつもの塹壕が掘られている。そこを通って昨日破壊した南門へと至る。
「南門を起点に、西門も解放しろ!人数はいるのだ!広く散開して敵の罠は逐次報告するように!」
ジェイレンから指示が飛ぶ。
しかし、この時のジェイレンには頭から抜け落ちている可能性があった。
それはノウレア側から攻められる可能性。
ずっとこちらが攻勢を仕掛けているという意識。今日は南門から先、外縁区を制圧するのだという意識。手柄を立てたいジェイレンには見えていなかった。
死神の手がすぐそこにあることを……
少しでも面白いと思って頂けれれば、
ブックマークやいいね評価等して頂けると、モチベーションも上がって非常に嬉しいです!




