59.参謀本部
アルステリア帝国、首都:アルステリア
そこにはアルステリア軍の本部となる巨大な軍事基地が存在する。
皇帝ヴァンリをトップとする、アルステリア帝国の軍事の中枢である。
その中に置いても軍部の頭と呼ぶべき重要な役割を担う人員が揃う場所がある。
アルステリア軍参謀本部に、アッシュ・エドワーズは配属されていた。
「まだ慣れないな…ッと。おはようございます!」
ビシッと敬礼するアッシュ。廊下で一緒になったのはスティーブン・ウルフ准将。クウィントンの悲劇での、数少ない生存者だ。
彼がもたらした情報によりアルステリアはなんとか踏みとどまってとも言える。
「おはよう、アッシュ。まだ慣れないようだね」
「あ、聞かれていましたか。田舎者の私にはまだこのような雰囲気が慣れなくて……」
「ははッ、私も最初はそうだったよ。でも、今にそうも言ってられなくなるよ」
「ノウレア調査の件ですね」
アッシュの返しに満足気に笑みを浮かべたウルフは頷く。
「そう。その結果を次第で大規模な戦闘に移る。……いや、違うな。エーテルの濃度低下で大規模戦闘はもう確実だ。ノウレアはどこから奪還するかの指標の1つでしかない」
「……ノウレアはまだ健在でしょうか?」
「うーん、以前の私ならきっと大丈夫!というのだろうが、クウィントンを体験した私としては、難しいかもしれない。
……と言わざる負えないね。もちろん、健在であって欲しいけどね。
援軍もなく、周囲を敵軍に囲まれ、補給さえままならない状況だったはずだ。
そんな状況で5年間も戦闘していることになる。そんなこと可能なのだろうか。
正直、私ではどうやればいいのか分からない。
もし健在だとしたら、一体どんな魔法を使ったのか、非常に興味があるよ」
「…そのくらい難しいことですよね」
「知り合いでもいるのかな?それは無事だといいよね。早ければ今日にでも報告があるだろうからね」
「えぇ、クウィントンで遅延戦闘してたはずの同級生が何人かいまして……」
「なるほど、ノウレアに合流していればもしかして……ね」
「はい…」
「クウィントンで戦闘していたのなら、それは私の命の恩人でもあるということだね。是非とも会いたいものだ……」
______________
それからすぐ、緊急会議が開かれる。
ノウレアに向かった特務機関から連絡が入ったのだ。
参謀本部のメンバーが揃い、会議を行う。参謀本部のこの会議室にいるのはアッシュの加入で20名だ。
アルステリア帝国軍の総数を考えるとその数は多くない。
あまり多くてもスピード感が無くなるから、という理由で参謀本部は多くても25名までとなっている。
今回の会議は、そこに特務機関長官テレーズ・アルノーや各四方将軍を通話で繋げた会議となっている。
「……状況は聞いてもらった通りだ」
議長を務めるダニエル・ヴォーン大将が仕切る。ノウレアの現状が報告され、共有された。
「ほ、本当ですか…いや、本当なのでしょうが………」
「信じ難い。しかし、映像付きの通信ですからね。本当に5年も……」
「しかし、この包囲。時間の問題です」
「援護に行かなければ手遅れになってしまいますよ」
「それにはノードを通らなければならないか……」
大きな街道はノードに通じており、ルンドバードやメラリアに抑えられており、援軍を送れば必ず戦闘になる。
「どうせ奪還作戦を行うのです。ノードから始めましょう」
「しかし、ノードの戦力はかなりの数という情報がありますよ!当初の街道を攻撃して補給路を分断する方法が難しくなりますね」
「ノードをとってからからの増援では時間がかかってしまいますな」
「5年も耐え忍んだ者たちだ。なんとか助けてやりたいが……」
議論は白熱していく。全員助けたい気持ちはある。しかし、どの方法にもデメリットが付きまとい損害が無視できない。
ノウレアは奪われたものとして、長期間練られた策が既に存在する。急に変えるには議論が足りなかった。
5年前、街を奪われた時にかなりの戦力を失い、アルステリアに兵士の余裕はなかったのだ。
議論は、長時間に渡る様相を呈したため、1度中断、30分後に再開する運びとなった。
再開された会議はまたも長期になると思われたが、1度離席したテレーズ長官より新たな情報が飛び込む。
「はッ!?もう一度言ってくれないか?」
「ノウレアにクウィントンの生き残りがいることが判明した。特務機関は現地での情報収集並びに援護を行う。ノウレアへの増援を許可頂きたい」
テレーズ長官ははっきりと力強く言い放つ。
「前半は分かった。朗報だ。しかし…」
ダニエルは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。助けたい気持ちばかりが膨らむが、数字の上では分が悪い。情だけで動くことは出来ない。
他に被害の少ないであろう策が既にあるのだから。
そんな折、今まで勢いに呑まれていた新人が発言するべく手を挙げる。
「ぎ、議長、よろしいでしょうか?」
「ん?おぉ、アッシュ君意見があるならどんどん言ってくれ」
姿勢を正して覚悟を決めたアッシュが続けた。
「テレーズ長官に質問です。クウィントンからの生き残りは具体的に誰かは分かっているのですか?」
「特務機関所属、クレア・ウォルターズの存在を確認している。それ以外は調査中だ」
「おぉ、クレア・ウォルターズ!」
特務機関の面々は戦果も多い。参謀本部の面々も当然のごとく知っている。
(ここからが俺の踏ん張り所だ……)
「ありがとうございます。私はクウィントンから着いたのがクレア・ウォルターズさんだけとは考えにくいと考えます。
先日、同じ任務だったザック・フォーデン少将のご遺体が発見されました。その資料にもありますが、もう2人はいた可能があり、フォーデン少将は誰かを庇った様だとの見解もあります。
つまり、当時クウィントンにいたメンバーが複数人、ノウレアについていると仮定出来ます。テレーズ長官、レッド部隊のどなたであれば5年間もノウレアを守る指揮を取ることができますか?」
「…クレアは優秀だが、それは指揮能力ではない…あの任務のメンバーだと……ザックがいない以上、適任者はいないな」
少し悩んだテレーズ長官はそう結論づける。
「そうですか。レッド部隊では無いですが、指揮能力の高い者……私には1人思い当たる人物がいます。ノーステリア軍学校総括であるテレーズ長官もご存知のはず。
その人物であれば、フォーデン少将が身をていして守ることに説明がつきます」
「まさかッ!?いや……ふッ…ふはははは」
驚き、通信モニターの先で笑う、テレーズ長官に一同は困惑した。
「…どうゆう事が説明して貰えるか?」
優秀な頭脳を持つもの達が2人を除いて話についていけていなかった。
知らなければどれだけ優秀でもたどり着けないこともある。それは当たり前のことだった。
当時ただの軍学生でしか無かった者の行方不明者のことなど、参謀本部が調査する訳がなかった。
学生として名前が載っているだけなのだから。
「当時クウィントンにはノーステリア軍学校の生徒達が後方支援で派遣されていました。その中に、リリーナ・ランドルフという生徒がおります」
「ランドルフッ!?」「まさかッ!?」
どよめきが起こる。
アッシュの言葉を引き継ぎ、テレーズ長官が皆の想像を肯定する。
「そう、シルヴァン・ランドルフの一人娘です」
「ッ!?あの英雄の……」
「ならば能力も?」
先の戦争を知っている者ほど、衝撃を受けていた。それだけレッドイーグルこと、シルヴァン・ランドルフの残した功績は大きかったのだ。
「そうです。そのレッドアイを引き継いでいます。どちらも知っている身として発言します。それを駆使した指揮能力は5年前の時点で、父であるレッドイーグルを越えているかと」
「それほどとは!?」
「逸材ですね」
「そうです。今失うにはあまりに惜しい。アルステリアとして多大なる損失かと思います」
アッシュはここぞとばかりに押す。
「………報告にはノードからノウレアに向かう複数の車両も確認しています。敵はこちらに集中したいがために、早急にノウレアを制圧するつもりです。
今、ノードは戦力低下しています!
2局面で戦線を強いることが出来る今こそ出るべきです!」
そこでテレーズが動く。
「……ヴァンリ陛下。
ノウレアへの援軍を前提に作戦の検討をお願い申し上げます」
「えッ!?」
アッシュは思わず言葉が漏れる。
ヴァンリ陛下と呼び、正面を見つめるテレーズ長官に驚きを隠せない。
この会議に皇帝は参加していない。そう考えていた。いや、いないものだと無意識に考えていたのだ。
「うむ、1つ聞こう。テレーズよ」
低くそれでいて圧と優しさを兼ね備えたような声が響く。アッシュは知らなかったが、参謀本部の会議は皇帝も聞いている。
何せここは帝国。全ての決定権はヴァンリ皇帝、その人にあるのだ。
今後の戦略に関わる重要な会議にいない方がおかしかった。
「はい」
「そのリリーナ・ランドルフに、お前はどこまで賭けられる?」
「私の全てを…地位…金……そして命も………」
古参の兵士だけが、理解する。今やもう10年以上前、全く同じやり取りを皇帝とテレーズはしていたのだ。議題はシルヴァン・ランドルフについて……
シルヴァン・ランドルフが英雄と呼ばれる前の話である。
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