57.父親
シア達4名は交代で眠り少しでも身体を休めた。明け方、周囲が明るくなるのに合わせ出発する。
隊列は同じ。ドロシー、フリード、シア、ショーンの順番である。各人の能力を鑑みてこれが今回の最適である。
周囲の警戒をしながら進むが、敵の包囲網は突破し、どうやらこの周辺には敵はいないようだった。
「さすがに、徒歩だと遠いわね」
「それも山道だ、時間がかかるな」
ベテラン兵士である彼らもずっと緊張したままでは身体、精神が持たない。適度に雑談をしていた。
「だが順調だろう。今日中にはノウレアが見えるところに行けるだろう」
「それまでは歩きっぱなしか。そうだシアちゃん、うちの娘の話を聞かせてくれよ」
ショーンはどうしても娘の話が聞きたいらしい。年頃の娘は父に冷たかったのだ。
「あ、そうでしたね。えっと、アグノラさんは私達にも色々アドバイスをくれて、面倒見がいい人でしたね」
「へー、アイツも先輩らしいこと出来たんだなぁ」
「そういえばクウィントン方面の作戦で一緒になったんですが、ショーンさんと同じ様な装備をしてましたね」
「お!?気付いたか?戦闘面の話は聞いてきてくれるからな。戦闘スタイルが同じようになってきたんだ!アグノラもかなり動けるようになったぞ」
「作戦中も的確に敵を倒してましたね。でも、昨日のショーンさん凄かったです。アレがアグノラさんの目指すところなんですね」
「そうか!?俺は娘の目標になってるかな?」
「そりゃそうですよ。ネームド兵士ですよ。親が目標になりますって」
シアの力説にショーンは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ははッそうか!そりゃいいな」
「ふふっ、先週なんか、「洗濯物オヤジと一緒に洗わないで」って言われたって、泣きそうになってたはずなのに…」
「おい、ドロシー!アレは心にくるものがあるんだからな!」
「よかったじゃないですか。目標は父親なんて……
ヤダ!凄いニヤニヤしちゃってる!」
「そういえば、シアの目標はザックなのか?」
フリードはシアに聞く。ショーンとドロシーはシアに気を使って話に出すのを躊躇っていた事であった。2人ともフリードに対してびっくりした表情をしている。
「そう、ですね。正直なところ、あまり分からないんです。パパとは組手をしてましたが、そのくらいなんですよ。
パパって実際どうだったんです?」
「ザックか……ザックはお調子者のムードメーカーってところだな」
「そ、それはまぁ、なんとなく……」
「フリードさん違うっすよ。いや、違わないんすけども。シアちゃんまだツッコめないっすよ!」
フリードのノリを初めてのシアには対応出来なかった。分かっても、そうゆうのことじゃないと特務機関でも長官に次ぐポジションのフリードに気安くツッコミを入れることは、まだまだシアには出来そうになかった。
「ふふっ、シアちゃんはさ!ネームド:レッドイーグルは知ってる?」
「はい!それはもう。
リリちゃんのパパ…レッド部隊の初代隊長ですよね。パパもフリードさんもその時チームを組んでいたと」
「あら!?そこは私より詳しいわね!そう、13年前にレッドイーグルが亡くなった。それ以降、特務機関は方針転換をしたの」
「方針転換?」
「えぇ、早い話が採用基準を下げたのよ。超エリート集団からエリート集団に変わった感じね」
「自分でエリートって言ってるぅー」
ショーンが茶化すがドロシーは一瞥しただけで、無視して続ける。ショーン自身も少し気恥しいので、茶化したことはドロシーにはお見通しだった。
「採用基準を落としたことで、特務機関の人数が増えて全体的にやれることは増えた。でもね、最難関のクラスS任務は昔の基準を超えていないと長官は与えない。
それくらい実力には差があるの。
ザックさんは昔の基準から選ばれていた超エリートよ」
「そんな方針転換があったんですね。つまり、パパもフリードさんくらい強かった……」
「それは少し違うな。俺は雷の魔法適正を持っている。対してザックはなんのスキルも持っていない」
「じゃあ、フリードさんのが強いんですね」
シアは当然の帰結とばかりに頷く。しかし、フリードは苦笑いを浮かべ首を横に振った。
「違う、逆だ。俺とザックは互角だったんだよ。アイツはスキルが無いのにな!」
「え!?」
フリードの実力の高さはこの任務でも、垣間見えている。シアとしても既にフリードの能力はかなり高いと評価していたのだ。
「ち・な・み・に!今は特務機関全員がスキルホルダーだ。無能力で特務機関に在籍してたのなんて、ザックさん1人だけだよ」
まだ処理出来ていなかったのに、続けざまに情報が語られる。
「……」
シアは驚き過ぎて、なんと言えばいいのか分からなかった。
ショーンもドロシーもザックのことを本気で尊敬していた。
ショーンはザックとの近接戦闘は嫌いだった。組手をするとザックにかすり傷程度なら与えることは出来た。よって、毒を使えば勝つのは自分だと分かる。
ただ…………
そう、かすり傷が精一杯なのだ……
自分がかすり傷を入れるまで、散々ボコられて、立っているのもギリギリな状態になるのだ。
もし自分に能力がなければ、天地がひっくり返っても勝てなかった。
対して、ドロシーは選考基準が下げられてから特務機関へ転属したメンバーである。
ドロシーの能力はサイレントステップ。自分と触れている人物の発する音を消すことができる。隠密に有利なこの能力だが、姿が消える訳ではない。このため消音以外の技量は本人次第なところが多い。
だからこそ、ドロシーは素の技量しかないザックに憧れを抱いていた。
「娘には何も言ってなかったのね」
「はい。パパは家ではそんなこと。パパは凄いんだぞー!って言うだけだったので……その、本気にしてませんでした」
「うーん、まぁ、ザック自身に説明しろって言っても難しかったかもな。
でも、手合わせしてたんだろ?アイツ強いだろ!?」
「はい…軍学校の頃、帰る度に訓練してましたが、私は結局のところ、一撃も入れれてませんね」
シアは父親を思いだし、目頭が熱くなる。これまでの思い出を思い出していた。
「…(あれ?私はって言ったわね?)」
先頭のドロシーは少し振り返るが、泣きそうになっているシアを見て、何も言えなかった。
(そうよね。行方不明だったザックさんの死亡が確定したのはつい先日のこと。心では割り切っているつもりでもそう簡単じゃないわ)
「え?シアちゃん以外で一撃入れたヤツがいるの?」
隊列の最後尾。
ショーンはしっかりとシアの言葉を拾う。残念ながら彼にはシアが涙を堪えているところが見えていなかった。
「そういうところがダメ親父なの……」
ドロシーがボソリと言った言葉もショーンまでは届かないのだった。
「……ンッ……はい。リリーナって言うんですが。5歳の頃から一緒に暮らしている私の姉のような子がいるんです」
「それって、ザックが引き取ったシルヴァン隊長の娘だよな?」
「はい、フリードさんはご存知でしたか」
「ザックとは長い付き合いだからな。でも確か……。」
「はい…5年前のクウィントンで行方不明になってます。でも、必ず生きてますよ。パパとは別の任務でしたし、近接戦闘の天才って言われてたレイン先生も一緒でした。
私は2人ともノウレアにいるんじゃないかって思ってます」
「そ、そうか。まぁ、期待するのはいいが、違った時の覚悟だけはしておけよ。
これは長く、戦場にいた先輩兵士の言葉として受け取っておけ」
フリードの言葉が重く、重く突き刺さる。
想いが、哀しみが、経験からくるその言葉は、シアの心に響くのは当然のことであった。
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