49.撤退戦④
「うッ、ぐッ……」
痛みで声が漏れる。4機目のヘリによって、機関銃を撃たれたリリーナ達の乗る車両は瓦礫にぶつかり、横転していた。
逃げるためにほとんどアクセル全開だったために勢いがついていた。
衝撃から1番始めに復活した、シンディ・レイン中佐は周囲を確認する。
「リリーナ!!起きろ!」
レインはそばにいたリリーナを揺すり起こしてみる。
「うぅ……」
他のみんなはまだ気を失っていると思ったが、よく見るとそれだけではなかった。スコット中尉は機関銃が貫通し銃撃を受けて死んでいる。スミス中尉は装甲車から半身を出していたために、横転した車両に潰されていたのだ。
「せ、先生。大丈夫ですか?」
リリーナも目を覚ます。気を失ったのは一瞬であったが、その一瞬の被害は深刻だった。
這い出して、何とか車両から脱出する。リリーナもすぐに状況を把握する。
「ルッツさん!」
運転席に駆け寄り、ドアが開かない。フレームが変形してしまい、引っかかっていたのだ。
「ルッツ大尉!目を覚ませ!!」
レイン中佐もドアを叩くが動かない。
「クソッ!」
レイン中佐は先程自分が脱出したドアからルッツ大尉を出そうと、車両に手をかけた瞬間だった。装甲車が爆発し、衝撃で2人とも数メートル吹き飛ばされる。
エーテルノヴァによる魔力干渉状態で動く車両は全て、ガソリンによるエンジンだったのだ。勢いよく燃え上がり、薄暗くなってきた街を照らし出す。
「ん……ルッツさん……」
痛みを堪えてリリーナは立ち上がる。
(ルッツさんをまた家族に会わせられなかった……)
ルッツ大尉はクウィントンが地元である。家族を逃がすために志願して遅延戦闘に参加していた。今回残って遅延戦闘に参加した兵士はほとんどそういった事情のあるものだったのだ。
リリーナも薄々感じていた。だからこそ、全員生きて脱出したかったのだ。
たが、周囲を確認すると少し先で、ブラボーチームの車両が炎上している。ブラボーチームを確認していたために、こちらに背を向けていた戦闘ヘリはゆっくりとこちらに旋回し始める。
ダンッ!とブラボーチームの車両のドアが勢いよく開き、クサマ少佐が現れる。
「リリーナ逃げろ!!ぬぉぉ!!」
旋回してこちらへと機首を向けようとした、ヘリに対して乱射する。
しかし、クサマ少佐は既に左腕がひしゃげていて動かなかった。片手で撃った銃弾は散らばり、ヘリの装甲に弾かれる。リリーナのようにアサルトライフルで撃ち抜くには、ガラスにしっかりと集弾させる必要があった。
敵機はクサマ少佐を脅威と判断したのか、再び向き直して、機関銃を撃つ。
重低音と共にクサマ少佐は倒れた。
クサマ少佐の作った僅かな時間、しかし、リリーナは動く事が出来なかった。
呆然と見つめたあと、感情が振り切る。
「うぁぁぁぁあ!!」
目は涙で滲んだリリーナが叫びながら、自分の手榴弾を投げる。
しかし、その手榴弾は丸型であり、先程リリーナ自身で捨てた選択肢だった。放物線を描き投げられた丸型の手榴弾はスティック型手榴弾と違って若干手前で爆発した。
必然、戦闘ヘリは無事であった。
リリーナが丸型を失敗する理由は単純だ。丸型の爆発タイミングは確定ではなく、2秒間ほど個体差があるのだ。しかし、スティック型は固定であった。レベルによる使用解放が丸型よりも遅いが、ゲーム時代から熟練したものはスティック型を使用していた。
この差が大きかった。一か八かで投げたフラググレネードだったのだ。
(失敗した!どうする、どうしよう!?)
リリーナは思考を巡らせるがいい手がない。
反撃とばかりに銃身が回転し始め、こちらに風穴を開けようと狙ってくる。すぐに身を隠せる場所は遠かった。
(ここまでなのか!?)
レイン中佐はリリーナを抱き寄せる。自分が少しでも盾になるために……
リリーナ自身も今まさに発射される機銃を見て、死を覚悟した。
ふと、
プシューという少し甲高い音が聞こえ、戦闘ヘリにミサイルが飛来し爆発した。
「……え?」「ッ!?」
ヘリの方向を見えていたリリーナは、爆発するヘリをはっきりと目撃する。
「せ、先生……後ろ………」
「え?ぁ………」
爆発によって舞い上がった煙に巻かれ、道の脇から人影が近付いてくる。誰だろうと訝しんでいた2人だったが、近付くになるにつれ、シルエットだった人影が誰か分かる。
「え?ザックさん!?」
「リリーぽいと思ったが、マジでリリーだとは……」
「え?シルヴァン隊長の娘ちゃんじゃん??」
「まさか……レッド部隊の!?」
現れたのはレッド部隊のザック・フォーデンとクレア・ウォルターズの2人だったのだ。2人とも軍服は血痕や泥で汚れ、消耗しているようだが、こちらを見て嬉しそうに笑っていた。
「な、なんでいるの?」
「そりゃこっちのセリフでもあるんだが……、まぁいい、俺達は国境基地に攻め込んだんだが、エーテルノヴァを使われて全て狂っちまった……もう、俺たちしかいない」
「……ん、エーテル…ノヴァ?それがあの虹の現象のことですか?」
「この現象から言ってまず間違いないだろうな。こっちの状況は?」
「私達はクウィントンでの遅延戦闘のあと、西門からノーステリアに向かおうとしていた所、敵から襲撃を受けていました」
「なるほど、では俺達も一緒に西門に向かおう」
「御一緒して頂けると心強いです!」
「はは!そりゃお互い様だ。あんたがシンディ・レイン中佐だな。娘達が世話になってる」
「担任として精一杯やらせて頂いてます」
「目的地が決まったなら、敵も来ることだし、走りながらでいい?」
「っと、そりゃそうだ」
敵陣であることを思い出し移動する。
「ザックさん、助かったよ」
「いいんだ。無事で良かった……本当に……」
ザックは走りながらリリーナの頭をわしゃわしゃと撫でる。リリーナから見られないようしているその顔は今にも泣きそう……というか泣いていた。
(本当に死ぬかと思った……)
幸い、リリーナには気付かれていなかった。
「ありがとッ」
「……ちゃんと父親してたんですね」
「ッ!?そりゃ俺だって頑張っとるぞ!」
「意外でした。ザック隊長は粗野でガサツでデリカシーがないから、どうせ家ではキモい!とか言われているのかと思ってました」
「グハッ!!それ結構グサッと来たよ!!
言われたことある!よく言われるやつ!!え?そうゆことなの!?」
「ザックさんは軍事関係以外、基本的にはダメオヤジなので、合ってますよ」
「だよね。そうだよね!」
クレアは走りながら器用に手を叩いて笑う。
「そんな評価なのか、俺は……」
ザックは少し落ち込むように視線を下げたあと、レイン中佐に視線を向けた。
目が合ったレイン中佐はなんとも言えない表情で、
「ぐ、軍事関係は信頼してるってことですよ」
と励ます。
「そうだよな!!よし、リリー!頼りにしていいからな」
「ッ!し!」
リリーナが口元に右手の人差し指をあて、静かにするようにする。左手はハンドサインで止まるように指示してだ。
それを確認した瞬間に、3人は反射的に歩みを止め、周囲に向け銃を構える。さっきまで、笑って談笑していたのが嘘のようだった。素早く戦闘態勢に移る様は彼等が熟練した兵士であることを示していた。
「右後方、さっきの場所に車両が到着したようです」
「了解、クレア先導してくれ。できるだけ戦闘は回避する方向で!俺が殿だ」
「了解」
4人は走りだす。
「リリーちゃん、見えたの?」
「いえ、今は魔力が底をついているのでレッドアイは使えません」
「ん?そうなのか!?じゃあさっきのは?」
「普通に音ですね」
「俺は分からなかったな。もう歳か!?」
「私も聞き取れなかったので、やめてください」
「え?クレアもレッド部隊が10年年以上経つから……」
「はぁー」
クレアは溜息をしっかりと聞こえるように吐いてから話す。
「ザック隊長、そういう所がダメなの」
クレアとザックも軽口を言いながらも周囲を観察している。
これが彼等の日常なのだ。
気を張りすぎず、リラックスした雰囲気にリリーナもレインも死に直面した固さが消えていた。
もっと言えばリリーナはザックが出てきたことで驚き、少し和らいでいた。しかし、決して実戦経験が豊富な訳ではないレイン中佐は、気を貼り続けていた。そういった機微を感じ取っており、良い緩衝材となったのだ。
ザックもクレアも打ち合わせなくても、そう意識している。こういった部分がレッド部隊の実戦経験、新兵への教育経験の豊富な証拠だろう。
「正確な場所は分かってないみたいだけど、逃げてるのはバレてますか」
「そうみたいですね」
今は車両の通れない通路を進んではいるが、敵の車両の音は聞こえる。
「ヘリぶっ壊してるからな、流石に生き残りはいると思われてっか」
「もうすぐ西門ですが、敵の方が早そうですね」
「突破するしかないか」
「ザックさん、もうランチャーないですよね?」
「だな。あの1発が最後だった」
「ッ!まずいね」
先頭にいたクレアがいよいよ西門が見えた時、既に敵兵が車両でバリケードにして封鎖していた。
近くの家屋を利用して、改めて西門を全員で確認するが、見つからずに抜けることは無理そうだった。
「外周から出ますか?幸い塀は低いです」
「あー、見回りしてるけど、隙をみて行く方がまだ確率があるか」
「ん?リリーちゃんどうしたの?」
リリーナは西門をジッと見てから動いておらず、クレ
アはどうしたのかと異変に気付く。
「リリーナ?」
レインもその様子に気が付き声をかけた。
リリーナが若干震える声で尋ねる。
「せ、先生、門手前の家の所……、あ、…」
レインも不思議に思いそちらに視線を移す。するとそこにはブルーを基調にした迷彩服を着た人が複数倒れている。
あの制服は間違いなく軍学校の男子学生の制服だった。
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