46.撤退戦
「はぁはぁ」
誰とも言えない、乱れた息が響く。
それもそのはずだろう。既に戦闘開始から2時間が経過しようとしていた。
「敵部隊近くにはいません。5分休憩して移動しましょう」
「「了解!」」
全員がリリーナの号令に素直に従っている。ここまでの指揮で既に信頼関係は十二分にできていた。
そもそも、最初に話していたレイン中佐を解して指示を出す手間は時間が大事な戦闘中は致命的であった。このため、早々に省かれてリリーナが直接無線で指示を出していた。
当初、不満のあった隊員も中佐や少佐がなにも言わずやらせているので、有耶無耶のまま戦闘となったのだ。
何かあれば直ぐに直訴しようとした者も、戦闘ヘリまで倒した時点で、その気はなくなり、従っていた。
リリーナの指揮は優秀だと言うことを17名の共通認識を作り出していたのだ。
リリーナは深呼吸して呼吸を整える。
ゲーム時代ではスタミナという概念がない。しかし、この世界はそういう訳にも行かない。体力は必ずあるのだ。まぁ、、前世の基準で行くと無限に思えるレベルだが。
既にリリーナ達の呼吸は平常時に戻っており、リリーナ自身疲れはあるが、問題のあるレベルではなかった。
2時間も敵兵相手に走り回ったりしていたのに。この回復が早いことがリリーナには異常に思えたが、今は好都合だった。
体力面は回復するから問題ないが、それよりも困ったことがあった。
「魔力が残り少ないです」
「レッドアイをそれだけ使っているんだ、むしろ、まだ使えてることに、驚きだよ」
「なに行ってるんですか?担任なんだから生徒のことは覚えておいてください!」
「ふっ。授業中、お前がレッドアイを使うと訓練にならないんだから、しょうがないだろう」
「リリーナちゃんは軍学校でも優秀なんですな」
リリーナとレイン先生が話していると近くの兵士も加わる。
「私より優秀なんだ、卒業すれば中佐は確実だろう。レッドアイがなくても、戦術指揮はトップだからな、既に9年生も倒した。初の大佐も有り得るかも知れないな。ふふふッ」
「リリーナ大佐!貴方の元で戦闘でき光栄です」
「ちょ!?ルッツさんやめて下さい!私まだ7年ですよ!?」
驚きながらも、ノってくる兵士、ルッツ大尉はリリーナを評価していた。戦闘ヘリを含めて7部隊を倒しているのにこちらの被害はゼロ。評価しないわけがなかった。
「7年!?って事は13歳か?」
「そうですよ」
「おいおい、うちの娘と同い年じゃねぇか。
……軍学校はエリートって分かっちゃいたが、とんでもねぇな」
「い、いや、彼女と一括りにしないでくれ」
ブラボー部隊だったクサマ少佐が合流したようだ。
「クサマ少佐の言う通り、その認識は若干違うぞ、ルッツ大尉。軍学校でも異常なのがリリーナだ」
「やっぱりそうですか?そうですよね……
私も軍に務めて長くなりましたから、軍学校出身者は何人も会ってます。私の知ってる彼等は確かに優秀ですが、歩兵だけでさっきみたいに4部隊とヘリまで相手にして無傷で状況をひっくり返すのは無理ですよ。
完成に死んだと思ったんすけどね」
「あのくらいなら、1部隊毎に相手すればいいんですよ」
リリーナが返すがルッツ大尉は変顔をしただけだった。それが難しいんだよ。と声には出さなかったがリリーナ以外は共通認識である。
「まぁ、うちの娘にも見せてやりてぇな。パパがヘリを撃ち落としたんだって!」
「ちゃんと帰ったら自慢するといいですよ。リリーナ・ランドルフの指示のおかげだって!」
「ふふふっ、私も命は無理でも、なんとか遅延戦闘だけでもやらないとって思っていたんだがな。希望まで見えるとはな……」
「ちょ、先生!?諦めるは違いますよ!」
「私達はみんなその覚悟をしてたんですがね。判断は間違えてなかったようです」
クサマ少佐も苦笑いである。
「みんななに言ってるんですか!時間は十分稼いだんで、あとは逃げるだけですよ」
「すまない。その通りだな!」
休憩も終わりだとばかりに立ち上がる。再びレッドアイを使用したリリーナは周囲を確認する。
「んー、敵は近くにはいませんが………ヘリが移動してる?」
リリーナには戦闘ヘリが2機ほど真っ直ぐ東へ、街の外まで向かっているのが見えた。
「…速度が早すぎる。私達を探しているわけではない?
………まさか!?」
東へ向かったヘリから視線を切ったリリーナは遠くを見つめるように全方位を確認する。そんなリリーナの様子にレイン中佐も引っ掛かりを覚える。
「どうした?イレギュラーか?」
「そう……ですね………。
おそらく敵は私達を包囲しようとしています。それもかなりの数ですね」
「本気で私達を潰そうとしてきたか」
「ですね…」
「ほら、ちびっ子指揮官!こっちの目的は達成したってことなんだから、落ち込むことじゃねぇよ!指揮官はいつだって自信満々にピシッとしてろ!それが部下の士気に繋がるってもんだ」
ルッツ大尉にバシンッ!と背中を叩かれる。前世の事もあり、指揮に関しては天才的な手腕であるリリーナだが、こういった部分の弱さはあった。あくまでもゲームでの経験であったのだ、初陣であるが故に簡単に心も揺れ動く。
リリーナの弱点である精神面はベテラン兵士達が心強かった。
「いだッ!!ハハッ、すいません。そうですね。さっき言ったのに、私が諦めそうでした」
顔を上げたリリーナはギラりとした眼をしていた。それをみた味方も不思議と士気が上がる。娘にも感じる親心なのか、指揮が自信に満ち溢れてるからなのかは分からないが、兵士達の士気は良かったのだ。
「よし!!」
再びレッドアイを発動したリリーナは周囲をキョロキョロと見渡す。
「敵は完全に我々を潰すつもりですね。まだ距離がありますが、完全に囲われています。各個撃破は難しい...戦闘ヘリは大体等間隔で配置...包囲自体には穴がない...」
リリーナが確認しながら漏らす情報に皆、息を飲む。分かっていたことだ、多勢に無勢、残れば命はないということは……その覚悟で残留した。
避難している家族の為に。
あるいは、家族のいる街に攻め込ませない為に。未来に繋がる方法を考えると遅延戦闘をするしかなかった。
覚悟を入れ直す時間だった。
「包囲の奥、東は……田畑地帯。一定の距離がある、ヘリの眼から逃れるのは難しい。…………北……西...」
リリーナの目が、遠くを見つめていた目が手元の地図に戻ってくる。
「各部隊に通達!これよりアルステリア軍は包囲を突破して西へ進行する。その後、敵車両を鹵獲して、西からクウィントンを離脱する!」
「「「はっ!!」」」
娘にも等しいリリーナの号令で正規軍が動き出す。傍から見れば異様な光景だろう。
しかし、彼等は真剣そのものだ。実際に自分達も行った、戦果は何よりも説得力に溢れ、指揮系統に乱れはない。
「当面は一気に駆け抜ける、私に続け!」
まだ敵は遠いが、補足されないように、建物の間を走り抜ける。やはり正規軍と言うべきか。ベテラン達との行軍は非常にスムーズであった。
包囲が近くなって来るとレッドアイでの索敵も行う。
「うっ……」
リリーナはズキッと傷んだ頭を抑え、躓きそうになるがなんとがこらえ、立ち止まった。レッドアイの使用は最低限に留めていたが、それでも限界に達していた。
体力は回復しても、魔力だけはどうしようもないのだ。
「大丈夫か?」
レイン中佐が声をかける。フーッと息吐いたリリーナは顔を上げる。
「すいません、魔力が尽きました。もうレッドアイは使えそうにないです」
「そうか、ここまで良く持ったものだ。私達も覚悟している。問題ない、このまま頼む!」
「……はい、包囲を突破します!全員、気を引き締めて、付いてきてください!」
ここからクウィントン撤退戦は佳境へと突入していった。
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