37.クウィントン
クウィントンへの道中は特になにもなかったが、先輩達とは仲良くなれた気がした。たが、街が見えた時に自分が楽観していたことに気付かされる。
空は空気が重くなるようなどんよりとした曇天、その雲よりもさらに濃い黒い煙が上がっているのが見える。それも複数箇所からだ。
そんな黒い煙が立ち込めているせいか、クウィントンの街は陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
クウィントンの街は周りに田畑が広がり農耕が盛んな街だ。高低差はあまりなく、平原の中心に街があり、5万人程が生活している。中心部は背の高いビルも並んでおり、平素は自然と調和が取れた綺麗な街だと聞いていた。
そんな街が崩れている。
こちら側の田畑も少し荒らされているが、おそらく街の反対側、ルンドバード側はもっと酷いのだろう。
塀が崩れ、木々が倒れ、焼けている。
…………大通りはまだいい。車が走行可能なようになっている。
車の窓から見える路地はまだ瓦礫が多く、硝煙の匂いが鼻につく。
「っ!」
息を飲むミシェルを後ろから抱きしめる。口元を抑えた手は震えており、顔色も悪い。
元の街並みを知っているミシェルには、私よりもよっぽど辛い光景だろう。
「ミシェル、我々は最初にクウィントン支部に向かっている。避難所の情報も手に入るだろう。夕方には訪れる時間は作れるだろうからそれまで我慢してくれ」
レイン中佐が声をかける。
「はぃ、ありがとうございます」
震える声で答えるミシェルは今にも泣きそうな顔で堪えていた。
レイン中佐が言っていた支部に到着し、まず私達はキャンプの設営と食料などの持ってきた物品の搬入を行う。当然ながら既に支部には許容量を超えた軍関係者がおり、近くにキャンプ設営するしかないのだ。
ひと段落したところで、クウィントン出身者が呼ばれ、避難所の状況説明などがなされた。
今日の残りは自由とのことで、心配な私達もミシェルに付き添って4人で避難所に向かう。
「えっと、孤児院は20区にあるんだったよね?」
「はい、20区の避難所は……孤児院と学校になってます」
「じゃあ、孤児院に直接行けばいいんだね!行こう!」
「はい……」
ミシェルは不安そうだ。
そうだろう。街中に戦闘したような後があるのだから。孤児院へ向かう途中の街並みが嫌でも目に入る。
焼け焦げた街路樹。
割れたガラス。
陥没した道路。
開戦からまだ10日ほどしか経っていないのに、クウィントンは様変わりしてしまった。
「みんな!!」
孤児院が近付くとミシェルのペースも上がり、視界に見えると走り出してしまった。
今まで押し殺していた気持ちが溢れ、涙が出ている。
そんなミシェルを、無言で私達は追っていた。
無責任に大丈夫だなんて言えなくて……
声がかけれないでいた…
孤児院は外の広場にもテントが張られ、20区の人達だろう人々を見かける。
「みんな!!シスター!?」
孤児院のドアを開け、ミシェルが叫ぶ。
勢いよく開けられた扉に注目が集まり、一瞬の静寂が訪れる。
ミシェルは気にせず、見える範囲の人物を確認する。
「ミシェル!!」
私達と同年代くらいだろうか?髪を後ろに結んでおり、髪が長い。先程まで作業をしていたのか、腕を捲り、エプロンをしている少女が声をかける。
「モニカ!!」
ミシェルも反応してすぐに抱きしめ合う。
「よかった。無事だったんだね」
「うん、うん、私はね……」
最初こそ喜びはしたが、反応が芳しくない。
否が応でも、好ましくない現実を突き付けられているような。反応で分かってしまうが、分かりたくはない……間違いであって欲しいという、感情に支配される。
ミシェルは1歩後退り、聞きたくないと、首を横に振る。
私は後ろから両肩に手を置いて今にも逃げ出しそうなミシェルを止める。
ここで逃げたらもうミシェルは前を向けないと思うから。
いくら逃げてもモニカから発せられる現実は覆らなかった。
「シスターとジョン、アンとビンスが死んだの」
「うぅッ……」
ミシェルの瞳から涙が溢れていた。辛うじて留まっていたが、言葉にされて、もうどうにもならない。
「ミシェル!?」
騒ぎを聞きつけたのか、私達よりも少し大人びた、モニカと同じエプロンを付けた女性が駆け寄ってくる。
「シーラねぇ…グスッ……グスッ」
シーラ姉と呼ばれた女性にミシェルは抱きしめられ、彼女の胸に顔を埋める。
シーラさんはミシェルの頭をヨシヨシと撫でている。その顔は優しく、ミシェルを心配しているようで、ミシェル自身も子供のように泣いている。
……いや、まだ13歳、子供なんだ。私は精神年齢が高いからいいが、そもそも家族が恋しい時期から親元を離れて寮生活を行い教育を受けている。
大人びていても、子供なのだ。
そして、親、兄妹達を急に失ったのだ。
泣いて当然だ。
むしろ、よくここまで耐えていた。
「ミシェルも来てくれたんだね」
ミシェルが少し落ち着いたのを見計らって、シーラさんが優しく聞く。
「……うん」
ミシェルが言葉少なく答える。
「軍学校はいいの?」
「今は自由時間……」
「そう、じゃあ、彼女達を紹介してくれる?」
そう言ってこちらに意識を向ける。私達は軍学校の制服、赤っぽい迷彩服を着ているため、ひと目でわかる。
「…あ、うん!」
ミシェルも少し落ち着いたようで、シーラさんに私達を紹介してくれた。
「リリーちゃんは9年生よりも強いんだよ!」
「そうなの?ミシェルと同じくらいに見えるのに!?」
すいません、身長だけは自分じゃどうにもなりません。
胸はミシェルが大きいだけで、私が小さいんじゃありません。
「シーラ姉達は?」
「私達は届いた食料で炊き出ししてたの。もう終わったところだから大丈夫だけどね」
「あ、夕飯まだでしたか?」
「交代しながらチャチャッと食べたから大丈夫だよ!ごめんね、ミシェルに付き合わせて」
「いいえ、私達も心配でしたのでこれくらいは」
「ここで話すのもなんだし、こっちに来てくれる?」
「シア、リリーが礼儀正しいよ?」
「リリちゃんはなんでも出来るんですよ」
後ろでコソコソと話しているが聞こえてるぞ!カンナめ、後でとっちめてやる。シアの信頼が厚すぎる。もう少しハードルを下げて欲しい。
孤児院の広間から奥の方に入ると、8帖ほどのダイニングに3名の小さい子供達がいた。
「ミシェル姉だ!」
「ミシェル姉!!」
「ミシェルねぇー」
みんな駆け寄っていく。みんなミシェルと仲がいいのだろう。
ベッキー、スコット、クリスという、7、6、5歳の子供達はミシェルに抱きついている。
「ごめんね、みんなミシェルが大好きで。あ、ちょうどモニカも来たわね。彼女も含めてここにいるのがクウィントン孤児院の家族達…
みんな、ミシェルの友達のリリーナ、シア、カンナが来てくれたわよ。よろしくね」
シーラさんが最年長で現在は5名らしい。シスターと呼んでいた方が亡くなったため、シーラさんが子供達の面倒を見ているようだ。まだ混乱が収まらない中だろうに、これだけしっかりしている事に、尊敬を覚える。
「ミシェル。シスター達に会いにいく?」
「……うん」
「モニカ、子供達をお願い」
「うん、分かった」
シーラさんについて、孤児院から少し離れた場所に向かう。そこはお墓だった。
お墓の駐車場だったのだろう。そこに並べられた沢山の遺体。
シーラさんは迷いなく進んでいき、大人くらい遺体22人分と隣には小さい子供2人分が並んでいる場所で立ち止まる。遺体は布が掛けられているが、血が滲んだのか所々が黒く変色していた。
「……明日、火葬の予定よ」
ミシェルが大人の遺体、少し小柄な方、女性と思われる方の布をめくる。
前に聞いた話だと、40歳くらいだったはずだが、生気を失い、青白いが美人だったのであろう事がわかる。
「シスター……」
震える声でボソリと呟き、ミシェルの目からまた涙が溢れてくる。
私も手を合わせ、ご冥福をお祈りする。
カンナも、続いてシアも手を合わせた。
「ミシェル、そろそろ暗くなる」
シーラさんに促され、ミシェルはみんなに声を掛けて離れた。
孤児院に戻り、少し話して軍支部に戻っていく。
道中の街灯は配線が切れてしまい、機能していないため、薄暗くなってきている。
しかし、この世界には魔力がある。人々がいる場所は魔導灯が置かれ、チラホラと明かりが灯っていた。魔導灯はランク1の魔石でも動くが、魔石を消費する。魔力の電池みたいなものだ。自身の魔力でチャージも出来る。普段使いはしないが、普及はしているのだ。
電気技術と魔導技術が両立した世界だからこそ、混乱は最小限に抑えられていた。
そんな明かりがつき始めた様子を見ながら歩いている。会話はあまりない。
静寂を破ったのはミシェルだった。
「みんな、私頑張るよ」
覚悟を決めた表情だった。
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