32.制裁
その光景は全員がモニターを見ていた。
教職員はあまりにも一方的な展開に気持ちが追い付いていなかった。
しかし、モニターの中では信じ難いことに、身長190cmにもなる体格の大きいドネルが、自身の半分くらいしかないような、小さい女の子に倒されている。
誰1人言葉を発することが出来ないでいた。
教職員はまだ第三者目線の観戦のため、まだ良かったかもしれない。
9年生達は既に生きているのがドネルしかいなかった。よって、ポッドの中で見えるのは一人称視点でのドネルの視界が共有されている。
普段はリスポーンまでの情報収集の時間になるのだが、この時ばかりは見せられている気がした。
運良くリスポーン時間が経過し、復活したスコットは、即刻で殺られて強制鑑賞に戻される。
「お待たせ」
肩にナイフが刺される。
「グォお!?」
そのまま、追加で発砲までされる。視界を横切る鮮血と返り血を浴び、笑顔の少女。
「ぬぁああ〜!!」
打たれ強いドネルとて声がでる。
やられているドネル本人以外は痛みまではない。しかし、映像からそう錯覚すら覚えるほどの光景だった。
それは確かに9年生全員の心に恐怖心を植え付けていた。
「アッハッハッハ、これでもうイチャモンを付けてくる気はなけなりましたかね!?」
「……イチャモン?」
誰かが呟くが、つい先週のことだ。全員すぐに思い至る。演習場を占拠してしまったこと。
時間を勘違いしていただけの、アーベル達大半のクラスメイトもあの後、なにがあったのか聞いていた。
ワイリーやドネルが7年生に怒鳴って通らないようにしていたと。時間を勘違いしていたため仕方がなかった。下級生からイチャモンを付けられたのだと思って、ムカついてしまったのだ。と、聞いていた。
「なんでしたっけ?
あぁ、文句あんのかァ?ですかね?」
アーベルは謝ってなかったのだと思い、改めて説明しようとリスポーンする。
「わ、わるk…」
ドネルは痛みから逃れるため、謝ろうとするがアーベルとタイミングが被ってしまう。
そもそも、アーベルにそんな暇を与えてくれる相手ではなかった。またも即殺される。
リリーナの顔は笑っているが、相当怒っている。
「もう1回言ってくれますか?」
「ッ!?俺が悪かった。すまん」
当事者であるドネルには今ので抵抗する気力が消えていた。しっかりと謝罪する。
リリーナはハンドガンをフッと軽く投げ、グリップ下から伸びた拡張マガジンを掴みそのままドネルに振り下ろした。
9年生はもう負けたと思ったが、少し経っても試合が終わらない。
「あれ?まだ試合が終わってない?」
「も、もしかして、ワイリー待ち?」
「え!?いや、そりゃ悪かったかもしんねぇけど…違うだろ!
これはチャンスだろ!全員でリスポーンすりゃ押し返せるって!」
ワイリーはドネルの光景を見て、少し焦っていた。
自分はあんなことされたくないが、ここで負けると成績にも響く。それが気がかりだった。
「ねぇ、勘違いして強く言っちゃっただけなんだよね?」
「そ、それが「そうだって言ってるだろ!」
ワイリーは必死だ。下手なことは言いたくなかった。
「それに謝るなら終わってからでもいいだろ?」
「まぁ、それも一理あるか。まだ試合中だしね。一斉にリスポーンして包囲を崩す。突破出来た人は生存優先でかき乱してくれ」
アーベルが賛同して、方針が決まる。
全員のリスポーン待機時間が終わり、一斉に復活する。
・・・
しかし、一網打尽にされた。一方的と言っていいほどに…
「私、もうあの子怖いんだけど…」
「大丈夫、俺もだ」
「お、おい!諦めんなよ!舐められたままでいいのかよ!」
ワイリーは必死で説得する。
「まぁ、舐められてるみたいで、正直思うところはあるけど…」
アグノラも年下にこんな形をされて、プライドが傷付いており、不満はあった。その気持ちはみんな少なからずあるのだ。
「そうだろ!?1回で諦めんなよ!もう一度だ!」
仮にも9年生達だ。自分達も悔しい気持ちはある。もう一度やることにそこまで反対意見はでない。
全員のリスポーン待機時間が終わり、再び一斉に復活した。
・・・ほぼ先程と同じだった。氷壁を使ったナンシーも少し耐えただけ。直ぐに殺された。
「うーん、これはもう無理じゃないかな」
「そうだねー、彼女達に隙はなさそうだし、私も撤退が理想なケースだと思うよ」
アーベルとナンシーはもう勝敗は決したと判断しているようだ。
「まだ2回だぞ!いけるって!」
「ワイリー、気持ちは分かるが、引き際も大事だと思うぞ」
「おい、相手は7年だぞ!あいつが怖いのかよ!?」
「いやぁー、僕は正直怖いよ。同じ炎魔術師サークルのハーヴィンに聞いてたけど、実際に戦うとここまでとはね…」
「そうそう。
私も誇張があると思ってたんだけどね。本当にめちゃくちゃ楽しそうに殺してくるじゃん」
魔術師適正のあるもの達は、他学年の情報もある程度は入っている。
彼等は噂を聞いていたのだ。笑いながら、それはそれは楽しそうに演習をするリリーナ・ランドルフのこと。クラスメイトが歯が立たず、いつも制限をかけられて訓練していること。近接戦闘の天才と言われるレイン先生から直接鍛えられ、演習とはいえ、何度死んでもケロッと復活してくること。
その異常な強さの鱗片を耳にしていたために、そこまで驚きは少なかった。
「っ!?アグノラはやるだろ!?」
ワイリーはサークル参加していない、先程も参戦に協力的だったアグノラに声をかける。
彼女は血統スキル【ギフト】の保持者であり、その毒はかなりの戦力となるのだ。
「いやー、私もさっきまではやってやるぞ!って感じだったんだけどさ。ここまで私達が押し込まれたのもあの子の実力なわけでしょ。認めるしかないかなって。
それにあの子が怒ってることってこっちに非があるわけだしねー」
「なんだよ!成績優秀者はいいなァ、余裕があって!俺はやるぞ!ドネル、クラレお前達も来いよ!」
「いや、俺は、もう……」
「わ、私も、もういいかな。悪いことしたのは事実だし……」
先週、道を塞いでいた残りの2人に声をかけるが、2人に断られてしまう。既に2人ともリリーナに心を折られ、戦意を消失していたのだ。
「は!?卒業試験の評価いいのかよ?」
「俺は…ちゃんと頑張るよ」
「私も……」
「クソッ!!」
ワイリーは一人で復活する。
みんなもアイツさえ倒せば出てくるだろうと思っている。なんなら自分一人でアイツを倒せば卒業試験の査定が上がるはずと、打算もあった。
ワイリーが復活し、意識が同期した時点でめのまえにリリーナが立っていた。ワイリーの思いと同じく、全員に見られながらの一騎討ちの形となっていたのだ。
実際リリーナは別の思惑で撃ち殺せた所を待っただけだったのだが……
ワイリーはそんなこと知る由もなく、自分はやれると自身に言い聞かせ、銃口を向ける。
「ぐッ!」
ただ、銃を向けて撃つよりも先に、リリーナによって手を切られた。
既にリリーナの間合いにいるのだ、ワイリーでは早さが足りなかった。トリガーを引くはずの指を失い、グリップを握る手が欠損してしまう。アサルトライフルは当然持っていられずその場に落とす。
「ぁァアアア!!」
痛みに歯を食いしばり、左手をハンドガンに手を伸ばした。
「ほっと」
なんとも簡単なかけ声とともに左手も切られ、ハンドガンを落とした。
「ぐぁぁああ!!」
耐えきれず、両手を抱えるように蹲る。
リリーナが1歩近付いて優しいような、それでいて平坦な声で聞いてきた。
「ねぇ、先輩。聞きたいことがあるんですよ。先日の恫喝って先輩が企んだんですか?」
ワイリーは一瞬、抵抗しようと顔をあげる。目の前にいたリリーナと目があった瞬間に抵抗の意思はそれ以上の動きを出来なくなった。
冷徹な目……
まるで捕食対象を見るかのようなその眼にワイリーは心が負けを認めてしまう。抵抗する意思が消えてしまったのだった。
リリーナはまだ抵抗するかもしれないと警戒して、じっくり観察しているつもりだっただのだが……




