140.異変
メラリア軍レストデーン中央司令棟。
高窓から見下ろせる城壁の向こうでは、炎が噴き上がり、轟音が鳴っている。炎帝とガイアの激突が、空気そのものを震わせていた。
その最中……別の“異変”が起きていた。
「……連絡が、途絶えた??」
低く、しかし整った声でケラーは唸った。
メラリア軍レストデーン総指揮官、ハインツ・ケラーにそんな報告が入る。
捕虜を含めたアルステリア軍の潜入部隊を発見したとの報告までは良かった。包囲殲滅のために二個中隊を投入。
退路も断ち、完璧な布陣だった。
それが??
「はい。通信断。映像も途絶しました。途切れる前に敵襲があったとの断片的な報告ですが、そんな話が来ています」
「……囮だった?それとも新手?」
ケラーは顎に手を当て、卓上の戦術盤を見つめる。
包囲網は崩れていない。敵は袋の鼠のはずだ。
「ジ・オールさん、確認を」
部屋の奥、薄暗がりに立つ男が一歩前に出た。
「もう送っている」
ネームド【ジ・オール】。
戦場把握を得意とする、メラリア軍の“目”。
――だが。
「ッ!?……消された?」
ジ・オールが眉をひそめた。
「何がです?」
「俺の目だ。今日も1度消されたんだ。原因不明だったんだが…………飛ばした端から潰されてるな」
ジ・オール自身もなにが起きているか把握しきれていなかった。
(途中までは向かうことができる。なんだ?何が起きている?視界には何も映っていない…)
「対策されたのでしょうか?」
ケラーの問いに一瞬考える。
(確かに【絶命】には話したが……
それだけでこんな対応ができる程、簡単じゃない…
そんな簡単に見つかる訳がないんだ……)
「……いや」
言葉を探すように、ジ・オールは一瞬黙る。ありえないと思う考えが口に出る。
「こちらが全て見られている?」
ケラーは顎に手を当て、目を細める。
「……継続してください。
断片でも構いません。情報収集を」
「了解だ」
淡々と応じながらも、ケラーの内側には不穏なざわめきが広がっていた。
何かが、想定から外れた何かが動き始めている。
理屈に合わない。
何か、見落としている?
ケラーは決断する。
「予備部隊を投入します」
副官が息を呑む。
「城壁の守備から一個小隊を抽出して、高台から警戒させてください。予備部隊を主として、内部掃討に回します」
「正面が手薄になりますが……」
「まだ問題になるレベルではありません。現状、このレストデーン内部の膿を放置する方が危険です」
アルステリア軍の潜入部隊。
多くても捕虜と合わせて100名弱の戦力がある。
これを放置すれば、城壁戦の背後を突かれる可能性がある。
それは不味い。
正面が拮抗している分には問題ない。我々は防衛側、本国からの補給もある。アルステリアも損害を増やしてまで、無理に攻め込んでこない。
今はコレさえ処理すれば、それで済む。
「私が直接指揮します」
即座に通信網が開かれる。
城壁上からの索敵。狙撃支援。予備部隊との回線接続。
ケラーの指示は、正確で無駄がなかった。
ジ・オールの指揮能力は、その能力も相まって高い。だが、それを加味しても、メラリア軍の指揮能力はナンバーワンとの呼び声高く、ケラーと同期であるジ・オールも認めているところだった。
そんな指揮官ケラーにネームド【ジ・オール】のコンビ。
メラリア軍としてもこれ以上ない布陣である。
「第2部隊は東区画、前進。遮蔽物を活用しなさい」
「南側、屋根上に狙撃班を配置。側面支援を」
「奇襲を警戒。必ず二方向以上の視界を確保しなさい」
各小隊達が即座に応じる。
『了解ッ!』
『はッ』
やはり、その指揮に迷いはなく。現場の隊長達もケラーに信頼を寄せている。
ケラーにはそれだけの実績がある。
部下達も長年一緒に戦闘をこなしてきたのだ。ケラーの指示の通りに動ける。練度の高さが伺えた。
敵襲の報告が入る。
『接敵!北東5番通り!』
「5番通りを抑える部隊は防御陣形。側面から第三小隊を回しなさい。第4小隊は後退路を確保」
指示は的確だった。
理論上、崩れるような要素はない、最適な対応。
…………だが。
『第三小隊、壊滅……!』
「何?」
ありえない報告が届く。
『どこから――』
通信が途切れる。
ケラーの指が、わずかに止まる。
(敵戦力は多くても100名だ。
その戦力でこの布陣を破れるとは思えない。想定よりも、多数の戦力があるのであれば分からないが、レストデーンは既に我々の領域。
そこに大軍が入り込める余地はない………)
「何が……?」
「……見えた」
ジ・オールにしては声に驚きが滲む。
「敵主力を確認した」
「規模は?」
「……1人」
一瞬の沈黙。
「1人だ」
「……は?」
「敵は……敵はネームド【隻眼の死神】だ」
室内が静まり返る。
「……それが原因?確かに1人、2人なら侵入も可能だったかも知れない。いや、だが、それだけでこの戦力差を覆せるか?
それほどなのか?」
ケラーは小声で、思考を呟いていた。
小さく息を吐く。
ネームド一人で戦局を動かす。
理屈では理解している。だが、目の前でそれを突きつけられると話は別だ。
前線とは通信と共に映像も届いているが、そこにようやく、敵が映った。
………最近、アルステリアに誕生した新しいネームド。
久しく誕生していなかった、アルステリアの新ネームドは少女だった。
任命の映像では、雰囲気はあるが、ただ、祭り上げられたのかとも思った。
だが………
『東区画、突破されました!』
『側面!応答しろッ!?』
『な?うわぁぁぁあ!!………あははっ…ブツッ』
一つ一つ、兵が消えていく。
笑い声と共に、小隊と連絡が取れなくなる。
指示に誤りはない。包囲も機能している。
それでも、戦術の隙間を縫うように、兵が消される。
まるで、こちらの全てを手玉に取るように……
「ジ・オール、敵の位置を正確に特定できますか」
「……難しい。視界を展開する端から潰される」
「クッ…断片でも構いません。隻眼の死神の移動方向だけでも」
「……北西から東中央へ」
「城壁を目指している?」
ジ・オールの声が僅かに低くなる。
「あぁ……こっちを“潰しながら”進んでいる」
ケラーは唇を引き結ぶ。
焦りが、じわりと胸を侵食する。
「全隊に通達。敵はネームド【隻眼の死神】。単独小隊での交戦を避け、必ず複数の小隊で多方面からの同時制圧をしなさい。
いいですか。各小隊はまず交戦を避け、位置を共有しなさい!」
いつも丁寧なケラーの指示に焦りが、しかし、兵達に悟られないように声色には出さないように気を使う。
しかし、現実は無情である。
『第八小隊、全滅!』
『見えない!なんだなんだよ!?』
通信が、断続的に途切れていく。
城壁上の兵が、動揺を見せ始める。
(このままでは……)
ケラーは決断した。
「……城壁守備から更に兵を回します」
「閣下、それではいよいよ正面が?」
副官も思わず声が出る。
「承知しています」
炎帝との戦闘は続いている。
だが、
「内部の崩壊を止められなければ、防衛は成立しません」
声は静かだが、そこには焦りが滲んでいた。
戦況図の味方が、次々と消えていく。
それでもケラーは指示を出し、ジ・オールが監視を続ける。
戦場把握。現場報告。残存兵力の再配置。
思考を止めない。
恐らく、止めた瞬間、全てが崩れる。
正攻法も、奇策も、戦術が破られていく。
消されていく、メラリア兵達。
ケラーは戦術盤を見つめながら、初めてはっきりと感じる。相対しているのは、部隊ではない。
1人の死神。
その行く手を阻もうとする度、鎌が振るわれる。
「死神とは……
よく言ったものです……………」
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