131.スペクター
倉庫内。
スペクターと交戦中。
銃声の残響が、鉄骨にぶつかって跳ね返る。
火花と粉塵が舞い、空気が震えた。
ショーンは咄嗟に柱の影へ滑り込み、脇腹を押さえる。
指に絡む、生暖かい感触。
(……浅い。だが、動きに支障が出るかもな)
「いやぁ〜、初撃は上々だねぇ〜」
声は右。
だが、姿は見えない。
【スペクター】の能力は単純だ。
壁を“すり抜ける”。
神出鬼没に壁から透過して撃ってくるのだ。
「壁抜けか……嫌な能力だ」
ショーンは毒刃を逆手に構え、呼吸を整える。
「褒め言葉だねぇ〜」
壁の一部が、ゆらりと歪む。
瞬間。
バンッ!!
銃声。
ショーンは跳ぶ。
弾丸が、さっきまで頭があった位置を撃ち抜いた。
壁から現れたのは、半身だけ。
(そこだ)
ショーンがサブマシンガン【ステゴ】をお返しに発砲する。だが、スペクターは、また壁の外へと抜けてしまい、銃弾は壁に阻まれて止まる。
(…今、奴が抜けるより先に着弾した?透過中は弾も抜けんのかよ)
「危ないねぇ〜」
再び、今度は別の壁から出現する。
発砲される銃弾をショーンは横に飛びながら躱す。一部シールドでガードしながら、柱の影……ではなく、スペクターの方へと踏み込む。
床を蹴り、距離を詰める。
「――ッ!?」
スペクターが慌てて手を引く。
シュンッ!!
風切音のする鋭い振り。それだけでショーンの強さが分かる程の一振であったが、距離が開いていた。
スペクターが1歩早い。
「やりますねぇ〜」
内心冷や汗をかくスペクターだったが、ここでもう1つ気が付く。
さっきまで聞こえていた、
イーノスの回復魔法の微かな音。
ハーヴィンの荒い呼吸。
――全部、消えている。
「……?……あれぇ〜?」
視線を巡らせる。
柱の影。
2階。1階。
天井。
どこにもいない。
「……いないねぇ〜?捕虜もいないって、どういうことだねぇ〜!?」
答えは一つ。
アランである。
影に沈み、影から出る。
視界内であれば、距離も関係ない。
ドロシーが音を消し、
アランが影で運び、
イーノスが回復し、
シアが支えながら、
ハーヴィンを連れて、既にこの場を離脱している。
「……やられたねぇ。でも、君さえいなきゃ後はザコでしょ〜?」
スペクターは、笑う。
なぜならショーン以外は脅威ではないから。同じネームドであるショーンを倒せば形勢は決まると考えていた。
「だから……最初から俺狙いだと?」
「その通りぃ〜。
そのお陰で、もう手負いだよぉ?置いていかれちゃったねぇ〜。それとも雑魚はいない方がやり易くていいのかなぁ!?」
スペクターの煽り文句。
「ハンッ。役割分担だ」
ショーンは少しトーンを落として答え、毒刃を構え直す。
「俺は、お前を足止めするだけ……
それにな。
お前、俺の仲間を舐めすぎだ」
「そうかねぇ〜」
再びショーンを撃とうと、壁からまた透過してくるスペクター。
だが、今回は違った。
スペクターが引き金を引く時。突如現れたアランがスペクターに突進する。
「ラぁ!!」
透過する身体。しかし、銃を握る腕だけは弾かれる。
「……うッ!?」
アランに気付かなかったスペクターは腕だけ押された形となり、前のめりでたたらを踏む。
スペクターの透過は全身透過状態では攻撃ができない。銃を発砲する際には当たり判定が発生する。
「っ!…貴様ぁ!?」
咄嗟にアランに銃を向けたスペクター。
アランも突進直後で立て直すには体勢が悪い。だが、アランは始めからそれを考慮していたように影に吸い込まれていく。
ヒュン!サクッ!!
ショーンの投げたナイフがスペクターの手の甲に刺さる。
「クッ!?」
9…
スペクターはたまらず銃を落とし、仕切り直しとばかりに、また壁裏に透過していく。
7…
しかし、それはただの切り傷ではない。
ネームド【絶命】による切り傷だ。
5…
そのギフトは例外なく同じモノを与えられる。
強制的なプレゼント。
3…
2…
1…
「……ゥ、ゴハッ!?」
10秒。
ショーンの毒により、吐血するスペクター。
痙攣し、血の混ざった赤い泡を噴きながら倒れる。透過中だったスペクターは維持できず、右足が切断される。
だがそんなことは既に些細なことだった。
もう、死んでいるのだから……
「フンッ……そっちの基準が緩いだけじゃないか?」
「っと。なんの話です?」
アランが影から出てくる。
「いや、こっちの話だ。無事か?」
「はい。問題ないです。ハーヴィンって捕まってた子もかなり回復しました」
アランの報告に、ショーンは短く息を吐いた。
「……そうか」
「ネームド相手に、よくやりましたね」
影から完全に姿を現したアランが、淡々と言う。
視線を落とせば、スペクターが倒れている。つい先ほどまで、壁をすり抜け、銃弾をばら撒いていた男とは思えないほど静かだった。
「厄介な能力ではあったがな」
ショーンは冷たく返す。
「能力に頼り過ぎた。……それに、ムカついたしな」
その時だった。
「……ショーンさん」
背後から、弱々しい声。
振り返ると、イーノスに支えられたハーヴィンが立っていた。
顔色はまだ悪いが、意識ははっきりしている。
「動いて大丈夫か?」
「……はい。少しふらつきますけど、歩けます」
「恐らく、栄養失調です。非常食を少し食べてもらいました」
「ショーンさん、外、まずいです」
ドロシーが低声で告げる。
メラリア兵の車両が迫ってきていた。
ここが包囲され、スペクターの死体が見つかるのも、時間の問題だった。
「ここは捨てる。退くぞ」
ショーンは即断した。
五人は倉庫を離れ、路地へと滑り込む。
ドロシーの能力により音は消えているが、数が多すぎる。先程までが嘘のように敵兵が集まってくる。
角を曲がった、その瞬間。
「……チッ」
前方の通りに、別の巡回部隊。
挟まれた。
「入れる場所は?」
ショーンが短く問う。アランが周囲を一瞥する。
「……民家です」
「仕方ない、入るぞ」
一軒の古い家屋。
アランが裏口の隙間から視界を確保。中に影移動で侵入して鍵を開ける。
間一髪、中へ滑り込んだ。
――その時
「……え?」
困惑の声。
そして、こちらを見つめる二つの影。
「…ヒッ…だ、誰?」
中にいたのは、年若い母親と、幼い子供だった。
突然現れた武装した集団に、二人は完全に硬直している。
「静かに」
ショーンは武器を下げ、低く告げた。なるべく、安心感を与えるように。ゆっくりと話す。
「今、敵に追われている。危害は加えない」
母親は一瞬、怯えた表情を見せたが――
その視線が、ショーン達の装備に留まる。
銃……
そして、何より帝国章。
「……アルス…テリア、の?」
小さく、確かめるような声。
「そうだ」
ショーンは頷いた。
一瞬の沈黙の後。
母親は、決意したように子供を抱き寄せた。
「……ここは、元々アルステリアの街です」
母親が奥に通してくれる。
「どうぞ。お早く」
「……感謝する」
ショーン達は短く頭を下げた。
外では、メラリア兵の足音が通り過ぎていく。
──────────────
その頃、倉庫。
「……【スペクター】が、やられています」
通信越しの報告に、メラリア軍指揮官であるケラーは静かに目を細めた。
『敵影は?』
「既に撤退した模様です。現在捜索中です」
『ジ・オールさんとは?』
「……まだ連絡が取れません」
ケラーは、机を指で叩く。
『周囲一帯の捜索範囲を拡大してください。民家も含めて、徹底的に』
「了解しました」
通信を切り、ケラーは小さく呟いた。
「……ネームドを一人失うとは。やはり、アルステリアを攻めたのは間違いじゃ……
はぁ………ままなりませんね。やるしかありませんか」
正直、主人公待ちの方がこんなに多いとは思ってませんでした。確かに想定より長くなってしまいました。
無くせない場面ですので、次回はボリュームアップで進めます。
あと、もう1話待ってください。
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