130.潜入
正面戦線。
炎帝であるデイビッドとガイアの衝突が、レストデーンの空を引き裂いていた。
爆炎と土砂がぶつかり合い、視界を覆う。
誰が見ても、戦場の中心はそこだった。
だが――
レストデーン市街地。
正面の喧騒から逃げた鳥達が街灯で羽を休めている。メラリア兵達は動き回っているが、こちらはまだ静けさを保っていた。
そんな中、屋根から屋根へ。
路地裏を進む、五つの人影があった。
捕虜解放のため、正面を陽動に潜入した特務機関の5人である。ショーンを先頭に、シア、ドロシー、イーノス、アランの順で隊列を組んでいる。
「敵兵が多くなってきた……離すなよ」
ショーンの声に、コクリと頷く面々。
イーノスがドロシーの背を掴み、イーノスの背をアランが掴む。ドロシーがシアの背を掴み、シアも先頭のショーンの背を掴む。
つまり、全員が前を行く人の背を掴み、繋がった状態だ。
再び進む彼等からは、音が消えている。
足音も、呼吸も、衣擦れも。
五人は“無音の塊”となる。
ドロシーによるサイレントステップによるものだ。
彼等の前方に巡回中のメラリア兵が2人。
それを確認した次の瞬間、メラリア兵の影が揺らぐ。アランがメラリア兵の背後の壁の影から浮かび上がる。
首元へ正確な一撃。
もう一人が振り向く前に、アランではない腕も影から出てくる。
毒ナイフが首筋に立てられ、一瞬で静かに崩れ落ちる。
「…クリア」
音もなく2人処理して、5人は次に進む。
──────────
その光景を、【ジ・オール】は黙って見ていた。
「……入ってるな」
低く呟く。
作戦司令室。
地図と魔導端末に囲まれた空間で、ハインツ・ケラーは背筋を伸ばしたまま応じる。
「裏から、ですか?」
「そうだ。少数精鋭。
音も気配も、ほとんど無い」
ケラーは目を細める。
「特務機関……でしょうね」
「間違いない。十中八九、正面を囮にして、捕虜奪還狙いだ」
一瞬の沈黙。
「……位置は?」
ジ・オールは答えない。ただ、静かに指を動かす。
レストデーンの地図上に、ゆっくりと点が灯る。
市街地第5区画。
ケラーは少しの沈黙のあと、ジ・オールを見る。
「捕捉は引き続き可能ですね?」
「ここなら問題ない」
「彼等には、破滅の道を進んで貰いましょう」
ケラーは小さく息を吐き、穏やかに笑った。
「第8倉庫に誘導します」
「……あそこか」
「そう、ここです。捕虜を一人連行してください」
トントンと手で地図を示す。
ジ・オールは、僅かに口角を上げた。
「誰でもいいんだな?」
「はい。それとスペクターさんにもやってもらいますよ」
「了解ですよぉ。特務機関も終わりだねぇ〜」
「気をつけろ。先頭の奴は【絶命】だ」
「クフッ…アルステリアも1人ネームドが増えたなら、減って貰わないとだねぇ〜」
───────────
(敵が多い……)
ショーンが敵兵を確認し、ハンドサインで迂回を選択。素早く切り返す。
「シア、頼む」
「はい」
センサーの張られた交差点では、シアが地面に指を滑らせる。
淡い魔力の揺らぎ。地面がセンサーに向かって凍りついていく。
センサーに到達すると、センサー本体が完全に沈黙した。
「……信号はあるか?」
ショーンが目線は周囲を警戒しながら、尋ねる。
「反応ありません」
イーノスが腕に付けたレーダーを確認しながら答えた。範囲は狭いが捕虜となった第1師団がいれば分かる。ドックタグ識別のレーダー装置である。
「そうか…」
ショーンは思考を巡らせる。
(……敵兵が固まっている?
ここには【ジ・オール】がいるはず。警戒は最大限必要だ。ただ、奴の能力の詳細が分からん。
参謀本部の話だとレッドアイとは違い、長時間使用可能だが、レッドアイほど万能ではないらしい。
……とりあえず、アイツが異常なのは置いておいてだ。
発見されない場合もあるようだが、ここはもうバレてると思った方がいいな)
そして――
古い大型倉庫。
「……反応ありッ!」
足を止める。
「一人。中にいます」
倉庫入口にメラリア兵が2人。周囲は窓が塞がれて外から見えない。
5人は周り込んで倉庫の屋根に飛び乗る。もちろん、ドロシーのお陰で無音だった。
シュッ!
ショーンが毒を纏わせたナイフで屋根に切れ目を入れる。まるで融解したように鋼板の屋根に穴が開き、内部を確認する。倉庫内は少し薄暗いがライトはついている。
倉庫内は2階スペースになっているようで、床までの距離は近く、小部屋のように仕切られていた。
ショーンは少し移動して、別の切れ目を入れる。
「ハッハー!俺にツキが向いてるぜぇ」
「なんだァ?そんなにいい手なのかぁ?」
「いい手なんてもんじゃねぇぞ!今日の俺なら和了れるッ!」
「クソッ、今日はコイツの一人勝ちかぁ?」
「やめろ!俺が飛んじまうじゃねぇか!」
真下には休憩中なのか。正面ではアルステリア軍が攻めているのに、麻雀をしている4人のメラリア兵がいた。
その奥、倉庫中央には柱に縛られた男。
「ッ!?」
「……ハーヴィンッ!?」
シアとイーノスが反応する。疲弊しているが生きているようだ。
確認する限り、大きな外傷は無さそうである。
ショーンはシア達に振り向き、無言でコクリと頷く。
ハンドサインによるカウントの後、ショーンは人が通れる大きさで屋根に穴を開けた。
「キタぁあ!!ツモ!!チュッ……」
ショーンが立ち上がった男の脳天に刃を突き立てる。
音もなく、いきなり降ってきたショーンに、残りの3人は反応できるはずもなく、2人はショーンに切り刻まれ、1人はアランに刺殺される。
「…クリア」
「ハーヴィンッ!」
ショーンのクリアに反応して、屋根から遅れてイーノスが降りてくる。
「……ゥ…、イーノス?」
「今、回復してやるからな」
ハーヴィンに駆け寄ったイーノスが回復魔法を使用した時だった。
「下がれッ!!」
ダダダダッ!!
ショーンが叫んだのと、銃声はほとんど同時だった。
ズルリ、と。ハーヴィンの背後の壁が透ける。
「いやぁ〜、やっぱり来たねぇ〜。しかし、今の反応するとか反応良すぎでしょ〜」
灰色の外套。
気楽な笑み。
銃を構えた男。
壁をすり抜けて現れたのは、メラリア共和国のネームド【スペクター】であった。
パンッ!!
ショーンを狙う銃弾。
シールドに弾かれ火花が散る。ショーン達が発砲すると、スペクターは背後に再びすり抜けて行った。
「ふふッ、そう簡単に殺れるとは思っていないけど、最初の一撃は入ったかな?」
背後で、重い音。
倉庫の扉が閉じられる。
ポタッと落ちる赤い雫。
「ショーンさんッ!」
シアが焦る。ショーンの脇腹から流血していた。最初の銃撃。反応出来たかに思えたシールドは、一発間に合っていなかったのだ。
「ふふッ、どんどん行くよぉ?」
「シア!そいつを守れ!」
ショーンが言い終わるかどうかのタイミングで、シアがハーヴィンを中心に氷壁を形成。
スペクターが追い討ちを仕掛けてくる。
透過する壁を変えながら、ショーンを執拗に撃っていた。
その頃、メラリア司令部。
「掛かりましたね」
「あぁ、抜かりない」
「無駄な兵士も消えて一石二鳥です」
ケラーはコーヒーを飲みながら、ニヤリと笑う。
「…俺も向かおう」
「貴方も?確かに悟られないように、スペクター以外の兵士は離してましたが、既に大勢向かってますよ?」
「少し気になることがあるんでな」
ジ・オールはそう言って、司令部から退出する。
「……………私に教えてくれる人がいなくなってしまいました。仕方ない。通信室に行きますか。」
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