126.急報
アルステリア帝国ウエストテリア中央司令部。
急報を受けた司令部の空気は、張り詰めたまま動かない。
「……概算被害は3000人を超えるかと。確認された敵部隊は、ウエストテリアへは向かわず」
将官が、信じ難い報告を続ける。
「第1師団制圧後、進路を反転。現在、レストデーン方面へ後退しています」
「…………」
アルステリア帝国ウエストテリア軍総司令クリス・ウォズ大将は、即座に地図へ視線を落とした。
ウエストテリア目前。
その勢いのまま、こちらまで仕掛けてくる可能性のある位置だったはず。
「追撃してこない……だと?」
「はい。捕虜確保後、秩序だった撤退を確認しています」
沈黙。
防衛線は崩壊している。
都市は目前。
それでも、敵は“戻った”。
「……意味が分からんが。何かあるだろうな」
ウォズが低く唸る。
通信音声がブツッと鳴り、声が響く。
モニターに映し出されているのは、特務機関長官テレーズ。ノーステリアの特務機関本部からの通信である。
『私も同意見だ』
テレーズは腕を組んだまま言う。
『これは戦果を広げない判断じゃない。“目的を達成した”動き』
「目的……?」
ウエストテリアへ派遣されていた、ショーンが呟く。
『そう』
テレーズの視線が鋭くなる。
『目的は第1師団そのものだった。と考えるのが自然だろう』
ウォズが、ゆっくりと頷く。
「……ウエストテリアを落とすため、ではない」
『恐らく……』
テレーズが続ける。
『レストデーンを守るための布石。こちらの攻勢が強くなる前に、戦力を削ぎ、防衛力を底上げ、白亜三式などの広範囲兵器への抑止力のための捕虜としても利用する』
空気が凍る。
ショーンが言葉を継ぐ。
「第1師団は、レストデーン奪還の“要”だった」
「その通りだ」
ウォズの声が低くなる。
「前線基地、機動力のある師団だ。当然、攻勢の際に真っ先に前線に立つ。そもそも、防衛力より攻撃を主とする師団だ」
「それを、ネームドとシーランで“確実に潰した”」
『しかも、捕虜を取った』
テレーズが付け加える。
『皆殺しじゃない。情報も、交渉材料も、心理的圧力も手に入る』
ウォズは拳を握りしめる。
レストデーンの地図に、赤い光点が灯る。
「敵は、レストデーンを“拠点”として強固なものにするつもりだ」
テレーズが静かに結論を下す。
『メラリアは、ここから腰を据えて戦うつもりだろう』
沈黙の中、ウォズが告げる。
「……ならば、こちらも考えを改めよう。防衛戦争は終わりだ。ノードに続きレストデーンを奪還する!」
ウォズの握り締める手が、僅かに震えている。当たり散らすことはないが、間違いなく怒っていた。
ショーンは短く答えた。
「俺の出番ですね」
テレーズは、一瞬だけ目を閉じた。
『敵のネームドは【ジ・オール】だ。いけるか?』
「もちろんです」
「こちらからも【炎帝】を出す。参謀本部も嫌とは言わんだろ」
ウォズが告げる。
「アイツ苦手なんすけど……そうも言ってらんないっすね……」
ショーンも苦笑いだが、目は笑っていなかった。第1師団の報は誰もがふつふつと怒りを抱えていたのだ。
レストデーンに再び、戦火が集まろうとしていた。
だが、テレーズは思案する。レストデーンへ兵力を傾けていいものか。
(今、弱体化しているのは間違いなく、ルンドバードの方だ。参謀本部もその方向だったはず。いいのか?メラリア侵攻で??)
言いようの無い不安が押し寄せるテレーズだったが、メラリアを放置することもできないと自分を納得させた。
アルステリア軍はまだ、レストデーンにメラリアのネームド達が集結していることを把握できてなかった。
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side:ハーヴィン
目が覚めた時、最初に感じたのは重さである。
手首。足首。
金属が食い込む感覚で、ようやく自分が縛られていることを理解した。
(……生きてる)
それが事実だと分かった瞬間、胸の奥が強く締め付けられた。
シーランに壊滅させられていく様が思い出される。自身の小隊、キース達の最後。第1師団の仲間達が倒れていく様……
落ち着いた今、後悔も再燃していた。
視界を動かす。
粗末な木製の荷台。左右には同じように縛られ、座らされている兵士達。
顔を上げる者は少ない。誰もが、どこか壊れた目をしていた。現実が重くのしかかる。
「……大尉」
隣から、かすれた声がした。
知らない顔だ。別の中隊の兵士だろう。
「俺たち……生き残った、んですよね」
「……ああ」
返す声が、自分のものとは思えないほど低かった。
生き残った。
その言葉が、ひどく重い。
(俺だけが……じゃない)
そう思おうとしても、脳裏には瓦礫の中で消えた小隊の姿が浮かぶ。
キースの腕。
白い光。
焼ける空気。
「……すまねぇ」
誰に向けた言葉かも分からず、ハーヴィンは俯いた。
馬車が止まる。外から、規律正しい足音。
「降りろ」
メラリア兵の声。
怒鳴り声ではない。ただの命令。
縛られたまま、引きずり下ろされる。
視線を上げた先には、見覚えのある男がいた。
【ジ・オール】。
あの時と同じだ。
戦場の中央で、全てを見下ろしていた目。
今も、変わらない。
ハーヴィン達を、ただの物として把握しているような視線。
(……こいつが)
歯を噛み締める。殺せたはずだ。その気なら、全員あの場で死んでいた。
レストデーン。
第1師団が、アルステリアが取り戻すはずだった場所に、縛られたまま足を踏み入れた。
「抵抗するな。無駄だ」
その言葉に、誰も反応しない。
もう、分かっている。歩き出す列の中で、ハーヴィンは一瞬だけ振り返った。
遠くに見える、焦土。
第1師団が立っていた場所。
(……必ず)
ハーヴィンは心の中で、誓う。
(必ず、生きてここをメラリアから解放する………)
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