125.シーラン
爆風が去った後、そこには何も残っていなかった。
瓦礫も、土も、血も……
ただ、円形に抉り取られた焦土だけが広がっている。
視界は揺れ、焦点が合わなかった。
「……キース…みんな………」
名を呼ぶ声は、音にならなかった。
右手に残る感触だけが、現実だった。
掴んでいたはずの手。ハーヴィン小隊の仲間達は死体さえ残っていない。
…………今は考えるな。
そう自分に言い聞かせ、ハーヴィンは歯を食いしばって立ち上がった。
ポンッ。
軽い音が、背後で鳴った。
(来る――!)
条件反射で身体を投げ出す。
次の瞬間、背後が白に染まり、灼熱が皮膚を舐めた。
地面が溶け、空間が歪む。
ハーヴィンは転がりながら、必死に足を動かす。
足の裏に炎を纏わせ、推進力に変える。
理屈も姿勢も関係ない。ただ、前へ。
ポンッ。
ポンッ。
逃げるたびに、背後が消えていく。
一発でも範囲内にいたら終わりだと、嫌でも分かる。
(見られてる……)
振り返らなくても分かる。
【ジ・オール】。戦場全てを見るという、メラリアのネームド。
とっくに敵兵がいた場所からは死角となっているはずなのに、ハーヴィンの走る場所へ飛んでくる。
炎の噴出を利用し、加速した全力のハーヴィンでなければ初撃で死んでいた。
……………止まれなかった。
木々を抜け、瓦礫を跳び越え、肺が焼けるほど息を吸い込みながら走り続ける。
いつの間にか、追撃の音が途切れていた。
それでも、ハーヴィンは止まらなかった。
止まれば、死ぬ気がした。
気付いた時には、アルステリア軍第1師団本陣が目の前にあった。
カチャッと銃口が向けられる。
「第1師団、ハーヴィン大尉!偵察から戻った!」
声は掠れ、喉が裂けそうだった。
兵士達がざわめき、すぐに天幕へと連れて行かれる。
カルロス少将は、地図の前に立っていた。
ハーヴィンの姿を見るなり、顔色を変える。
「……他の者は?」
「……俺だけです」
一瞬、沈黙。
「報告します」
ハーヴィンは必死に言葉を紡いだ。
「メラリア共和国軍、先行部隊を確認。前線は壊滅状態です。
そして……」
喉が詰まりそうになる。
「レガシーウェポン【シーラン】とネームド【ジ・オール】を確認しました」
カルロスの表情が、凍り付いた。
「……確実か?」
「間違いありません。俺と、目が合いました」
師団長は深く息を吐き、即座に命令を飛ばす。
「全防衛線、第一戦闘配置に移行!全員散開しろ!密集するな!!
対ネームド想定だ、遅れるな!!」
その直後だった。
ドォォォォン!!!
続けざまに、爆発音、銃声、怒号が重なり合う。
「来たか……!」
メラリア共和国軍が侵攻してくる。
その中央には、装甲車が進む。荷台にはあの兵器……【シーラン】を持つ兵士。
そして、その隣に戦場を見下ろすように立つ、一人の男。
ハーヴィンは歯を噛み締めた。
(……始まった)
ここから先は、地獄であった。防衛線は一撃の下に瓦解する。
ドォォォォンッ!!!
【シーラン】の着弾と同時に、防衛線となった塹壕も丸ごと消し飛ぶ。
悲鳴が上がる間もなく、そこにいた兵士達は存在ごと消滅した。
「第一線、損害甚大ッ!!」
カルロスは歯を食いしばる。
「怯むな!第二線で受け止めろ!散開して集中砲火だ!」
だが、その命令も圧倒的火力と、戦場を掌握する目に、潰されていく。
次が来た。
ポンッ。
ポンッ。
軽い音が、悪夢のように連続する。
白い光が防衛の要所を点々となぞり、塹壕、トーチカ、簡易陣地を次々と抉り取っていく。
「くそッ……!」
第1師団が弱い訳ではない。
だが、この戦場は防衛戦という前提そのものが破壊されていた。
「左翼、崩れます!」
「通信断!第3中隊、応答なし!!」
無線が悲鳴と雑音に埋もれていく。
後方陣地で銃を構えるハーヴィンには、その光景が見えていた。
(遮蔽物が……消えていく……)
隠れる場所がない。
立て直す時間もない。
そして、追い打ちをかけるように……
「敵歩兵、前進開始!」
黒煙の中から、メラリア共和国軍本隊が姿を現す。
統制の取れた隊列。無駄のない前進。
まず【シーラン】が防衛線を焼き払い、その後を通常部隊が踏み潰してくる。
「撃てぇぇ!!」
銃声が響く。
確かに敵は倒れる。だが、それ以上の速度で前線が削られていく。基点を潰され、周囲の木々を背にしながら抵抗する第1師団の兵士達。しかし、メラリア本隊の勢いを止めることは叶わない。
「……ネームドだ!」
誰かが叫んだ。
戦場の中央。本隊と合流したあの男が立っていた。
ネームド【ジ・オール】。
彼は、戦場全体を見ている。
次の瞬間、ただ前進するだけだった敵の動きに変化が現れる。
「右から来るぞ!」
「いや、左にもいる!?」
現場の指示が噛み合わない。
【ジ・オール】の視線が、混乱するアルステリア軍の……戦場の穴を正確に突いてくる。
「左から敵歩兵多数!!第2中隊、止めろぉぉ!!」
カルロスの指示は悪くない。正確に、できる限りの指示を出している。
だが……【シーラン】の火力が。【ジ・オール】の目が。その全てを飲み込んで、戦場を蹂躙する。
「……包囲されてる」
ハーヴィンが呟く。
気付いた時には、退路はすでに削られていた。
逃げ道だったはずの林も、丘も、次々と焼き払われていく。
「カルロス少将!後退路、完全に断たれました!」
カルロスは、一瞬だけ目を閉じた。
(…チッ…やられた。突破するにも兵力が足りねぇ。…まずい…全滅する……)
相手が悪すぎた。
彼等を相手にするには1個師団では足りなかった。
「……全隊、集まれ!。無駄な突撃はやめろ!!生き残れ!」
戦線は完全に崩壊した。
部隊単位は消え、兵士達は小さな塊となって後退する。銃弾は残りわずか、魔力も殆ど残っていない。
そして、気付けばハーヴィンの周囲には、百名ほどの兵士しか残っていなかった。
「……制圧完了」
敵兵の声が、はっきりと聞こえる距離。
前方、左右、背後。
全てに、メラリア共和国軍。
中央に見えるのは【ジ・オール】。
「アルステリア軍、武器を捨てろ!命は助けてやる!!」
話したのは【ジ・オール】ではない。彼はカルロス達を警戒している。
だが、聞こえたのは確かに強者の声。
(今、抵抗しても無駄死にか?いや、ネームドと引き換えならば……この命など…)
カルロスがその手に力を込めた瞬間。
ドンッ!
「…うッ!?」
カルロスの手が撃ち抜かれ、銃を落とす。
「無駄だと言った」
【ジ・オール】の背後から出てくる兵士3人。その敵兵の存在はカルロスに最後の決断をさせるのに充分なものだった。
「…チッ………全員、投降だ」
第1師団の面々も気付く。この場にいたネームドは【ジ・オール】だけでなかった。
ネームド【スペクター】と【ガイア】。
そして、【ジ・オール】が中央を譲るように下がる。
そこに立ったのは左頬に傷のある、眼光鋭い男。
────【エンド】である。
メラリア共和国のネームドが全員投入されていた。
第1師団の兵士達が、次々と武器を捨てる。
金属音が、乾いた地面に響く。ハーヴィンも、震える手で銃を置いた。この場にいる全員、投降という事実が胸に重くのしかかる。
「全員縛って連行しろ」
【エンド】が指示をだす。先程の投降を促す声の主であり、他のネームド達でさえ【エンド】に従っていた。
縛られ、跪かされる中。
ハーヴィンは一度だけ、顔を上げた。
【ジ・オール】と、再び目が合う。
その男は、ただ淡々と彼を見下ろしていた。
まるで――
最初から、こうなると知っていたかのように。
第1師団、壊滅。
生存者、約100名。
全員、捕虜。
戦場には、焦土と沈黙だけが残った。
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