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待ちぼうけ魔王と勇者観察日記  作者: 雪音月華
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第1話〜アリシアの嘆き〜

 星歴三百年、魔王城の玉座の間は静かな緊張感に包まれていた。玉座に座るのは、若く見えるが威厳に満ちた少女――魔王アリシア・メガロギアス。彼女の長い銀髪が玉座の背もたれに流れ、その桃色の瞳は冷静かつ鋭い輝きを放っていた。数百年にわたり、この地を統治してきた彼女だが、今、その小さな体からは不満が滲み出ていた。


「勇者パーティの王都召集が起きてから早数日が経ったそうね。それでゲルド、今回の勇者はどうなの?強そう?」


 その声は冷静でありながらも、確かな威圧感があった。アリシアの言葉を受け、彼女の前に立つ参謀は困惑した様子で顎鬚を撫でた。ドワーフの族長として長年彼女に仕えてきたゲルドは、屈強な体つきと豊かな髭を持つ老練な戦士だったが、今は頭を抱えるような状況に直面していた。


「そ、それが…お嬢様、今回の勇者は酷いものでして。まだ王都から出ていないのです」


 ゲルドの低い声には戸惑いが滲んでいた。アリシアの瞳が一層鋭くなる。これまで長年勇者を迎え打つための準備をしていた時の朗報だったはずなのに。これほどの遅延は前魔王である父ソロモン・メガロギアスの右腕だったバアルゼブルも想定外だったと後にわかった。


「それは何故?」


 声に僅かな苛立ちを含ませ、アリシアはゲルドを見下ろした。玉座に腰掛けたその姿はまるで子供のようだが、その圧倒的な存在感は見る者を威圧する。


「それが…着ていく防具が気に入らないからと、自力で作り始めてしまったのです」

「なんですって!?」


 アリシアは思わず立ち上がり、小さな拳を玉座の肘掛けに叩きつけた。その衝撃に、玉座が微かに震える。ガルドは一瞬身を縮めたが、すぐにその場に踏みとどまった。


「こんのクソ勇者!悠長に鍛治士の真似事などしてる場合ではないでしょうに!先代から引き継いで早三百年、ようやく私にとっての初めての人魔大戦だというのに!何をしているのかしら!」


 アリシアの声には、苛立ちと焦燥が混ざっていた。人魔大戦――それはアリシアが長年待ち望んだ決戦であり、この戦いを制することで、彼女の支配はさらなる高みに達するはずだった。しかし、その重要な戦いが、勇者の気まぐれで遅れているという現状に、彼女の怒りは頂点に達していた。


「す、すみません!」


 ゲルドは頭を下げ、アリシアの怒りを鎮めようとしたが、彼女の苛立ちは収まらなかった。


「それで、奴は何の素材で防具を作ろうとしているの?」

「それが、幻想種ユニコーンの角を使おうとしているらしく、一角鹿の乱獲を行なっているそうでして…」

「ふざけるでないぞ勇者!動物の乱獲は無意味に絶滅させるだけだと何故わからないの!」


 アリシアは眉をひそめ、唇を噛みしめた。その言葉には憤りと呆れが含まれていた。ゲルドも困った様子で下げていた首を上げた。


「ど、どうしますか、お嬢様?」

「はあ…激レア種だけあって、流石に見つけられないでしょう。早い所折れて適当な防具を見繕って冒険に出なさいよ…」


 アリシアはため息をつき、玉座に腰を下ろした。彼女の小さな体が玉座の中で少し縮こまるように見える。だが、次の瞬間、ゲルドの声が再び彼女の心を掻き乱した。


「そ、それが…乱獲した鹿の角を束ねて、特に強そうな鹿をユニコーンへ進化させようとしているようです!」

「クソ勇者め!ユニコーンは馬種なのに、何をしているのかしら!馬と鹿の区別もつかないの?馬鹿じゃない!」

「ああ!馬と鹿で馬鹿ですか!ウマいですね、お嬢様!」

「大馬鹿者!お前は勇者よりも大馬鹿者だわ!そんな悠長に遊んでいる時間などないのだぞ!」

「は、はい!わかっております!」


 アリシアはゲルドの言葉にさらに苛立ちを覚え、頭を抱えた。この状況に対処するには、何か抜本的な手を打つ必要があると感じていた。しかし、その時、ゲルドの声が再び響き渡った。


「ああああ!!!!」

「どうしたの!?」

「勇者が…鹿を幻想種に変化させました!!!!」

「なんですって!?ユニコーンになったの!?」

「それが…ケリュネイアの大鹿になってしまいました…」

「………何故そうなるの!?ケリュネイアの大鹿とは数千年前にいたとされる伝説の聖獣でしょう!?そんな簡単に出来てたまるものですか!」


 アリシアは頭を抱え、信じられない事態に困惑した。勇者の行動は予測不能であり、彼女の計画を台無しにしかねない。


「何を思ったのか、不可抗力で産まれたため逃がそうとしているようです」

「この大馬鹿勇者!それでは自然の摂理を大きく覆すことになるじゃないの!バカなのかしら?いや、バカだったわ!」

「どうやら同じパーティの魔術師が説得して保護はしたようです。もういっそのことケリュネイアの大鹿で武器を作っちゃえばいいのに…」


 ゲルドは呆れたように言ったが、アリシアも同意するしかなかった。


「それもそうね、何故勇者はケリュネイアを素材にしないのかしら?」

「魔術師も同じ問いをしたそうですが、勇者から全く意味のわからない返答が帰ってきました。『だって、可哀想だろ?』とのことで…」

「鹿を乱獲して強制的に突然変異させる方がよっぽど可哀想だと思わないのかしら!なんでもっと動物たちのことを考えてあげないのよ!」


 アリシアはさらに怒りを募らせ、玉座の肘掛けを再び叩いた。


「どうやら馬の代わりになると、荷運びに使おうとしているようです…」

「はあ…疲れたわ。それで、結局奴はまたユニコーンの討伐に向かうのかしら?」


 アリシアはもう、呆れ果てて疲れた声で尋ねた。


「それが、疲れたらしく家に帰るそうです。」

「はあああああ!?!?なんでそうなるのクソ勇者!?私、本当に怒るわよ!」


 アリシアはついに我慢の限界に達し、立ち上がって叫んだ。彼女の小さな体からは、怒りのオーラが放出され、ゲルドも身を震わせるほどだった。


「はあ…もうすでに怒っておられますが…」

「うるさい!」

「いてっ!痛いじゃないですか、お嬢様!叩かなくてもいいじゃないですか!」


 アリシアは感情を抑えきれず、ゲルドの頭を軽く叩いたが、その苛立ちは収まらなかった。


「うるさいうるさい!王国の国王エルフリーデに手紙を出せ!早く勇者を寄越すようにと!このままでは、私が直接王都に出向くことになるわ!」

「は、はい!すぐに!」


 ゲルドは慌てて書状を準備し始めた。アリシアは玉座に座り直し、深いため息をついた。


「はあ…疲れたわ。本当に今回の勇者は厄介ね…」


 アリシアは人族の間で流行っているダージリンという反射の紅茶を淹れて再び玉座に戻る。窓の外から差す日差しを浴びながらくつろぎながらこれからの勇者の行動を観察していこうと思うのでした。

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