3話
負ける気はない、と自信を濁してしまったのは、ミアの圧倒的な強さを目の前にしたことがあるからか。しかし、その言葉に嘘は無い。積み重ねてきた努力を自信に変え、木刀を構えた。ミアもそれに合わせ、木刀を構える。
「用意、、初め。」
戦闘開始の合図だ。
ミアは、微動だにせずこちらの様子を伺っている。まるで、獣の標的にされたようだった。少しでも隙を見せれば、直ぐにでも狩られてしまうのではないかという焦燥感。しかし、その目に気圧されてしまえば終わりだ。木刀を固く持ち直し、ふぅ、と細く息を吐く。先に動いたのはカケルだった。
「っ!」
前方へ素早く飛び、1歩踏みしめると、下から上へと切り上げる。正確にミアの木刀を狙ったカケルの一撃は重く、そして鋭い。並大抵の努力で行き着くことなど出来ないその動きは、観客であるクラスメイトを驚かせた。もしかして、この男なら、夜剱をも、。しかし、その期待は呆気なく塵となった。素早く反応したミアは、振り上がる木刀の力をそのまま流動させ、真上に弾いたのだ。絶対零度の瞳が、カケルを捉える。木刀が弾かれたせいで、胴体はがら空きだ。もし、これが怪物との戦いだったら、命の保証がされている模擬試合でなければ。
「っ!!」
弾かれた勢いそのままに、後ろへ大きく飛び退く。回避のつもりだった、のに。
「、」
ミアが、前方、つまりカケルの方へ飛びだす。余りにも反応が早い。カケルは着地と同時に木刀を前に構え、ミアからの反撃を受けた。恐ろしく速い横振りの攻撃だ。華奢な体格から生み出されるにしてはおおよそ信じられないほど酷く重い一撃。やはり、強い。彼女の一挙手一投足が、カケルを追い詰め、焦りをふくらませた。
冷静にならなければ、見極めなければ、勝てない。数秒でも良い。考える時間が必要だ。横振りの攻撃を受け流し、ミアが木刀を振ったのとは反対方向へステップ回避。ミアの後ろ手に周り、そこから距離をとるように遠くへと飛ぶ。しかし、1秒にも満たない、たった数秒の間を作るためのその動きを、ミアは確実に捉えていた。
背後までとっていたというのに、隙が伺えられなかったのだ。本当に、よく見ている。カケルはある程度の距離をとったところで一呼吸おき、目の前の敵を警戒しながら思考を巡らせはじめた。
彼女の強さは、スピードからくる重さと鋭さ、そしてそれらを確実にコントロールする正確性。洞察力。そして恐らく、力そのものはさほど優れていないのでは無いだろうか。確証がある訳では無いが、あの時、横振りの攻撃を受けた時の感覚がそれを教えてくれたように思う。衝撃波のような、全身に鋭く響く重さ。
ミアの剣技から感じられたその感覚は、今までカケルが戦ってきた、力が強い相手の刀を受け止めた時の、重苦しく、とてつもなく硬い岩に押しつぶされるような感覚とはまるで違った。
そう、刀がぶつかったその瞬間からとめどなく続く重さが無いのだ。つまり、ミアの攻撃は、力からくるものではなく、スピードや正確性からくる瞬間的なエネルギーによって重い一撃を放っているのだろう。それならば、勝機はある。
勝ち筋の手順自体はとてもシンプルだ。鍔迫り合いに持ち込み、押し切る。己の強みの一つである力ならば、それがきっと可能だ。しかし、シンプルであるが故に、とても繊細で、複雑で、そして可能性に満ちている。
ゆっくり考えてる暇はない、勝負を仕掛けるならまだ余力がある今だ。
カケルはミアと距離置き、その瞳を見つめる。こちらを見ていない、世界を見ているような、それでいて何も見ていないような瞳だ。
その瞳をこっちに向かせてやる。
カケルは刀を前に構え、呼吸を整えた。
勝負はまだ分からない。