5話 未来的過去
私には幼馴染みがいた。
もうずっと昔の記憶だ。
多分初恋だったと思う。
たしか幼稚園の頃だったから自分の記憶に自信が持てないけどあの頃の私はアイツ、幼馴染みの少年中原貴樹の事ばかり考えていたと思う。
貴樹は活発で明るく何処に行くにも私の手を引っ張って連れて行ってくれた。
太陽みたいに明るい笑顔で私に笑いかけてくれた。
私が黙っていてもずっと笑顔で話かけ続けてくれた。
あの頃…幼稚園児だった頃の私は兎に角怖がりで何もかもが怖く見えていた。
自動車やそこらを歩く人も猫や犬みたいな動物も何もかもが怖くて仕方なかったけど貴樹が手を握ってくれていると怖くなくなっていった。
気づけば貴樹の事をいつも気にしてたし目で追っていたし貴樹と遊ぶ約束をすれば待ちきれない気持ちになっていた。
でもそんな気持ちは長くは続かない。
年を重ね大人に近づけば近づく程に貴樹はカッコいい男の子なんかではなく何処にでもいる普通の少年だと気づく様になっていく。
幼稚園を卒園して小学生になりその小学校を卒業したら中学。
いつしか貴樹を煩わしく思う様になっていった私はそんな彼を邪険に扱って彼からの告白すら適当に断った。
実は言うとあの頃の私には付き合ってる相手なんていなかったけど断るのには彼氏と言う存在は都合がよかった。
高校生になった頃には実際に彼氏を作ったりもしてたな。
貴樹とその他の男共避けにそれなりに利用しがいのある奴の間を渡り歩いていった。
貴樹は私にフられた事で自信を喪失しどんどん根の暗い奴になっていった。
いや、元々貴樹はそこまでアクティブな人間ではなかったと思う。
小学生高学年くらいから外で遊ぶより家の中でゲームとかで遊ぶ事が増えたしプラモデル?とかをネチネチつくってて暗い奴だなって思ってたのは今でも覚えてる。
私と貴樹の道はそれ以降交わる事無く逸れていって“高校を卒業”した後は二人は別の大学に進んだ。
幼かったあの頃とは違い私は男遊びにのめり込んだ。
最初は貴樹をはじめとした男避けに彼氏を作っていたはずがいつの間にかそんなの関係なくなっていた。
所謂手段が目的を超えたと言うヤツだ。
大学で男に言い寄られれば適当に遊んで輪を広げていった。
同性からは嫌われていた、いや嫌われていたというより憎まれていたかな?
私の彼氏を取りやがった!と恨みを向けられた事も何度があった。
誤解はよしてほしい。
私は何もしてない。
向こうから来たからそれに応じただけだ。
むしろ浮気されるお前達が悪いんだと開き直っていた。
男遊びは私の陳腐な承認欲求を満たしてくれた。
私はこんなにも人に必要とされてると自信を持てた。
男遊びにのめり込み男の家に転がりこんで大学にも行かずにゴロゴロとベッドのなかで交わり続けた。
飽きたら次、それも飽きたら次。
男から男へと渡り歩いて気づけば大学は単位がたりず就活どころか卒業もままならず両親からは愛想をつかされ途中で辞めた。
実家には帰らず、と言うより逃げ回り変わらず男の間を行き来していて、それでも将来への不安なんて何も感じてなかった。
自分は可愛い、美人でスタイルも良い。
男は私を欲する。
男が私を数いる女の中から選ぶんじゃない。私が男を選ぶんだ。
私にはその価値がある!
そうこの頃は思っていたし疑っていなかった。
そんな事無いのに。
次に転がり込んだ男が最悪だった。
その男は束縛が酷く嫉妬深かった
何かあれば直ぐに手を出すしそのくせ承認欲求の塊みたいなヤツで私が勝手に何かすればその度に叩かれた。
クタバレと何度も思った。
そのくせアイツは飽きたら簡単に私は捨て次に転がり込んだ男には優しくされ前の男のDVに対しても辛いことがあったねと慰めてくれたのだが気づけば通帳からお金が抜き取られていてアイツは何処を探しても見つける事は出来なかった。
騙されたと気付いたときには手遅れだった。
この頃の私は既に30を超えていて花の20代が馬鹿みたいな理由で過ぎ去っていった。
この歳までろくに働いた事が無く男に貢がせていた私は定職に付くことも出来ず結果水商売に足を付けざる負えなかった。
これまであれほどちやほやしてきたくせに30代あたりから男共の態度が急に冷たくなっていった。
水商売の仕事先でもそれは変わらず同僚とは男の取り合いの毎日だがとりわけ私は同僚から嫌われていてこの歳でイジメにあっていたし、客はサービス精神のない私を不人気嬢と貶み馬鹿にした。
しかしお金が無いと生きていけない。
親は私を助けてくれない。
お前みたいな馬鹿の面倒など見るものかと捨てられていた。
だから私は死物狂いで男に媚びた。
生きて行くために。
しかしそれも40を過ぎたころには終りが見え始めていた。
客は若い新人に奪われ私には小汚いおっさんだけ。
それでも数少ない収入源、無下に出来る訳もなくわたしは愛想笑いを浮かべて媚びる。
別にフィクションみたいにヤクザみたいなのに身売りされたとか労働を強制されてるとかそんな訳では無いが今の自分はいったいなんなんだろうか?
こんな事に何故なっているのか。
どこで間違えたのか?
最近考えるのは幼馴染みの事ばかり。
顔を思い出す。
不思議と随分会っていないのに直ぐに思い出せる。
中原貴樹。
私の幼馴染み。
今思えばアイツだけだった。
私に純粋な好意を向けていたのは。
そりゃいやらしい目で絶対に見られてないとは思ってないけどそれでも貴樹は私を純粋に好きでいてくれた。
何度ふってもアイツはあきらめずあの太陽みたいな笑顔を私に向けてくれた。
貴樹みたいな笑顔を向けてくれた男はこれまでの40年間の中に他にいただろうか?
思い返してもそんな奴は他にいない、貴樹だけだ。
アイツだけが私に好意を。
純粋な好きって感情を向けてくれてたんだ。
そう思うと私は何を今までしてきたんだと後悔が過る。
私の事を穴としてしか見てない奴等。
見栄や虚勢の為だけにそんな奴等に媚びて私の青春は過ぎ去って行った。
そして今は生きて行くため見ず知らずの男達の前で股を開き媚を売る。
貯金もなく夢も希望もなくあるのは真っ暗な現実だけ。
もし行為の最中に何かもらい物をしてしまえばその治療にはお金がかかる。
それを治療するお金なんてもちろん無い。
妊娠などもってのほかだ。
今の私は自分の体を犠牲にして自分の体を保っている。
ほんとお笑いモノだ。
仕事を終え帰路につく。
ヘトヘトだ、股の間がズキズキと痛い。
あのクソジジイめと悪態を付きながら歩いていると信じられないモノが視界に入った。
貴樹だ。
間違いない、老けてはいるがアレは貴樹で間違いない。
老けたおかげか大人の男として深みが増してるような気がしてカッコよく見える。
しかし昔の優しそうな雰囲気はしっかり残っていて今まで私が関係を持って来た男達が途端にちっぽけなモノの様に思えて来た。
しかし貴樹の隣には女がいた。
みるからに貴樹と仲睦まじい関係で女の手には5〜6歳くらいの幼児がニコニコと隣を歩いている。
咄嗟に頭に過ったのは夫婦と言う言葉。
つまり私が貴樹と会わないでいた間貴樹はあの女と結婚し家族を作っていた?
あり得ない。私がいるのに?
自分が情緒の欠片もない身勝手な事を言ってる自覚はあった。
身勝手極まりない思いを振りかざして激怒する自分とそれを後から見ている冷静な自分が私の中にいるイメージ。
私は貴樹を捨てて好き勝手やって来た。
貴樹も好きに行動し幸せをつかんだだけだ。
その貴樹の幸せな生活を壊す資格は私には無い。
そんな背反する2つの意思がせめぎ合い気付けば私は走っていた。
やみくもにめちゃくちゃに息が切れて心臓がバクバク鼓動を上げても止まろうとは思はなかった。
止まったら考えてしまう。
嫌な事は考えたくない!
走っていれば走ることに集中していられる。
だから走っていたのだがその結果。
私の体は数メートル吹き飛んだ。
トラックが見えた気がした。
痛みは無かった。
そんなモノ感じる暇もなく意識が………途絶えた。
「うわあぁぁ!!?」
勢いよくガバッと起き上がる。
体に痛みは無い。
五体満足。
それどころか違和感があった。
体が軽い、まるで数十年間付けてきた重石が取れたみたいな。
いや、それは錯覚だ。
私は片堀瑞穂、高校2年生で17歳の子供だ。
けっして40代半ばのおばさんなんかでは無い。
昨日の記憶もある。
しっかりと覚えてる、昨日食べた夕食も自分の座席の場所も友達の名前も宿題の内容も……。
自分の体を掻き抱く。
ガタガタと震えてる。
震えが止まらない。
汗が凄い、シャワーを浴びないと気持ち悪い。
しかしそんな事より……。
「あれは……夢…?」
妙にリアルな夢だった。
まるで本当に40代のおばさんになったような…?
私の人生はこのまま行けばああなるのか?
そんなの非現実的だ。
でもそんな保証はない。
あれはただの夢、幻みたいなモノだ。
それでも妙な生々しさがある。
仮にこのまま行けば私は男共に媚を売りそうしなければ生きる事も満足に出来ない…一番唾棄すべき人間になる。
そんなの嫌だ。
シャワーで汗を流し学校に行く準備をする。
ダルいが行かないといけない。
私には私のイメージがある。
それを保つためにも表面的にマジメでいなくてはならないの。
「ママ、いってきます。」
いつもの様に家からでる、するとそこにはアイツの後ろ姿があった。
いつものアイツの後ろ姿だ。
隣にあの女も子どももいない。
当たり前だ。
アイツは…貴樹はまだ今の私と同じ。
高校生の子供だ。
大人ではない。
声をかける。
「おはよう。」
無視された。
貴樹のくせにナマイキ。
いや気づいてないのか?
相変わらず鈍臭い奴だ。
「相変わらず辛気臭い顔してるわね高樹」
「!?瑞穂!?」
「何よ…?」
凄いビックリした顔
失礼な奴ね…相変わらず。
まるで信じられないって顔をしてる。
無理もない。
私自身が信じられない行動をとってるって自覚してる。
久しぶりに…本当に久しぶりに貴樹と会話した。
体感的には20年ぶりの再会だが実際には一日ぶり程度のことだ。
もっとも私自身が彼を無視していたので会話らしい会話も満足にしていなかったのだから久しぶりという表現はある意味正解だ。
私の心は思ったよりも弾んでいた。