4話 距離感
世の中そんなに甘く無いなんて昔の誰かが言ったけど事実その通りだと思う。勉強したって成績が劇的に上がるわけじゃないし友達も簡単に作れたりはしない。
彼女が欲しいだとか思っても実際に出来る可能性は微々たるものだろう。
努力が足りないからだと言う人もいるだろうが努力してもその成果が報われない場合だって絶対にある。
得てして人は持って生まれた才能だとか容姿だとか家柄だとかに左右される。
そう言う意味ではthe普通な俺はまだ恵まれてる方なのかもしれない。
まぁ彼女に関しては特に努力とかする事もなくフワッと出来てしまった。
努力を死ぬほどしていたあの頃は見向きもされなかったというのに……。
まぁフワッと言ったけど実際はドワ〜って擬音のほうが正しいかもしれないがまぁそこはさして重要じゃないだろう。
片桐瑞穂。
昨日いきなり出来た彼女。
昔は仲がよかった幼馴染み。
幼馴染みなんて言えば甘酸っぱい物を想像するかもしれないけど実際の所苦い思い出が出来る事になった中心的存在だ。
告白してフラレてその後もしつこくまとわりついてなんとか彼氏にしてもらえないかと悪戦苦闘したあの黒歴史な日々。
今思えばたしかにキモいし往生際が悪い事この上ない言動をとっていたのは確かな事実。
穴があったら入りたいくらいなものだ。
そんな風に考える様になってからはこれまでとは真逆の行動を取るようになった。
彼女の事を徹頭徹尾避け続けた。
勿論ちょっとした意趣返しのつもりもあったが結果彼女が自分の事を歯牙にもかけてないと気がつくと自分のダサさやキモさに嫌気がさし余計に彼女に会いたくなくなっていった。
次第に会う機会も減り彼女に対する恋愛感情にも薄れが生じ始め以前のような彼女に対する高ぶりだとか衝動みたいなモノはなくなっていた。
勿論彼女に対する怒りの感情もあった。
昔はあんなに一緒にいたのに。
こんな簡単に縁を切ろうと思えるのかと。
そんな激情も時間の経過と共に薄れていくのだから人の心とは単純だ。
告白しなければ良かったのかと思う事もあるがその場合彼女が他の誰かに取られるなんて焦りも確かにあった。
何せ彼女は美人だから。
BSSなどクソ喰らえだ。
そんな彼女がいきなり強行手段とも取れる勢いで俺と恋人になるための行動に出た。
俺はいまさら瑞穂の彼氏になんてなりたいとは思って無かった。
諦めていたし未練なんて引っ張りたくなかった。
別の道を辿ると思っていたし道が交わるなんてあり得ないとすら思ってた。
なのに…。
男というのは単純だ…悲しい程に…。
「遅い…待たせ過ぎ!」
「ごめん…」
「うん…行こう」
瑞穂は俺の手を取って歩き出す
「え?」
「何?」
「えいや…その…なんでもない」
「………そ…」
手を繋いで登校。
しなやかで華奢な女の子の手、指。
あり得ないだろ…昔あれ程頼んでもただの一回も応じてくれなかった手繋ぎ登校が実現している。
しかも向こうから勝手に……。
前なら手を繋ごうなんて言えば
「は?きしょ…」
と呟いて速歩きで距離を開けられたモノだ。
何がどうなってやがるんだ。
そもそもにおいて彼女の中でどういった心境の変化があって1度フッた相手と付き合うなんて選択にたどり着いたのか俺にはてんでわからない。
女心とは分からないものだと良く言われているがそんな言葉が可愛く思える程度には瑞穂の考えは難解だ。
少なくとも高1の一学期時点では間違いなく嫌われていたはずた。
ツンデレとか思春期とかそんかチャチなもんじゃねぇ!
ガチモンの塩対応の片鱗を俺は見たぜ!
てなもんだ。
まぁ片鱗とかじゃなく普通に塩対応だった訳だが…。
なんにせよアイツが今更俺に惚れたとか絶対にあり得ないし何か裏があると見てまず間違いない。
ちまたで流行り?の嘘告というヤツの可能性もある。
現に付き合えている所をみるに上げ落としとかを狙ってるのかも知れない。
そんな事を俺にやる意味があるのかとか考えてしまうが理由なんていくらでも思いつく。
アイツは友達が多い。
何せ美人のカースト上位組だからな。
罰ゲームとかで友達連中にクラスで地味な俺に嘘告するなんて流れが出来たのかも知れない。
そう考えると腑に落ちる。
なるほどなぁ〜。
「何考えてるの?」
「いや、別に…。」
「ふーん、……ねぇ?私と手を繋ぐのいや?」
「え?」
「前はやたら繋ぎたがってたから繋いで上げたの。悪い?」
「いや……、そんな事は…。」
「そう。」
「でも学校近くになったら離して欲しいかな〜って」
「はっ?なんでよ?」
「いやだって…クラスの奴等とかに見られるし…。」
「そんなの気にすることないじゃん、見せてやれば良いのよ」
「お…おぉ…」
野上の事をコイツは嫌いと言ってたかそう言えば。
別れたいと考えてたという事か…
クラスの大多数の女子は野上と付き合いたいと考えてるようだが実際付き合った瑞穂は野上とは馬が合わなかったらしく別れたいという結論に至った。
つまり俺と付き合ったのは野上と別れる為の理由付け?
野上と正式に別れる事が出来たら俺もポイされるって流れか、成る程成る程。
「別に俺の事は気にしなくていいぞ。」
「え?」
「野上と別れたいならその間は恋人をしてやるよ、だから回りくどい事はしなくていいんだぞ?」
「アンタ何言ってるの?」
「え?」
「もしかして私がアンタと付き合うのは野上と別れる口実作りの為とか思ってる?」
「違うのか?」
「っつ!アンタっ……いい加減に!……はぁ…自業自得かぁ…」
「?」
さっきから瑞穂が何を言おうとしてるのかわからないが怒ったり落ち込んだりと情緒不安定な奴だ。
なんとも言えない空気感のまま俺達は学校に向かって歩みを進める。
さて、片桐瑞穂と言う女だがなんどもいっているがコイツはモテる。
別に学園1の美少女だとかなんとかのマドンナとか高嶺の花とか大層な肩書はない。
ていうよりもこの学校には既にそんなレベルの美少女が二人もいて二人共既に彼氏持ちで鉄壁の防御力を持っている。
まぁそんなことはどうでも良く瑞穂の評価はクラス1モテる美少女程度のモノだ。
まぁ十分だろう、基本人は他人に対して渋めの評価を下すしクラス内で一番の美少女と言う評価を得ているだけで凄いことなのだ。
そしてそんなのと一緒に登校して来れば嫌でも注目を集める。
昨日に続いて今日もだからよりクラスメイト達、特に一部の男子生徒の視線が険しい。
そしてその中には野上も含まれていた。
「おはよう瑞穂」
「……、おはよう野上君………それで何?」
俺達の前に来た野上は瑞穂にだけ挨拶をし、立ち去る事無く瑞穂を見つめていた。
その顔には俺今不機嫌ですと誰もが読み取れるような表情で明らかに文句の1つでも言ってやるという強い意志が感じられた。
顔の整ってる奴の怒った顔というのは男女に限らず怖いのだなと何となく思った
「まさかとは思うが俺をフった理由がソイツと付き合いたいからなんて下らない事言わないよな?瑞穂」
「それ、わざわざ言わないといけないの?」
「元彼氏としてはハッキリさせときたいだろ?フラれた理由はさ?」
「ならハッキリいうね、そうだよ。」
「へぇ~そんなパッとしない奴のどこがいいわけ?君もさ悪いけど釣り合って無いって自覚持った方がいいよ?」
俺に対してありがたい助言をくれる野上君。
そんなのはお前に一々言われるまでもなく自覚してる
「それ野上君に関係ある?私は貴樹の事が好きだから一緒にいるの、貴方にとやかく言われるぎりはないわ」
「普通に考えろよ?そのパッとしないのと俺!どっちがいいかなんて考えなくても解るだろ?」
野上…
凄い奴だなコイツは。
よくもまぁコレだけ自画自賛出来るものだと感心する。
基本自分に自信が持てない自分みたいなのはこういった人種の考え方には1ミリの理解も共感も持てない。
だからこそ憧れ的な感情を持ってしまう。
まぁこうなりたいとは毛ほども思わないけど。
「はぁ…私、貴方のそういうところが嫌いなの。無駄に自信過剰で他人を無意識に見下してる、私の事はアクセサリー感覚でしか見てないから別に好きで付き合ってるわけじゃないし浮気になんの後ろめたさも感じないしね。」
「はぁ?ちゃんと愛してるって!」
「軽いなぁ…」
「はぁ~?つーならよぉ?コイツはどうなんよ?コイツさっきからずっと面倒くさそうな顔してるぞ?お前愛されてないんじゃね?」
「っ!……貴樹は…貴樹は私の事…好きよ…。コイツは昔私に!…」
「おい!瑞穂…」
コイツ今何を言おうとした?
こんな所で俺の黒歴史をオープンされたら俺は明日から学校に来れる自信がない。
何としても阻止しないと。
「何よ!」
「何よじゃない!」
「ぐ…とにかく!私はコイツと付き合うの…貴方にとやかく言われる筋合いはない!」
「ちっ!あぁそうかよ!好きにしろよ!後で後悔してもしらねーぞ?」
そんな捨て台詞を残して野上は俺達の前からズガズガと戻っていった。
俺はそんな彼の後姿をボ~と見ている事しか出来なかったが流石は野上君。
直ぐ様取り巻きの女生徒達が野上のメンタルケアに躍り出ていた。
大丈夫だから
私がいるよ元気だして
あんな女より私の方が野上君の事分かってるから
そんな言葉を彼女達は必死に野上にかけている
しかし彼女達は互いに恋敵同士。
互いに牽制しながらも野上へのポイント稼ぎも忘れない。
瑞穂がいなくなって空いた席に座るのは自分だと水面下では抗争が続いているわけだ。
「あんなの毎日見せられたら別れたくなるのもわかるでしょ?」
「あぁ…アレは嫌だな…正直男として全く羨ましいと思えない」
「貴樹もハーレム願望とかあるわけ?キモい」
「男なら誰だって1度は持つ妄想だろこんなの」
「ふ~ん」
朝のホームルームはその後先生の到着と同時につつがなく進みそのまま授業となった。
普段通りに日常は進んでいくが瑞穂が俺と付き合っているという噂は朝のやり取りで既にクラス中に広まっていて針のむしろ状態だ。
1年前ならこんなの瑞穂と付き合えた嬉しさでなんとも思わなかっただろうが今は瑞穂に対して前ほど強い感情は持てないでいる。
結局瑞穂がどうしてここまで俺に執着してるのかもハッキリしてないし今の関係を素直に喜ぶ事なんて出来る筈が無かった。
うんざりする。
軽率な男達の言動に、鼻の下を伸ばしただらしない男達の表情に。
誰と付き合った、別れたで一喜一憂するクラスメイト達に…。
「はぁ…」
私は馬鹿だ…愚か者だ…。
なくしてから本当に大事にしないといけないモノに気づいたのだから。
でもまだ間に合う。
いや、間に合うように”なった!“
このチャンスを私は…
逃しはしない。